勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
トンネルの暗闇に閃光が奔る。
反響する銃声はいっそ耳障りな程だ。
「──ちっ……」
真正面切っての戦闘は得意ではない──それを自覚しているクロウは思わず舌打ちを響かせた。
トンネルの隅には放置された建材が集積されているのもあり、有り難く遮蔽物にしているが果たしていつまで保つのやら。
反対側にはバイパーやジャッカルがクロウと同様の格好で横殴りの雨よろしく撃ち込まれる銃撃を凌いでいた。
そっとバイパーが身を隠す遮蔽物から頭を出そうとした矢先だ。短連射の3発の銃弾が彼女の頭髪を何筋か切り裂く。
──容赦なしか。
今のは
口と脳は残してくれる話ではなかったのだろうか。
おそらく反射的に──物陰で何かが動いたから撃ってしまった、といったところかもしれない。いずれにせよ迷惑──いや、厄介な相手だ。
流石は地上奪還の派遣作戦で幾度もラプチャーが跋扈する地上へ送り込まれ、その都度、生還を果たしているだけはある。
さて、どうするか──とクロウは考えつつ、握った短機関銃の一挺を物陰から覗かせ、牽制の射撃を撃ち込むみ、腕を直ぐに引っ込めた。
なにせ次の瞬間には応射の銃撃が返って来るのだ。
「──バイパー!」
反響する銃声、トンネルを構成する鋼材で弾道が逸れて跳ねたのか間近を通過する銃弾の掠める音。
その只中でクロウはバイパーの名を呼ぶ。
ここでは埒が明かない。移動する旨を手振りと目線で伝え終わるか否かの時だ。
ゴトリ──やや重量を感じさせる鈍い音が銃声の只中でもクロウの聴覚センサーを擽った。
彼女とバイパー、ジャッカルを分かつ中間へ投げ込まれ、トンネルの床を転がる破片手榴弾──それを認めたクロウは反射的にその場へ伏せる。
安全装置であるトリガーは既に無く、刻一刻と内部へ充填された炸薬と手榴弾本体の弾殻が周囲に飛散する撃発の瞬間が迫っていた。
遮蔽物の向こうでFlag out──手榴弾を投擲する際、味方へ対する警告のそれが響いた記憶はない。あれほど聞き取り易い声音の持ち主が銃声の反響にも負けない大声で叫ばなかった点へクロウは今更、疑問を抱く。以前に同行した任務では警告を発する姿を数回ほど認めているのもあって疑問を感じたのだろう。
しかしそれは直ぐに解消された。
その瞬間、間近で手榴弾が炸裂した。
対ラプチャー用のそれだ。弾殻の破片が周囲へ飛散しクロウの頭髪を何筋か切り裂く。寸でのところだった。一瞬の熱い爆風もガッデシアムの肌を舐めるように過ぎ去る。
幸運なことに無傷──それに安堵の暇すら与えてくれない者が相手である、と彼女が改めて思い知ったのは伏せていた身を起こした直後だ。
強い衝撃──頭部に感じたそれは重々しく、クロウの身体が浮かび上がる程だった。しかし頭部は弾けていない。仮に弾けていたなら、頭部に衝撃を感じた直後に意識すら消えているだろう。
ガツンとガッデシアムで作られた肌や
いつの間に突っ込んで来たのか。おそらくは手榴弾を投げ込んだ直後には駆け出していたのかもしれない。飛散する破片の加害範囲へ飛び込む危険な行為であるのは言わずもがな。
それすら厭わずに突っ込んで来る者の正体をクロウは眼前でチカチカと星が瞬くような感覚を味わいながら察する。
「──ッ……!!」
首が折れそうな程の衝撃に仰け反りつつ浮かび上がった身体を踏ん張ってなんとか耐え、姿勢を元に戻そうとしたクロウの瞳が長身かつ大柄の人影を認めた次の瞬間──今度は腹部を貫くような鋭い一撃の衝撃。
「──カハッ……!!」
思わず
彼女が怯んだのは一瞬だっただろう。しかし銃口での痛烈な刺突を見舞った青年にとっては充分過ぎる時間だ。
クロウの脚をタンカラーのブーツで払い飛ばしつつ、握った突撃銃を用いて上体を押せば、彼女はさながら空中で半回転する格好のままトンネルの床へ倒れ込んだ。
「──クロウ!!」
トンネルに反響した悲鳴にも似た高い声。バイパーだ。片膝立ちの彼女が青年へ握った
引き金の
クッと引き絞った指先に最後の力を込めようとする刹那の瞬間だ。
──あぁ。…気を付けてな
いつかのニケフィリアクラブ──別れ際に交わした彼との会話がバイパーの脳裏を駆け抜ける。
とんだお人好し──以前の任務で騙され、死にかけた筈だというのに、とんだお人好しだ。別れ際に放たれた彼の何気ない一言が彼女の脳裏で反響する。
ズキリ、と胸の奥が痛くて仕方ない。
バイパーの指先が思わず鈍る。
「──えへへへ!指揮官〜〜!!」
その瞬間だ。彼女の肩に走る衝撃で握った散弾銃の銃口が逸れた。
ジャッカルがバイパーを押し退けながら彼へ向かって駆け出した際、彼女の肩へ身体が当たってしまったのだ。
「指揮官〜〜!遊ぼ〜〜!!」
真正面からムーアへ突っ込む形となったジャッカルは弾けるような笑顔を浮かべたまま彼へ駆け寄る。
そのままハグ──という微笑ましい光景には当然ならない。
