勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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新章が始まりました。これで通算260話らしいです。


第21章
第1話


 

 

 重砲から撃ち上げられた砲弾が大気を切り裂きながら飛翔する響き──黙示録に綴られた喇叭の吹奏のそれとはこういうものを言うのではなかろうか。

 

 頭上を何十、何百ものそれが通過し、300m先に構築された敵の塹壕へ次々と弾着している。太く、高い土煙が猛然と吹き上がり、やがて土砂が豪雨の如く振り注ぐ。

 

「──Seitengewehr aufpflanzen!(着剣せよ!)

 

 昼間は狙撃を警戒し、塹壕から顔を覗かせる行為は厳禁だ。数年前までは角付き兜に設けられた頭頂部の先端、そのシルエットが見えただけで敵兵の中でも腕の良い小銃手が狙いを定めて来た程だ。

 

 潜望鏡(ペリスコープ)越しに敵陣が重砲の砲弾で滅多打ちにされている光景を認めた将校が配備されて間もない鋼鉄製の兜の顎紐を締め直しつつ、第一線へ集った若き男達へ号令を下す。

 

 歩兵銃(ゲヴェーア)を携えた男達の手が腰へ伸びた。肉切り包丁などと敵国陣営の将兵達が呼んでいる銃剣の握把を掴んだ彼等がヌラリと不気味に光る刃を鞘から引き抜き、握った歩兵銃の銃口へ取り付け始める。

 

 とはいえ、一様に全員が取り付けられはしない。緊張や恐怖が募り、教練の時のように潤滑な動作が取れないらしい。数名の若い補充兵が手を震わせ、銃口への着剣が遅れている。

 

 中隊長である将校、或いは古参の下士官が、代わりに銃剣を付けてやる。あれほど頑固に──さながら歩兵銃の方が銃剣の取り付けを拒んでいたかのようにすら映ったものだが、すんなりと終わってしまった。

 

「──Dank(あり)……Danke sehr(ありがとうございます)

 

 このままだと塹壕の底へ()()()()()()()()様子の若い兵士の背中を将校は軽く叩いた後、仕事前の一服を味わう。時間まで5分は猶予があった。

 

 その姿を認めた男達も景気付けも兼ねて煙草やスキットルの中身の回し呑みを始める。

 

 将校が外套のポケットから銀無垢のシガレットケースを引き抜いた。昨夜の内に巻いていた煙草が整然と並ぶ中から無造作に一本を摘み取り、乾燥した唇へ銜える。次いで小振りの燐寸箱を手に握り、細く頼りない軸を摘んでパンと音を立てて火を点けた。

 

 炙られた煙草の先端から紫煙が漂う──塹壕の中では数少ない嗜好品のひとつだ。たちまち将兵が詰め込まれた第一線から頭上へモクモクと紫煙が立ち昇る。

 

 一口、或いは二口──いずれにせよ、数口分の紫煙を味わっては隣の者へ煙草を回し、各々が一服で得られる脳の痺れる感覚を味わいながら煙草の味を堪能していく。多数の人員が籠る塹壕内は否応なしに空気が淀む。湿気、体臭に加えて充満した紫煙の匂いが混ざると、鼻が曲がりそうだ。

 

 煙草を嗜まない者達はスキットルの中身──蒸留酒で唇を湿らせ、舌に乗せて、粘膜から摂取した酒精で脳をいくらかでも痺れさせていく。

 

 一本分の煙草が次々と回し呑みされては短時間で親指と人差し指の指先でなんとか摘める程度の長さになってしまう。これ以上は吸えないとなった悟った瞬間、兵士達は名残惜しく足下へ落とし、泥濘の中へ沈めつつ靴で踏み潰した。

 

 将校も最後の一口をやや長めに吸い──口腔の粘膜、そして気管を通して肺に至り、そこから血流へ乗って脳に至った酩酊感を味わう。鼻から紫煙を抜き、唇を舌で軽く舐めた後、煙草を足下に捨てた。

 

 あれほど大地を、大気を震わせていた弾着の轟音が不意に途切れ、静まり返った。

 

 将校は懐中時計の蓋を開き、時刻を確認する。あと1分だ。

 

「──Denkt nur an das(ただ偉大なる我等が) großartige Deutsche Reich!(帝国のことだけを考えろ!)

