勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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今になって思うと、この会議というか話し合いで、ちゃんと釘を刺されていたのにドバンと来たら……


第6話

 

 

 緊張、の表現が相応しい空気へ包まれた中央政府が管轄する庁舎内の会議室。その室内に置かれた椅子へ腰掛ける3名の人影がある。

 

「どうするつもりだ?」

 

「なんのことだ?」

 

 腰掛けて早々、口火を切った巨躯の人影──張り詰めた筋肉を軍服の内側へ無理矢理押し込んだような体躯を持つ副司令官の一角に君臨するドバンが尋ねる。

 

 会議室は殺風景だ。議論を交わすのに必要な最低限の調度品である椅子、そして映像投影機能を搭載した長机が置かれている程度である。

 

 3名の人影はそれぞれ距離を取って椅子に腰掛け、口火を切ったドバンへ眼差しを向ける。

 

 どうするつもりだ──随分と大雑把な物言いによる議題の提出だ。もっと正確に提議するよう促すのは尋ねられた本人であり、自身も副司令官の一角へ腰を据えるアンダーソンである。

 

「シュエンのことだ」

 

「エニックの判決が出ただろう。その通りにすれば良い」

 

 余裕ぶった様子にドバンはこれ見よがしに鼻を鳴らす。手元にある液晶画面のコンソールパネルを何度かタップし、長机の中央へ設置された投影機能を用い、空中に中央政府の軍部に所属する1名の軍人の写真を映し出す。

 

 写真として投影されたのは片目へ縦に刻まれた戦傷痕や眉間に皺が寄り、黒髪と白髪が半々の割合で生え揃った頭髪を短く刈り上げた軍人の姿だ。認識番号O1258031。ショウ・ムーア中佐である。

 

()()()()()()()()()が三大企業のひとつに専属で支援を受ける、ということだぞ!こいつが()()()でも起こしたらどうする!」

 

 ドバンは投影された写真を指差し、口角泡を飛ばす勢いのまま捲し立てた。

 

 しかしその問題提起は誤りではない。故にドバンはその()()()()()()()()()の直属の上官たるアンダーソンへ尋ねるのだ。尋ねる、と表現するにしては些か品性に欠ける物言いではあった。

 

 それを受け取ったアンダーソンは長机の下で組み替えた後、事もなげに返してしまう。

 

「その点は心配要らない」

 

「何故だ!」

 

「そういう人物ではないからな。ついでに言えば……彼の言葉を借りるとしたら、趣味ではない、とも言いそうだが」

 

「……どうだか。力を手にすれば、人は変わるものだ」

 

「ほう?……君のように、か?」

 

 なるほど。であれば説得力はある程度、存在するだろう。アンダーソンが返す刀で率直に尋ねるが──当のドバンは沈黙を保つ。

 

 ひとまずは黙らせられたことに満足したのだろう。アンダーソンが口を開いた。

 

「これは当事者達の問題だ。私達がうるさく騒ぐ必要はない」

 

「──わ、私からも、良いだろうか……?」

 

 事の成り行きを見守っていた格好の小太りで、やや自信に欠ける様子の人物──彼等と同様に副司令官の座へ収まっているバーニンガムが割って入る許可を求める。それにアンダーソンが鷹揚に頷きを見せたのを認め、バーニンガムは改めて言葉を続けた。

 

「わ、私から見ても、あ、あの、し、指揮官──ム、ムーア中佐は、し、衝動的では、あ、あるが、危険な人物では、な、ない。だから、も、問題はないはずだ」

 

 相変わらず耳障りな吃音──ただでさえ厳しい髭面を不快なそれに歪めるドバンは同一意見で自身の提議へ異を唱える双方を睨んだ。

 

「あまりにも主観的すぎる!それをどうやって信じろと──」

 

「少なくとも君の地位が脅かされることはないだろう。そこは心配しなくて良い」

 

 ドバンも口にした通り、()()()()()()()()()に過ぎない人物だ。当人もそれは自覚している。分轄されているとはいえ軍政、或いは軍令を司るような大権を有することには不向きと自己診断を済ませている手合いだろう──とアンダーソンは捉えていた。

 

 おそらくは、それは正しい。ムーアという軍人は自らを暴力装置のひとつとして見做している筈だ。

 

