勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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公開されたアニメーション……運営には感謝を。

イベントの終盤に発生したマスタングによる面談……アニス、ミントに、そして次のガチャではプリカも出るようですから……次の面談で指揮官はどうなることやら……


第5話

 

 

 

 

 分隊のリーダーを欠いた特殊別働隊(カウンターズ)とその指揮官、そして巡礼者(ドロシー)の組み合わせとなった道中は──世辞にも順調とは言えない。

 

 特にアニスは彼女が同行を申し出た真意を測りかねている様子なのがありありと察せられた。

 

 ドロシーの言い分としては──アーク観光を諦める程にRED HOOD(レッドフード)のそれを発動させたラピが、()()()()()()()らしい。

 

 真意がそれだけかは分からない。いずれにせよ、リーダーを欠いた分隊の戦力は心許ない。尚且つ消息の掴めないラピの行方を知る存在がドロシーだ。

 

 若干のやり難さはあるものの、彼女の案内で彼等は辿り着いた。

 

 元々は地上で栄華を誇った人類文明の結晶──とまでは言えないが、小規模の都市だったのだろう。それなりに区画が整備され、道路やインフラも整った都市だった筈だ。

 

 朽ちた廃墟として栄華の残り香を放つ街並みが広がっていたのだろうが──その残滓の尽くを破壊し、灼き上げた存在がいるらしく、近付くにつれて鼻を突く焼けた鉄の匂いが漂って来た。

 

「──地面が熱いわ。地熱にしては温度が高すぎるけど」

 

 アニスが口にする通り、地面の熱の高さはムーアも靴底を通して感じ取っていた。靴底がチーズの如く溶ける程ではないが。

 

「……ニヒリスターがいるな。彼女の縄張りも似たようなものだった」

 

「その可能性が高いですね。──お二人が先に進んで下さい」

 

 ムーアの隣へ立ちつつ頷いたドロシーは次いでアニスとネオンへ視線を遣る。先頭を歩くよう彼女が促すなり、二人は互いに顔を見合わせた後、ドロシーへ双方が眼差しを向けた。

 

「──私達が?」

 

「えぇ」

 

「──なぜですか?」

 

「失っても構わない戦力ですから」

 

「それは俺が困る。無駄に死なせる趣味はない。ドロシー、訂正を」

 

「……失礼しました。兎も角、お二人が先に進んで下さい」

 

「──私達が?」

 

「はい」

 

「──なぜですか?」

 

 彼がただちに発言の訂正を促した為、ドロシーは謝罪の意を込めて軽く頭を下げるが、アニスとネオンへ先頭を進ませる判断を翻すつもりはないらしい。

 

 尚も疑問点を尋ねる二人を目の当たりにした彼女は細く溜め息を吐き出し──なるべくオブラートに包んではいるが、おそらくムーアも否定が難しいだろう理由を連ねた。

 

「あなた達と私。どちらが戦力として、より重要だと考えられますか?手札……いえ、戦力を割くとしても価値の低いものから」

 

 それが定石(セオリー)というものだ──と彼女は物分かりの悪い彼女達へ言い聞かせるかの如く淡々と告げる。

 

「──なぜですか?」

 

「それが地上で生き残る方法なのです。必要のない──いえ、価値の低いものから捨てていくこと……残念ですが、今はあなた達が()()ということです」

 

「──私達が?」

 

「えぇ。あなた達が私より弱いことは否定する余地のない──」

 

「──なぜですか?」

 

 ここでやっとドロシーも気付いた。察するのが遅いとも言えるが──彼女の眦が徐々に吊り上がる気配を捉えたムーアは愛煙の煙草へオイルライターの火を点けて紫煙を燻らせた。

 

「……さては、私の話を聞く気など最初からありませんね?」

 

「──私達が?」

 

「──なぜですか?」

 

 不調を起こしたレコーダーで再生されている訳でもなかろうに彼女達は同じ文言を続けている。噛み合っているようで、噛み合っていない会話の応酬であったようだ。

 

「……全員で移動するぞ。ニヒリスターが何処に潜んでいるか分からんからな。ドロシーが先頭に立ってくれ」

 

「──私が?なぜですか?……っ!」

 

 ムーアの発した指示を聞き取ったドロシーが隣へ立つ見上げる程の上背を持つ青年へ尋ねた。よりにもよって先程まで散々、彼女達から言われ続けた文言だ。

 

 それに気付いたドロシーがハッとする。

 

「──真似っこ?」

 

「──真似っこですね」

 