 

 大声を張り上げての訓示などガラでもない──故郷に残した恋人がこの光景を見たらなんと言われるだろうか。

 

 金糸の長髪から香る甘い匂い──恋人の香りを思い出しながら将校は拳銃嚢から拳銃を引き抜く。脱落防止のランヤードが付いたそれを強く握り、懐中時計の秒針が刻む文字盤を睨んだ。

 

 あと──10秒。

 

 心の中で残り僅かな時間を刻む。

 

 定められた刻限まで──2秒。

 

「──Für den KAISER!(皇帝陛下の為に!)

 

 胸ポケットへ差し入れていた脱落防止の紐が付いた号笛(ホイッスル)が銜えられ、甲高い長音が響き渡る。

 

 突撃発起を報せる長音の響きを合図に、男達が粗末な作りの梯子を登り、蛮声を張り上げながら足を取られる泥濘の大地を進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「──……お目覚めですか?」

 

 世辞にも座り心地が良いとは言えない武装車輌の硬い後部座席で身動ぎの様子を捉えた量産型ニケ──前哨基地に所属する複数のニケ分隊を纏める分隊長達の1名が助手席へ座りながら背後を振り向いた。

 

 少し寝る、と漏らした彼女の指揮官──戦闘服やボディアーマーを纏ったムーアが後部座席で死体の如く眠りに落ちて10分が経った頃だろう。

 

 M.M.R.へ特殊別働隊を率いたムーアが緊急の出撃となり、前哨基地を発った旨は直ちに所属する全量産型ニケ、そして1名の軍曹の知ることとなる。

 

 果たして何があったのかは分からないが──前哨基地へ帰還した時、欠員が生じていた。リーダーであるラピが指揮官である彼の傍らに居なかった。多くを語らないムーアだが、何が発生したのか──それを察せられない程、彼女達は愚鈍ではない。

 

 アニスとネオンへ身体と武装の整備に待機を命じたかと思えば、今度は手空きの分隊を集合させ、武装車輌やトラックに分乗させてアークへ前進である。

 

 鼻を突く硝煙の匂いを全身に纏わせた大柄かつ長身の指揮官は武装車輌の後部座席へ腰掛けたまま、エリシオン本社へ向かうよう操縦手(ドライバー)へ命じた。

 

 そこでCEOであるイングリッドと短い面会と打ち合わせを済ませ、待機していた武装車輌に戻って来たのだが、次は軍司令部庁舎への移動の指示が飛んだ。

 

 武装車輌とトラックが車列を組んで前進を初めて間もなくだ。ムーアが簡潔明瞭に「少し寝る」と告げて眠りに落ちた。

 

 余程に疲労困憊なのか。それとも情報の整理をしたいのか。いずれにせよ、彼は10分間、身動ぎひとつしなかった。

 

 眠りから目覚めたムーアの気配を捉え、背後を振り向いた分隊長は彼が目頭を揉んでいる様子を認める。短時間だったが、本当に眠っていたらしい。

 

「……妙な夢を見たな」

 

「……はい?」

 

「……いや、なんでもない。着いたか?」

 

 目頭を揉み終わった彼が問う。それに分隊長は頷きながら車窓の外へ視線を移した。

 

 車道の端へ武装車輌が停車し、次いで続行していたトラックも停車する。

 

 車窓の外には軍司令部庁舎の佇まいがあった。

 

「……ありがとう。少し待っていてくれ」

 

「了解しました」

 

 軍服でなくて良いのだろうか、と分隊長や同乗する量産型ニケ達は考えたが、それを察することなくムーアは突撃銃を携行しつつ武装車輌の扉を開けて降車してしまった。

 

 庁舎一階の受付で彼は携行する突撃銃やボディアーマーの類を司令部勤務の量産型ニケへ預ける。拳銃は護身用として携帯を許可されたのは将校としての待遇で接せられている証左だろう。

 

 通い慣れた──と言える程に足を運んでいる訳ではないが、彼の直属の上官であるアンダーソンのオフィスへムーアは向かう。

 

