勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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今回のお話で本章は一区切りとしまして、次話からは──まぁ終盤となるでしょうが、いよいよムーア少佐のアイドル復活です……!



第19話

 

 

「──民間人の重軽傷者を含めた247名、負傷した量産型ニケ15名を確かに引き渡した。医療センターまでの搬送を引き継ぐ。宜しく頼んだ」

 

「──了解しました」

 

 駅のホームへ列車が停車した。ここまでは普段と同じ光景である。しかし乗車する乗客達の足取りは一様に重く、遅々として進まず、そして顔色は優れない。

 

 先を争うこともなく、互いが互いの肩を貸し合い、身体を気遣いながら、そして担架代わりの毛布に乗せた生存者を車内へ運びつつ──普段の喧騒が嘘と思える程の不気味な静けさ。非現実的な光景としか言いようがない。

 

 ホーム上へ降り立ったディーゼルは生存者(乗客)を取り残していないかを目視で確認した後、歩み寄って来たムーアと正対する。

 

 無精髭が目立ち始めた口周りから紡がれる事務的な引き継ぎの文言、サングラスを外しているのもあって露となった濃い茶色の瞳は明らかな疲労を彼女に感じさせる。

 

 ディーゼルは正対する彼を見上げつつ、編上長靴の踵を合わせる音をホームへ響かせた。

 

 インフィニティレールのリーダーとして、或いは駅員の一人として、そして何より──テロという不特定多数の無辜の市民を標的とした事件の被害者の一人として、現在の彼女が取れる最大限の感謝を込めた挙手敬礼を送る。

 

「──Thank you for your service.」

 

 儀礼的で形骸化された──人によっては好ましいとは受け取られない場合もある文言だとは承知しているが、ディーゼルはどうしても彼へ伝えたかった。

 

 嘘偽りなく、本心からの感謝の言葉。

 

 それが伝わったからか、ムーアは少しばかり面食らった様子を見せる。しかしそれも一瞬のことだ。

 

 正対する彼女へタンカラーのブーツの踵を合わせる音を響かせる。首や脇の下へ通したスリングベルトで吊るされた携行する突撃銃を左手で押さえながら、右手がヘルメットに覆われた額へ翳された。

 

 彼女と同じく挙手の敬礼による答礼で応えられる。返される言葉はなく、無言のままではあるが本心からの感謝を紡いだそれは受け取ってくれたらしい。

 

 受礼者となった彼の敬礼が解かれる。それに合わせてディーゼルも右手を下ろした。

 

 AZXに乗り込む後ろ姿が搭乗口の奥へ消える。それから間もなく列車が進み出した。

 

 見送ったムーアは控えていた特殊別働隊(カウンターズ)と共に駅構内へ戻る。

 

 エスカレーターを経由し、辿り着いた駅構内。その床に敷かれた何枚もの毛布やバスタオル、或いは衣類の類がまず目に入った。次いで充満した錆びた鉄の臭いが鼻を突く。血のそれだと気付くのに時間は要らなかった。

 

 構内の片隅には黒地の遺体収納袋(ボディバッグ)が並んでいる。そのいずれもが膨らみ、内部には遺体が収納されていると判別できた。

 

 そのいくつかの膨らみはやけに小さい。人間のシルエットを浮かび上がらせているのもあって、その体躯から年齢を察することが出来てしまうだろう。

 

 水溜まりを踏んだと錯覚する水音が彼の足下で響いた。

 

 歩幅が一定の足取りで彼は小さな膨らみを見せる遺体収納袋へ歩み寄る。その足跡は明確に赤く染まり、靴底の跡を彩っていた。

 

「……もう少しだけ待ってくれ。列車が定員オーバーのようでな」

 

 その傍らでしゃがみ込み、彼は暫く片手で小さな頭部のシルエットが浮かび上がる箇所を撫でた後、腰を上げる。

 

 見渡せば数十の遺体収納袋が並んでいた。

 

 彼等、或いは彼女達に治療は最早、必要ない。搬送の優先順位は高くはないのだ。

 

 駅構内に充満する死の臭いが肌へ纏わり付く感覚を捉えながら、彼は分隊と共に駅前の広場へ移動する。

 

 こちらもこちらで硝煙の臭いが鼻を突く。何処かで小規模な戦闘が繰り広げられているのだろう。彼方から銃声や爆発音が遠雷の如く響いている。

 

