勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
A:大好きなので艱難辛苦を乗り越えて欲しいだけです。
※えりのる様、誤字報告ありがとうございます
──交戦の記憶はない筈だ。だが自身は確かに
トーカティブは眼前で自らの手で右脚を膝下から切り落とした青年が血で染まったナイフを握りながら後転して路上へ転がるユニの無反動砲へ向かう様子を半ば呆然と見送ってしまう。
膝立ちとなったムーアの手が無反動砲を掴み、肩へ担うと指先を動かして安全装置を解除、引き金へ乗せた指へ力を込めた。
基本的にアークの三大企業で製造された火器には個人毎の指紋認証が設定され、他人が使用することは原則上は不可能だ。しかしユニがその設定を解除していたのか、或いは別の理由があるのか、いずれにせよ引き金は問題なく引ける。
──口角を吊り上げ、飢えた獣が獲物を見付けたかの如くに浮かべる歓喜の表情。
──手足の四肢がもぎ取られようと、肌や肉が灼かれようと、仲間の屍を踏み越えて突進し、狂ったような咆哮を上げる
──この
撃破されたラプチャー達が遺した戦闘記録を埋め込まれたのかトーカティブが脳裏に過った鮮烈なまでの過去の記録に混乱している最中、ムーアが肩へ担いだ無反動砲が火を噴いた。
砲口から飛び出した成形炸薬弾は一直線にトーカティブの胴体へ飛翔し、表皮へ弾着した瞬間に弾頭先端部の衝撃信管が作動して弾底部の起爆薬が起爆する。
爆轟波が、
「──貴様ァ…!」
弾着はトーカティブの装甲の一部を破損させ、飛び散った大小の破片が周囲に吹き飛ぶ。──その破片のひとつが敵の動きを見逃すまいと瞬きもせず開かれていたムーアの右目へ
胴体へ風穴が出来るも直ぐに自己修復機能を起動させ、見る見る間に穴が塞がって行く。
反撃は徒労に終わった──だというのにムーアは歓喜の表情を浮かべたままである。
「どうだ…
──なんなのだこの人間は。
風穴が空いたのは予想外の損傷だが、特に支障はない。だと言うのに眼前の男は気に留める素振りもないままだ。
敵わないと骨の髄まで分かったであろうに何故抵抗するのか。
無駄な足掻きを続ける存在はトーカティブの理解を超えていた。
その場へ無反動砲を投げ捨て、右目へ突き刺さった邪魔な破片を掴むと力任せに引き抜く。
途端にドロリと眼球の大部分を占めていたゼリー状の硝子体が眼窩から零れ落ち、引き抜く拍子に瞼も切ったようで血が流れ落ちる。
プラプラと視神経に繋がった格好の悪い状態で揺れるそれも片手で掴んで引き千切り、地面へ投げ捨てたかと思えばムーアは右手をレッグホルスターへ伸ばし、拳銃を握って引き抜くや否やトーカティブに銃口を向けた。
視界が狭まってしまった。しかし片目があれば銃が撃てる。反撃が出来る。敵を攻撃出来る。
そう言わんばかりに怯む様子もなく安全装置を外した彼が引き金を立て続けに引いた。乾いた銃声が響き渡るが、拳銃弾程度でトーカティブに損害を与えられる訳がない。
「──無駄な悪足掻きだ…!」
「悪足掻きだ!?何をしてるか分かってんのか!俺とテメェの
拳銃の引き金を何度も引き続け、やがて弾倉が空になるとレッグホルスターへ納めている予備の弾倉を抜き取って交換を行うムーアの姿に──トーカティブは幾百、幾千のラプチャー達が遺した戦闘記録の中からひとつの適合する光景を探し当てた。
間違いなく
──これでは
「──まさか貴様…あの人間共の──!」
──不意にトーカティブの胴体へ穴が穿たれた。それとほぼ同時に鼓膜を容赦なく震わせる銃声、或いは砲声の類が響き渡る。
弾かれたように隻眼となった彼が、彼女達が銃声の響いた位置へ──ビルの屋上へ向けると、そこには長大な銃身で構成された馬鹿みたいに巨大な狙撃銃を構えた白い人影が立っているではないか。
「──対艦ライフル…!?」
「──巡礼者か!」
御明察と言わんばかりにラピの、そして標的の言葉へ続いて屋上に立つ人影が凄まじい発射炎を銃口の消炎制退器から噴き出させながら次弾をトーカティブへ向けて撃ち込んだ。
再びの弾着によって巨躯の胴体へ更なる風穴が空く。
「──修復機能が間に合わない…くっ!」
一転して形勢不利を悟ったのだろうか。トーカティブは屋上へ立つ人影を睨み付けつつ大きく跳躍し、ムーア達の眼前から姿を瞬く間に消してしまう。
「……は?」
その様子を右手で構えた拳銃を握りつつ見送るしかなかった彼の口から漏れたのは──
「…おい…ふざけるなよ…テメェ…!」
──どうしようもない怒りである。
「おい…戻って来い。戻って来いよ
何を勝手に終わらせているのだ。こっちは自ら脚を切り落としてでも戦ってやろうとしていたのだぞ。しかも右目すらくれてやった。
なんというズルだ。これでは──
「ふざけるなよテメェ…!全部台無しじゃねぇか…!!」
人生最高の時間となる予感を返しやがれ。
そう言わんばかりに咆哮し、激怒の残響が周囲へ木霊する中、白い人影もいつの間にか姿を消していた──
