勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第2話

 

 

 

 

 シェルター内の検索は終わった。内部に取り残された民間人の姿はない。ラプチャーの影も形もない。安全であると認めた彼女達がラピを先頭にしてシェルターを後にした時だ。

 

 不意に先頭を進んでいたラピが駆け出した。

 

 何があったのか、とアニスやネオンは一瞬だけ頭上へ不可視の疑問符を浮かべるも二人の色違いの虹彩は駆け出した分隊のリーダーと同じ光景を捉え、ほぼ同時に走り出す。

 

 路上へ仰向けに倒れた長身の人影──彼女達の指揮官を目指し、一番に辿り着いたラピは傍らへ膝を突くと青年の身体を揺さぶって反応を確かめる。

 

「──指揮官!指揮官!!」

 

 戦闘服を纏った身体に損傷は見受けられず、出血も認められない──であれば何が原因で倒れているのか。

 

 彼女の脳裏へいくつかの想定が過ぎるも、まずは指揮官であるムーアの意識の有無を確かめるのが先決だった。

 

 幸いにも彼女の余裕がない玲瓏な声が意識を取り戻す呼び水となったのか。青年の瞼が震えた様子を紅い瞳は捉え──次いで瞬く間に開眼して上体を起こすムーアの姿を目の当たりにする。

 

 さながら寝坊したかのような反応だ。

 

 疲労困憊で気を失うように眠っていたのだろうか。ラピは安堵と呆れの溜め息を漏らさざるを得ない。駆け付けた背後の二人も同様だったが──どうにも彼の様子がおかしい。

 

 ムーアがボディアーマーのポーチや戦闘服のポケットを慌ただしく漁るのだ。

 

 煙草とライターだろうか。彼女達は一瞬、埒もない、取るに足らない予想を脳裏へ浮かべたが、それにしては切羽詰まる様子である。

 

「……クソ……」

 

 やがてポーチやポケットを漁る彼の手が止まり、深い溜め息が漏れ出た。

 

 腰を上げようとするムーアをラピが支えようとするも、彼はそれを片手で制する。立ち上がるなり、彼は路上へ転がっていた突撃銃を握り、次いで吸い掛けの煙草を摘む。

 

 シケモクとなった煙草は中途半端なところで火が消えている。銜えたそれにムーアはオイルライターの火を点け、強く感じられる苦味と辛味へ無意識に眉間の縦皺を深くした。

 

「……何があったのですか?」

 

「……ユニにアンチェインドを奪われた」

 

 握り直した突撃銃へ彼は視線を落とし、外観の細部点検を手早く済ませながらラピの問いかけへ短く答える。

 

 それに彼女達の顔色がサッと変わった様子を視界の端で捉えつつ、ムーアは緩められたボディアーマーの拘束を締め直し、続けて身を屈めてタンカラーのブーツの靴紐を締め上げる。

 

 感覚遮断──ラプチャーを捕獲する任務をこなしてきたユニの能力を用いられたのだろう、と無抵抗のままアンチェインドを奪われた点を受け止めながら腰を上げる。固く結ばれた靴紐は容易には解けそうにない。

 

 とはいえ、奪ったアンチェインドをユニは何に使おうとするのかが分からない。彼がサングラス越しに眉根を寄せ、深い縦皺を刻み付けた時、ボディアーマーのポーチの中でバイブレーションが起こった。

 

 着信のそれであると気付いたムーアが携帯端末を引き抜く。

 

 液晶画面の着信表示へ浮かび上がる名前──それを認めた彼は更に眉間の縦皺を深く刻みつつ通話をスワイプして片耳へ宛てがう。

 

「──ディーゼル?」

 

 ミシリス医療センターへ民間人や量産型ニケの搬送が済んだ旨の報告であろうか。

 

 彼は発信元であるディーゼルの名を口にする。

 

 しかし、それなりに聞き慣れた高い声が返って来ない。

 

「……ディーゼル。どうした?」

 

