勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
──食堂をミーティングの場として利用するのは構わないのだが……。
新たな配属先となった前哨基地での生活にも慣れたパトリック・グリフィス三等軍曹は、食堂の主として君臨しつつある。
君臨、という表現は些か語弊を招きかねない。とはいえ、前哨基地へ所属する要員達の舌と胃袋を掴んだのは確かだろう。
1日3食の温食提供、警衛隊上番者向けの増加食の手配も彼の仕事だ。ついでに諸々の雑用も任せられてしまい、お陰で毎日が忙し──暇がなくて大変結構なことである。
現在も彼は夕食の後片付けを済ませ、明日の朝食の仕込みを調理場で続けている中、食堂の喫食スペースではイーグルが指揮を執る分隊のミーティングが続いている。彼女達は全員、部屋着を纏っており、少々目のやり場に困る姿でもある。
ミーティングとは名ばかりで──いや、始まった当初は翌日の訓練に関する打ち合わせもしていたのだが、暫くすると持ち込んだスナック菓子を広げての
「──軍曹。冷蔵庫からビール取ってくれる?」
「──え?あ、はい」
仕込みも一段落した時だ。調理場へ身を乗り出して顔を覗かせたのはイーグルである。彼女が調理場の大型冷蔵庫の中へ保管されているビール──ニケ用のそれを所望すると軍曹は手を洗ってから冷蔵庫の扉を開けた。
【これはアルファ分隊の!】──油性ペンの強調された書体で注意書きがされたビールの小瓶を収めたコンテナケースを軍曹は取り出す。
それを抱えて顔を覗かせるイーグルへ手渡すと彼女は礼を告げながら喫食スペースに戻っていく。
漏れ聞こえる話題からも明日は訓練が予定として組み込まれている筈なのだが、果たして大丈夫なのだろうか。
まぁ彼女達も自分自身の許容量は分かっている筈なので問題ないだろう。
軍曹は結論付け、調理場での仕事を終える。調理器具の消灯を確認し、女子会に花を咲かせる彼女達の邪魔をしないよう彼は食堂の隅を抜けて宿舎を後にしようとするのだが──そうは問屋が卸さない。
有り体に言えば、彼は捕まった。物理的にではなく、言葉で止められた。
──ちょっと、どこ行くの?
──付き合いなさいよ
──お酒ぐらい飲めるでしょ?
アルファ分隊の量産型ニケ達が食堂を抜け出ようとする軍曹を目敏く発見し、彼を引き止めたのだ。
「いえ、明日も早いので……」
などと言い訳が通じる筈もなく、調理場の大型冷蔵庫から軍曹も冷えた缶ビール、人間用のそれを一本抜いて彼女達の女子会へ混ざる運びとなってしまった。
──
生憎と軍曹は分からない。合コン、とやらに参加したこともなければ、学生時代の青春を謳歌する男女のあれやこれやを経験していないのもあるが、
彼が
「──てかさ〜、指揮官って中佐になったんだよね〜?」
ニケ用のビールや酒類がどのようにして彼女達を酩酊させているのか、詳しいメカニズムは軍曹も知りようがない。しかし明らかに色素の薄い頬を薄く朱色へ染めた量産型ニケが同席する同僚達、そして彼へ新たな話題を投下する。
先程までは使用しているシャンプーのブランドの好みではなかっただろうか。
唐突な話題の変更は、まだ素面を保っている軍曹の頭上へ色々な意味での不可視の疑問符を浮かべてしまう。
「中佐ってさ〜あたしのイメージだと〜……なんつーの?椅子にふんぞり返って座って〜あれこれ偉そうに命令するような連中なんだけど〜」
「ん〜〜……まぁ、当たらずとも遠からずなイメージ……」
「……酔い過ぎじゃない?ちゃんと分解されてるんでしょうね?」
ある程度の酩酊は許容するが、明日の訓練に支障が発生するのは看過できないのだろう。イーグルは空き瓶となったビールのラベルへ印字された成分表を確認する。賞味期限が切れて──は、いないのでビール自体に問題はなさそうだ。