脅威が去ったのを察し、ラピが駆け寄ると直ちにムーアの右脚へ止血帯が巻かれた。まずは応急処置が必要だが身動きが自由に取れない彼はアニスの手で引き摺られながら交戦した地点から移動する事となる。
移動した先の廃墟同然の倉庫で右脚をラピが、そして顔面をアニスの手で応急処置が進められていく。
「…あぁ…畜生…!…大丈夫だ。ラピ、続けてくれ。
神妙な表情で頷いたラピがもう一度、止血帯を強く締め付けると激痛が走ったのかムーアは歯を食い縛って耐えるも呻き声が漏れてしまう。
「我慢してね指揮官様。大丈夫、大丈夫だから。アークに戻ったらちゃんと病院に行ってね」
眼球が完全に脱落し、喪失となった右目や切れた瞼の処置はアニスの手で済まされている。顔の半分を包帯で覆った有り様のムーアの隠された右目部分からは血が滲んでいるのか白い生地へ赤が浮かび上がっていた。
激痛が走っているだろう彼の身体を押さえ付け、例え気休めだろうとも痛みが和らぐようにアニスは努めて穏やかな口調のまま語り掛け、膝立ちとなって抱擁しつつ頭を撫でた。
常人ならショックで死んでいるだろう戦闘外傷、しかも大出血の発生から既に10分近くは経過している。
だと言うのに彼はまだ
明らかに異常だ。
切断面から露出するこれでもかと詰め込まれた筋繊維は新鮮なのだろう。止血帯でいくら締め付けても血が滴り落ちている箇所を観察しながらグローブを脱いだラピは切断面へ包帯を何重にも巻き付けて行った。喪失した血液の補完に投与する輸液バッグはダクトテープで彼の身体へ貼り付けて一応の処置は完了するが、所詮は時間稼ぎに過ぎない。
「…応急処置は終わりました。しかしあくまでも応急処置です。アークへ戻り次第、治療をお受け下さい」
「…病院は嫌いなんだが…」
「
病院という単語を渋面のまま口にした彼が病院嫌いだろうとも入院生活は確定である。生きて帰れたら、の話だが。
ふとラピは思わず溜め息を吐き出しそうになる。眼前のムーアがボディアーマーのポーチへ──煙草とオイルライターを納めた定位置のそこへ手を伸ばしたからだ。
その伸ばした手へ自身の手を重ねて制止した彼女は何処からか取り出した細いスティックを彼へ銜えさせる。
「この
「我慢なさって下さい。気休めかもしれませんが痛みが和らぎます」
即効性のあるそれを銜えさせ、ニコチンとタールの代わりにさせたラピは腰を上げる。
状況は芳しくない。右脚と右目を負傷した彼だけでなく、ミハラ、ユニも損害を受けている。
救援を要請しようにも通信は遮断されている状態だ。運を天に任せるようなものだが大規模な設備がある電波塔へ向かい、そこからアークへの通信を試みることを考えるラピだが、大きな問題があるとムーアへ視線を向けた。
「師匠、無理はしないで下さい」
「…大丈夫だ。ネオン、そこに転がってる鉄パイプ…あぁ、そのL字に曲がってる奴だ。取ってくれ」
ラピが見詰める先では──ネオンが彼へ回収してきたヘルメットやヘッドセットを被せる中、ムーアはスティックを銜えつつ彼女へ頼み込んでいる。どうやら資材置き場であったらしい倉庫の隅に転がっていた鉄パイプを彼は指差すとネオンがそれを拾い上げて持ってきた。
「俺の銃をくれ」
「でも…」
「…いいから。大丈夫だ。……これで歩ける」
錆の浮いた鉄パイプを杖代わりに使って立ち上がった彼はネオンがぶら下げている突撃銃を掴むと自身の首と左脇へスリングベルトを通した。
背嚢はネオンが背負う事となり出発となったのだが──
「…ねぇ、ラピ。やっぱり指揮官様をおぶった方が…」
「ダメよ。不意打ちに即応できない」
──通常なら2時間程度で辿り着ける距離にある電波塔だが、負傷した彼は普段の足取りと異なり遅々とした歩みしか出来ないのだ。
既に数回はラプチャーとの交戦が発生したのもあって3時間程が出発から経過しているが、行程の半分しか消化出来ていなかった。
彼の状態を見兼ねたアニスがラピへ具申するも彼女は首を左右へ振った。理由こそは納得出来るがアニスは気が気ではなく、落伍しかけているようにも見えるムーアを肩越しに振り向いた。
ラピとしても本音を言えば肩を貸してやりたいのは、可能なら背負っての搬送をしてやりたいのは山々だ。しかし状況が許さない。
何度目かの小休止を行い、空になった輸液バッグを交換して出血が続く彼の命を永らえながら進む他ないのだ。
「…指揮官、申し訳ありません。辛いでしょうが……」
「…俺のことは気にせんで良い。早く進もう」
顔色は世辞にも宜しくはない。血の気が失せかけている証拠だ。息も絶え絶え、脂汗を流しているというのに返って来る答えは一辺倒のそれ。
ならばせめてとミハラやユニの能力を活用して痛みの軽減を提案されるも彼は拒否する。
「…痛みがなくなったら…気を失って、そのまま死ぬかもしれん。だからこのままで良い。まだ生きていると実感できる。帰還出来ないと困る」
「…強い人ね」
──帰還し、必ず再び戦場へ立つ。
彼が口にした訳ではないが、そのように聞こえたミハラは何処か羨望の眼差しを向けた。