 承認欲求が高いことは自覚しているが、からかわれるのは趣味ではない。知覚するのが遅れて真面目に応じ、それどころか釣られてしまった事実に羞恥を感じるドロシーはチラリと傍らを伺う。

 

 傍ら──火の点いた煙草の紫煙を燻らせるムーアが顔を背けていた。ボディアーマーを纏った幅の広い肩が僅かに震えている。

 

 ──無性に、少しだけ、ほんのちょっとだけ腹が立った。

 

 彼女からの刺すような視線を浴びたからか、ムーアは銜え煙草のまま軽く咳払いをひとつ漏らす。

 

「戦力として申し分なく経験値も高い、キミの言う通りだ。だからこそ先頭に立って欲しい」

 

「……分かりました。私が前に出ます」

 

「宜しく頼む。──分隊、前へ」

 

 不承不承とドロシーは先頭へ立って前進を始めたが、彼女の撫子色の髪から覗く耳朶が微かに赤く染まっていた。

 

 その姿を認めた彼が軽く──それこそ鼻を僅かに鳴らして笑ったのがいけなかったのだろう。最初は悠然と歩いていたドロシーが、早足に変えて進み出したのだ。

 

 ドロシーの後へ続き、部下達を従えてムーアも前進する。かつては整備された舗装道路だったのだろうが、現在はアスファルトに大小の亀裂が走り、周囲の建造物が倒壊し、瓦礫が積み重なった──極論を言ってしまえば、有り触れた地上の景色である。

 

 しかし彼等が見慣れた筈の他の方面・地域とは異なる景色と一線を画す光景が広がり始めた。

 

 焼け焦げた地面は次第に明瞭な熱を放ち、建造物の瓦礫が煤に塗れ、かつては公園だったのだろう区画に放置されていた遊具のジャングルジムが前衛的な芸術作品の如くグニャグニャに曲がった──余程の高熱を持つ火焔で薙ぎ払われたかのような景色だ。

 

 おそらくは、十中八九で、これらを作り上げたであろう存在を彼等は良く知っていた。

 

 周辺を警戒しつつ前進するムーアやアニス、ネオンの先を進んでいたドロシーが立ち止まる。

 

 何かを発見したのだろう。彼女が肩越しに振り向き、彼等を招く仕草を取った。

 

 彼等が歩み寄り──そしてドロシーが立ち止まった理由を否応なく察する光景を目の当たりとするなり、ムーアは紫煙混じりの溜め息を吐き出す。

 

 文字通りの黒焦げの地面へ這い蹲る火竜──ニヒリスターの姿がそこにはあった。

 

 記憶に残る最新のニヒリスターの姿形とは異なる──有り体に言って無残そのものだ。

 

 全身の至るところが破損している。左眼は潰れたのか、それとも無事なのかは定かではないが腕の一本に至ってはフレームが露出し、千切れ落ちる寸前だ。

 

 這い蹲りつつ、なんとか移動しようとしているのか弱々しくも健気に身体を起こそうとしているヘレティックだが、再び焼け焦げた地面に倒れ伏す。

 

 それを認めたムーアがドロシーや彼女達を置き去りに、前へ進み出た。

 

 近付く足音と気配に気付いたニヒリスターが隻眼の右眼を向けようとする刹那、彼女の身体が抱き起こされる。

 

 手袋を嵌めた大きな手によって身体を起こされたばかりか、路上へ転がる崩れ落ちた建造物の大きな破片まで引き摺られ──そこへ背中を預ける格好となるよう導かれた。

 

「──ンだよ……お前らかよ……ゲホッ」

 

「天使が来たと思ったか?期待に添えずに済まんな。……酷い有り様だ」

 

「……あぁ、とんでもねぇだろ?」

 

 ボロ雑巾の方がまだ格好が付くだろう。時折、咳込む度に口元を赤い液体触媒で濡らすニヒリスターが唇を歪めつつ傍らへ片膝を突いて覗き込むムーアを見上げ──続けて彼の肩越しから近付く複数の人影を認める。

 

 いずれも見知った顔ばかりだ。

 

「──ラピがやったのですか?」

 

 歩み寄った人影の内の一人──ドロシーが尋ねる。

 

「──おい、エデンのクソ女。いちいち答えてやんなきゃなんねぇのか?」

 

「いや、ラピがやった訳ではなさそうだ。……妙な傷跡だ。噛み付かれた痕跡に……こっちは刃物か何かで切り裂かれたか?」

 