 ボディアーマーのポーチから取り出したソフトパックが軽く振られた。飛び出した一本の紙巻き煙草を銜えて抜き取ったムーアの眼前へターボライターが差し出される。

 

「……ありがとう」

 

 そのライターを握る黒い合皮のジャケットの袖に包まれた細い腕の持ち主──ラピへ彼が感謝を伝えるなり、彼女は手袋に覆われた指先で点火のボタンを押し込んだ。

 

 噴き上がる青い火で炙られた先端から紫煙が立ち昇り、彼はニコチンとタールの味を堪能しつつ溜め息を吐き出した。

 

 ムーアの傍らにはラピが侍る。指揮官である青年が無表情のまま煙草の紫煙を燻らせる横顔を見上げる中、彼女はジャケットのポケットへターボライターを仕舞う。

 

 ちょうどその時だ。彼女の耳元──正確には聴覚センサーへ通信が入る。

 

「──指揮官。ジャッカルを確保したと連絡が来ました」

 

「……そうか」

 

「じゃあ、私達はクロウとバイパーを追い掛ければ良いのね?」

 

「え?ジャッカルを捕まえれば終わりじゃないんですか?」

 

「いや……」

 

 ラピの報告にムーアが首肯する。その報せはこの一連の大事件に区切りがひとつ付くことを表しているが、これで終わりではない。

 

 ネオンが尋ねると彼はヘルメットを被る頭を左右へ振って否定の仕草を取る。

 

「首謀者はクロウだ。計画に協力したバイパーもそうだが……彼女達を確保しない限りは終わらん。ジャッカルを捕まえても情報が得られる可能性は限りなく低い」

 

 ジャッカル自身が今回の事件を発生させたクロウの思想へ全面的に共感しているのかすら定かではない。そもそも彼女が計画の全容を理解している保証もないのだ。

 

「……そうね。何処に行ったのかな」

 

「……あそこで殺しておくべきだったか」

 

「……え?」

 

「……なんでもない」

 

 聞き取れない程に小さく、低い声が聴覚センサーを擽った気がしたアニスがムーアを見上げる。

 

 彼女の亜麻色の瞳が向けられる刹那、彼はボディアーマーにテンプルを差していたサングラスを摘み取り、ヘッドセットのハウジングの中へ収まっている耳介へ押し込んで目元を隠した。

 

 銜え煙草のままムーアは目線を駅前広場に設けられていたシェルターへ向ける。防壁を兼ねた出入口の扉は開け放たれていた。

 

「……あそこのシェルターの確認は?」

 

「いいえ、まだです」

 

 量産型ニケの一隊が確認を済ませているかもしれないが念の為だ。彼がネオンへ尋ねると分隊では未確認の旨が返された。

 

 では内部の確認を──と彼が数歩踏み出した時、不意に長身の身体が膝から崩れ落ちそうになる。

 

 傍らに立っていたラピ、そしてアニスがムーアを支えたことで彼は舗装道路へ倒れ込む無様を晒さずに済んだ。

 

「──指揮官様。ここでちょっと休んでて?ね?私達が行って来るから」

 

「……大丈夫だ。問題ない」

 

「──休んで下さい、指揮官。付近に危険要素はありませんので」

 

「──そうですよ、師匠。地上から帰って来たばかりですし」

 

 彼女達もついつい忘れがちになるが、ムーアは人間だ。ニケ(兵器)ではない。無尽蔵に近い体力はあるのだろうが、それは有限であり、限界は存在するのだ。

 

 地上からアーク──正確には前哨基地へ帰還して数時間と経たずに非常呼集からの緊急出動だ。アーク市内でラプチャーを掃討しつつ、逃げ遅れた入院患者である民間人の児童達やメアリーにペッパー、偶然ながら出会った伍長を誘導。

 

 それが終わったかと思えば再び敵機の掃討を実施しながらエニックの元まで移動し、新たに侵入したヘレティック ニヒリスターとの戦闘が発生。

 

 これと交戦中に今度はピルグリムであるドロシーの降臨だ。

 

 目まぐるしく変化し、更新される状況──アウターリムでは危うく丸焦げになる寸前となり、そしてシェルターから飛び出した民間人保護の為にラプチャーと戦闘を繰り広げたばかりだ。

 

 あまりにも濃密すぎる状況の数々だったにも関わらず、倒れ込まないのは驚嘆に値する。

 