「──軍曹はどう思う〜〜?アンタ、
「……いや、実際に偉いので……」
矛先が軍曹へ向けられる。酩酊しているが、足取りはしっかりしているエリシオン製の量産型ニケが彼の隣へ移動し、椅子へドカリと腰掛けて軍曹へ凭れ掛かりつつビールの小瓶を銜え、喉を鳴らして嚥下する。戦闘用ボディの影響もあるが、見た目に反して重い──軍曹も軍人であり、一般人よりは体力と筋力は鍛えられているが、それでも力を込めないと押し潰されそうだ。
「うわ、ノンデリ〜〜。アンタ、モテないでしょ〜〜?」
聞きたいのはそんな杓子定規で定型文めいた事柄ではないらしく、量産型ニケは薄茶色の長髪で覆われた頭部をグリグリと軍曹へ擦り付け始める。
シャンプーの話題が先程までテーブルを占めていたのもあるが、量産型ニケの頭髪からは有り体に言って良い匂いである。
「──ほら、離れる。絡まない」
「──あ〜〜ん」
あまり絡み酒が過ぎると醜態を晒す。イーグルが一応は部下に当たる量産型ニケを軍曹から引き剥がし、元の席へ戻してから彼の隣へ腰掛ける。
リーダーというのも大変だ。軍曹が開発局へ在籍していた当時は伍長。数歳若い兵卒を纏めていた過去もある為、彼もイーグルの苦労が分からないでもない。
「で、なんだっけ?テトラの新発売のシャンプーが……」
「それ、もう終わったよ〜」
「指揮官が中佐になったって話〜」
「中佐ってのは、ふんぞり返って座って偉そうにしてる、って話じゃなかった?」
イーグルの口が先程まで繰り広げられようとしていた話題を改めて告げる。それに一同が思い出したのか各々で頷きを見せる。
「あぁ、それそれ」
「……まぁ、あくまでも一般論で言えば中佐にもなると……大隊長や司令部の参謀とか……ですかね」
やっと凭れ掛かる量産型ニケがいなくなったことで軽くなった軍曹は缶ビールを片手に指折って階級に相応しいポストを数える。高級将校には相応の職務が与えられて然るべきだ。
「──つーことはさ……指揮官が司令部の参謀とかになるの?……出来るの、あの人?」
酩酊したエリシオン製の量産型ニケが素朴な疑問を漏らす。
それを聞いた全員、軍曹を含めた彼女達と彼は──脳内で想像する。
司令部の奥まった部屋で膨大なデータを情報端末やデスクトップへ投影し、必要に応じて処理し、纏めた概要、計画を提出する姿だ。
──似合わない。
誰も口にしないが、揃って同様の想像と結論へ至ったのだろう。全員が無言のままビールの小瓶や缶を傾けて嚥下の音を響かせる。
「で、でもさ。
「──それも無理よ、たぶん」
急に無言となった空気を払拭しようと量産型ニケの1名が敢えて明るい声音で話題の中心人物となったムーアを擁護──微妙に出来ていないが──するが、それをイーグルが否定する。
「──前哨基地を司令官として稼働させることと、大部隊の指揮官としての能力は同じ能力とは言えないから」
その理由をイーグルは端的に説明を始める。
ショウ・ムーアは前哨基地司令官として防衛の方針、
ただし──これらは全て、時間的余裕と情報伝達手段が確保された環境で処理が可能という大前提が存在する。
極端ではあるが、彼自身が不在ないし現場に赴かなくとも各担当者が必要に応じてトラブル等を適切な判断と決心の下に処理されれば問題はない。例え何かしらの問題が発生しても数分・数時間後に修正できる場合が多々ある。
かなり極端だが、彼が年単位で不在とならなければ留守を守る
「実際そうだったでしょ。指揮官が島流し──じゃない。赴任するまでは。でも、指揮官が大規模な部隊を運用するのは難しいと思う」
「……中佐殿の指揮能力は高いと聞いていますが……」
「あぁ、ごめん。言い方がマズかったわね。指揮官は優秀。これは間違いないわ。──あくまでも前線指揮官としては、って話」