 黒い装甲で覆われた甲冑を思わせる武装の数々が著しく破損している。刻まれた痕跡の数々は明らかに人為的ではあるが、殴打や銃撃のそれらとは異なっていた。

 

 噛み千切られ、切り裂かれた痕跡──豊かな胸元へ刻まれた鋭利な刃物で肌を裂かれた痕が手袋に包まれた指先でなぞられる。

 

 以前は好き勝手に眼前の人間を弄んだ記憶があるニヒリスターは、当時とは真逆の状態に自嘲の笑みを浮かべた。

 

「名探偵のお出ましってか?」

 

「まぁ、嫌いなジャンルではないが……」

 

 長身の青年がサングラスを外し、テンプルをボディアーマーのポーチへ引っ掛け、濃い茶色の双眸が露わとなる。

 

 周囲の光景、そしてニヒリスターの有り様──それらを総合して推測したのだろう。ひとつの解を導き出した。

 

「インディビリアとトーカティブ(お喋り野郎)か?」

 

 口にされたそれらへニヒリスターは肯定や否定もしない。それが何よりの正解を示していた。

 

「……なんとも皮肉な結果だな。裏切られるとは」

 

「ケッ、ほざけ。そもそも最初っから信じちゃいねぇよ」

 

 唇の端から赤い液体触媒が垂れ落ちる。それを拭う余力もない様子のニヒリスターを認め、肩を竦めたムーアは半分ほど燃え尽きている煙草を指先で取り除き、吸い口をヘレティックの唇へ向かわせた。

 

 差し出されたそれを──意外と素直にニヒリスターは銜えて受け取り、静かに紫煙を燻らせる。

 

「……悪くねぇ。悪くねぇ味だな」

 

「気に入ったなら何よりだ」

 

「──信じていなかったのなら、何故あの二人を復活させたのですか?」

 

 再びドロシーが尋ねる。それにニヒリスターは紫煙を燻らせつつ唇を歪めた。

 

「さぁな。……友達ごっこ、でもしたかったのかもな」

 

「……念の為に聞くが、()()は必要か?」

 

「……ハハハ。……なぁ()()()、お前、本当に変わってんな」

 

 介錯──楽にしてやる、という意味の言葉を真面目に問う眼前の人間。ヘレティック、不倶戴天の怨敵を前にして、よりにもよって介錯である。半死半生を超え、彼岸を渡りかけている有り様なのだ。

 

 喜び勇んで首級を掻き取ろうとするのが、少なくとも正常な行動だろうに、とんだ()()()もいたものだ。

 

 思わずニヒリスターが笑ってしまうのも無理のない話だった。彼女自身も気付かぬことだったが、この男に仕留められる終焉を悪い気分とは感じなかったらしい。

 

 この人間、この男──ムーアであれば、間違いなく楽にしてくれる、という一種の信頼もあったと言えよう。

 

「──生き延びたいですか、ニヒリスター?」

 

「……お前らが消えてくれたら、まだ生きられるぜ」

 

「いいえ、そうはならないでしょう。ナノマシンの再生速度が遅いようですね。コア出力が落ちている証拠です」

 

「つまり?」

 

 ドロシーが淡々と事実を列挙する。死にかけている──のは目に見えて明らかだろう。ムーアが肩越しに振り向いて尋ねると、焼け焦げた廃墟の中では浮いてしまう白いドレスを纏った深窓の令嬢を彷彿とさせる彼女が細い肩を竦めた。

 

「このままでは他のラプチャー達の最上級の餌となって終わります」

 

「それはなんとも……どうする?」

 

 ヘレティックのボディの味がどうなのかは興味はないものの──眼前のニヒリスターに有象無象が寄ってたかって貪り食う光景はあまり想像したくない類のそれらしい。ムーアが瓦礫へ背中を預けるニヒリスターへ問うなり、彼女は紫煙混じりの溜め息を漏らした。

 

「……じゃ、ひとつだけ頼む。失せろ。それか、さっさとコアを撃ちやがれ」

 

「──分かった」

 

「ちょっ、指揮官様!?」

 

「師匠!?」

 

 ニヒリスターの返答を聞いたムーアは腰を上げる。彼女の眼前へ立つなり、携えていた突撃銃の安全装置を親指で弾いた。

 

「……どうせなら、戦場で討ち取りたかったが……」

 

「ハッ、ほざけ。俺が?お前に?」

 

 無防備な姿を晒すニヒリスターへ銃口が向けられた。

 

