勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
メティスイベント……情緒がグチャグチャになりそうですね。
〈──2班からCP!もう保たないぞ!〉
〈──CP、増援を!押し切られ──〉
増援を求める
CP──指揮所が設置された博物館の戦史展示会場は、
指揮所の席へ腰掛けた一際目立つ長身かつ大柄の将校は太い両腕を組みながら無言のまま銜えた煙草の紫煙を燻らせる。
──もう間もなくだろう。
館内へ響き渡る銃声──交戦の気配が次第に近付いていた。
「──中隊長……いえ、
「──我々も……」
無線機へ取り付き、人員の増援や補給する弾薬の手配を仕切っていた要員達が状況を最も理解している。一目見ただけで彼等も長年を掛けて心身共に鍛えられた兵士であると伺える風貌と体格を持っていた。
事ここに至っては──指揮所の要員の役割は既に無いも同然。ならば、と彼等は立て掛けていた大振りの突撃銃、大口径の機関銃を握り、慣れた手付きのまま槓桿を引いて初弾を薬室へ送り込んだ。
「……行ってくれるか?」
半ばまで燃え尽きた紙巻き煙草を携帯灰皿へ投げ捨てた後、沈黙を保っていた将校が腰を上げ、要員達へ対面する。問い掛けへ彼等は頷きを返し、揃っての統一された挙手の敬礼を執った。
「──おさらばです」
「──あなたはゆっくりと来て下さい」
「……ここまで良く付いて来てくれた。礼を言う。さらばだ。我が戦友、我が兄弟」
──Ooh-rah!!
異口同音の野太く、雄々しい発声は指揮所が設けられた展示会場を震わせる。
将校の答礼を執った鍛えられた太い右腕が下ろされるなり、彼等は次々と即席の隊伍を組んで展示会場から飛び出した。
最後の姿を将校が見送ってから数分が経った頃だろうか。
展示会場の外──会場へ繋がる廊下から交戦の銃声が響き始める。
──連合の狗が!!
──裏切り者!!
──目を覚ませ!!
最後の防御線を構築した要員達による必死の抵抗が続いているのだろう。会場の外からは怒号と蛮声による指示が飛び交い、壁を抉り、削り取る銃撃の鋭い破砕音と銃声が鳴り止まなかった。
そこから更に数分後──銃声は次第に散発的となった。
短連射での3発の銃声が響き渡った時、廊下は不気味な程に静まり返る。
ドンッと不意に1発の銃声が鳴ったのは──トドメのそれなのかもしれない。
──来たか。
それを察した将校は腰掛けていた椅子から移動し、中世の戦場模様を描いた戦争画の前に立った。
鋭い眼差しが展示会場と廊下を隔てる扉へ向けられて数秒が経った時、それが静かに開けられる。
──良くぞ、ここまで来た。
並み居る
姿を見せた満身創痍の人影──全身を
「──ムーア、大尉……」
「──待っていたぞ、ディック。……俺達にお誂え向きの場所だろう?」
迎え入れた入館者を歓迎するように将校は学芸員の如く展示されている歴史的資料の数々を見渡すよう促した。
しかし青年は、鋭い眼差しのまま携えていた突撃銃を投げ捨てる。携行する弾薬は先程、最後の1発を使ってしまったのだ。
代わりに青年は右脚の太腿へ装具するホルスターから45口径の自動拳銃を抜き取り、安全装置を親指で弾き下ろす。
青年の握る拳銃の銃口が、絵画を仰ぎ見る将校の背中へ向けられた。
「──この絵をどう思う?」
拳銃の銃口が向けられる気配。それを認めた将校も──自衛用であり、自決用でもある自身の自動拳銃をレッグホルスターから引き抜きつつ仰ぎ見る絵画の感想を青年へ求める。教養として知ってはいる筈だ、と言わんばかりの口振り。
だが、青年はそれに答えることなく、引き金へ乗せた指先を引き絞る。
素直に答えてくれる訳もない──とはいえ、躊躇いも感じ取れる気配も察せられる。将校は一瞬の苦笑を浮かべ、次いで表情を引き締める。
──これが最期の任務。
双方のどちらが決意を固めたかは分からない。将校が振り向いて構えた拳銃と、青年が向ける同型のそれの引き金が引かれる瞬間は同時。
1発、2発──銃声を響かせながら互いが命を刈り取ろうと無機質な殺意の応酬を交わす。
展示物の影へ隠れ、弾倉を交換し、発砲をする度にどちらかの戦闘服が弾頭で切り裂かれ、肌が肉毎、抉り取られた。
携行する拳銃の弾倉や弾薬の数も同じだったのだろう。交わされ続けた応酬の果てに、弾切れもほぼ同時だ。