 搬送途中にAZXでトラブルが発生した可能性も考えられる。ムーアの低い声に緊張感が込められた。

 

 その時、やっと電話口の向こうで深い溜め息が漏れ聞こえる。

 

〈──……指揮官〉

 

 絞り出すような、震えが隠されていない声。

 

「どうした。何があった?」

 

 平素の彼女らしくもない反応である。ムーアが短く尋ね返すと、再び震える声が──微かに嗚咽の混じった声が彼へ届けられる。

 

〈──……私……撃てませんでした〉

 

 

 

 

 

 行き先はミシリス医療センター。臨時での運行が決定されたAZXの車内は民間人の負傷者や交戦で損傷を負った量産型ニケでごった返していた。

 

 医療従事者が少なからず現場に居合わせたことは不幸中の幸いだったと言えるだろう。

 

 避難先となった駅構内で救命措置やトリアージが実施され、救命は可能だが緊急での治療が必要な負傷者達を手分けしてAZXの客室へ運び込み、本来なら寝床となる筈のベッドで延命の治療が続けられている。

 

 足元から感じる走行の僅かな振動。機関士が細心の注意を払って運行していることが察せられる中、トイレの扉が開いた。

 

 そこから姿を見せたのはクロウである。

 

 彼女は客車の通路を進み、扉が開け放たれたままの客室の様子を横目で捉えながらやがて立ち止まった。

 

 壁へ背中を預け、ポケットへ差し込んだ細い片手が掴み取った粗末な作りのリモコン──即席爆発装置(IED)を起爆させる為、古い携帯端末を少しばかり改造したそれを露にする。

 

 ピポパポと携帯端末のボタンを押す度に電子音が通路へ反響する中、古い液晶画面へ映り込んだアドレスの電話番号を捉えるなり、決定のボタンが押し込まれた。

 

「──地獄行き、だな」

 

 ピッと通話が選択される。

 

 これで良い。あとは数秒足らずで受信を確認した即席爆発装置側へ取り付けられた携帯端末が起爆のプロセスを踏んでくれる。

 

 壁へ背中を預けるクロウが満足気な微笑を浮かべた瞬間だ。

 

 突如、彼女が背中を預けていた通路の前後──天井から防火壁のシャッターが下りてきた。閉塞されたことを察し、クロウは思わず壁から背中を離すなり、周囲を見渡す。

 

「……これは……」

 

 防火壁に設けられた非常口が開く。重々しい音を響かせながら開口した非常口へクロウの眼差しが向いた。

 

 彼女の瞳が捉えたのは背丈の異なる二人組の人影だ。

 

「──対応が早いな。ずっと監視してたのか?」

 

 籠の中の鳥となった状況であるにも関わらず、クロウは余裕の姿を見せ付ける。

 

 彼女の問いへ答えたのは──弾倉が挿入された機関銃を構える人影。ディーゼルだ。

 

「──いいえ、信号をキャッチしたんです」

 

 信号。その意味を捉えかねるクロウへ今度は短機関銃を構える小柄な人影──ソリンが答えた。

 

「──AZXには起爆信号を無力化できる機能があるの」

 

 数十、数百、数千──兎も角、あらゆる起爆信号のパターンを検知し、無力化するばかりか、信号を送った先への追跡の能力も有しているとソリンは語る。

 

 ほぅ、と感心の態度を見せるクロウへソリンは生唾を飲み込み、緊張の籠もった幼い声のまま続けた。

 

「……列車が爆発するなんて……二度とあっちゃいけないことだから」

 

「用意周到だな」

 

 こんな状況でもないなら思わず拍手を送りたい気分ですらある。クロウは口角を緩めながら両腕を胸の下で組みつつ二挺の銃口の前へ無防備な姿を晒した。

 

「──あなた、エキゾチック部隊のクロウでしょう?どうしてこんな真似を?」

 

「銃を向けられながら質問されたら、なんでも答えなきゃいけないのか?」

 