 副司令官付きの秘書へ面会の申し出を告げる。既に話は通っているらしい。

 

「──ムーア中佐殿がいらっしゃいました。……はい、畏まりました。──どうぞ、中佐殿」

 

 机上の受話器を手に取った秘書が彼の到着を報せ、許可は問題なく得られたらしく、続けて隣り合う副司令官室の前へ進むよう促した。

 

 彼が立って直ぐに扉が開き、室内の様子がムーアの濃い茶色の瞳に映り込むが──定位置とも言える広い執務机に上官の姿がない。

 

 彼が疑問符を浮かべた直後だ。

 

「──あぁ、こっちだ。待っていたよ。済まないが、来てくれ」

 

 聞き慣れた低い声が応接用のソファから響く。

 

 促されるまま彼がタンカラーのブーツで絨毯が敷かれた応接用の一角へ足を進めると、確かに部屋の主の姿があった。

 

 軍服の上着を纏わず、ワイシャツのボタンを全て解いて筋骨隆々の──古傷がいくつ見受けられる、やや老いも感じる乾燥した肌の質感を露にし、左の脇腹へ設けられた何かしらの器具へ医療機器と思われる機材のコードを接続したアンダーソンの姿だ。

 

 礼式に則って不動の姿勢から挙手敬礼を取った彼だが、さしものムーアも眉間へ刻まれた縦皺を深くする。

 

「──ふむ、驚くとは思っていたが、そこまでとは嬉しいな」

 

「……失礼しました。意識不明と聞いておりましたが、お加減の方は?」

 

「そう悪くはない。まぁ、ひとまず座ってくれ。勿論、ぼーっと立っているのが趣味だというなら止めはしないが」

 

 鷹揚な頷きで答礼を返したアンダーソンは皮肉と軽口を叩きながら対面のソファを勧める。敬礼を解いた彼は僅かに逡巡した後、示された対面へ腰を下ろす。

 

「療養中でね。済まないが、こんな格好で失礼するよ」

 

「いえ、構いません」

 

「ありがとう。──これが何か、気になるだろう?」

 

「……ストーマの類、ではなさそうですな」

 

「あぁ。生命維持装置だ。これの助けを借りなければ30分と生きられないだろうな。元々、2時間ぐらいは平気だったのだが、輸血をしてから更に短くなってね」

 

「……輸血……つまりは……」

 

 総力戦の最終盤──その際に重傷を負い、アークへ緊急搬送されたムーアの手術中にアンダーソンが輸血提供を行った。それを知らされたのは彼が目覚めて間もなくだったが、まさかそこまで危険な状態へ直結する行為であったとはムーアは思いもしなかった。

 

「あぁ……そんな顔はしないでくれ。あの時はアレが最善の選択だった。……一本くれないか?」

 

「……療養中なのでは?」

 

「構いやしないよ。君だって何処もかしこも禁煙で辟易しているだろう」

 

 机上へガラス製の簡素な意匠の灰皿が部屋の主の手で置かれる。喫煙の準備を整えられては──彼も断り難い。

 

 戦闘服の胸ポケットを漁り、取り出したソフトパック──残り数本の為、潰れているが、それを握りつつ軽く振る。一本の紙巻き煙草を対面へ腰掛けるアンダーソンへ差し出せば、副司令官の指先が摘み取り、唇に銜えた。

 

 オイルライターの蓋を開け、ホイールを回し、フリントを摩擦させて火花を散らす。揮発したオイルに火が灯り、アンダーソンの口元へ銜えられた煙草の先端へ腕を伸ばして差し出した。

 

 先端が炙られ、紫煙が立ち昇る。ムーアは無造作に煙草を銜え抜き、灯ったままのオイルライターで火を点け、次いで蓋を閉じる。

 

 静かに紫煙を吸い込み、やがて脳へニコチンとタールが齎す酩酊感が至ったのだろう。アンダーソンがソファへ凭れ掛かりながら脱力する。

 

「……()()はアークの電力で動いている。今回の事件で停電が起こった時、生命維持装置も停止してしまってね。言い訳はしたくないが、タイミングが悪すぎた」

 

 こうして一命は取り留めたが、危険な状態に陥った為、現在も療養中だとアンダーソンは語る。

 

