勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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プライベートで諸々の問題があり、久々の投稿と更新となりました。お待たせして申し訳ありません。


第7話

 

 

 

 ここまで一触即発の雰囲気が仕上がるとは──いつぞやの軍需品製造工場でスノーホワイトから譲られたアンチェインド弾のスキャンを目的とした任務の際に生じた険悪なそれを彷彿とさせる状態だ。

 

 妙なデジャビュを感じたムーアは、現在の状況に酷似していた過去の出来事を思い出して一人納得する。

 

「──ラピは面白くない!」

 

「──でも、私達は面白いです!」

 

「──あと、ラピは可愛くない!」

 

「──でも、私達は可愛いです!」

 

「──ラピはロケットランチャーを撃てない!」

 

「──ショットガンだって撃てません!」

 

「──真っ黒な服ばっかり着てる!」

 

「──眼鏡も掛けてないです!」

 

「──下着もシンプルな奴ばっかり!」

 

「──お尻丸出しで歩いてますし!」

 

 既視感(デジャビュ)にこそ納得はしたが、この場に居合わせない分隊のリーダーが分隊員達の物言いの数々を知ったらどうなるだろうか──そんな埒もない疑問が脳裏へ生じる。

 

 盛大な溜め息を吐くに違いない。それも自分の傍らで──などとムーアは脳内で想像を膨らませる。十中八九でそうなるだろう、という確信があった。

 

 事の発端はなんだったか。

 

 ドロシーの一言が引き金だったのだろう。彼女はアニス、そしてネオンを名指しして言い放ったのだ。

 

 彼女達は警戒心が足りない。その状態で地上を歩けるとは信じられないほど。なにより気に掛けてすらいない。誰かに助けられる状態に慣れていると。

 

 それをドロシーは()()と指摘した上で更に告げる。

 

 それらの弱点──部隊(分隊)を纏め上げつつも弱点を補佐していたのは誰だったのか。言わずもがなラピである、とドロシーは指摘したのだ。

 

 次いで彼女は横目にムーアを伺い──彼の存在が纏まりのない集団を辛うじて運用出来る状態にはしているが、果たしてそれで()()と呼べるのか、明らかにラピや指揮官(ムーア)の足を引っ張っている、と。

 

 これには流石にアニスがカチンと来たらしく、続けてネオンもドロシーへ対して口頭での応戦へ討って出たのだ。

 

 曰く──ラピに足りない部分をカバーしている事実を彼女達は次々と列挙した訳だ。

 

 さて、どうやって収拾をつけるか──口寂しさを覚えたムーアがボディアーマーのポーチからソフトパックを引き摺り出した。銜えた一本の紙巻き煙草へオイルライターの火を点け、ラム酒の香りが漂う紫煙を燻らせる。

 

 オイルライターの蓋を閉じて仕舞う時、ドロシーの横目が彼へ向けられた。その瞳は物語る。彼女達は本気で言っているのか、と。

 

「……アニス、ネオン。やめてくれ。その、なんだ、恥ずかしい」

 

 聞いているこちらの方が羞恥を覚えてしまう。彼なりに言葉を選んで恥部の陳列──大いにプライベートな点も含められたそれらの陳列をやめるよう促すしかない。

 

 するとどうだろう。ドロシーへ突き刺さっていた二対の視線の内のひとつ──リーフグリーンの瞳のそれがムーアへ鋭く向けられたではないか。

 

「──師匠!私達のどこが恥ずかしいって言うんですか!?」

 

「……全体的に」

 

「──そんな!ひどいです!」

 

「……開いた口が塞がりませんね」

 

「……部下達が失礼をした。しかし、ドロシー」

 

 このまま彼女達の応酬を眺めている訳にもいくまい。双方の精神的な余裕を喪失させるエスカレーションにしか作用しないだろう。

 

 ムーアがアニスとネオンの前へ移動し、部下達の前へ立ち塞がる格好となりながら、緩くドロシーを見下ろした。

 

 彼女も眼前の彼を緩く見上げ、サングラス越しに存在する濃い茶色の瞳を見詰める。

 

「キミの発言や指摘は長年の経験と含蓄から来るものなのだろう。それは理解と納得もしよう。だが、些か棘のある表現でもある。さながら……そうだな。まるで仲違いさせようとする意図でもあるのかと勘繰ってしまう。適切な表現かは分からんが……」

 

「──それに、人に頼って何が悪いのよ」

 