 この軽口の応酬を交わせなくなる事実に──幾許かの心残りを彼女は抱く。らしくもない衝動、とニヒリスターは内心で自嘲しつつ隻眼を閉じ、銃声が響き渡る瞬間を待とうとした。

 

 しかし──

 

「──お待ち下さい」

 

 ──終焉を報せる銃声は響かなかった。

 

 介錯をしようとするムーアが握る突撃銃を、ドロシーが掴んで制止するのである。

 

「……私に考えがあります」

 

「……考え?」

 

 トドメを刺す行為を止めるとは余程であろう。ムーアが突撃銃を下ろすなり、ドロシーは取り出した自身の携帯端末の液晶画面を指先でタップする。

 

 忙しなく動く指先──それを眺めていると、不意に彼の携帯端末がボディアーマーのポーチの中でバイブレーションを起こした。

 

 引き摺り出した携帯端末のロックは手袋を脱いで指紋認証で解除し、投稿と更新が続いているチャットアプリを開く。

 

 地上基地エデンに滞在中、教えられたチャットルームで投稿や更新が連続している。

 

 入室している面々のアイコンはいずれもエデンに所属するメンバーばかりだ。

 

 液晶画面上でヨハンが入室している頭数の中にムーアの存在を察知し、尋ねる。

 

 ドロシーがそこにいるのか、と尋ねるヨハン(先輩)クソ生意気な後輩(ムーア)は短く、あぁ、と肯定の返信を返した。

 

 チャットルームで交わされている前後のやり取りを見るに、ドロシーはエデン、そしてインヘルトには無断でアークを訪れた様子が伺える。

 

 やがてドロシーがチャットルームへ現在の座標を打ち込んで送信する。彼女曰く、プレゼント、らしい。

 

 ヨハンが帰還を促すメッセージを投稿するも、それを無視し、それでは、と送信して会話を打ち切ったドロシーの細い指先が液晶画面上へ表示させたブロックの処置を実施する箇所をタップする。

 

 続けてムーアの傍らへ歩み寄った彼女は──自身の携帯端末でそうしたように、彼の液晶画面上へブロック処置の項目を表示させて細い指先で押し込んだ。

 

「──念の為にお伝えしておきますが、エデンとの連絡はお控え下さい。かなり念入りに進めているので、台無しにされたら私が何をするか分かりません」

 

 何らかの計画があるのだろう。彼女が独自で立案し、実行の途中だと思われるそれが進行している。

 

 突然、アークの危機を救った──かなり劇的な展開だっただろう。アークへ侵攻したヘレティック(ニヒリスター)を仕留めた姿は大衆に強烈な印象を刻んだ筈だ。

 

 真意を探ろうとムーアの濃い茶色の双眸が鋭く細められ、ドロシーのアメシストの瞳を見据える。彼女もまた彼を見上げ、暫し睨み合う格好となった。

 

「──おい、撃つのか、撃たねぇのか?撃つ気がねぇなら失せろよ!」

 

 介錯の手を止めたかと思えば、そっちのけで何かを進めているのだ。ニヒリスターが死に体同然の格好で吠える。

 

 するとドロシーが濃い茶色の瞳から目を逸らし、変わって眼前で息も絶え絶え、今にも崩れ落ちそうなヘレティックを見据えた。

 

「──あなたは()()の異名の通り、地上を思うままに飛び回り、好き放題に炎を吐き散らした。数多くのニケがその炎で灼かれました。エデンにも随分と迷惑を掛けて下さいましたね。そうやって自分勝手に殺して、壊して、燃やしておいて……御自身は楽に死にたい、と?それはいけませんね」

 

 突然だった。

 

 細い両手へ白亜に金色の装飾が散りばめられた一挺の小銃が顕現する。華やかであり、高貴な印象を持つ銃の名はアングレイトフル・オズ。

 

 その銃口がニヒリスターへ向けられた。

 

 細い指先が引き金をクッと引くなり、銃口から細い閃光と光芒が奔り、ニヒリスターの急所(コア)を敢えて外す形で身体を何箇所も貫く。

 

 ボトリ、と焼け焦げた地面へ落ちた片腕。フレームで辛うじて繋がっていたそれも光芒が射抜き、脱落してしまう。

 

「うっ……!うぐっ……!」

 

「ここで待っていて下さい。じきに楽園の使い達があなたを迎えに来るでしょう」

 

 更に無様な姿となったニヒリスターを捨て置き、ドロシーは掴んでいた小銃を手元から消すなり悠然とした歩みで立ち去ろうとする

 

