勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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あけましておめでとうございます。本年も拙作へのお付き合い宜しくお願い致します。


第13話

 

 アウターリムの路地を一匹の金色の龍が駆けていた。

 

 金色の東洋の龍が描かれた丈が長く黒地の上着を纏い、その下へ金糸雀色の生地に大輪の牡丹をいくつもあしらった服──アンダーワールドクイーンの一角であり、牡丹会を束ねる大侠客であるモランだ。

 

 息を切らしつつ彼女は長身の恵体で一陣の風となりながら先を急いでいた。

 

「──間に合うか……!」

 

 猶予はほぼない。駆け付けたところで間に合うかどうかすら分からない。

 

 溺れる者はなんとやら──モランは携帯端末を取り出すなり、慣れた手付きでアドレス帳から探し当てた個人名をタップすると電話を掛ける。

 

「──出ろ、出ろ…!早く……頼む……!」

 

 呼び出しのコールが無機質に耳元へ宛てがった携帯端末から流れる。果たして何度目の呼び出しで通話へ応じたのだろう。

 

〈──はい、なんでしょう〉

 

「やっと出たか!おい、サクラ!もうすぐドバンがアウターリムに来るぞ!もう先発隊を送ってる!防壁を勝手に開けて対人火器で武装したニケを送って来たんだ!」

 

 呼び出したのは同じくアンダーワールドクイーンの一角に君臨する清明会当主であるサクラだ。彼女は平素と変わらぬ様子で静かに、そして用件を端的に求める声を携帯端末越しに投げ掛けた。

 

 こんな状況で良くも落ち着いていられる、という苛立ちもあってかモランは語気を僅かだが荒くし、だが用件を手短に告げる。

 

 これで少しは腰の重い清明会当主も事態を重く受け止めるだろう──とモランが期待を込めるのは当然の流れだ。

 

〈──そうですか〉

 

 しかしサクラが返したのは、狼狽や困惑とは程遠く、やはり平素と変わらぬ落ち着いた声音である。

 

「そうですか、って……なに落ち着いてんだよ!?早く合流しろ!たぶん次はもっと数を連れてくる筈だ!俺一人じゃ止めらんねぇよ!」

 

〈──私にはすべきことがあります。残念ですが、手伝うことは出来ません〉

 

「はぁ!?すべきこと!?」

 

〈──大事なことです〉

 

 これが遠回しな、或いは回りくどい婉曲表現とかいうやつであろうか──と真意が掴めない物言いばかりのサクラへモランは苛立ち紛れに言い返す。

 

「アウターリムが壊滅するかもしれないんだぞ!それより大事なことってなんだよ!」

 

〈──モラン〉

 

 苛立ちもあって語気が強くなるモランを鎮静化させるに充分とは言えないものの、サクラが彼女の名を静かに呼ぶ。

 

〈──()()()()()()()()()()()()をして下さい。──信じています〉

 

 それだけを告げれば充分とサクラは判断したのだろう。彼女は一方的に通話を切った。

 

 切りやがった、とモランが舌打ちをかます。防壁まで間もなくのところだ。

 

 応援の類は求めたが、言葉だけの応援(エール)より物理的なそれを彼女は現在欲しているのだ。

 

 背に腹は代えられない──気分的にあまり進まないが。

 

 モランの指先が動き、液晶画面へ映るアドレス帳のRの頭文字を持つ個人名の一覧の中から選ばれた1名の名前。それがタップされた。

 

 呼び出しの電子音のコールが数回──サクラよりかは幾らか短く通話に応じてくれたらしい。

 

「──おい、()()()()

 

〈──なに?()()()()?〉

 

 電話口の向こうへ出たのはヘッドニアのボスであるロザンナだ。喧嘩腰にも受け取れる物言いでモランが口にした揶揄へ、ロザンナは同様の揶揄を返す。

 

 声音からだけでも「あたし、忙しいんだケド」と否応なく伝えられている気分でもある。昼寝でもしていたのだろうか。それにしては寝起きを感じさせる声ではない。

 

「アウターリムに来てくれ」

 

〈──行かない〉

 

 要求や用件は手短に。これを念頭に入れて端的極まる用件をモランが伝えるが、ロザンナが返す言葉は拒絶である。

 

 どいつもこいつも──とモランが頭を掻き毟りたい衝動に耐えながら電話口向こうへ切迫した状況を語る。

 

「俺を助けてくれよ!ドバンが──」

 

