勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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指揮官各位に於かれましては3周年イベントは如何だったでしょうか。

いや、まぁ、もう、なんと、申しますか……

( ´ཀ`)←こんな感じになっていた私でした




第10話

 

「──ねぇ、()()()

 

 ショートボブに纏められた白に近い菫色である白菫(しろすみれ)とインナーカラーで構成された滑らかな髪をやや──いや、かなり硬い腕を枕にしつつベッドへ横たわる彼女へ傍らの青年は横目を向ける。

 

 ただ一人しか呼ばない愛称を口にした彼女の声音は普段は感じることがない堅さや憂いの響きを帯びていた。

 

 シーツと化繊毛布に包まれた互いの身体は肩から下が見えない。浮かび上がるシルエットが状況を告げている。

 

 互いが肌を寄せ合う中、僅かに身動ぎした彼女は青年の腕枕から抜け出ると上体を少し起こして彼の厚い胸板へ頬を寄せた。支えをするように青年の腕が細い腰へ回る動きも寝具越しに映し出される。

 

「──侵食だけど……」

 

 レッドフードの件だろうか。それを彼が問い掛けると部隊のリーダーは胸板へ頬を擦り付けつつ頷く。

 

「……もし私が侵食状態になって、手が付けられなくなったら、どうする?」

 

 らしくもない仮定の話をするものだ。

 

 思わず青年が鼻で笑い飛ばそうとするも、胸板から見上げる星を宿した瞳は──冗談や皮肉の返答を求めていないと察せられる形をしていた。

 

「……もし私が侵食状態……ううん、違うかな。なんていうか、こう……私が正気を喪ったとして……部隊の皆や指揮官や、それこそ……リック(あなた)を傷付けるなんてことになったら、私は私を許せそうにない」

 

 彼女は自身の性能を良く理解している。自画自賛の類ではない。紛れもない事実として、その時がやって来た瞬間、彼女は脅威以外の何物でもなくなる。

 

 だが、その時に彼女を止められる存在は──どれほどいるのだろう。

 

「──その時は、俺が止める」

 

 頭上から降り注いだ落ち着きのある低い声。

 

 また冗談か──彼女が見上げると、予想に反して青年は硬い表情のまま続きを口にする。

 

「──その時は、俺がキミを殺す。必ず。約束する」

 

 ()()が大言壮語を吐くものだ、と彼女が一蹴するのは容易い。

 

 しかし──彼女は無性に安堵した。

 

 ──嗚呼、と溜め息が漏れる。

 

 そうだ、彼なら、この人なら、必ず──自分を殺して(止めて)くれる。

 

 その確信があった。

 

「──うん、ありがとう。じゃあ……()()、ね?」

 

 彼女が立てた小指を青年の眼前へ向かわせた。

 

 幼稚な誓いの儀式に思う所があるのだろう。渋面を浮かべた彼だが、細い小指に節榑立つ小指が絡まる。

 

 ──良かった。本当に。

 

 

 

 

 

 

 広いようで狭い地下通路──ライナープレートやコンクリート等の建材で構築された通路に3名分の足音が響く。

 

 ラピを傍らに置きながらタンカラーのブーツで歩みを進めるムーアは中々に堅牢な仕上がりに思える通路を見渡し、これだけの建材を何処から調達したのか、と気になった。

 

 ムーアとラピの前を進むバイパーに続く格好だが、彼女曰く、この地下通路はエンターヘブンの本拠地からアークへ続いていると言う。

 

 やはり建材もブラックネット辺りから仕入れたのだろうか、と推測しつつ彼は周囲の臭いを嗅いだ。

 

 若干の湿ったそれは感じるも、燃料等が気化している異臭は感じ取れない。

 

 それを確かめたムーアはボディアーマーのポーチを漁り、ソフトパックとオイルライターを取り出した。

 

 手首を軽く振り、飛び出した一本の吸い口を銜えて引き抜くなり、オイルライターの上蓋を開ける。

 

 地下通路へ反響する小気味良い金属音とホイールが回される音の後、オイルが染みたウィック()へ火が灯った。

 

 ──ゴム弾ハ?

 

 銜えた煙草の先端を炙り、紫煙を燻らせた彼はポーチにソフトパックやオイルライターを戻す寸前、空いている手で傍らのラピへハンドサインを用いて尋ねる。

 

 するとその動きが視界の隅に捉えたのだろう。ラピは反応し、応答の内容を彼へ返した。

 

 ──ゴム弾有リ。撃チマスカ?