「答えて下さい」

 

「断る」

 

 ディーゼルが構える機関銃の銃口が真円に見えているだろうに余裕の態度を崩さない皮肉と軽口。文字通り、鼻で笑われている気分だ。

 

「……じゃあ、質問を変えるよ」

 

 小柄な人影──ソリンが幼さを残す高い声でクロウを見上げつつ尋ねる。

 

「……AFXって列車を知ってる?」

 

「知ってる」

 

「……それだけ?」

 

「何が聞きたいんだ?」

 

 素直に質問へ答えているのだ──そう言わんばかりの態度。

 

 であれば、単刀直入に尋ねるしかない。ソリンは何度か生唾を飲み込んだ後、意を決した。

 

「──AFXを爆破させたのは、あなた?」

 

 その問い掛けにクロウは応じる。

 

 短く、そして明瞭に。

 

「──あぁ」

 

 首肯し、口角を緩めながら。

 

 それらの態度と仕草にソリンは機械仕掛けのニケの身体であるが、頭へ血が昇る感覚を捉える。

 

 頭が、脳が沸騰する感覚を味わう少女の傍ら。

 

 突然、銃声が響き渡った。

 

 一発や二発どころの話ではない。連射での銃声が短く響き渡った。

 

「──ッ!ディーゼル!?」

 

 傍らを見上げると、同僚かつ分隊のリーダーが握る機関銃の引き金が引かれていた。

 

 防火壁を閉じておいて正解だったと言える。

 

 跳弾が狭い空間で飛び交い、運動のエネルギーを失って床に落ちるまでの僅かな間を稼げたのだ。

 

 発砲の残滓を感じさせる硝煙の香りが濃く立ち込める。

 

 クロウの足元に刻まれた十数発の弾痕──誤って引き金を引いた訳ではない様子が伺えた。

 

「──……あなた、ですか……あなたが……!!」

 

 少し垂れ目がちの、優しげな瞳。慈しみの眼差しを絶やさないディーゼルの為人を察せられる瞳。

 

 その眦が釣り上がり、瞳は憎悪の色へ染まっていた。

 

 震える声──呂律が上手く回らないのだろう。それでも彼女は言葉を紡ぐ。

 

「──私達を……!!私の、私の弟を……!!」

 

 見付けた。やっと、やっと見付けた。どれほどの年月が経っただろうか。

 

 怨敵を。可愛い弟の、自分達の命と未来を奪った者を。

 

「……そうか。お前達が……」

 

 彼女の眼前──機関銃の銃口を突き付け、引き金へ指を掛けるディーゼルの釣り上がった瞳の先でクロウは気の抜けた声を漏らす。

 

「……悪趣味だな。エリシオンも」

 

 贖罪や、謝罪の言葉を期待した訳ではない。

 

 だが、あまりにもベクトルの異なる言葉と表現だ。ディーゼルは呆気に取られる。

 

「列車テロで死んだ人間をニケにするなんて、悪趣味以外の何物でもないだろう?」

 

 違うのか?とクロウは率直な疑問を呈した。

 

 同時にクロウは脳裏で長身かつ大柄な青年の姿を思い浮かべた。程度の差こそあるが、おそらく彼も似た感想を抱くだろう、と考えてしまう。

 

「──お前達は()()に囚われてるんだ。人間だった時の、強烈な感情を利用した呪縛に。過去の記憶を担保としてお前達を囚え、抜け出せないようにしたんだ」

 

 クロウの述べる言葉の数々がディーゼルやソリンの聴覚センサーを擽る。

 

 息を飲むソリンとは対照的に、ディーゼルが応じる。

 

「──最期に言いたいことはそれだけですか?」

 

 ディーゼル自身も、ここまで無機質な声を発せられるとは知らなかっただろう。それほどまでに彼女の声は乾燥していた。

 

「あたしを殺すのか?」

 

「はい」

 

「何故?」

 

「復讐です」

 

「……そうか」

 