〈──防壁を開けて、ラプチャー退治を口実に量産型ニケをアウターリムに送ったって?しかも対人火器で武装して?〉

 

「おう!……ん?……なんで知ってんだ?」

 

〈──むしろ、なんで知らないの?〉

 

「えっ?」

 

 思わずモランの駆けていた足が止まる。

 

 何故、知っているのか──ロザンナへ問うと彼女からすれば意外な言葉が返された。

 

〈──自分がドバンになったつもりで考えてみなさいよ〉

 

「……?……俺はドバンじゃないぞ?」

 

〈──あ〜はいはい、そうね〉

 

 何故だろうか。電話口の向こうでロザンナが呆れた様子のまま対応している姿をモランは幻視してしまう。

 

 ついでに目頭も揉んでいそうだ。

 

 ますますモランの頭上へ不可視の疑問符が浮かぶ中、通話相手のロザンナが溜め息を漏らす音が聞こえた。

 

〈──兎に角、あたしは忙しいの。行けないから勝手にやって〉

 

「え?お前にも大事な用事があんのか?」

 

〈──おっ、良く分かってんじゃん。だからそこで持ち堪えて。良い?〉

 

「お前ら、マジで揃いも揃って薄情だろ!少しは弟を見習えって!アイツ、自分のところの部隊をアウターリムを守る為に貸してくれたんだぞ!」

 

〈──ミスターが?〉

 

 弟──ムーアを引き合いに出すなり、モランは電話口の向こうにいるロザンナの声音が1オクターブほど高くなったような気がした。

 

〈──ミスターの部隊……特殊別働隊(カウンターズ)?〉

 

「いや、違うぞ。量産型ニケの分隊をいくつかだ」

 

〈──武装は?〉

 

「は?武装?」

 

〈──どっち?対人?それとも対ラプチャー?〉

 

「そりゃ、アウターリム(こっち)に来るまでラプチャーを狩ってたみたいだから……」

 

〈──対ラプチャー火器で武装した量産型ニケの分隊……前哨基地所属なら戦闘力は……〉

 

 ブツブツと何か思案を巡らせている様子のロザンナには悪いが、状況は差し迫っているのだ。

 

 とはいえ()()()()()の存在が彼女の琴線へ触れたのは間違いない。風向きが変わった──気がしたモランは再度、応援を要求する。

 

「だから助けに来てくれ」

 

〈──悪いケド、さっきも言った通りあたしは忙しいの。頑張って、ね?〉

 

 プツと通話が切れた。どうやら風向きが変わったとモランが感じたのは、ただの勘違いであったらしい。

 

「アイツら……マジで……!」

 

 薄情すぎやしないだろうか。アンダーワールドクイーンという大元はテトララインのCEOが纏める部隊ではあるが、一皮剥けば競合他社のようなものだ。確かに仲良しこよしをする義理はないであろうが事が事である。

 

 ここはひとつ所属や組織の垣根を超え、仁義の言葉の下にひとつに結束するのが道理では──とモランの内心が荒れ狂う寸前の瞬間、液晶画面へロザンナが電話を掛けてきたと表示される。

 

 通話へスワイプし、慌てて、しかし喜色を浮かべながらモランは電話口の向こうへ語り掛ける。

 

「なんだ!?やっぱり助けに来てくれるのか!?」

 

〈──言い忘れてたんだケド、ミスターに宜しくね?〉

 

「おいっ!!って切りやがった!!」

 

 俺は伝言板か何かか。そんなものは個人のメッセージで伝えろ、とモランが激昂するよりも早く、ロザンナはたちまち通話を切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──あなたがこの部隊の指揮官ですか?」

 

 突然、現れた着物姿の女性。その背後に護衛であろうことを伺わせる男達を従えた彼女は臨時の避難キャンプを警護する任務を仰せつかり、量産型ニケ一個小隊規模の部隊を代行で纏める立場となった青年へ歩み寄る。

 

「──それ以上は近付かないで下さい!」

 

 青年──中央政府軍装備開発管理局のパトリック・グリフィス伍長はイーグルから貸して貰ったホルスターに納めている拳銃を抜いた。

 

 それを目撃した護衛の男達も懐へ手を突っ込み、同様の代物を覗かせようとしたが──代行とはいえ、()()()が拳銃を抜いた瞬間、青年が率いる量産型ニケ達がそれぞれの車輌へ据えられた50口径の機関銃や各々の火器の銃口を素早く向け、安全装置を解除する素振りを見せる。