 

 応答へ彼は一瞬考え込む。

 

 ここでバイパーを制圧し、拘束すれば──いや、リスクがある。

 

 そもそも何故、彼女は彼等の前方を歩いているのか。背中がガラ空きで無防備そのもの。連行するのであれば背後へ就いて、それこそ銃口を突き付けながら進ませるのが定石だろう。

 

 彼女は何故、それをしないのか──分からない。何かしらの策があるのかもしれない。

 

 ──Negative(ダメだ).

 

 ──……ラジャー。

 

 次いでラピは彼女自身の片耳を指先で軽く叩き、頭を左右へ振る。

 

 いまだに通信が不能であることをジェスチャーで告げていると彼は察しつつ、了解の頷きを返した。

 

「──ダーリン」

 

 不意に先を進むバイパーが背中越しに彼へ声を掛ける。

 

「どうした?話し相手でも必要になったか?」

 

「お喋りしてくれるの〜?なら、聞いちゃおっかな♡──さっきまで無言だったのは私の後ろ姿を見詰めるのに忙しくて?」

 

「……まぁ、そうだな。非常に魅力的(セクシー)なのは否定はしない。少し目のやり場に困る」

 

「あはっ、そうなの?てっきりラピと秘密の会話でもきてたのかと思った。じゃあ、綺麗に歩かなきゃ♡」

 

 ファッションブランドの新作発表会のステージを歩むモデルの如く、バイパーは()()()()()()を披露する。ついでとばかりにスカートの裾を揺らし、その奥へ隠れた臀部の丸みも彼へ意識させようとしているのだろう。

 

「──ダーリン。私達が憎い?」

 

「……唐突だな。憎しみ、とは言わないまでも……そうさな。少なくとも好意的な印象は持ってはいないと断言は出来る」

 

「どうして?アーク設立以来の前代未聞のテロを実行したニケだから?それとも──ダーリンの頭を撃ったから?」

 

「……ふむ……さて、どちらだろうな。キミはどう思う?」

 

 質問に質問で返すのはマナー違反だ。それが口を出る寸前、バイパーは言葉を飲み込みながら振り向くことはせず背後の彼へ更なる問い掛けを投げる。

 

「質問を変えよっか。──ダーリンが私達を捕まえたら、どうするつもり?」

 

 アークの天井──エターナルスカイへ穴が空き、そこを通過してラプチャーが地上から攻め込んできた。少しでもタイミングが重なっていたら不特定多数の市民の人命に影響を及ぼす大惨事となったのは想像に難くない。

 

 そのようなテロを画策し、暗躍し、実行したのはエキゾチック(彼女達)

 

 そしてこれ以上の惨禍を招く前に逮捕ないし排除を目的に派遣されたのが特殊別働隊(彼等)

 

 彼女達もテロの首謀者発覚を遅らせる為、エンターヘブン(テロ組織)を一種のスケープゴートとして利用する手筈だったが所詮は時間の問題だ。

 

 不意に前を進んでいたバイパーの歩みが止まる。その時だ。暗がりのトンネルの床──その上へ絶縁の被覆で覆われた太い電線(ケーブル)が目に入る。送電用の電線と気付くのに時間は掛からなかった。彼も似たような規格と形状の電線は見覚えがある。

 

 マイティーツールズに依頼し、中央政府軍やエンターヘブンの攻撃で荒れ果てた前哨基地復旧の工事の際に散々と見た記憶が蘇る。

 

「──今はラプチャーのせいでバタバタしてるから平気だけど、アークの全勢力が私達の捕獲に乗り出したら……」

 

「数時間──いや、1時間でも逃げられたら幸運だろう」

 

 バイパーとのお喋りは継続しながら、ムーアが携行するファイティングナイフを音も立てず鞘から抜き払い、ハンドルを傍らのラピへ向ける。

 

 ──電線(ケーブル)を切断しろ。静かに。

 

 一瞬のアイコンタクト(目配せ)で承知したラピが差し出されたファイティングナイフを受け取り、身を屈めると太い電線の被覆へ研がれた刃を宛てがう。

 

「そう。ダーリンの言う通り、私達が捕まるのは時間の問題ってこと。ダーリンもじっと待ってれば良いのに……どうして私達を捕まえに来たの?何か他に、したかったことがあるんじゃない?」

 

 背中を向けながら尋ねられたバイパーの声音は相変わらず鼓膜へ絡み付くような──甘言を弄し、惑わすような蛇の如き感覚だ。

 

 銜えた煙草の吸い口から紫煙を吸い込み、肺へ満たした後、緩やかに吐き出す細い息の音がトンネルの中へ微かな反響となる。

 