将校が拳銃を投げ捨て、代わりにファイティングナイフが抜かれる。それを認めた青年も拳銃をレッグホルスターへ収め、同様の得物を鞘から抜き払った。
至近距離まで肉薄し、原始的とも言える命の遣り取りが始まる。
刃が互いの肌を掠め、急所を狙っての刺突や斬撃が繰り返される。それをナイフで防ぎつつ、拳や脚を使っての攻撃と防御も織り交ぜての白兵戦が展開された。
青年がヘルメットを被った頭部ごと頭突きを入れ、鼻先にそれを食らった将校が一瞬、蹈鞴を踏む。咄嗟だった。首筋に切っ先が突き立てられる予感が過ぎった将校が手の平を翳すなり、ザクリ、とナイフの刃が鋭く貫通した。
とはいえ──これで得物を奪い取れる。手の平に刃が貫通したまま掴み取ったナイフを奪いつつ、将校は間合いを作る。
視線は逸らさずに頑丈な歯で噛んで引き抜いたナイフを手に握り直して背後へ投げ捨て、改めて構えを取り直すと、眼前で対峙する青年も戦意を迸らせつつ徒手格闘の姿勢となる。
それを認めた将校は──微かに笑み浮かべるなり、自身が握るナイフを無造作に放棄した。床へ乾いた音を立てながら転がったそれに青年は怪訝な表情を浮かべる。
──これでは不公平だ。
将校は展示物を保管するガラスケースへ歩み寄り、垂れ落ちる血染めの拳に構うことなくそれを砕き割った。
そのガラスケースへ保管され、展示されていたのは二振りの軍刀とサーベルだ。
それらを纏めて掴み取り、将校は青年へ鞘毎、軍刀を投げ渡す。
受け取った軍刀──果たして何十年前の代物なのかすら定かではない骨董品だ。
──俺達は時代が望み、時代が産み落とした忌み子。
他意は無かったのだが青年へ投げ渡した軍刀は将校が握るサーベルのように一点物のそれではない。所詮は消耗品、兵器の類だ。
将校自身は
将校は、護拳が付いたサーベルを鞘から抜き払い、鍛えられた白刃を晒すと──刀礼へ則っての敬礼を対峙する青年へ向ける。
さながら騎士や儀仗兵のような振る舞いだ。剣先を垂直に上げて刃面を顔の中央に揃え、護拳の付いた鍔の高さは肩の辺りまで。剣を握る腕の右肘は自然と身体に接した後、肘を伸ばして白刃を斜めに下げての敬礼。
それを受けた青年も手渡された軍刀──当時、大量生産された工業刀としての側面が強いそれの鯉口を切る為、刀身の不意な先走りや脱落を防ぐストッパーの役割を果たす独特の機構として備えられた駐爪留めを外した。
機械で大量生産された工業刀の特徴として地肌が浮かばない刀身──それが鈍い光を放ちつつ、鞘から引き抜かれる。
青年は将校へ正対しつつ、同様の刀礼を執った。
相互に敬礼が執られ、それぞれの肩へ洋の東西の特徴を反映させた真剣の峰が預けられる。刀礼が解かれるなり、将校はサーベルの鞘を捨てる。同時に纏ったヘルメットやボディアーマーを外して床へ投げ捨てて見せた。
「──ディック。俺達は怪物、化け物だ」
「──端から承知しています」
「──そうか。なら……怪物同士、仲良く殺し合おうじゃないか」
挑発じみた言葉を受けた青年も軍刀の鞘を足下へ捨て、被っていたヘルメットの顎紐を緩め、続けて重くて仕方ないボディアーマーを外して床に落とした。
互いが纏っていたそれらは果たしてどれほどの重量があったのだろうか。一般的な、或いは通常の規格では考えられない程の重々しく鈍い音を奏でつつ床へ装具が落下した。
これで双方が身軽となった格好だ。
槍を携えた二騎の戦士達。両軍が対峙する中央、馬上で互いに鎬を削る一騎討ちの光景を描いた絵画の前。
睨み合う視線が空中で交差し、やがて互いが引き寄せられるかの如く間合いが詰められ──刀剣同士が衝突した途端、眩いばかりの火花が迸った。
クネクネ川3号──絶対に正式名称ではないだろうが、レッドフードが自身の大口径狙撃銃の銃口を用いて地面へ描いた故郷に流れる河川の特徴を大雑把ながら記したそれへ白騎士を名乗った片割れの
真っ直ぐに伸びたトウモロコシ畑が広がり、木造建築の家屋は約20軒。古びたガソリンスタンド、そしてらしパブき建物もある──と彼女は語る。
「──塗装が剥げてて良く分からなかったが……エンジェルス……なんとかだったのだ」
「──エンジェルス・ヒップ……それだ」
看板へ綴られていただろう店名を思い出しながら