 しかし、万が一、時流が、もしくは時代が、大衆が()()を求めた場合についてはどうなることか。こればかりはアンダーソンも読めない。

 

 確かに現状、ムーアという一介の下っ端指揮官がドバンが危惧しているだろう己の地位や立場を脅かす存在にはなり得ない。

 

 今のところは──という前置きが付くが。それを口の中で紡ぐに留めたアンダーソンは同席するドバンへ視線を向ける。

 

「──この場でこれ以上、言い争っても不毛だ」

 

「……良いだろう。では他のことはどうするつもりだ?」

 

「何の話だ?」

 

 一先ずはドバンも矛を収めるらしい。それは有り難いことだが、相変わらず彼の主語を忘れた物言いには感心出来ない様子でアンダーソンは少々の呆れが込められた声音のまま尋ね返す。

 

 それへ答える寸前、ドバンの指先は再び液晶画面のコンソールパネルを叩いた。

 

「──あのピルグリムのことだ」

 

 長机上の空中へ投影された写真が変わる。混乱の最中、超望遠のカメラで撮影していた者がいたのか、それともシステムの作動で自動的に撮影されたのか。

 

 アークへ舞い降りた直後の純白の天使──ドロシーを捉えた写真が投影される。

 

 ──随分とまぁバッチリと……。

 

 意識不明の最中の出来事は経過報告と共に口頭や書類、そして撮影された画像や動画等で報せられたアンダーソンだ。この光景も知らない訳ではないが──改めて見ると率直な感想が心中で漏れるのも無理のない話だ。

 

「どうするも何も、地上に出て行ったのだろう?()()()()()()()()()()()

 

「また戻って来るだろう」

 

「その確率は高いだろうな」

 

 敢えてアンダーソンは言葉を強調する。ピルグリム──ドロシーがアークを未曾有の危機から救った点を強調して告げた。机上へ鎮座するソーサーからカップを摘み、コーヒーを一口啜る。

 

 その姿を楽観的な態度と見做したのだろう。ドバンが苛立ちを隠せぬ様子で問い掛けた。

 

「だから聞いているんだ。どう対応するつもりだ?」

 

「何が、い、言いたいんだ?」

 

「──私は、あのピルグリムを始末すべきだと考えている」

 

「し、始末……!?」

 

 ドバンの発言にまず反応を見せたのはバーニンガムだ。性急に過ぎる考え──と脳裏を巡ったのも束の間だ。小太りの、軍人らしからぬ体形が些かのコンプレックスもある副司令官の眼差しは、次いでドバンからアンダーソンへ移る。

 

 コーヒーを静かに一口啜っていたアンダーソンの唇からカップが除かれた際、垣間見えた青い瞳──それが据わっていたのをバーニンガムは認めた。

 

 カチャリ、と微かな音を立ててカップがソーサーに置かれた。

 

「奴は危険すぎる。何を企んでいるのかは知らないが、あれがアークに齎す影響力は絶大だ。今のアークを刺激させてはいけない」

 

「ド、ドロシーは協定を求めていた筈だ。し、始末だなんて……い、一体、何を言い出すんだ」

 

 慌てる様子の副司令官を捉えながらドバンは太く隆々と肥大した両腕を、厚い胸の前で組みつつ告げる。

 

「良く考えてみろ。ラプチャーとヘレティックにアークが襲撃を受け、そこへピルグリムがやってきた。そしてアークに封印されていたヘレティック2体とトーカティブ(特殊個体)が解き放たれた。──あのピルグリムは、その全ての中心にいる。これが偶然だと思うか?」

 

 あまりにも出来過ぎたストーリーだ。映画やドラマの脚本家でも、もう少し捻った展開を考えるだろう。

 

 確かに傍目から見れば怪しいの一言に尽きる。偶然で済ませるのは難しい。

 

 だが、しかし──と、バーニンガムは声を絞り出した。

 

「──ドロシーが持ってきた、あ、あの技術……こ、光学迷彩技術は本物だ。な、何十回も検証したが実用可能であることが、は、判明した。わ、私も疑っていない訳じゃないが……」

 

 バーニンガムの視線が一瞬だけアンダーソンを捉える。

 