「さっきキミが言っただろう。前に俺の腕を外してくれた挙げ句、ご丁寧に頭まで撃ってくれた。その報いを受けて貰いたいと思ってな」

 

「──あはっ!ダーリン、嘘ついてるね?」

 

「何故、そう思う?」

 

「本当にそのつもりなら、もっと早くシュエンに言って──ううん、違うね。ダーリンのことだから、自分で報復に来るでしょ?」

 

「……俺がそこまで武闘派のマフィアかギャングにでも見えるのか?」

 

 軽口でムーアは返しつつ再び紫煙を燻らせる。

 

 とはいえ、するかしないかで言えば──するだろう、とは彼もバイパーの言葉から自己評価できたのだが。

 

「……私、ちょっと()()しても良い?例えば……私達を許してくれる、とか」

 

「──それはない。何故、どうして、とは聞くな。キミ自身も分かっているだろう?」

 

 無駄な問いはしない方が互いの為である。時間の無駄だ──その意を滲ませる低い声音がバイパーの背中越しに響いた。

 

「……あぁ、そっか……」

 

 彼女自身が先程、述べた通りだ。エキゾチック(彼女達)はやってはならないことをした。前代未聞のテロ行為を画策し、暗躍し、そして実行したのだ。

 

 決して許されることはない。どうすれば大罪を償えるかすら定かではない。

 

「……だが──」

 

 幾ばくかの間を置いた後、彼女の背後から逆接の接続詞が放たれる。続けて煙草の紫煙を吸い込み、それを吐き出した後に携帯灰皿の蓋を開ける音がバイパーの聴覚センサーを擽った。

 

「……その代わりと言えば良いのかは分からんが、何故、こんなことをしたのか、その理由は聞かせて欲しい」

 

「───」

 

 パチンと携帯灰皿の蓋が閉じる音が、次いでボディアーマーのポーチを開くマジックテープが剥がされる音が響く。

 

「有り得ないかも知れんが、万が一、億が一にでもキミ達の言葉と主張に一定の正当性があるなら、力にはなれるだろう。……多少の減刑が関の山だろうがな」

 

「……あはっ。あはは」

 

 これは参った。──本気にしてしまう。

 

「ダーリンって本当にお人好しだね。テロリストを庇うつもり?銃殺刑にでもされたいの?」

 

「……銃殺刑にしてくれるとは嬉しい限りだな。軍人としての名誉が守られるとは」

 

 首を括られる(絞首刑)など御免被る。そんな死に方は許容出来ない。軍人であるなら、銃殺刑が望ましい。

 

 本気でそう考えている──いや、それを彼女は知っている。()()()()でクロウの銃口の前に立った彼の姿が思い出された。

 

 ズタボロの見るも無惨な有り様だというのに、その立ち姿は堂々としていたばかりか、クロウへ対して啖呵を切って見せたのだ。

 

 太い杭に縛り付けられる未来が数分後に迫っていようと、弾薬を交付された銃殺隊が準備万端で待ち構えていようとも、彼は最後の望みに目隠しを拒む様子まで想像出来てしまった。

 

 特等席にいるというのに、軍人として最期に瞳へ焼き付ける絶好の機会を逃すなど許容できない、とばかりに。

 

「とはいえだ。無抵抗なまま銃殺されるのは些か趣味じゃない。だから教えてくれ。何故だ?何がキミ達をそこまでさせた?」

 

 このようなテロ行為に及んだのか──その理由を彼が改めて問う。

 

 暫しの間、バイパーは呼吸を整えた。或いは思考を整えたかったのかもしれない。

 

「……さぁね。大した理由なんてないと思うよ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていうか……」

 

「……いまひとつ要領を得ないな。俺の頭の問題かもしれないが……」

 

 言葉の応酬が交わされるムーアの視界の端──屈んでいたラピの手元で静かに太い電線が切断された。彼女が音を立てず腰を上げ、彼へ借りていたファイティングナイフのハンドルを差し出す。

 

 ──携帯を。

 

 彼はナイフを受け取り、刃を確認する。刃毀れは無しだ。それを鞘へ納めるムーアの傍らではラピが自身の携帯端末を取り出し、通信状態が復活していると認め、チャットアプリを起動させる様子が伺える。バイパーに悟られぬよう声は出せない。

 

 カウンターズ(分隊)のグループチャットを開き、液晶画面上で彼女の指先が滑り、弾かれる。フリック入力で現在位置の情報を送信したラピが携帯端末をジャケットのポケットに仕舞う。

 

 ──ドウシテ分カッタノデスカ?

