勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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お目汚しになるかと存じますが、どうぞ


第6話 ※グロ注意

 

 

 ──あぁ、これはマズい。

 

 ムーアは内心で溜め息を吐き出すと同時に突撃銃の握把を握る右手の親指で安全装置を解除する。

 

「──()()()()()()な。ここは待ち伏せ(アンブッシュ)に最適だ」

 

 彼が独り言ちを漏らす間際に安全装置を外した音を聞き付けたのだろう。ラピが、そしてアニスが、次々に自らが握る火器を構えて安全装置を立て続けに解除する音が響き始める。

 

 ただでさえ市街地は遮蔽物が多い。待ち伏せの箇所も必然と多くなる。

 

 彼等が足跡を追って進んでいた道路上には不自然な程に瓦礫等がそれほど転がっていないというのに、その両側へ聳えるビルや立体駐車場であっただろう建造物は外壁が崩れ、いくつかは内部が見えてしまう程の朽ちた具合だ。

 

「ラプチャーに知能は無かったんじゃ…?」

 

「撤回するわ。私達は今、トーカティブの罠に落ちた」

 

 散弾銃を構えるネオンがミハラへ問い掛ける。彼女は銃身の長い突撃銃を構えつつ先だっての自身の発言を自ら撤回してみせた。

 

 途端、シンと静まり返った路上で構えた銃口を道沿いで廃墟同然の有り様の建造物へ向けながら警戒していた矢先──立体駐車場の屋上で何かが光った。

 

 彼の背筋がゾクリと粟立つ。

 

 明らかに狙われている、と本能が訴えた。

 

「──敵襲!!」

 

 それをムーアが視界の端に捉えた瞬間、素早く銃口を立体駐車場へ指向するや否や高度戦闘光学照準器(ACOG)を覗き込み、屋上で何かが光った一点へ向けて銃弾を叩き込んだ。

 

「──フォーメーションHO!」

 

 彼が敵影を発見し、銃撃を始めると分隊(カウンターズ)リーダーのラピが鋭く叫び、ただちにアニス、ネオンも即応し、指揮官であるムーアを中心に置いた防御の円陣を組む。

 

 彼がACOGのレティクルへ捉えたラプチャーは光線を放つ寸前、数発の銃弾が直撃したのか爆散して残骸の破片を撒き散らした。

 

「仕留めた!アニス、ラピ!スモーク!スモークを焚け!」

 

「逃げるの!?」

 

「あぁ、逃げる!」

 

 敵の総数不明、彼我の戦力、火力の差も不明とあっては逃げるしかない。

 

 彼の命令に従ってアニスが腰から下がるベルトへ吊るした発煙弾を握り、ラピは突撃銃の被筒下部へ取り付けた擲弾筒に発煙弾を装填。

 

 廃墟となったビル群や立体駐車場の内部──その暗がりの向こうでいくつもの赤い単眼が輝いたと同時に路上へ火線が集中する。

 

 なるべく身を低くしたいが、遮蔽物もなしでは長くは保たない。

 

 銃声が響き渡り、反撃の応射が至る所へ撃ち込まれる中、アニスがピンを抜いた発煙弾を投じ、続けてラピも擲弾筒から発砲。

 

 やがて黄色と白の煙幕が展開され、彼等の姿が隠蔽されるや否や、彼は進行方向であった先へ駆け抜けるよう命じる。

 

「──緊急を要する!一時的にワードレスの指揮権を頂くぞ!」

 

「えぇ!分かったわ指揮官!命令してちょうだい!」

 

「兎に角、走れ!ここでは分が悪い!ラピ、ミハラ!俺の隣に来い!」

 

 両分隊のリーダーを呼んだ彼は先に他の分隊員を退避させ、突撃銃を持つ3名で追撃してくるだろうラプチャー達に備える。

 

「──退がったよ!」

 

 150mほどを一気に駆け抜けた分隊員達が遮蔽物代わりの瓦礫へ転がり込むと、アニスが代表して彼等へ叫んだ。

 

 それを聞いた彼はまずミハラを行かせるのだが──

 

「──指揮官!」

 

「──撃て!」

 

 間が悪いことに展開した煙幕の中を突っ切って来たラプチャーの1機が彼へと砲口を向ける。瞬間、ラピと彼の突撃銃が向けられ、ほぼ同時に引き金が引かれた。

 

 連射で吐き出される銃弾の雨に晒され、撃破を認めるとムーアへ先に行くようラピが促す。

 