 青い双眸は尚も据わったままだ。

 

「今は、ま、待った方が良い、だろう」

 

「……()()?一体、何を?」

 

「ドロシーの、ほ、本当の狙いが、何なのか……」

 

「──狙いなど明白だろうが!」

 

 腕組みを解いた硬い握り拳が長机の天板へ叩き付けられ、その勢いのまま眼前に置かれていたカップとソーサーが薙ぎ払われる。吹き飛んだそれらが床の上で跳ねながら砕け散り、コーヒーの飛沫が床を汚すのも気に留めず、ドバンの指先は投影された写真に向けられた。

 

「あれの目標はアークの破滅だ!」

 

「破滅が、も、目的だったらもっと確実な方法を使う筈だ。こ、こんな面倒なことをする必要は、な、ない」

 

「お前の言う通り、待ったとしよう。それで取り返しがつかないほど、大事になったらどうするつもりだ?黙って待っているだけでは遅い!私達が先手を打つべきだ!」

 

「そ、それは考えが、あ、ある。最悪の場合、それを、しゅ、収拾する手段が」

 

「……エニックが準備しているという()()か」

 

「そ、そうだ」

 

 先般に発生した諸々の事案を踏まえ、アークの防衛を目的とした()()()()()()()()()──それを提案したエニックが設計、運用する2機のニケの製作が進んでいる。

 

 まだ公表はされていない情報だが、軍部や政府の一部には通達されているそれはドバンも知り得ていた。

 

 詳細は不明だが、対抗策は既に存在する──つまり、自身の()()にはなり得ない点が突き付けられた思いなのか、ドバンは忌々しげに歯軋りを漏らす。

 

 喧々諤々、と言えるかは定かではないが、ドバンの提議や主張が一段落した様子をアンダーソンは捉え、沈黙を破って言葉を発した。

 

「──今はバーニンガムの言う通りにしよう」

 

「貴様の意見はどうでも良いんだ、能無しめ!大事な時に何も出来なかった分際で何をほざく気だ!」

 

 いちいち敵を作らないと息が詰まるのだろうか。まぁ、ドバンの言い分も分からないでもない。その自覚は持っているアンダーソンは溜め息を細く漏らした後、淡々とした口調で語り始めた。

 

「──ピルグリムの真意がなんであれ、エデンとの協定は不安だからという理由だけで流せる話ではない。協定が成立すれば、失うより得られるモノの方が遥かに多い筈だ。ここは最悪の事態に備えた上で彼女の動向を見るべきだろう。アークの設立以来、初めて巡礼に訪れた賓客だ。信じられない、という理由だけで銃口を向けるも同然の()()()()()をするのは止めておけ」

 

 アンダーソンの語り口は淡々としている。同時に牽制も向けられている様子も見て取れた。実際、特にドバンへ向けての牽制はされているのだろう。先般の事案の折、彼は独自に──いや、承認を受けぬまま対人火器で武装させた兵力を移動させているのだ。

 

「……不安要素の芽は摘むべきだ。アークにこれ以上の危機を起こしてはならん」

 

「……まるで分かっていないな」

 

「なんだと……!?」

 

 まだピルグリムの排除を強行する旨の意見を通そうとするドバンへアンダーソンがこれ見よがしに大きな溜め息を吐き出した。これでも相当に噛み砕いて話したつもりなのだが──と聞こえて来そうな仕草にドバンがいきり立つ。

 

 大股で歩み寄り、掴み掛かろうとする気配を察したアンダーソンの青い双眸が鋭くドバンへ向けられ、刺すような眼差しに巨躯の身体が一瞬たじろいだ。

 

「──君にも脳があるなら考えてみろ。自分の発言がどれほど話にならないか。君の言う通り、彼女がアークを破滅させに来たとしよう。では──今のアークの状態で彼女を止められるか?」

 

 ドロシーが徹底的な破壊を目的としてアーク内で活動を始めた場合──それを制圧出来るか否かは未知数だ。アークが有する全戦力を投入すれば敗北こそしないだろうが、少なくはない損害が発生する公算が高い。

 

「──仮に彼女をどうにか止められたとしよう。だが、エデンの戦力を止められるか?エデンがどれほどの戦力を保有しているか、理解しているのか?」

 