軍曹が怪訝な様子で尋ねると、イーグルは若干の訂正を加え、真意を口にする。
前線指揮官──小隊や中隊といった比較的、小規模の部隊を率いて戦闘の指揮を執る能力は間違いなく長けているのだ。
部下の顔と
押し寄せるラプチャーの群れの位置、味方の損害や地形、火力、士気などを彼自身が肌感覚で理解した上で適切な対応を決心できる。
しかしこれが話題に出た大隊、ひいては連隊や旅団となると話が変わってくる。
部隊の規模が大きく、抱える人員が多くなればなるほど、彼自身の強みが弱点へ変化するのだ。
複数の部隊の配置、予備戦力の運用、兵站・補給線の確保、交代計画、長期的な損害と損耗の予測、他部隊との連携、情報分析、政治的・戦略的判断まで決心しなければならない。
言うなれば「眼前の敵をどう倒すか」より、「数日後、数週間が経過しても継戦可能状態をどうやって維持するか」という思考が重要になってくる。
ムーアはそこに適性がない──とまでは言わないが、少なくとも突出した能力は保持していない。
無論、一人で運用する部隊ではない。副官や幕僚等のスタッフが必要不可欠だ。
しかし先述した通り、彼は自分自身の肌感覚で部隊や戦場の状況を掌握・把握するタイプの指揮官である。言い換えれば、彼の目で確認しなければ気が済まない。
「いちいち現場を確認する大隊長とか、いると思う?」
「……居たら、ちょっと迷惑、かな?」
ちょっと──どころではない。
敵の砲火が最も激しい地点に陣取って、銜え煙草のまま双眼鏡を覗き、敵情を観察しながら砲撃の要求をする──そんな大隊長がいたら、副官を始めとしたスタッフ達は冷や汗が止まらないだろう。
彼本人はその地点を危険極まる場所と考えていない。考えているかもしれないが、生命の危険が迫る場所という認識が希薄であろう。
危険かどうかではなく、そこに陣取って火砲による砲撃要求をする必要があるから居座る──という思考回路だ。
無論、無謀という訳ではない。遮蔽物や地形、敵の射線などは掌握している。しかし最終的には「ここから見た方が早い。自分で観測して、修正射の要求をする方が早い」という結論へ至れば、一般的な指揮官なら部下へ観測させるような場所へ自分で行ってしまう。
戦術的には合理的──百歩、千歩、万歩譲って合理的だったとしても大部隊を預かる指揮官としては危険極まりないのだ。
自分自身の肌感覚や五感で確認できない情報を大量に処理して数週間、ひいては数カ月〜年単位を見据えての計画を練るよりも、その瞬間に彼自身が見ている戦場で部隊を動かして敵を掃討する判断を下す能力が圧倒的に秀でているのは間違いない。
前線指揮官としては極めて優秀。ただし、大規模な部隊を指揮する上級部隊指揮官としての適性は著しく低い──という表現がしっくり来る筈だ。
「……たぶん、指揮官御本人もそれは承知していると思うのよね……聞いた話だけど、中佐への昇任も断りたかったそうだし」
それこそ軍曹を前哨基地へ異動させ、彼の不名誉除隊を無かったことにする取引と引き換えにしてでも──面倒臭い事態を回避する為に、である。
「……だから、あんな恨めしそうに……」
──交換条件でお前の不名誉除隊撤回を依頼するつもりだったのに、昇任は取り消されなかったぞ。どうしてくれる
携帯端末越しに響いた低い声の理由を軍曹は今更、知った格好だ。
「……ラピさんを捜しに行くって言ってたよね」
「……ちゃんと発見出来てると良いけど……」
その理由の詳細は、断片的ではあったが伝え聞く限り、地上にヘレティック2体と特殊個体諸共、ラピやピルグリムが射出された為であるという。
まだ生存していることを確信しつつの地上への出撃を見送って、何日が経過しただろうか。
無事の帰還を祈る他ない──とイーグルは考えつつ、ビールの小瓶を傾けて中身を飲み干すと、机上へ空き瓶を置いて深い溜め息を吐いた。