バイパーの目には彼が腰を落としつつ、駆け寄って来たジャッカルを放り投げたように見えた。
ジャッカルの身体が宙へ浮かび、背中から受け身も取れずに落下する最中、姿勢を直した青年が突撃銃を構える。
銃口は微動だにせず──バイパーを指向していた。
引き金へ掛けられた指先の動きに躊躇は一切なかった。
トンネルへ1発の銃声が響き渡る──思わずバイパーが被弾に備えて息を飲み、身体が吹き飛ぶ衝撃に備えた。しかし彼女の身体がまるごと吹き飛ばされることはなかった。その代わりにバイパーが握る散弾銃は放たれた銃弾によって半ばから切断されてしまう。彼女の手の平に痺れる感覚だけが残る。
「──動くな」
低い声──僅かでも動けば、四肢のいずれか、もしくはいつぞやのように今度は彼女の腹部へ風穴が空くと言外に警告された。
火の点いた煙草を銜えての白兵戦へ及んだムーアの呼吸に乱れは見受けられない。
彼に遅れ、
「……いくらなんでも強すぎ」
「地上でのハードトレーニングのお陰です」
ムーアに代わり、ネオンが散弾銃の銃口をバイパーへ向ける。その銃口が真円に見えた彼女は最早、使い物にならない自身の散弾銃を投げ捨て、両手を挙げる仕草を取る。
これで制圧した──僅かな安堵もあって彼が警戒を幾許か解き、銜えた煙草を携帯灰皿へ投げ込んだ直後だ。
──トンネルの両側面の壁から火炎が迸る。
密閉空間であるのも手伝い、たちまち周囲の温度は上昇を始めた。
「──全壁面の火炎放射器を稼働した。──温度を上げて酸素を燃やす。ここは密閉空間だから熱は籠るし、酸素も足りなくなる」
突如として始まった火炎の噴射──それを稼働させたクロウが腹部を押さえつつ立ち上がる。彼女がこのような行動を起こした理由を察したラピは火炎放射器を止めさせようと掴み掛かるが、それをクロウは言葉で牽制する。
「おっと、動かない方が良い。これを消せるのはあたしだけだ。消し方はあたししか知らない」
その言葉でラピは動きを止める他ない。彼女の瞳がムーアの状態を確かめようと向けられる。
急激に上昇する空気は熱さすら感じる。それを直接、吸い込んで気管や肺を損傷しないよう彼は戦闘服の袖で口元や鼻を押さえている。だが、酸素濃度も減少の一途を辿っている。酸欠になるのは時間の問題にも見えた。
退路は──とラピは背後を振り返る。
「逃げ出そうなんて考えない方が良いよ?後ろからも火が出てるから。さっき言ったけど、ニケでも燃えちゃうかもね」
ねっとりと絡み付くような声音──バイパーの言う通り、ラピの向ける視線の先も太い火炎が幾筋も真横から噴き出している。
前進、後退、いずれも困難極まりない。
「一緒に窒息するか、火達磨になろうって意味?」
用意周到に加え、随分と卑劣な遣り口だ。それをアニスが非難するも、バイパーは一蹴の言葉を返す。
「まさか。
人並み外れた体力や戦闘能力を有しているムーアだが、酸素が欠乏すれば、その脅威は半減するとクロウ達は見込んでいたのだろう。
同時にこれまた用意周到だが、バイパーは上着の影から防護マスクに似た面体を取り出して彼女達へ見せ付ける。
「──酸素マスクね。最初から指揮官様を人質に取るつもりだったの?」
「会話が成り立たなかった時のプランBって奴だよ。私達と話し合う気がなさそうだったから」
「あ〜はいはい、分かったわ。話しましょ。話を聞くから、早く
「もう遅いよ。ダーリンを渡してくれたら、これを付けてあげる」
彼女達の会話は火炎の噴射の音も重なり、ムーアは明瞭に聞き取れなかった。
むしろ聞き耳を立てる余裕がなくなり始めた、とも言える。
急激な酸素濃度の減少──めまいや吐き気、頭痛に倦怠感を感じていたが、充分な酸素が身体や脳に行き渡らなくなったのだろう。
呼吸困難による息苦しさ、胸部の圧迫感、動悸、四肢の痺れが目立ち始めた。
目の前が徐々に暗くなる──意識が途切れそうなのだ。
「──師匠!大丈夫ですか!?」
傍らに立ったネオンが長身の彼を支えつつ──咄嗟の判断でムーアの纏う戦闘服のパンツのポケットへ位置追跡用の発信機を捩じ込んだ。
次いでネオンは本命の代物を──と考えたが、彼の纏うボディアーマーに存在する似たような代物を認め、手を引っ込めた。
──気付いて下さいね、師匠。
話し合いが纏ったのだろう。ネオンが支えるムーアへ二人の人影が迫る。クロウとバイパーだ。
バイパーが握る酸素マスクが彼の顔を覆い、長くても十数分間だけ酸素を吸入させるボタンが押された。
これで彼の脳や四肢の末端にまで酸素が行き渡るだろう。
「──おっと……忘れるところだった」
思い出したようにクロウは細い手に握った無針注射器を彼の首筋に宛てがう。
プシャッと薬剤が注入された音に続き、彼女は用済みとなった注射器を投げ捨てた。
「──少しの間、大人しくしていてくれ」
用意したおいて良かった──先程の一戦で改めて思い知ったが、やはり真正面からの白兵戦では勝ち目がない。
酸素を与え、余力が生まれた後にまた暴れられては面倒なのだ。