 頷いた彼は彼女の肩を軽く叩いてから10mほどを駆け抜け、立ち止まって振り向くと突撃銃を構えた。

 

「来い!援護する!」

 

 彼の合図を聞き取ったラピが駆け出すと再びラプチャーが──今度は3機も煙幕の中を突っ切って姿を現す。

 

 その先頭をまず潰そうと彼は膝撃ちの射撃姿勢を取り、ACOGのクロスヘアとなったレティクルへ敵の姿を捉えた途端、引き金を引いた。

 

「──やたら俺を狙って来るな!」

 

 あんなのは好みではないのにモテる男は辛い。

 

 彼へ向かって集中的に──明らかに意図的な狙いを付けているラプチャー達が放った光線の一筋が僅か一瞬の間に彼我の距離を縮めて迫る。人間離れしているとしか言えないがそれを反射的に横へ転がったムーアだが、避けきれずに右頬を光線が掠めてしまう。掠めただけだが肌が灼ける異臭が鼻を突いた。

 

 直ぐに立て直して応射を再開した彼の射線へ入らぬよう注意しながら走り抜けたラピもムーアが射撃する位置まで辿り着き、自らも同様に膝撃ちの姿勢となる。

 

 一連の行動を何度か繰り返し、ムーアとラピも援護射撃を始めた彼女達の元へ辿り着いた。

 

 光線が掠めた右頬がジクジクと僅かに痛む。グローブを嵌めた左手で軽く触れると血が付着しているではないか。灼くなら中途半端にではなくウェルダンで灼けば良いものを。

 

「──アニス、ユニ!撃ち込め!!」

 

 薄くなりつつある煙幕の向こうで赤い単眼の光が輝くのを認めたムーアがアニスとユニへ射撃を指示した。

 

 アニスは擲弾発射器を、そしてユニは──小柄な体躯に似合わぬ携行式多目的無反動砲(ランチャー)を肩へ担ぐやチラリと後方を確認する。味方が背後へ立っていないと確認したユニが照準器を覗き込み、小さな唇を赤い舌でペロリと舐める。

 

 安全装置を解除。細い指を乗せた引き金を引き切った途端に後方へ向かって爆風が発生し、土煙が巻き上がった。

 

 同時にアニスも擲弾を接近するラプチャーの群れへ向かって撃ち込む。弾着と共に爆風と破片、土砂すらも散弾となってラプチャーへ浴びせられ、敵が次々に部品であろう身体の一部を撒き散らしながら空中高くへ放り上げられる。

 

「──撃ち方止め!!」

 

 奇襲であった敵の攻撃をなんとか凌いだと判断した彼が命令を鋭く告げる。

 

 かなり危なかった。あの建造物の配置や地形だと両側面から光線の挟み打ちとなってしまいかねない状況であったが、なんとか危機を脱した安堵からかその場へ腰を下ろすと溜め息がムーアの唇から漏れ出た。

 

 ユニが発砲した無反動砲の爆風による砂塵が舞い散る中、ポーチを開けると彼は煙草を一本、オイルライターを取り出して火を点ける。

 

「──指揮官。大丈夫ですか?」

 

「…あぁ、問題ない。ワードレス分隊の指揮を解く。協力に感謝する」

 

「ありがとう。結構、息が合ってたんじゃないかしら?ユニ、そう思わない?」

 

 ミハラが突撃銃へ安全装置を掛けながら相方へ尋ねると、ユニは無反動砲へ次弾を装填しつつ頷き返した。

 

「うん。ユニはこの人たち好き。指揮官も好き!」

 

「…それは光栄だ」

 

 気怠げな──何処か情事の後の気怠さにも似た様子のまま左手の人差し指と中指で挟んだ煙草の紫煙を燻らせている彼へとミハラは流し目を送った。

 

「5人で分隊を編制するのも悪くはないと思うわ」

 

 まぁ悪くはない提案だが──と彼は考えるも彼女達が何処の誰の命令で動いているか、を思い出すと頷くことは出来ない。

 

 一応、他の意見も聞こうとムーアは弾倉の交換をしているラピへ視線を向けた。

 

 言葉で問うた訳ではないが、彼女は少し考え込んでから左右へ頭を振ってみせる。

 

 分隊のリーダーは申し出は受け入れられない、との返答だった。

 

「ねぇねぇ指揮官。ユニ、凄かった?」

 