 

 かなりの練度を持つ部隊である、と女性──サクラは察しつつ背後に従えた護衛達へ下がるよう促す。

 

 量産型ニケ達のリミッターが外れているか否かは分からないが、火力の差は歴然だ。真っ向から撃ち合いになれば小火器程度のそれしか携行していない護衛達は分が悪いと判断したサクラからの命令へ男達は不承不承と頷いた。

 

「……部下達が失礼しました。あなたがこの部隊の指揮官でしょうか?御尊名を頂ければ幸いです」

 

「……パトリック、パトリック・グリフィス伍長です」

 

「はじめまして、グリフィス伍長。お会いできて光栄です。銃を下ろして頂けませんか?あなた方やキャンプの住民へ危害を加えるつもりはありません」

 

 なるべく穏便に済ませたい。サクラから滲み出る雰囲気を察してか──或いは、銃口を突き付け合って、その内に銃撃戦を展開することで流れ弾が避難キャンプへ向かう危険性を感じたのか。伍長は戦闘の準備を整えた量産型ニケ達へ銃口を下ろすよう指示する。

 

 指示に従った格好の量産型ニケ達だが、青年の隣に控えるソルジャーE.G.──イーグルと呼ばれる彼女は伍長へ怪訝な眼差しを向けた。真意が分からないというのに不用意に過ぎるのではないか、という眼差しだ。

 

「……ねぇ?あの人、何処かで見た覚えない?」

 

「……有名人?最近、テトラのチャンネルにでも出てた?」

 

「いや、違くて……」

 

 量産型ニケ達の囁きが飛び交う。見覚えがあるのはその通りである。彼女、サクラは前哨基地へ足を運んでいるのだ。

 

「……当キャンプへ来た目的は?」

 

 警戒を露わにしながら対峙する格好となった伍長が尋ねる。身形は整っているが、上流階級の者ではない。明らかに民間人とは思えない雰囲気を纏ったサクラへの第一印象から伍長が尋ねるのも道理だ。

 

 拳銃こそ下ろしたが、ホルスターには納められていないそれを認めたサクラは言葉を返す。

 

 住民達の武装解除へ来た、と。

 

 半信半疑が解けない伍長だが、事は一刻を争うと言うサクラの物言いに妥協し、彼と量産型ニケ数名を連れて彼女やその護衛達へ同行する形でキャンプへの入場を許可した。

 

 サクラの言葉に偽りがなかったと証明されるまでに時間は然程必要なかった。

 

 清明会を束ねる彼女が避難キャンプの一時的な纏め役の男性へ掛け合い──少しばかり抵抗もあったが、護衛達の威圧感も利用して避難した住民達が所持する護身用の武器の類が一箇所へ集積されていくのだ。

 

「──グリフィス伍長。どう思う?」

 

「……どう、と言うと……あのサクラさんが言っていた?」

 

 武装解除を見届ける役目となった伍長の眼前へ積み重なる自動小銃や拳銃の数々。良くもまぁこれほど隠し持っていたものだ、と呆れるやら感心するやらだ。

 

 清明会の黒服達に加え、量産型ニケも数名が手伝い、住民から渡された武器の弾倉を抜き、薬室も点検して火器を集積する光景を眺める伍長の隣へ立ったイーグルが頷いた。それを視界の隅で捉えた伍長が複雑な心境を口にする。

 

「ドバン副司令官が対人火器で武装した量産型ニケを連れてアウターリムに攻めて来る──自分も同じ軍部の人間です。正直、実感が薄いです。普段なら荒唐無稽に感じるでしょうが……」

 

 前代未聞の事件が発生し、穴が空いたエターナルスカイからラプチャーが群れをなしてアークへ侵入した──そればかりか立て続けにヘレティックの侵入、ピルグリムの降臨と目まぐるしく状況が更新されている。

 

 優先すべきは混乱するアークの治安維持、そして尚も活動しているラプチャーの掃討。これが最優先事項の筈だ。それから外れた行動を軍部の一角を担う副司令官が──俄には信じられない情報である。真偽を疑う程だ。

 

 だが、裏社会を纏めるアンダーワールドクイーンの一角が組織の構成員を率い、住民達の武装解除へ乗り出している光景が目の前に広がっているのだ。これで正真正銘、住民達は身ひとつ。

 

「……アウターリムの住民は被害者である必要がある、でしたか」

 