──もし■■が良ければ、あたしの故郷に■■するよ。歓■する。エン■■ルス・ヒップってパブがあるんだ。一杯、■らせてくれ。
頭蓋の奥深くで、残響の如く、途切れがちで雑音も多いが、快活な、女性にしては低めの声が響いた直後、ムーアは歯をこれでもかと食い縛って駆け抜ける頭痛を耐える。
ここのところ、頻繁だ。低気圧──の影響ではないだろう。いずれにせよ、煩わしいにも程がある。
ジワリと額に脂汗が浮かぶ最中だ。空へ送っていたワシが舞い戻った。翼を広げながらムーアを目指して一直線に戻ってきたワシに彼は左腕を差し出すと、枝振りの良いそれへ留まるかのように鉤爪を使って舞い降りる。
左腕に留まったワシは脂汗を滲ませる彼を首を傾げつつ覗き見た。
「……なんでもない」
同行するつもりなら大人しくしていろ、と言わんばかりに彼は左腕を自身の肩へ近付け、そこへワシを移動させる。
レッドフードの故郷であろう場所は──
ちんちくりん曰く、彼が死ぬ気でついて行けば不可能ではない、という。
それにムーアは同意した。強行軍など慣れたものである。
積もる話がある、とドロシーはレッドフードを伴って先頭へ立って進み出した。
その後を追う格好で特殊別働隊と彼、そして白騎士を称する二人組も進み始めるのだが──ふとネオンが口にする。
「──あの、ところで……バタバタして今まで聞けなかったのですが……お二人は、誰ですか?」
問いに白騎士を称する二人組は──それを今更尋ねるか、と言わんばかりの表情を当初こそ浮かべていたが、同時に自らも詳細な自己紹介をしていなかったと思い出したのだろう。
ちんちくりんの傍らに立つ高貴な印象を受けるニケがコホンと咳払いをひとつ漏らす。
「──私達はヴァイスリッター。高貴なる白騎士とお呼び下さいませ」
「──この地上に王国を打ち立てる為、財宝と民を集めているのだ」
自然と特殊別働隊と白騎士達は隣り合って進む。ワシを肩へ乗せながら歩くムーアを両側から挟んで進む特殊別働隊の古参であるアニスは長身かつ大柄の彼の陰から顔を覗かせて白騎士達の様子を観察する。
「所属は何処?」
「所属などございません。私達が王国であり、それがすなわち私達が帰属する場所です」
「……ピルグリム、ね」
「世間様では、そう呼ばれているようですわね」
「王国、って何処にあるんですか?」
地上に王国なるものが建国されている──寡聞にして覚えがない情報へ続けてネオンが尋ねると、問われたピルグリムは微笑を湛えながら答えた。
「ここから遠いところですわね」
「国民はどれくらいいるんですか?」
「私を含めて、3人ですわ」
たった3人──国勢調査の類が比較的簡単に済みそうだ、とムーアは脳内で考えるが、傍らに侍るアニスやネオンは胡散臭そうな眼差しを白騎士達へ向ける。
「……王国、なんでしょ?」
「王さえいれば、王国ですわ」
「王様は誰なのよ」
「私、クラウンですわ」
堂々と胸を張りつつピルグリム──クラウンは答える。自らが王国を統べる王である、それを威風堂々と宣言するのだが──アニスは続けて尋ねる。
「じゃあ、王妃様は?」
「……おう、ひ……?」
クラウンは虚空へ視線を彷徨わせる。尋ねられた該当する役職、ないし立場の者は存在するかと思考する姿にも見えるが、その実は──
「──あぁ、王の秘書のことですね。それなら、隣にいるチャイムですわ」
「──光栄でございます、お嬢様……!」
感無量の様子で指名された本人──チャイムは王へ一礼を捧げる。臣下としてこの上ない栄光のそれなのだろうと伺える姿だ。
ついで──なのかは分からないが、彼等は彼女達から勧誘を受ける。王国の民にならないか、という勧誘である。
王の恩恵へ浴した者は全て民──レッドフードとの出会いは偶然とはいえ、彼女にも勧誘をしたとか。それを彼女は承知しているとも言う。
目覚めたら見知らぬ場所で、訳も分からぬ状況。そこに面識こそないが、随分と親切であり善性しか感じない者達が現れたら──まぁ、民になる、と答えるだろう。
「……随分と
欲が深いのか、抜け目がないのか──いずれにせよ、結果的には
誉められた行為か否かは問わないが──ムーアの脳内で先程から生じていた違和感同士が繋がり始める。
白騎士、クラウンにチャイム、王国──聞き覚えのあるそれは、記憶を辿るとピルグリム達との会話へ登場した数々だ。
スノーホワイトが言っていただろうか。