「……大変な時に力になれず済まない」

 

「……お気になさらず。こういってはなんですが……副司令官1名が死亡しようが意識不明になろうが、それが原因で一時的に動脈硬化の如く指揮系統へ支障を来たすのは許容出来ますが我々が軍隊である以上、ただ静観している方が問題でした」

 

 彼の言葉をかなり要約するならば──アンダーソン1名がどうなろうとそれでアークが滅びることの方が大問題である、といったところだろう。更に訳すると、それでは部下である彼等の甲斐性がないとムーアは言いたいのかもしれない。

 

 随分と分かり難い慰めの言葉もあったものだ。彼らしいと言うべきか評価に困るそれにアンダーソンは煙草を銜えたまま苦笑いを漏らすしかない。

 

「……私が()()()()()()()については、いずれ話すとしよう」

 

 出来るならば本人が思い出してくれるのが望ましいが──とアンダーソンは心中で付け足しながら、腕を伸ばして卓上灰皿へ溜まった灰を落としつつ改めて対面の部下へ青い瞳を向ける。

 

「──今回のことは本当にご苦労だった。そして昇任もおめでとう」

 

「……昇任は取り消して頂けませんか?」

 

「それは難しいな。受け取れるものは受け取っておいた方が良い──とは言っておこう。減るものではないからな」

 

「そういうものでしょうか」

 

「あぁ、そういうものだ。──事件で少なくない犠牲が出たのは残念だが、むしろこの程度で済んで良かった、と考えるべきだろう。重ね重ねになるが、良くやってくれた」

 

 アーク防衛功労章──等級が高い勲章を受勲するに足る活躍だった、と言外にアンダーソンは彼を称賛するが、ムーアとしてはあまり嬉しくはないようで軽い目礼のみを返した。

 

「さて、本題に入ろう。──ムーア中佐。君には地上を永久的に奪還して欲しい」

 

「……永久的に?」

 

 灰皿へ溜まった灰を落とした煙草を銜えようと唇に運ぼうとする時、ムーアの眉間へ更に深く縦皺が刻まれる。

 

 意味が分からなかった。その()()()()()()を掲げ、数々の地上派遣の作戦が展開され、多くの犠牲を重ねている戦争の最中なのだ。

 

「ほんの一部分でも良い。君が奪還してくれ。その為の手段は確保してある。エデンに行った経験があるなら、説明は簡単で良いだろう」

 

「……と申されますと?」

 

「ピルグリムから提供された()()()()、アレが役に立つ筈だ」

 

「……随分と気軽に……無論、ピルグリムから提供されたという光学迷彩の技術と性能を否定はしませんが……」

 

 デリバリーピザのトッピングの如き気軽さ──ここでもそうだが、あまり気軽に言ってくれるのは如何なものか。

 

 ピルグリム──ドロシーの思惑がどうあれ、技術を提供されたというエデン印のそれは折り紙付きだろう。それをムーアは否定しない。

 

 しかしだ。

 

「……このような時に必要でしょうか?俄には首肯し難い命令であります」

 

()()()()()()()だ」

 

 少なくとも時勢ではない。テロ事件で戦力が削られたばかりだ。まだ時期尚早であるばかりか、その準備段階にすらアークは至っていないのではないか。

 

 些か──いや、かなり投機的にも思えるのだろう。

 

 ムーアが真意を問うと、アンダーソンは紫煙を緩く吐き出しながら続ける。

 

「ラプチャーとヘレティックの侵攻からアークを自分達の力で守り切った。アークの士気は大いに上がるに違いない。アーク全体がニケについて見直す切っ掛けにもなるだろう。しかし──同時にアークは多くのものを喪っている」

 

 資源、人材、その他にこれまで積み上げて来たあらゆるものを先般のテロ事件、続いたヘレティック2体の出現とトーカティブの復活によって喪った。後者に関しては比較的、損害は軽微とはいえ無視は出来ない。

 

「……今は勝利に酔いしれ、目が逸れているが……暫くすれば肌で感じることになるだろう。その時が来たら取り返しのつかないことになる。()()()()()()()()()が問題なんだ。勝てるのに何故、地上()に出ないのかと……アークがアークに噛み付き始める」