 事実その通りなのだが、サクラが纏め役に語った言葉を伍長は舌へ乗せて反芻する。

 

「……下手をすれば中央政府軍と撃ち合いになるかもしれない。私達からすれば、また、になるけれど」

 

「……噂は本当でしたか」

 

「実際は指揮官がお一人で戦った、のが真相だけれどね」

 

 ふと幼子を数名連れ、見窄らしい擦り切れた服を着込む少女が量産型ニケの前へ進み出た。似つかわしくない拳銃を量産型ニケへ渡し、武装解除を済ませるなり幼子達の背を押して住民達の元へ戻る様子を伍長の瞳が捉えた。

 

 数名の幼子達、その内にいる男児の丸っこい瞳が伍長の姿を捉える。状況を理解しているのかいないのか──男児は屈託のない笑みを浮かべつつ、伍長へ右手を額の前へ翳す挙手敬礼を送る。

 

 それを認めた伍長は反射的に姿勢を正した。

 

 カツンと靴の踵を合わせ、不動の姿勢を取った後、志願入隊から何百、何千と繰り返した挙手の敬礼での答礼を返す。

 

 思いの外、格好の付いた敬礼だったように思われる。答礼を受けた男児が笑みを浮かべる姿を伍長は見送り、やがて右腕を下ろして敬礼の姿を解いた。

 

「──あなたはどうする?」

 

「……と言いますと?」

 

「分かってるでしょ?」

 

 敬礼を解いた伍長へイーグルは言外に尋ねる。

 

 同じ軍部の──階級こそ伍長は下士官だが、このまま避難キャンプの警護と護衛、ひいてはアウターリムの防衛に従事した場合、報復措置が取られる可能性が高い。

 

 副司令官に下士官が盾突いた──漏れ聞こえるドバンの性格と言えば良いのか、それとも為人か、あまり良い結末は期待出来そうにない。

 

 だからこそ、イーグルは言外に勧めるのだ。ここで逃げろ、と。

 

「……私達は別に構わないし、指揮官も………言葉は悪いけれど伍長にそれほど期待はしていないと思う。指揮は私が引き継げば問題はないからね」

 

「……だから、逃げろ、と?」

 

 その方が良い。今後も末端とはいえ、中央政府軍の軍人を続けるつもりなら。

 

 伍長も愚鈍ではない。その囁きは先程から自分自身の内側から響いているのだ。

 

 保身は人並みにある、とは思う。正直に言えば、逃げ出したいのも本音だ。

 

 しかし──

 

「……イーグルさん。自分は何に見えますか?」

 

「……人間ね」

 

「はい、人間です。じゃあ、彼等は?」

 

 彼等──と伍長は臨時の避難キャンプへ身を寄せるアウターリムの住民達を示す。

 

 自身が人間に見えるなら、彼等は違うのか、と彼はイーグルへ問い掛けた後、伍長は続けた。

 

「前哨基地の兵力が動いた出動目的はなんでしたか?」

 

「……目的はアークの防衛、避難が遅れた市民の保護、テロリストないしラプチャー等の敵性勢力の掃討」

 

 非常呼集が発せられた後、ムーアから口頭で告げられた出動目的をイーグルは答える。これは伍長も道中で伝え聞いている。今更、何なのか、と彼女が訝しんだのも束の間だ。

 

「──では、アウターリムの防衛は()()()()()に該当しますね?」

 

「……それ、大丈夫なの?」

 

「………大丈夫では……ないと思いますけれど……」

 

「後悔しない?」

 

 拡大解釈すれば──いや、かなり無理のある拡大解釈だと伍長も感じてはいる。しかし副司令官へ対抗するにはそれなりの大義名分が必要なのだ。

 

 これで自分の軍人としての軍歴は終わりか、とすら伍長は考える。不名誉除隊か、更生館行きの処分が下るかもしれない。

 

 しかし不思議と後悔らしいそれは感じられない。後になってやって来るかもしれない感情だが、現在にそれを感じないならば恐らくは訪れないだろうという自負もあった。

 

 伍長は溜め息を漏らし、被ったヘルメットの庇を摘んで目元を隠しながら呟く。

 

「──後先のことばかり考えて、正しいと思える行いをしない方がきっと僕は後悔します」

 

 その呟きを拾ったイーグルは口元を隠したマスク越しでも分かる程、呆気に取られた表情を浮かべたが、次いで苦笑を漏らしつつ伍長の背を軽く叩いた。

 

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