 簡潔明瞭に、そして乾いた声でディーゼルは淡々とした答えを返していく。

 

「リミッターが解除されてないから、あたしを撃つことは出来ない筈だ……」

 

 さてどうするか──とクロウは周囲を見渡す。その姿が逃走の、脱出の為の手段を探していると感じたのだろう。

 

 逃がしはしない。この時、この瞬間を──どれほど待ち焦がれていたと思っているのだ。

 

「──動くな!!」

 

 ディーゼルらしからぬ咆哮が防火壁で閉ざされた空間に響く。傍らのソリンが恐怖で固まる程に、彼女の全身からは怨嗟の気配が漏れていた。

 

「あそこが良さそうだな。あの黄色い部品が見えるか?下の接合部を撃て」

 

 クロウがおもむろに片手の立てた親指で指し示す。前後を防火壁に閉ざされた空間の一点へ彼女の立てた親指が示された。

 

 クロウ曰く、あの部品を撃てば破裂して勢い良く破片が飛び散るとのことだ。そして飛び散った部品の破片が彼女自身の頭部を貫く──だそうだ。

 

 淡々とした言葉の数々は神経を逆撫でする。ディーゼルの琥珀色の瞳は尚一層の険しさを増した。

 

「──あなた…!私をからかってるんですか…!?」

 

「からかう?アドバイスしてるんだ。撃て。そうすればリミッター解除なしで、あたしを殺せるぞ」

 

 見縊られている気分でもある。実際、そうなのかもしれない。事実、ディーゼルはクロウを直接的に──殺傷する為の攻撃は加えられない。そう、プログラムされているのだ。

 

「──私が撃てないとでも?」

 

 だが、しかし、彼女はそのプログラムさえ黙らせられる感覚を捉えていた。

 

「毎日、何度も……何度も思い出すんです!」

 

 AFX──運行中の列車がテロの標的となり、爆破された事件。

 

 列車は脱線し、瞬間的に強烈なGが乗客を襲った。車内では乗客達が絡まり、さながらミキサーの中へ放り込まれ、撹拌される状態だっただろう。列車同士が衝突の衝撃で車体が圧壊。内装部材や車体、人体そのものに老若男女の乗客達は文字通りに押し潰された。

 

 死屍累々の車内では押し潰されて尚も息のある生存者達が助けを求める声を張り上げるが、乗客同士の人体や車体そのものでこれでもかと圧迫されている状態だった。声を上げるだけで胸が膨らみ、それが更に圧迫の痛みとなって周囲に伝播する有り様。

 

 次第に助けを求める声が小さくなっていく──息を引き取った乗客が一人、また一人と増えるにつれて圧迫は弱まった。抜け出せないが、呼吸は楽になった。

 

 人が死んで、助かった──その感情を抱いたことに強い自己嫌悪感が生じた生存者は少なくないだろう。

 

 変わりに引っ切り無しに乗客達が携える携帯端末の着信音だけが圧壊した車内へ響き渡っていた。

 

 その中で──自分の物なのか、それとも他の乗客の血を浴びたのか、幼さを残す弟の消え入るような声がディーゼルの記憶へ灼き付いた。

 

「──()()()()()と呼んでくれた……あの顔を、あの声を!!」

 

 可愛い弟だった。だった、などと過去形で語りたくはない。大切な、何物にも代え難い──自分が守らなければならない家族だった。

 

 その幼い瞳孔が徐々に広がり、掠れた声が虫の息となって途絶える姿が網膜に、記憶へ灼き付いて、消えてくれない。

 

 いや、消えさせてなるものか。

 

「──あなたがいなければ、あなたがあんなことさえしなければ!!」

 

 私の弟は、あの子は──きっと格好良い青年に成長しただろう。学校にも行けて、友達も沢山出来て、そして恋人も出来た筈だ。どんな恋人なのかをお姉ちゃん権限で問い詰めて白状させる──そんな姉弟の有り触れた日常を、未来を奪った怨敵が眼前にいる。