「あぁ、凄かったぞ。なにせ粉微塵だからな」

 

 無反動砲を背負い直したユニが擦り寄って来ると彼は頷きつつ煙草を携帯灰皿へ投げ込んでから空いた左手を桃色の頭へ伸ばした。

 

 軽く撫でてやれば、ユニは目を細め、気持ち良さげな様子であったのだが──

 

「──じ、じゃあ…()()()ちょうだい?」

 

「──それは駄目だ。悪いが生憎と()()()の趣味はないんだ。それに…もう既に地味に痛いんだ」

 

 やはりと言うべきか、擦り寄ってきた理由が分かった彼は溜め息混じりに撫でていた左手を離すと自身の右頬を指差す。

 

 傷口の大半は瘡蓋のように焼き潰されて塞がっているのだが、一部は灼きが甘かったらしく血が滴り始めている。

 

「──指揮官、少しじっとしていて下さい」

 

 ラピが寄ってくると傍らへ片膝を突き、片方の黒いグローブを外して白く細い手で彼の右頬を覆う。チリッと少し硬い無精髭が手の平へ触れる感覚を覚える中、ラピは傍らで大人しく応急処置(止血)を受けるムーアへ視線を向けた。

 

「…昨夜も申し上げましたが指揮官はもっと御自分を労って──」

 

「──見付けた

 

 ──誰の声だ。

 

 聞き覚えのない低く唸るような声。それが背後から響き、鼓膜を震わせた瞬間、ムーアは反射的に傍らのラピの肩を左手で突き飛ばすや否や立ち上がりつつ振り向きざまに突撃銃の銃口を背後へ向けた。

 

 ACOGのレティクル一杯に映り込んだ歯科医に矯正して貰った方が良さそうな鋭い歯が並ぶ口が気色の悪い笑みを形作っている。

 

 少なくとも知り合いにこのような歯並びをした者はいない。

 

 掛けて間もない安全装置を親指で外し、引き金をガク引き気味に引き切って連射の銃声を奏で上げる。

 

 銃口から飛び出た弾頭は対ラプチャー用の代物だ。しかし眼前へ現れた正体不明の異形には堪えている様子が微塵も感じ取れなかった。小口径の弾頭が装甲に弾かれるかのような音が鳴り響く中、ミハラとユニの手が青く発光を始めた。

 

 異形の敵との距離は10mも離れていない。あまりにも至近過ぎる為、アニスが持つ擲弾発射器は使用不可能だ。擲弾が炸裂するには組み込まれた安全装置が解除される約30mほどの距離が必須である。

 

 彼女が素早く後退するのを援護する形でラピとネオンも動き、突撃銃と散弾銃の銃口を巨躯の敵へ向けて引き金を引いた時、ミハラが手へ生じさせた青い閃光を放ったかと思えば──握り拳を作って自身の腹部を殴り付ける。

 

 すると眼前の敵の身体がよろめいた。感覚交換によって痛みが生じているのだろう。すかさず今度はユニの放った青い閃光が空中を走り抜けた。

 

「──()()ね!」

 

 彼女の宣言と同時に巨躯の異形が不自然に身体の大きさに合わないようにも見える小さめの頭部を左右へ振り始める。

 

「──目が…?視覚を遮断したのか!

 

 喋るラプチャーを相手にするのは初めての経験の一同だが、驚いている暇はない。

 

「ラピ、ネオン!下が──」

 

 アニスも擲弾の安全装置が解除される距離まで後退したのを認め、ムーアがラピとネオンへ敵との距離を取るよう促した時だ。

 

「──感覚交換か

 

 鈍く湿った──何かを引き千切るような音が響き渡る。それは巨躯の異形が自らの太い腕の一部を自身で千切り取った音。

 

「──くっ…!?あ"あ…ッ!!」

 

 それだけでは終わらず、異形の敵は次々に自らの肉体の一部を乱暴に引き千切っては路上へ撒き散らす。

 

「──さぁ!耐えてみろ人間もどき!八つ裂きにされる苦痛に!