 だが間違いなく疲労は蓄積されているだろう。短時間でも背嚢や突撃銃を肩、腕から下ろす。タンカラーのブーツの固く結ばれた靴紐や重苦しいボディアーマーを10分、いや5分、3分でも緩めるか外して休憩の時間を取らなければ彼が保たない

 

 同時に彼女達は先程の戦闘で彼があの無針注射器を、あの薬剤を使用したことを察知してもいた。

 

 だからこそ分隊のリーダーを始めとした全員が口々に彼へ休憩を促す。

 

 しかしムーアが素直に応じる──などとは微塵も信じていない彼女達だ。

 

 グイグイと彼を引っ張るか、押し、その長身の身体を付近にあった長椅子へ導いた。

 

 アニスが重いだろう背嚢を舗装道路に下ろしてやり、ネオンが突撃銃のスリングベルトを身体から外す。そしてラピはボディアーマーの拘束を緩め、次いで彼の足下へしゃがみ込み、固く結ばれたブーツの靴紐も緩める。

 

「……随分と至れり尽くせりだな」

 

「……それだけ心配なの」

 

 自覚がないのも考え物だ。彼は、ほんの僅かでも目を離せば手の届かぬ何処かへ行ってしまう気がしてならない。

 

 ヘルメットの顎紐が苦言を呈するアニスの手で緩められた。取り外されたそれが頭部から無くなると、途端に身軽となった気分である。

 

 凝り固まった首を回すだけで、ゴキゴキと鈍い音が鳴った。

 

 ヘッドセットを外し、程よく解れた首に掛ける彼へネオンが安全装置を確認してから突撃銃を手渡した。相変わらずの重さ──人間用のそれではない対ラプチャー、ニケ用の火器は見た目に反して相当の重量だ。片手で受け取り、自身へ立て掛ける格好のまま彼は緩く彼女達を見上げた。

 

「じゃあ、行って来るから大人しく待ってて」

 

「……何処にも行かんよ」

 

 甲斐甲斐しく世話を焼かれるのは趣味ではないが、そう悪い気分でもない。肩を竦めて見せた彼を何度も振り返って姿を確認しつつ彼女達はシェルター内部の確認へ向かう。

 

 あの内部に逃げ遅れた量産型ニケや民間人、もしくは(コア)を敢えて不活性化させたラプチャーが潜んでいないかの検索である。

 

 とはいえ、この一帯は念入りに検索は済んでいる筈だ。先に後退させた量産型ニケ達が手分けして敵性反応の有無を確認しているであろう。

 

 それはそれとして──クロウやバイパーの行方が問題だ。

 

 だいぶ軽くなった身体、締め付けていた装具類の拘束で滞っていた血流が全身へ行き渡りつつある感覚を捉えながらムーアは銜えた煙草の吸い口を二本の指先で挟み込む。

 

 指先で挟んだ煙草を乾燥気味の唇から取り除き、紫煙を吐き出しながら思考を巡らせる。

 

 彼女なら、クロウならばどうする。

 

 どうやって逃げおおせるか。

 

 わざわざジャッカルを囮にして逃亡までの時間を稼いだのだ。しかし遠くまで逃げられないだろう。そこまでの時間は──

 

「──いや、違う」

 

 ──彼女は、クロウは何を目的として計画を練ったのか。

 

 ()()()()()()が見たかった。これに偽りはないだろう。だが、これだけが目的とは思えない。

 

 あれだけの悲惨な光景を顕現させ、彼女が目論んだ計画の成就が叶えば──満足する筈だ。逃亡を図る理由はそれほど存在しない。

 

 我が身可愛さ、命惜しさに逃亡した可能性も考えられるが、あの()()()は自分自身の命の使い道と言うべきか、終焉の選択を既に済ませている。自身の価値というモノを自覚している。価値を見出していないとも言い換えられるが。

 

 そのような者が逃亡するのは──

 

「……まさか……」

 

 他に目的がある──それを彼が感じ取った矢先だ。

 

 背後で足音が響いた。

 

「──指揮官」

 

 まだ幼さを残す高い声。聞き覚えがあるその声。

 

 ムーアは反射的に立ち上がるなり、握り締めた突撃銃を構える。

 

 銃口こそ向けていないが、ハードナックルグローブに覆われた親指は安全装置を弾いていた。

 

 吸い掛けの煙草を乾燥気味の唇へ銜える彼の眼差しの先──サングラス越しに向ける視線の先に小柄な人影がある。

 

 桃色の髪、幼いながらも整った顔立ちの少女──ユニだ。

 