 エデンの内情を全てではないにせよ、一定は見聞きしてきた人物、そして分隊は現在アークを発っている。帰還がいつになるかは定かではない。その唯一の情報源すら不在のまま、エデンと対立する道を選ぼうとドバンは語っているに等しい。

 

「──今、君が言っていることは地上で生き残っているどころか、我々にはない技術まで構築し、運用している相手と戦争を始めようと言うことだ。正気で言えることじゃない。……私もバーニンガムの意見に賛成するとは言ったが、他に選択肢がないからだ」

 

 ここまで言われて理解できないほど、ドバンという人間は愚かではない。ただし、歯軋りを微かに漏らしながら、重々しく頷きを見せている。

 

「……分かった。私も賛成するしかないようだな。ピルグリムの動きは監視する」

 

「そ、そうか。ありがとう」

 

「ただし──そのドロシーというピルグリムについては個人的に調べさせて貰うぞ。顔が割れている以上、中央政府のデータベースの何処かに関連する情報がある筈だ。過去を調べれば、何か掴めるだろう」

 

「……そこまでする必要があるか?」

 

 温くなったコーヒーは美味いとは言い難い。カップを摘み、傾けつつアンダーソンが徹底的な調査を仄めかすドバンへ尋ねる。

 

「当たり前だ。過去の行動が今の狙いを突き止める手掛かりになるかもしれん」

 

「う、うん。それは私も、ど、同意見だ」

 

「…………」

 

「お前も異論ない、ということで良いな?」

 

 沈黙を保ったアンダーソンの返答を待たず、ドバンは大股で歩き、足音を無用に大きく響かせながら会議室を後にする。

 

 それを横目に見送ったアンダーソンは──中身が空となったカップをソーサーへ置き、暫くの間、瞑目しつつ深く、長い溜め息を漏らした。

 

「──ど、どうした?大丈夫か?」

 

「──バーニンガム」

 

 復帰から数日も経っていない身だ。別派閥の長同士──とは言え、敵対している訳ではない。一応は()()である。気遣いもあってバーニンガムは不調が発生したかもしれないアンダーソンへ声を掛けたが、返ってきたのは鋭い眼差しと質問だ。

 

「──ゴッデスに関する情報は、まだアークに残っているか?」

 

「ゴッデス?な、なんで急にゴッデスの話が……」

 

「──残っているか?」

 

 この会議室に監視カメラは存在しない。しかし盗聴器が仕掛けられている可能性も拭えない。最初、その危険を危惧したバーニンガムは、しらを切ろうとする。

 

 しかしアンダーソンは譲らない。むしろ、知らない筈がないだろう──と、言外に告げられた気分ですらある。

 

 盗聴の危険や可能性も今は考えている時間すら惜しいというところだろう。

 

「い、いや。じ、実体を持つ者の神格化を防ぐ為に、持続的に、じょ、情報を修正し、選別している。い、今はゴッデスという名前以外に、の、残っている情報はない。中央政府のデータベースにも、の、残っていない」

 

「……そうか。分かった。ありがとう」

 

 バーニンガムの返答に満足したのか、アンダーソンは腰掛けた椅子の背凭れへ上体を預けた。盗聴の危険性から()()()()()も続ける必要もあったのだろう()()へ感謝を告げることも忘れない。

 

「や、やっぱり具合が悪いんじゃ……」

 

「大丈夫だ。心配、ありがとう」

 

「い、いや。じゃあ、私もそろそろ、し、失礼するよ。そんな身体で、あ、あまり無理するなよ」

 

「あぁ、そうするよ」

 

 バーニンガムも会議室を後にする。杖を突きつつの歩みを見送り──左右へ開いた扉の奥へ彼の姿が消えれば、閉ざされた室内にはアンダーソンのみが残された。

 

 アンダーソンの青い双眸が緩々と──長机の空中へ投影されたままのピルグリムの写真を見上げる。

 

 瞳が細められ、暫し沈黙のまま見詰め続けた彼は──やがて顔を伏せながら呟いた。

 

「──ドロシー……」

 

 その声音には懐かしさ、憐れみ、喜び──そのような数々の感情が込められていた。

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