 その後ろ姿へムーアは声を掛けた。

 

「このまま置いて行くのか?」

 

「いけませんか?それとも……まさか、同情でもしていらっしゃるとか?アークでどれほどのニケがニヒリスターの犠牲になったかは御存知でしょう?それとも……やはりトドメを刺したい、と?」

 

「俺としては、キミが言う最後のそれが一番だと思うがな」

 

 四肢を穿たれ、片腕も脱落したニヒリスターが再び地面へ倒れ込み、苦痛に身を捩る姿を目の当たりにしたムーアが眉間へ深い縦皺を刻んだ。

 

 あまり見苦しい姿を見せ、また見ているだけなのは、当人も、そして彼としても気分の良いものではない。

 

 軍人──よりも、古来の武人にも似た性質を持っているのだろう。

 

 矜持に殉じて笑って死ぬことが出来る人間──その存在は少ないとドロシーは知っているが、彼女の記憶の中には多くの人物達の顔が浮かんでは消えた。

 

 彼女は一度は背を向けたムーアへ振り向き、彼へ歩み寄るなり声を潜めて囁く。

 

「考えてもみて下さい。生きたヘレティックを思うままに出来る絶好の機会です。殺すなんて勿体ないですね」

 

「……ヨハンとセシル、インヘルトはニヒリスターをどうする?」

 

「どうでしょうね。私にも知り得ないことです」

 

 細い肩が竦められる。あのエデンの面々が──チャットルームのやり取りから得られた座標に到着するまで数日かそこらだろう。現在のニヒリスターを確保するのは造作もない筈だ。

 

 その後はどうするか──ムーアは新しい煙草をポーチから引き抜き、乾燥気味の唇へ銜えてオイルライターの火を点けた。

 

 ニコチンとタール、そして含有されたフレーバーが燻る紫煙を味わいながら彼はヨハンの思考回路を脳裏に思い浮かべる。

 

 ()()()()は先進的な思考の持ち主と見せ掛けて、些か──いや、かなり頑固で偏屈で、陰険かつ根暗の人間味がありすぎる性格を持っている。良くも悪くも保守的な人間であろう。全身の大半を機械化した者を人間と称して良いのかは判断に困るが。

 

 同時にヨハンは、地上奪還を本気で志してもいる。その段階として地上を我が物顔で跋扈するラプチャーの殲滅、或いはそれに繋がる情報の獲得も必要と考えるだろう。

 

 クイーンの先鋒たるヘレティック──それも生きたままのニヒリスターは、生かさず殺さずの状態で情報源として利用する筈だ。

 

 そして彼女は──クイーンの抹殺、暗殺をほのめかしてもいた。

 

「──信じるぞ、()()

 

 ムーアは背負っていた背嚢を下ろすなり、入組品を漁る。取り出したのは着替えである戦闘服の上着、そして迷彩柄のポンチョ(雨衣)だ。雨衣は長身かつ大柄の彼の全身がすっぽりと収まるだけの大きさがある。

 

 彼は上着を広げ、ニヒリスターの上体へ掛けた。

 

「──おい……お前……何してんだ」

 

「死のうは一定、とは言うが……」

 

「──なに、すんだよ……!おい、()()()!!」

 

「少なくとも、キミの死に場所はここではないだろう」

 

 次いでムーアが雨衣を広げる。焼け焦げた地面へ雨衣を擦り付け、わざと汚した後、周囲の環境と大差ない色彩になったと認めてからそれもヘレティックの身体を覆うように──ちょうど瓦礫の存在もあり、簡易の雨避けとなるよう展張させた。

 

「──クソが……!俺を、コケにしやがって!情けでも掛けたつもりかよ!!」

 

「……行くぞ」

 

 背嚢を背負い、突撃銃を握り直したムーアが分隊へ、そしてドロシーへ場を離れるよう促す。

 

「──殺せッ!!殺せよ!!」

 

 背を向けた一行──ムーアを先頭にアニス、ネオンが続く。ドロシーは背後を振り向き、周囲の環境に合った色彩の天幕状へ展張された雨衣の下で尚も吠えているヘレティックの様子を伺い、やがて彼等の後へ続く。

 

 口汚く罵詈雑言を吠えていたニヒリスターだが、彼等が遠ざかる内にそれは鳴りを潜め、代わりに哄笑が響き始めた。

 

 誰の無様を嗤うそれなのかは定かではない。

 

 しかし、その笑い声は──泣いているようにも聞こえた。

 

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