「──お互いフォローしながら強くなっていくものです!」

 

「──そうよ、そうよ。だいたい、あなたは違うって言うの?」

 

 ──何故、顔を覗かせて反論を始めるのだろうか。

 

 わざわざ槍玉に上がるのを防ぐ為、自ら盾となった彼の行動が半分ほど台無しではないか。ムーアの背へ隠れつつアニスとネオンは彼の両脇から顔を覗かせ、ドロシーにここぞとばかりの反論を述べていく。

 

「他人に頼りたくないなら、ひとりでいれば良いじゃない。なんでエデンにいるのよ?ひとりでラプチャーを倒して、世界も救えば良いでしょ?」

 

「ラピを捜す話にしたって、()()()ドロシーを入れてあげた筈ですよね?一緒に行く、って言い出したのはドロシーだったじゃないですか。さては……不安だったとか?ひとりで行くのが」

 

「それにいちいち言わなかったけどね。あなたが後ろから狙われそうになってたの何度も──」

 

 これ以上は事態の収拾が付かなくなる。それを勘か、或いは本能か、いずれにせよ察したムーアはアニスが紡ごうとした続きの言葉を止めさせた。突撃銃を握る片手をそこから離し、軽く持ち上げることで止めるよう促す。

 

「……ドロシー。何故、急にそんな話をした?」

 

 聡明な彼女ならば分かっていただろう。()()()()()()()となることなど想像に難くなかった筈だ。

 

 ならば、何故敢えて、こうなるような言動を口にしたのか。

 

 それを問うたムーアの眼差しがドロシーを貫く。サングラス越しに細められたであろう濃い茶色の双眸を察した彼女は一瞬だけ形の良い唇を強く結んだ後、口を開いた。

 

「……誰かの犠牲を、当然のように考えている気がして……吐き気が、しただけです」

 

 漏れ出た言葉のニュアンスは伝わったのだろう。お陰で鎮火しかけていた二人の炎が瞬く間に燃え上がったのが何よりの証拠だ。

 

「──はぁ!?吐き気がする!?いいわ、吐かせてあげるわよ!こっち来なさい!」

 

「──待って下さい!私が指を突っ込んであげます!」

 

 実力行使に催吐薬でも投与しかねない勢いのままアニスとネオンが飛び出そうとするのをムーアが再び押し止める。

 

 あまりカッカすると血圧が──いや、ニケなのだから血圧は関係ないのだろうが。

 

「アニス、ネオン、落ち着け。……ドロシー、忠告には感謝する。だが、俺は分隊指揮官として部下に犠牲を敷いるような真似は本意ではないし、分隊員同士が互いの犠牲を許容することも趣味ではない」

 

「……ラピもそう考えているでしょうか」

 

「そう、確信している」

 

「……大した自信ですね」

 

「見ての通り、この分隊を纏めているんだ。これぐらいの自信家でなければ務まらんよ」

 

 肩を竦めて皮肉を混じえながら応じたムーアの無精髭が目立ち始めた精悍な顔を緩く仰ぎ見た後、ドロシーは彼の真横を通り過ぎ、改めて進み始めた。

 

 皮肉屋に加えて自信家──何処かの誰かを彷彿とさせて仕方ない。記憶に強く残る、あの頃の、栄光に満ちた時代を共に駆け抜けた誰かの面影がドロシーの脳裏にちらつく。

 

 

 ──これが()()なんだ。俸給は3ヶ月前から貰ってないが

 

 

 ──キミ達さえ生き残れば、俺達の勝ちだ。無駄死にとはならない。喜んで死ねる

 

 

 ──さぁ、行きなさい(生きなさい)

 

 

「……()()は、御自分を犠牲にしたではありませんか」

 

 生き写しの如くに良く似た顔。耳に残る落ち着いた低い声。皮肉屋で自信家。不撓不屈の性根の持ち主。 

 

 彼女の──否、()()()の指揮官は二人存在する。その片割れは、そんな人物だった。ちょうど、先程、言葉を交わした彼に瓜二つの容姿に体格、声の持ち主。

 

 だからこそなのかもしれないが、彼女は思わず皮肉を──いや、事実を呟いた。誰にも拾われることのない呟きを、細く、小さく。

 

 やや足取りを重くしながらドロシーが進み始めたのを肩越しに見送ったムーアは紫煙を緩く吐き出しながら、周囲へ鋭い眼差しを向ける。周辺に敵影は見られない。

 