 

 感覚交換をしていたのではなかったのか。突如としてミハラが苦しみ始める。握った突撃銃が落ちた地面へ崩れ落ちると自身の身体へ走る激痛へ耐えるかの如くのたうち回り出した。

 

「ミハラ!こ、こいつ…ッ!」

 

 爬虫類の尻尾の骨格を模したかのような尻尾が振るわれる。一瞬でも地面でのたうち回っていたミハラへ意識が向けられていたユニはその鞭の如き一閃を捉え切れなかった。叩き付けられた尻尾の衝撃で彼女の小柄な身体が宙を舞う。

 

「ユニ…!…足の…形…ッ!」

 

 苦しみながらも吹き飛ばされた相方の無事を確かめようとするミハラだが、地べたへ這い蹲る格好だったからこそ異形の敵の正体の証拠が視界へ入った。

 

「こいつがトーカティブか…?」

 

「──視野を遮断したならまずは立っている位置を変えるのが基本だ。良く覚えておけ人間もどき

 

「──なるほど。確かにTalkative(お喋り野郎)だ」

 

 歯を食い縛りながら激痛に耐えるミハラの苦悶が籠もった声を間違いなく聞き届けたムーアは突撃銃の銃口を向けつつ異形の正体を呟いた。

 

 彼の銃口と視線が向けられる先では異形──トーカティブが自ら千切り取った肉体の部位が鈍い音を立てつつ、さながら逆再生か巻き戻しを掛けているかのように元へ戻って行く。──自己修復機能だ。

 

 その既存のラプチャーの規格に当て嵌まらない機能と光景にアニスが擲弾を発砲することすら忘れ、半ば呆然としてしまう。

 

「──人間!共に行こう!大人しく付いてくるなら危害は加えない

 

 ふとトーカティブの視線がムーアへと向けられる。気味の悪い笑みを形作った口が微かに上下しながら紡がれた言葉は世辞にも耳の保養とは言い難い。

 

「デートの誘いならドレスコードへ目を通してからだ。それから日を改めて言ってくれ。──分隊、撃ちまくれ!!」

 

 ベクトルの異なる低い声同士による応酬は短く終わりを告げ、彼が命じた瞬間、トーカティブへ向けて分隊の全火力が集中する。

 

 2挺の突撃銃、散弾銃、擲弾発射器がそれぞれ異なる銃声と発射音を奏で上げる四重奏。

 

 瞬間的な投射量は間違いなくトーカティブを怯ませる程だが──

 

「再装填──ッ!?」

 

 銃弾が尽きた弾倉を彼が交換しようとした瞬間、長く伸びる尻尾が横薙ぎに振るわれ──直撃を受けた右脚に激痛が走る。

 

 その衝撃力は凄まじく、背嚢を含めれば170kgに達するだろう長身の身体が錐揉みにも近い格好で宙を舞う。

 

 ヘルメットが、頭部へ付けていたヘッドセットも吹き飛びながらムーアの身体は背中から地面へ叩き付けられてしまう。

 

 背嚢がクッションになったのは幸いだが衝撃を受けた為にベルトが千切れ、一種の重石であった筈のそれから解放されたムーアが路上を無様に転がった。

 

「──仕方ない。腕や脚ぐらいはなくても機能に問題はないだろう

 

 ──視界が霞む。

 

 吹き飛ばされたと理解はしているムーアだが、路上を転がった際に頭を強かに打ったのだろう。瓦礫の破片で切ったのか頭部から血を流し、仰向けのまま曇り空が広がる頭上を見上げていた。

 

 遠くから重量のある物体が近付いてくる地響きの如き足音を感じ、全身が酷い倦怠感に障まれる中、なんとか上体を起こす。鍛えられた腹筋のみを使って上体を起こすと──右脚の異常を視界に捉えた。

 

 構造上、膝下の脛には関節はない。だというのに真横へ向かって曲がっているではないか。それどころか折れた骨の先端が肉と皮膚、そして戦闘服の生地を突き破り白い脛骨と腓骨が赤い血に染まって両方とも顔を覗かせている。

 

 それを認めた時──全身に激痛が瞬く間に駆け抜けた。

 

 思わず負傷した部位を保護しようとムーアは手を伸ばすが、まずは近付いてくるトーカティブから逃げるのが先と理性が判断した矢先、彼へ接近する異形へ立ち塞がる人影があった。

 

 ラピである。突撃銃を構え、その銃口をトーカティブへ向けながら赤い瞳を細めて睨み付ける。

 

 自身とムーアの間に立ち塞がった彼女を目撃したトーカティブが立ち止まる。視線がラピへ向けられ、つぶさに観察されたかと思いきや──その薄気味悪い口の奥から哄笑のような笑い声を吐き出した。

 

「──フェアリーテールモデル、レッドフードか

 

「──黙れ…!」

 

「──ふははは!今日は本当に運が良いな!