ちょっとがめつい上に、自分の民になれとうるさい──だっただろうか。
なるほど、確かにそうだ。
ムーアは確信を抱きつつ、共に前進を続ける白騎士達へ横目を向けた。
「──マリアンは、元気か?」
途端だ。彼女達は双眸を見開き、彼から距離を取る。警戒の色が浮かぶ表情と様子にムーアは肩を竦め、その拍子に左肩へ乗せているワシが揺れ動いた。
「──あっ……!」
「──思い出した!あなた達が……!!」
ムーアの漏らしたマリアンの名は突然に過ぎたが、特殊別働隊の彼女達も次いで思い出したのだろう。白騎士を称する二人組を指差して納得の表情を浮かべる。
「……申し遅れた。自分は特殊別働隊、カウンターズを指揮しているショウ・ムーア。マリアンから聞いていると思うが、彼女の指揮官だ」
遅ればせながら彼女達へムーアは改めての自己紹介を告げる。
すると白騎士達は、警戒を解いた。
「……そうでしたか。あなた達が……」
「……カウンターズ……」
クラウン、そしてチャイムは互いに目配せし、頷き合った後、再び彼等と並んで歩き出した。
「──えぇ、元気にしておりますわ。いつもお掃除やお食事の準備、お洗濯をして下さっています」
「……そうか。それは、良かった」
「えぇ。ですが……まぁ、その……」
「………あ〜……」
言い淀む様子を見せるクラウンとチャイムにムーアは怪訝な眼差しを向けつつ、無言で発言の続きを促した。
「……何か問題でも?」
「いえ、そういうことではないのですが……」
「……テーブルマナーにうるさいのだ。あと、整理整頓にも……」
──クラウン、チャイム。カトラリーは使う順番があるんですよ
──ナプキンを首に巻くのは子供ぐらいです
──スープを音を立てて飲まない。はしたないですよ
──このお酒、いつのものですか?──なんでそんなものを棚に入れておくんですか!?
──この資材はあちらの倉庫に仕訳して下さい!ごちゃごちゃにしたら必要な時に困るんですからね!
──資材を使う時は事前に申請を出して下さい!じゃないと管理が出来ません!!
「──良かったなアニス。マリアンが
「──なんで私!?ネオンだって部屋が薬莢まみれで汚いって言われてたじゃない!」
「──わ、私はちゃんと不要な薬莢は……断腸の思いでしたが処分しましたよ!!」
「……ま、まぁ、健やかに過ごしておりますわ。そこはご安心下さいませ」
「……ありがとう。近況が聞けて安心した。これからも宜しく頼む」
隣り合って進む白騎士の片割れ、クラウンへムーアはヘルメットを被った頭を下げて感謝を告げる。それへ彼女は鷹揚な頷きを以って受け入れた。
「ご心配なく。私は、決して民を見捨てませんわ。何があっても」
「もちろんでございます!」
「……私も安心したけど……スノーホワイト達は何をしてるのよ。信じて任せろって言ってたのに」
マリアンの身柄を預けたのはスノーホワイト達──パイオニアの面々へ対してだ。彼女達が会合の為、一時的にクラウン達へ身柄を委ねたのは──許容するとしても、話の流れから察するに随分長いことマリアンは王国へ身を寄せているらしい。
その真意に疑問を持ったアニスを認め、チャイムとクラウンは目配せをし合う。
──宜しいですか、お嬢様?
──えぇ、この方達は知るべきでしょう。
王とその臣下が示し合い、やがてチャイムが口を開く。
「──ずっと探し求めていた反撃の糸口を見付けた。だから少しの間、頼んだ──と言っていたのだ。今、話してやれるのはここまでなのだ」
「……重要な何かをしているようだな」
「その通りなのだ。だから、これ以上は聞かないで欲しいのだ。マリアンの話もなのだ。これ以上、話すと……会わせてやりたくなってしまうのだ」
「……何よ。見掛けによらず、良い奴だったのね」
「見掛けによらずとは!失礼なのだ!」
憤慨するチャイムを横目に捉えつつムーアは微かな苦笑を浮かべた。
彼女、マリアンに会いたくない──と言えば嘘になる。
とはいえ──まだ彼は彼女と交わした
彼女、マリアンを連れ戻す。必ず部隊へ、自身の部下を復帰させる。力が必要だ。その力を手に入れる為、功績を打ち立てねばならない。
傍らでアニスやネオンがチャイムと言い争いじみた遣り取りを続ける中、ムーアは左手の握り拳を強く握り締める。
微かに震えるその握り拳を──クラウンの瞳だけが捉えていた。