 

 ざっと100年──丼勘定で計算すると、地上を追い遣られた人類が地下都市へ逃げ込んでからの年月は1世紀に及ぶ。

 

 第一次ラプチャー侵攻の大混乱、そして何度かの地上奪還戦──地上の状況や状態が今ひとつ掌握出来なかった過去こそあったが、現在はそれまでの犠牲の賜物もあるのか、認識が出来るようにまでなった。正確に、とは言えないが、近似まで。

 

 先般の一連のテロ事件、そしてラプチャーやヘレティックの侵攻を経て──結果論にはなるが、自分達は撃退可能だという結論を得られた。

 

 となれば、何故外に、地上へ進出出来ないのか、討って出ないのか、という疑問を民衆は抱き始めるだろう。

 

「──笑い話だが、中央政府の内部でもそういう声が上がっている」

 

「いくら技術や戦力が進歩したところで……私のような若造が言うのは憚りがありますが……敢えて申し上げれば()()()1()0()0()()()です。惨禍を忘れた訳ではありますまい」

 

「……そうだな」

 

 紫煙を互いに燻らせる中、アンダーソンは溜め息と共に瞼を閉じる。数秒の沈黙を保った後、煙草を銜えたまま彼は唇を開く。

 

「……良くも悪くも忘れるものなんだ。人間とは、そういう生き物だ」

 

「……何十億が死んでも尚?」

 

「……そういう生き物だ」

 

 ジリジリと煙草が微かに燃える音を奏でる。

 

 再びアンダーソンは瞼を開け、対面に腰掛ける指揮官へ眼差しを向けた。

 

「──君も知っての通り、今のところ勝算はない。だというのに皆、浮かれている。その気持ちが一度、表面に噴き出してしまえば最早、止める方法はない」

 

「……だからこそ、地上の一部を奪還せよ、と?」

 

 彼が問う。ある意味で言えば、政治的配慮からの軍事作戦の指示だ。従うのは吝かではない──そもそも命令や指示に中佐が逆らえる筈もないのだが。

 

「……あまり気が進まない作戦になりそうです」

 

「そうだろうな。だが……時が来ればそれが抑止力になると同時に、希望の種になるだろう」

 

「……仰っしゃりたいことは承知しました。命令も受領しますが……」

 

 アンダーソンの真意を受け取り、命令の受領に関してもムーアは頷いた。だが、彼は二の句を続けることに淀みを見せる。

 

「あぁ、今直ぐという話ではない。報告は聞いている。──ラピを、君の部下を捜しに行くのだろう?地上の奪還については、ゆっくりで良い」

 

「……御配慮に感謝します。場所の選定については……目星を付けてから改めて御報告するようにします」

 

「それで良い。──アークから遠ければ遠いほど良い。自給自足の環境が整うなら最高だ」

 

「……私がアークから追放される時に備えて、万が一の時は逃げ込める環境を作れるよう慎重に選びましょう」

 

 彼の軽口や皮肉はアンダーソンに満足気な苦笑を浮かべさせる。人間とは良くも悪くも忘れる生き物だ、とアンダーソンは口にした。実際その通りなのだろう。

 

 だが──無性に()()()()感じた。

 

「いきなり大役を任せてしまって済まないな」

 

「……閣下の無茶な仰せには慣れたつもりです」

 

「……ふふっ……」

 

 ──やはり、懐かしいものだ。

 

「もう行って良い。5分後に会議が──……いや、治療があってね」

 

 いつもの調子で退室を促そうとしたが、不適当な状況と状態だと察し、アンダーソンは言い直す。

 

 それに頷いたムーアは腰を上げる間際、短くなった煙草を卓上灰皿へ押し潰した。眼前でタンカラーのブーツの踵を合わせる音を響かせ、挙手の敬礼を送る。

 

 鷹揚な頷きで答礼とした副司令官を認め、彼は規則的な足音を奏でながら退室する。

 

「……()()が羨ましいよ……」

 

 扉が閉まって間もなくだ。アンダーソンは気の抜けたような、覇気の薄い声を先程まで部下が腰掛けていた対面のソファへ向けて漏らした。

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