 

 許せるものか。許してなるものか。

 

「──撃て。抵抗はしない」

 

 あぁ、勿論。撃つとも。撃ってやるとも。殺してみせるとも。

 

 ディーゼルが構える機関銃の銃口は──クロウが望む通りに、指し示された部品へ向けられた。

 

 だが、どういうことだろうか。

 

 断罪の執行を託された歓喜か、それとも──()()()()()が原因なのか。彼女が握る機関銃の銃口が震え始める。

 

 狙いが──定まらない。

 

「──おやおや。誰かを撃つのは始めてか?コツを教えてやろう。強くイメージするんだ」

 

 アレを撃てば人を怪我させるかもしれない。最悪の場合は殺してしまうかもしれない。

 

 いや、違う。アレは人ではない。ただの部品だ。

 

 どうってことはない。引き金を引けば、それで構わない。

 

 ()()()()()──NIMPHを制御するイメージを持てば良い。

 

 そうすれば──断罪(射殺)できる。

 

 クロウのアドバイスが淡々と紡がれた。

 

 すると次第にディーゼルの握る機関銃の震えは収まった。

 

「──ありがとうございます。お陰でイメージが固まりました」

 

 乗務員用の白手袋越し。ディーゼルは引き金へ乗せた人差し指に力を込めた。

 

 僅かな遊びが引き絞られ、撃針が落ちる寸前まで。

 

 やっと、これで──

 

「──地獄に、堕ちて下さい」

 

 最後の力が込められようとする瞬間だ。

 

 機関銃へ飛び付いた小柄な人影をディーゼルの瞳は捉える。

 

「──……ソリン?」

 

 短機関銃を投げ捨ててまで何故、止めるのだろう。だが同僚を撃ってはことだ。無意識に彼女の指先が引き金から離れる。

 

「……ブリッドが通報したよ。撃つのはやめておこう」

 

「……どうして……?」

 

 止めるな。止めないでくれ。千載一遇の好機がやってきたのだ。

 

 琥珀色の瞳が訴えるそれを感じ取ってか、ソリンは涙を僅かに浮かべつつも機関銃を離そうとしない。

 

「撃っちゃ……いけないと思う。ど、どうしてかは分からないけど、ダメだと思う。や、やめよう?ね?」

 

 機関銃へ飛び付くことで、ディーゼルが握るそれの銃口は強制的に床へ向けられている。

 

 しかしディーゼルがソリンへ向ける眼差しに少女は身震いする。

 

 こんな目をする彼女をソリンは知らない。恐かった。

 

「ソリン……私、分かったんです」

 

「なに、を?」

 

「列車テロで全て喪った人々をニケとして蘇らせて、列車を管理させたのは──今、この瞬間の為だったと。私がインフィニティレールのニケになったのは、今、この瞬間の為だったんです。だから止めないで下さい、ソリン」

 

 ダメだ。それはダメだ。止めなければならない。

 

 ガチガチとソリンの歯が鳴る。こんな伽藍洞の、虚無にも似た眼差しを向けて来るリーダーを少女は知らない。知りたくなかった。

 

「──私には弟の……あの日、死んだ全ての人々の……復讐をする資格がある」

 

 グッと機関銃を握る細腕に力が入る瞬間をソリンは捉える。

 

 それに負けじと彼女は機関銃を奪い取るつもりで渾身の力を込めて耐えながら、叫んでいた。

 

「ち、違うよ!!わ、私には良く分からないけど、人間だった頃の理想に基づいてニケの能力は決まるんでしょ!?それならディーゼルは復讐するためにニケになったんじゃないよ!!だって、そんな能力ないじゃない!!」

 

 どうすれば良いのか、ソリンには分からない。だが、なんとしてでも止めなければならない。これだけは本能が強く訴えていた。

 