「アニス、ネオン。ドロシーも悪意があった訳ではないだろう」

 

「えぇ?何処からどう見ても剥き出しの悪意でしたよ?」

 

「お前達はクズだ、足を引っ張る虫けらだ!って言われたのよ。それも思いっきり目の前で」

 

「……いや、俺の記憶が確かなら……そこまで酷いことは言っていなかった筈なんだが……」

 

 記憶力の類が劣化した訳ではない。そこまで悪しざまに罵られた訳ではなかった筈である。

 

 それはそうと前進しよう──とムーアが左手の人差し指と中指を揃えつつ先を進み出したドロシーの背中へ身体を向け、左手を振って分隊前進の合図を出そうとした時だ。

 

 彼の眼前へ立ち塞がった小柄な人影がふたつ。

 

「──ちょっと、指揮官様はどっちの味方なの?今まで一緒に過ごして来た私達?それとも出会ったばかりの、あの女?ねぇ、どっちの味方なの〜?」

 

「──ハッキリ決めて下さい!さもないと、私達はストライキを決行します!」

 

「……争議行為は認められていたか?まぁ、公式に認められていなくても前哨基地(ウチ)では認めるのも吝かではないが……」

 

 弟子から告げられるストライキ決行の予告。流石にラプチャーが跋扈する地上で、それは止めて貰いたいのだろうが、弟子が弟子なら師も師だ。

 

 争議行為の是非に関して真剣に考え始めている。弟子(ネオン)の発言は衝動的に出てきただけに過ぎない──と気付かないのだろうか。

 

 やや呆れながら、しかし()()()とも言える姿に毒気を抜かれたアニスは軽く吹き出した。

 

「冗談よ、冗談」

 

「……本当ですか?」

 

「……まぁ、半分は本気だけど」

 

 歩きながら話そう──暗に促すようにムーアが左手を振る。分隊前進、その無言の号令と共に彼と彼女達は進み始める。

 

「……分かってるわよ。今回の事件で私とネオンが何も出来なかったことぐらい。クロウには踊らされて、トーカティブとヘレティックが出てきた時も……」

 

「……しっかり援護してくれていただろう。トーカティブ(お喋り野郎)()()()()()に散弾や擲弾を何発も浴びせていたぞ」

 

 惜しむらくは──可能であれば、復活した異形の獣の頭部をもう一度蹴り飛ばしてやりたかったところだが、それは置いておこうと思い至り、ムーアは短くなった煙草を携帯灰皿へ投げ込んだ。

 

「……ありがとう指揮官様。でも、ドロシーの話が間違ってる訳じゃないのよね。ラピがいなくなった途端に地上に来てアワアワしてるから。実はちょっと感じてたのよ」

 

「……それを言うなら俺も同じだ。ラピのポジションを、彼女の姿を無意識に確認してしまう。……あぁ、誤解はせんでくれ。念の為に言っておくが、キミ達の存在を軽視している訳ではない」

 

「分かってるわよ」

 

 アニス自身が先程口にしたことだ。ここまで一緒に過ごして来た関係である。彼の言葉を疑い、誤解する筈もない。

 

 だが、と彼女は次いで溜め息を漏らした。

 

「でも、実感するのよ。指揮官様のやることがどんどん大きくなってるのに、私はそこまで成長できてないって。あ、勿論、成長はしてるわよ?昔より強くなったとは思うわ。でも、それにしたって限界があるって言うか……元々、戦闘に特化した能力はないし、仕方ないよね〜って思ってもいるけど……このままだと、いつか……」

 

 ──本当にラピや指揮官様の足を引っ張るかもしれない。

 

 それは果たしてドロシーが言うところの部隊(分隊)、或いは仲間の在り方として正しいのだろうか。

 

「……実は私も最近、火力がパッとしないのが心配なんですよね。あんまり努力せずに、サクッと強くなれるパワーアップイベントとか無いでしょうか」

 

「さぁね。無いんじゃない?この世の中はね、時間を掛けた分のリターンしか手に入らないのよ」

 

「……厳しいですね」

 

「とってもね」

 

 随分と実感の籠もった発言である。アニスのそれにムーアは概ねの肯定を示すのか、軽く頷きを見せつつ二本目の紙巻き煙草を引き抜いて乾燥気味の唇へ銜えた。

 