 

 ──ジャミング装置ニハ電力が必要。

 

 多量の電流を通すのに用いられる電線だが、それを必要とする機材は生憎とこのトンネルの中に認められない。であれば、この電線から得られる電力を必要とする機材・装置の正体は自然と候補が絞られた。

 

 その旨を彼が手早くハンドサインで伝えるとラピの口角が緩む。

 

 ──コノ状況デナケレバ拍手シテイマシタ。

 

 返されたそれとアイコンタクトにムーアも苦笑気味の表情を浮かべ、肩を軽く竦めて見せる。

 

「──大した理由はないけど、ダーリンが本当に気になるなら教えてあげても……」

 

 その直後だ。バイパーがムーアとラピが立つ自身の背後へ身体ごと振り返る。

 

 彼女が向ける眼差しの先では、彼が新しい紙巻き煙草を銜えてオイルライターの火を点けようとしていた。

 

 何かが妙だ。

 

「……ねぇ、ダーリン。ちょっと携帯、見せてくれる?」

 

「済まないな。俺は自分のプライバシーは守りたい性分なんだ」

 

「え〜、そう言わず見せてよ。──私のも見せてあげる」

 

 バイパーは蠱惑的な笑みを浮かべつつ、握った携帯端末の液晶画面上に慣れた手付きで指先を滑らせる。

 

 その液晶画面を彼やラピに大して翳すと──彼等にとっても見慣れた仕様のグループチャットのルームが表示されていた。

 

 コメント入力欄には「Help me(助けて)」と打ち込まれている。あとは送信をタップすれば良いだけの状態だ。

 

「──見せてくれないなら、私の友達を呼ぶよ?」

 

「そうか。──なら、今直ぐ送った方が良いだろう」

 

 慌てる様子がない。勿論、彼という人物が目に見えて動揺する姿が想像し難いのもあるのだが。しかし一切のその片鱗も伺えないのはバイパーの眉根を寄せるのに充分すぎた。

 

「……どうして?」

 

 何故、慌てないのか──何故、仲間を呼ぶよう促すのか──二重の意味で問い掛けるとムーアは紙巻き煙草の吸い口を左手の指先で挟みつつ、深く紫煙を吸い込む。ニコチンとタールを堪能しながら、舌先に残る得も言われぬ苦味に鋭い双眸を細めた後、彼は理由を告げる。

 

「──こっちはもう送ったからな」

 

「……え?」

 

 意表を突かれた一言だったのだろう。バイパーの瞳が丸く見開かれた。

 

「どうやったの……?いや、その前に……ダーリン、燃やされたいの?壁が火炎放射器になってるって言ったよね?」

 

「あぁ、確かに言っていたな。──ラピ」

 

 彼が命じた直後だ。

 

 傍らに立っていたラピが長い片脚を振り上げ、彼女側に聳える湾曲を帯びた壁を蹴り付ける。

 

 重々しい衝突音がトンネルに反響すると同時に壁の一部が破壊された。建材が砕け、床に大小の破片が飛び散る。

 

「……ガスや油が出ないわね。そもそも壁全体が火炎放射器である筈がない。()()()()()のよ。油汚れもなく、熱による変形もない」

 

「……それとついでに言えば()()を注意されなかったからな」

 

 ラピが淡々と口にする横ではムーアが自身の銜える火の点いた紙巻き煙草を示した。

 

 壁全体に火炎放射器が仕込まれている──と仮定したとしても整備が追い付くとは思えない。何処かしらで程度の差こそあれ、ガスや油の漏れの危険性が生じて然るべきだ。

 

 バイパー自身を巻き込みかねない引火の危険性が高まる喫煙行動に対して彼女は一言の注意も発しなかった、とムーアは告げる。

 

「それにあなたなら、本物の中に偽物を隠す気がした」

 

 彼に続いたラピの言葉にバイパーは歯噛みする衝動を抑え、深い溜め息を漏らしつつ──握った携帯端末の送信のボタンをタップした。

 

「……平和にお喋りしたいのに、どうしてこんなにピリピリしてるの?」

 

「俺もお喋りは望む所だが、それはキミが投降するか、キミを捕らえた後だ」

 

 バイパーの視線の先でテトラライン、エリシオンで製造された2挺の突撃銃へ掛けられていた安全装置が指先で弾かれ、解除される光景が広がる。

 

 その直後のこと。

 

 バイパーの背後で複数の駆動音と飛翔音が響く。次第に接近しているのだろう。トンネルの通路に反響しながら接近する蜂の羽音にも似た複数のそれ──数機のドローンを認めたムーアとラピは携えた突撃銃の銃口を向け、ほぼ同時に引き金が引かれた。




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