「ブリッドが運転して、ディーゼルが管理して、私が乗客をサポートして……!わ、私達に与えられたのは、そういう能力でしょ!?AZXをちゃんと運用して、乗客を目的地まで快適に、安全に連れていくのが私達の得意なことだよ!!私達が、ニケになる時に手に入れたかった能力って、そういうのじゃないの!!?」

 

 インフィニティレールとはアークエクスプレス、AZXを運用警備する部隊だ。彼女達、部隊の存在意義とはアークエクスプレス、AZXを運用・運行し、乗客を安全かつ快適に──傷付くことなく送り届けることに尽きる。

 

 彼女達が管理し、運行する列車で、二度と同じ悲劇が繰り返されぬように。必ず目的地となる駅へ辿り着き、乗客達が家路へ就けるように──断じて、復讐や報復の為に生み出された部隊などではない。

 

 フッと、機関銃を握る腕から力が抜けた。

 

 次いでディーゼルはソリンを見下ろし、涙の溜まった瞳に映る自分自身を見詰めた。

 

 なんて──顔をしているのだろう。こんな顔をしていては、こんな目では、弟が()()()()()だと分からないのではないかとすら脳裏に過ぎった。

 

「う、撃つのはやめよう?ディーゼル、ね?よ、よく分かんないけど……撃ったら()()()()()()と思う!!」

 

 AZXの車体を見る度に人を──クロウ(ニケ)を撃ち殺した光景と瞬間が重なって見えるだろう。

 

 アークエクスプレスは、AZXは──愛と幸せを運ぶ列車の筈だ。

 

 それを訴えるソリンを見下ろすディーゼルは無意識の内に機関銃の握把を手放した。

 

 ソリンはそれを胸に抱きつつ、クロウを見上げながら睨み付ける。

 

 車輌の速度が緩まる気配を察し、続けて視界の端へ駅のホームが見えた。

 

 ミシリス医療センター前の駅である。

 

「──撃たないのか?じゃあ、ここで失礼するよ」

 

 どうやら撃ってはくれないらしいことを察したクロウは興味を失ったのか、ディーゼルとソリンの横を堂々と通過し、防火壁へ設けられた非常口に向かう。

 

「──お前達は……」

 

「──うるさい!!」

 

 何か一言でも──とクロウが背中越しに放たとうとした言葉をソリンの金切り声のような、或いは悲鳴にも近い声が遮った。

 

「──なにも言わずに出て行って。そして二度と、AZXには乗らないで」

 

「………そうしよう」

 

 互いに背を向け合っているのもあり、表情や仕草は分からない。しかしソリンはクロウが首肯する気配を感じ取れた。

 

 非常口が開き──やがて閉ざされる音が響く。

 

 各車輌の搭乗口が開いたのだろう。ホームへ降り立つ──自らの足でか、それとも担架に載せられてかを問わず、負傷者達の姿が車窓越しに映った。

 

 本来ならディーゼルとソリンもその補助や誘導へ入らなければならない。

 

 頭では理解している。しかし──身動きが取れなかった。

 

「……ソリン……私──」

 

「──私も……撃ちたかったよ」

 

 しゃっくりを催すのを堪えているように小柄な同僚、部隊の仲間が肩と、そして唇を震わせるのをディーゼルは捉える。

 

「……でも怖くて出来なかった。自分が撃つのも怖かったけど、ディーゼルが撃つのも怖かった。だから止めたの」

 

 やがて、少女は奪い取る格好となった機関銃を胸に抱えたまま床へ座り込む。腰が抜けたのかもしれない。

 

 しかし、そこでソリンに一抹の不安が生じる。咄嗟に止めたのは果たして良かったのだろうか。

 

「……もしかして……私が間違ってた?ディーゼルに……悪いこと、しちゃった?」

 

 あの目を少女は思い出して身震いする。怨嗟や怨念を詰め込んで熟成させたかのような瞳。

 

 あれほどの濁った瞳を作り出せる程の為人をリーダーである彼女は持っていない。

 

 呪縛に囚われている──とはクロウの言葉だが、言い得て妙だったのかもしれない。

 

