勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
第1話
2日も続いた雨が上がったばかり。湿気に混ざり、土や泥の匂いが濃い。なだらかな斜面は陣地構築の為に掘削された影響で荒れ果てている。
ライナープレートや土嚢で構築された中隊指揮所へ通じる交通壕の壁面へよじ登り、眼下を睥睨する200cmに迫るだろう大柄かつ長身の中隊長は銜え煙草のまま傍らへ声を掛ける。
「──
中隊長の傍ら──平均身長が180cmを超える小隊長達も上官と同様に荒れ果てた陣地の様子を泥に塗れた装具のまま見下ろし、首肯の仕草を見せる。その顔は一様に無精髭を蓄えて泥塗れ、目の下には濃い隈が浮かんでいた。
眼下では次の攻勢が始まる前に、と破壊された陣地の補修、そして至る所に散乱する遺体の後送を進める兵士達が蠢く姿があった。
誰も彼もが泥濘に塗れている。死化粧代わりに顔へ塗られた泥や鮮血で汚れた戦友の顔を水筒の水で洗い流し、担架に乗せ、或いは自ら背負って斜面を登り、後送の作業を続ける様子も伺えた。
「……良い奴でした。面倒見が良くて、世話焼きで。小隊の良きリーダーだった」
「……あぁ。惜しい奴が死んじまった。それが悔やまれます」
「……コーディの後釜は?」
長身かつ大柄の小隊長達は傍らの中隊長へ頷き、やがて後任をどうするのかを問う。
その質問へ中隊長は腕を組むと盛大な溜め息と共に紫煙を吐き出した。
「……そこだ。俺も悩んでる」
「……
「分かってる。俺もどこぞの
戦局の影響もあるが、将校の人材不足が著しい。
いや、部隊の外へ目を向ければ将校は存在するのだ。それこそいくらでも。
しかし、彼等を指揮するにはそれだけでは物足りない。物足りないどころの話ではない。
現在、中隊長を始めとした将校の階級にある者達はそれこそ20年には及ぶ切磋琢磨の末、現在の地位へ就いた。下士官と兵卒も同様だ。年若いながらも全員が物心付いた時から──多少の衝突こそあっただろうが、血の繋がりはなくとも
そのような者達を指揮統率する──外部からの介入は余程の人格者かつ優秀な者でなければ務まらない。一種の排外的な集団でもある。
まぁ、そもそもとして大柄かつ長身の巨躯を誇る中隊長の物言い通り、他所の部隊から引っこ抜いた将校が配属・補充されるなど有り得ないのかもしれないが。
であれば──
「……下士官の中から選ぶしかないか」
「宜しいのですか?」
「
「……コーディの前任はライナスでしたが……」
「アイツは……輸送機の機内で降下前に死んだんだったな」
「……アイツらしくもない死に方だった」
バリエーション豊富な死に方、死に場所が与えられている職場だろう。まったくもって嬉しくもないが。
「……コーディは大隊本部から異動だったが、向こうも将校が不足してる。各中隊へ将校を補充する為に引っこ抜いているからな」
「……下士官となりますと……1小隊の中からですか?」
小隊長の一人が尋ねると、巨躯の中隊長は紫煙を燻らせつつ頷きを返した。
「……適当な奴はいるか?」
さて、どうだろうか──問い掛けられた候補者の推薦に小隊長達は幾ばくか考え込む。
すると間もなく合致する人物の顔が浮かんだのだろう。小隊長達は睥睨する眼下の陣地で動き回る中隊の人員の中を見渡し──やがて片腕を吹き飛ばされた戦友へ肩を貸す長身の人影を見付けた。
それを認めたのだろう。中隊長が声を上げた。
「──俺は小隊軍曹の
「……ディック……いや、悪くはない人選ですが……」
「小隊軍曹になったのは……それこそ4日前ですよ」
「……ただの軍曹で、しかも小隊軍曹と分隊長も兼任してます。それにまだ若い。10代です。髭も……髭は生えてるか」
「……そんなのここにいる連中の大半がそうだ」
ついでに言えば、大尉である中隊長は20代前半だ。小隊長達もそれよりも1歳か2歳ばかり歳下なだけである。下士官や兵に至っては10代後半の者ばかりだ。実年齢に比べて──体格や纏う雰囲気の影響もあるのだろう。良く言えば大人びているのが原因かそうは見えないのだが。
20代前半の大尉である中隊長は紫煙を燻らせながら、自身が推薦する若者が小隊長に相応しい理由を列挙していく。
「──ライナスが死んだ時、臨時で降下の指揮を執ったのはディックだった。小隊長の死に動揺することなく兵員を降下させた。敵地のド真ん中に降下後は兵員を少しずつ吸収しながら作戦目標を達成している。リーダーとしての素質は間違いなくある。素質は大切だ。勿論、後天的に鍛えることも可能だがな」
先天的なリーダーの素質の比重は重い、と中隊長は考えているのだろう。後天的な訓練と経験の積み重ねを否定はしないのだが、素質という下地の有無で生じる結果には大きな違いが出る──そのような持論があるようだ。
「──何より、
中隊長はやがて傍らに立つ小隊長全員を見渡して是非を問う。多くは語らない。視線のみで是非を問うた。
根負けしたのだろう。それとも納得したのか。全員が承知の頷きを見せる。
──決まりだ。
「──ディック、こっちに来い!」
片腕を吹き飛ばされ、止血帯でこれでもかと締め付けられている戦友へ肩を貸しながら斜面へ設けられた泥濘む交通壕を進む若い小隊軍曹へ中隊長は声を張り上げる。
愛称を呼ばれた若者が被る泥塗れのヘルメットが動き、視線を向けられたのを中隊長は感じ取る。
戦友はどうするか、と逡巡する様子を見て取ったのか続けて中隊長は衛生兵を呼び出そうとしたが──片腕がもぎ取られている筈の小隊軍曹と歳の変わらない戦友は気丈にも一人で歩けると告げながら自らの脚で斜面を再び登り始めた。
大したモノだ。大隊に存在する各中隊の第1小隊は猛者揃い──とは言うが、やはりA中隊ともなると気合いの入りようが違うのだろうか。
いずれにせよ、重傷の戦友を見送ると若者は急ぎ足で泥濘む壕の中を進み、やがて中隊長や小隊長達の下へ辿り着いた。
「お呼びでしょうか。小隊の損害集計が済んでおりませんので報告は──」
「いや、それとは別件だ」
人員に発生した損害、消費した弾薬類、破壊された機関銃陣地等の詳細──それらはまだ集計途中だ。口頭での報告を済ませたいのは山々だが、もう少し時間を要する旨を返しそうになる若者へ中隊長は待ったを掛ける。
中隊長が壕の中へ飛び降りた。泥が跳ねるも構わず、彼はボディアーマーのポーチからソフトパックを取り出す。何本かの吸い口を飛び出させながら小隊軍曹の若者へ差し出す。
一服やれ、の仕草だ。礼を口にしながら一本を摘み取り、乾燥気味の──泥で汚れた唇へ銜えた直後、中隊長がオイルライターを差し出した。
親指で蓋を弾き上げ、次いでホイールとフリントを摩擦させながらウィックへ火を点ける。
差し出された火で煙草の先端を炙った若者が紫煙を吸い込み──まだ吸い慣れないニコチンとタールの味へ眉間へ縦皺を刻みながらも程良い酩酊感に浸る中、中隊長はオイルライターをポーチへ納めつつ口を開く。
「──小隊を扱う気はないか?」
その一言の意図を察したのか──若者の