 

 哄笑を奏でる敵を眼前にしながらラピは肩越しに彼へ僅かに視線を向け、時間を稼いでいる間に退避するよう促すのだが──彼女の意識が外れたのを察したトーカティブが再び尻尾を振るう。

 

 ──避けろ、とムーアが警告する間もなく彼女の身体が軽々と払い除けられ、吹き飛ばされた。

 

 ラピが瓦礫の上へ落下し、助け起こそうとするネオンの姿が視界の端へ映ったムーアの右脚へ突如として尻尾が皮膚を突き破って食い込みつつ巻き付いたかと思えば、彼の意思を無視して身体が引き摺られ始める。

 

「アニス!撃って!」

 

「駄目!破片が指揮官様に当たる!」

 

 助け起こされたラピが擲弾発射器を構えるアニスへ命じるも、トーカティブとムーアの距離が近過ぎて撃てないと返す。

 

 ただでさえ骨が折れ、尖った骨の先端が肉を突き破っているのに尻尾が肌へ食い込めば彼はのたうち回る程の激痛を味わうはめとなる。

 

 歯を食い縛りながら、なんとか脱しようと無事である左脚や両手を使ってその場へ留まろうとするが──伸びる右脚の肉と筋繊維が断裂し、新たな激痛が駆け抜ける。

 

「──人間、悪足掻きは止めろ

 

 トーカティブが低く唸りながら脱出を試みるムーアを牽制するかのように右脚へ巻き付けた尻尾を更に圧した。

 

「ガアァ"ァ!!!?」

 

 激痛の余り、彼の口から声にならない悲鳴が上がる。

 

 凄まじい痛みは人間の抵抗感を薄れさせる──そのように()()が植え付けられているトーカティブはそれに従って行動した結果、確かに彼からの抵抗が弱々しくなった。

 

 結果に満足し、薄気味悪い口を歪ませるのだが──

 

「──人間、何をしている

 

 引き摺っていた筈のムーアが上体を起こしたかと思えば、纏っているボディアーマーへ吊るしているファイティングナイフのハンドルを握り、グラインダーで良く磨がれた黒い刃を抜き払う。

 

 まだ悪足掻きか。諦めれば良いモノを。

 

 トーカティブはその刃物が自分へ効く訳もないのに健気なのか、無様なのか、ムーアが悪足掻きを試して逃れようとしていると感じたらしい。

 

 更に強く尻尾を締め付け、絡み付けた右脚へ圧を加える。

 

 しかし──彼は悲鳴を上げなかった。とうとう激痛で痛覚が麻痺したのだろうか。

 

 トーカティブが困惑する中、彼は握ったナイフの刃を自身の脛の裏へと向けながら口角を釣り上げる。

 

 口元へ笑みを浮かべ、瞳孔が開いた濃い茶色の瞳をトーカティブへ向けたムーアがナイフの刃を満身の力を込めて喰い込ませた途端、部下のニケ達が彼が何をしようとしているのかを察してしまう。

 

「──ッ!指揮官!何を!?」

 

「──指揮官様!?」

 

「──師匠!?駄目です!!」

 

 ──こうでもしなきゃ戦えないだろう。戦わなきゃ勝てんだろう。

 

 悲鳴と共に思い留まるよう求める彼女達には申し訳ないが──彼は躊躇いなど持たない。反撃が叶うのであれば、一瞬でもその瞬間が訪れるというならば何を躊躇することがあろうか。

 

 脚部からの大出血の場合、1分から数分以内に止血しなければあの世が向こうからやって来る。

 

 残された時間。カウントダウンがゼロへ至るまでのそれは人生最高の時間となりそうな予感がしてならない。

 

 隠しようがない高揚感と興奮で痛覚が麻痺した彼は改めてトーカティブを見据える。

 

 此処に至って異形も察したのか困惑の様子となっている。

 

 それを認めたムーアの心中にどうしようもない程の優越感が芽吹いた。

 

 

 ──ざまぁみろ。あまりナメてくれるなよ。

 

 

 内心で毒づいた彼は握ったハンドルを潰さんばかりに力を込め、ナイフの刃を手前へ引き切る。

 

 ズタズタとなった皮膚と肉、そして折れて砕けた骨の隙間を呆気ない程に刃が通り抜け、切断面から蛇口を捻ったように夥しい出血が始まった。

 




タグに【四肢切断】とか注意を入れた方が良いのでしょうか?
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