 もしかしたら、その呪縛から解放される好機だったのかもしれない。

 

 好機を奪ったばかりか、呪縛に囚われる結果を生み出してしまったのではないか──幼さのある脳の中で思い至ったソリンは潤む瞳でディーゼルを見上げる。

 

「……いいえ」

 

 不安げに見上げられたディーゼルは片膝を突いて、ソリンと目線を合わせる。今にも零れ落ちそうな程に溜まった涙を彼女は取り出したハンカチで拭いながら告げた。

 

「……ありがとうございます、ソリン。止めてくださって……ありがとう、ございます」

 

 

 

 

 

 

 

 クロウは、そしてバイパーはミシリス医療センターへ移動していたようだ。よりにもよってAZXに紛れ込む形で。

 

 シケモクとなった煙草が吸い口であるフィルターを少し焦がした頃、ムーアはそれを摘んで足下へ投げ捨てるなり、タンカラーのブーツで踏み潰した。

 

 片耳に宛てがった携帯端末の向こう側ではディーゼルが嗚咽混じりの報告を紡ぎ終えたばかりだ。

 

〈──……撃てませんでした。何十回、何百回と考えて来たことなのに……出来ませんでした〉

 

 耐えていたのだろう。伝えるべき報告が終わると、電話口の向こうでディーゼルの啜り泣く声が漏れ聞こえる。

 

「……クロウを射殺できなかったことを後悔しているか?」

 

〈──……分かり、ません〉

 

 ムーアはソフトパックを取り出し、振り出した煙草を銜えてオイルライターの火を点けた。紫煙を燻らせつつ尋ねるも、彼女は明確な答えを出せずにいることが伺えた。

 

「──これは戦争屋をやっている俺の持論だが……引き金の重さ(トリガープル)なんて、大したことはない。物によるが数kg……数十gどころか、()()()()を防ぐ為に敢えてかなり軽くする場合もある」

 

 ──空気読みなさいよ、指揮官様さぁ!

 

 思わずアニスは声を大にして叫びたくなる。今直ぐにでも口を塞ぐべきだろうか。これだからノンデリは困るのだ。

 

 聴覚センサーを敏感に、そして彼の携帯端末へ意識して指向させていたのでアニスを始めとした全員が聞き耳を立てていた格好だ。彼女だけでなく、ラピやネオンも彼に刺すような視線を遠慮なく向ける。

 

 それにすら気付いていないのか、彼は吸い込んだ紫煙を緩く吐き出しながら続ける。

 

「──引き金(トリガー)を引いて、命を奪うなんて簡単だ。欠伸が出るほど呆気ない。雷管と炸薬の破裂する音が全て解決してくれる。それだけのことだ。──だが、決して誉められた行いではない。俺は地獄行きの特等席を予約しているからな」

 

 ラプチャーだけでなく、人間も殺傷してきたムーアだ。正義とは言えない──私怨と大差ない行いも数多く存在する。

 

「──しかし人の命を救うことは簡単ではない。殺すことより、生かす方が余程大変だ」

 

 インフィニティレールは──ディーゼルは今日、民間人や量産型ニケの負傷者達を医療センターまで搬送した。

 

 数多くの命を、数多の未来を、救ったのだ。

 

「──後悔を抱くよりも、命を救ったことを誇りとしなさい。復讐の為に血で汚れたお姉ちゃんよりも、人々を救ったお姉ちゃんを、キミの弟さんは誇りに思うだろう」

 

〈──……そう、でしょうか〉

 

「少なくとも、俺は敬意を払う。キミの行いは間違いなく尊いものだ。そこに疑いの余地は一片もない」

 

 電話口の向こうで啜り泣きが、嗚咽が大きくなった。

 

 十数秒が経った頃、絞り出すような、嗚咽混じりの声が携帯端末を通して彼の鼓膜を震わせる。

 

〈──ありがとうございます……指揮官……!〉

 

 

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