 キン、と高い音色を奏でながらオイルライターの蓋が開けられ、火が点けられる中、ネオンはムーアを挟んだ反対側を歩むアニスへ声を掛ける。

 

「でもアニス。私達は、もっと図々しくなる必要があると思いませんか?」

 

「ちょっと……今以上にどう図々しくなるっていうのよ」

 

 既に充分過ぎる程に図々しくしているのではなかろうか──とアニスの思考が脳裏を駆け抜ける。

 

 今以上に、となれば──さて、どうなることだろう。我等こそが名高い特殊別働隊である。者共よ、崇め奉れ──そんなところだろうか。

 

「いや、そういう話じゃなくてですね」

 

「あ、違うの?」

 

「違うのか?」

 

 まさかの師匠である彼までアニスと同様の想像を膨らませていたことが伺える。

 

 どんな想像なのかはさておき──ネオンはコホンと咳払いをひとつ漏らした。

 

「勿論、至らない点は多いですよ。ラピと比べたら私達は当然足りないところだらけです。でもそんな風に考えていたら、何も出来なくなります。未熟な部分は未熟なりに。得意な部分は得意なりに。──足を引っ張るとか、未熟だからとか、色々思い悩んだ結果、何も出来ずに状況を悪化させるよりは、もっと堂々と図々しい態度でいる必要があると思います。今、持っている財産でベストを尽くすんです」

 

「……そう、よね」

 

「そうです」

 

「そうね、その通りよ!」

 

 指揮官として、そして前哨基地司令官の立ち場から、もう少し雑務等の作業へ真剣に従事して貰えると嬉しい──とムーアは考えるが、敢えて口は挟まぬことにする。折角、前向きかつ建設的な状況に変化しつつある雰囲気を自ら破壊するつもりはないのだろう。銜えた煙草の紫煙を燻らせ、ニコチンやタール、ラム酒の香りを堪能する行動へ専念する。

 

「そもそもラピがあんな風に思ってる筈がないわ。自分だけが苦労してるなんて考えたりはしない。いつもベストを尽くしてて、でもそれで自慢なんて当然しないし、誰かを見下して優越感に浸ることもしない。結果がどうなっても、ただベストを尽くして、上手く行けば喜んでた。上手く行かなければ、それはそれでおしまい。誰かを責めたりはしなかったわ」

 

「……そうだな」

 

 アニスから見たラピとは、そういう人物なのだろう。その人物像にムーアも肯定の頷きを返す。否定はしない。しかし内心では──これは指揮官である彼の視点から見た彼女の人物像ではあるのだが、人に頼るべき、人に相談すべき、という欠点をいくつか持ち合わせているとも感じられる。

 

 無論、それが彼女という人物の長所でもあり、短所でもある。人物像とはあくまでも多面的に捉える必要がある、とムーアは考えている。

 

「私の思い上がりかもしれないけれど、ラピがそういられたのは……信頼できる仲間がいたからじゃないかしら」

 

「何も言わずにベストを尽くせる仲間である私達が、ということですね」

 

「うん。……だから……今回も私達を信じて、ひとりで行ったのよ。必ず捜しに来ることを信じて」

 

「だから私達はドロシーに何を言われようと気にはしません。──正確には、気にする余裕がありません」

 

「ベストを尽くす、だけで精一杯だから」

 

「……そうだな。その通りだ。俺も、自分自身の限界は理解している。良くも悪くも、キミ達よりも」

 

 ベストを尽くす──言葉は簡単だが、それを貫くことの難しさを彼は身を持って知っている。

 

「まぁ、だからって今の状態で満足って話じゃないわ。……いずれは、どうにかしなきゃ」

 

「……はい」

 

「──兎に角、今はラピを捜しましょ」

 

 小難しく、答えが易々とは出ない、解決が容易ではない話はここまでだ。こんな地上までやって来た目的を果たす方が先決である。

 

 今後の不安、懸念は尽きないが、アニスは、この話はここまで、と言わんばかりにパンと両手を合わせて音を鳴らす。

 

 ──彼や彼女達が交わす会話の内容を聴覚センサーを指向して聞き取っていた存在がいる。先頭を進むドロシーだ。

 

 話は一段落したらしい。それを察した彼女は、会話の中で紡がれた言葉を舌の上へ乗せ、次いで細く紡いだ。

 

「……仲間……」

 

 今は遠い思い出──記憶を辿れば、浮かび上がる光景に思わず彼女は小さな溜め息を漏らした。

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