「……ユニ。久しぶりだな」

 

「──うん、久しぶり。えへへ」

 

 屈託のない笑顔を浮かべる小柄な少女と長身かつ大柄の青年が長椅子を挟んで向かい合う。

 

「指揮官、ユニのためにプレゼントを持って来てくれたの?」

 

「……プレゼント?」

 

 脈絡のない言葉だ。ユニとの交流はそれほど多くはないが、手土産の約束をした記憶はない。ムーアが内心で首を傾げる中、少女の瞳が彼を捉える。

 

「──アンチェインドを持ってきてくれるって言ってたよね?ユニが復讐できるように」

 

「……復讐……?」

 

 ニッコリと少女の笑みが深くなる。彼を捉えて離さない瞳をムーアはサングラス越しに見詰め返しつつ、突撃銃の引き金へ人差し指を伸ばす。

 

「指揮官はユニを救ってくれるんでしょ?ね?」

 

 脚を撃ち抜き、拘束する──対ラプチャー用の徹甲弾だ。撃ち抜くというよりも、粉砕されるだろうが致し方ない。

 

 引き金へ人差し指が掛かった瞬間だ。

 

「──メティスは救ったくせにユニだけ救ってくれないなんてあり得ないでしょ」

 

 掛かった人差し指に動揺が走った。指先に力が入らなくなる。あれほど慣れた手順が踏めなくなった。

 

「指揮官は優しいもん。ユニを無視するはずないよね?」

 

 

 ──指揮官!ユニ達が廃棄されないように助けて!

 

 片脚と片目を失った彼の眼前で悲痛なまでの助けを求める少女の姿が思い出される。

 

 ──ラピはいいな。アニスとネオンと、指揮官とずっと仲良く暮らせて。ミハラは、ユニとあまり仲良くないのに。──ラピはいいな。()()()()()。──ミハラは()()()()()

 

 やり場のない怒りに諦念、怨嗟、嫉妬──あらゆる負の感情に苛まれ、それでも撃発を、一線を越えまいと耐えていた少女の姿。

 

 青年の指先が、引き金から離れた。親指が、安全装置を掛け直す。

 

「──ユニ」

 

「──なぁに、指揮官?」

 

 まずは説得、そして投降を促してからだ。

 

 ムーアは呼吸を整えつつ、改めて少女に視線を向ける。

 

「何故、あんなことをしたんだ?」

 

「……え?」

 

「……民間人がシェルターから脱出しようと誘導したことだ」

 

 尋ねられた少女は、可愛らしく小首を傾げた。

 

「その結果がどうなるか、分からない訳ではなかっただろう?キミは賢い子だ。俺に出来ることがあれば──」

 

 不意に、だった。

 

 一瞬、電流が全身を駆け抜けたと感じた──それが青年の意識が途絶える最後の記憶となる。

 

 膝から崩れ落ちた長身の身体が無様に舗装道路上へ倒れ込んだ。

 

 銜えていた煙草が路上を転がる中、少女が軽やかな足取りで青年へ歩み寄る。

 

 何処に入れているのだろう──ユニがしゃがみ込んだ。小さな手は彼が纏うボディアーマーのポーチを漁り始めた。

 

「ん〜……あっ……!」

 

 指先に捉えた異物の感触。ポーチのひとつの奥から感じ取ったそれを摘み取り、引き抜くと──鮮血の如き宝石を思わせる弾頭が嵌め込まれた一発の銃弾だ。

 

「──えへへ。やっぱり持ってきてたんだ」

 

 おそらく、十中八九で、これがアンチェインドだろう。

 

 煌めく弾頭を少女は頭上に翳して確かめる。

 

「──ユニのために持ってきてくれてたんだ。ありがとう、指揮官。ユニのことを考えてくれて」

 

 両膝を突きながら少女は上体を屈め、無精髭が目立ち始めた青年の頬へ潤った唇を落とす。

 

 反応が返って来ないのは──少しばかり残念だが仕方ない。

 

 次はしっかりと意識──感覚がある時にしてあげれば良い。改めてすれば青年も許してくれるだろう。

 

 とはいえ、その前にすべきことがある。

 

 そう、()()だ。

 

「──イヒヒ……アハハッ………!」

 

 唇が歪む。

 

 握り締めたアンチェインドの弾頭のように、煌めく未来が想像できてしまい歓喜の笑みを押さえ切れない。

 

 幼さを残す笑い声が高々と響き渡った。

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