勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
──ところで今年のバニーイベントも良かったですね。来年は誰がバニーになるんでしょう。そろそろカウンターズもバニーに……
──クラウン王国の軍師となりませんか?
随分なスカウトを受けた気分を味わいながら、ムーアはレッドフードの故郷へ向かう途上に存在する集落で一泊する運びとなった。
広陵とした大地が広がる中に佇む寂れた集落。かつては人々の暮らしはあったのだろうが、それも100年は昔の話だ。
家々の大半は朽ちており、倒壊している家屋も少なくない。コンクリート等の比較的耐性のある建材で作られた建造物以外で寝泊まりするのは危険だが、屋根があるだけでも有り難いと感じるのは地上奪還の作戦へ立て続けに投入された弊害だろうか。
携行する突撃銃や拳銃を分解、清掃、結合しての整備を済ませ、食事も平らげた。集落の周辺にはデコイが撒かれており、少なくとも数時間は安全に過ごせる筈だ。仮にラプチャーが襲撃してきたとしても──まぁなんとかなるだろう、という一種の安心感も一行の面子や戦力から弾き出したムーアは、かつては農業用の機械や車輌が納められていた倉庫だったらしい建物の中で背嚢を背負いつつ壁に凭れ掛かった。
──軍師ほど面倒な仕事はない。要するに参謀だ。ただし単なる補佐役という訳でもない。
戦時には彼我の兵力差・戦力差だけでなく地形、気象などを分析し、戦いに勝つための戦略や戦術を考える。同時に許容できる損害すらも計算する。
平時に於いても外交や交渉を行い、兵站を整備して維持するなどの仕事も重なるのだ。面倒臭いことこの上ない。
クラウン、そしてチンチクリン──もといチャイムからはあの後も熱烈なスカウトの文句が並べ立てられ、同時にアニスとネオンがそれを阻止するという一幕もあった。
戦闘後だというのに元気があってなによりである。
なにはともあれ、強行軍を続けるのは人間であるムーアに酷であろう、という配慮もあって途上に存在した集落の跡地で一泊の運びとなった訳だ。
寝入る前のルーティンを済ませたムーアは突撃銃を握りつつ脚を床の上へ伸ばした。ヘルメットを目深に被り直しつつ、呼吸を整えていた矢先のこと。
規則的な足音が彼の耳朶をヘッドセット越しに叩く。
「──こちらにいらっしゃったのですね」
ここ数日で聞き慣れた高い声の持ち主が倉庫へ足を踏み入れ、ムーアに歩み寄る。
色素の薄い長髪を緩く巻いた国王──クラウンだった。
彼が俯いていた頭を上げ、覆いが被せられたヘルメットの庇越しに視線が交わる。
「──お邪魔、だったでしょうか」
「……まだ寝る前だ」
ムーアの格好は寝入る寸前のそれにも映ったのだろう。クラウンは気遣いから踵を返そうとする気配を見せるが、彼は上体を起こしつつ纏ったボディアーマーのポーチを漁り始めた。
「話があるんだろう。隣に座ると良い。……ここの家主の許可は得ていないがな」
「お言葉に甘えさせて頂きますわ」
軽い会釈の後、クラウンはムーアの隣へ人間一人分の余白を設けて腰を下ろす。脚を崩しながら腰を下ろす姿を横目で捉えながら、彼は探り出した愛煙の煙草を銜え、オイルライターの火を点けた。
紫煙を燻らせ、肺へ送り込んだそれを緩く吐き出すと、破れて何十年が経っているのか分からない窓から吹き込む風に攫われて掻き消える。
「……風が強いですわね」
「そうだな」
砂嵐が発生するような地形や特徴を持った土地ではないが、クラウンが言う通りに夕刻から風が強くなっていた。
暫くの沈黙の後、意を決して国王が傍らへ腰を下ろしたままのムーアへ声を掛けた。
「──何故、軍師になって下さらないのでしょうか?」
「……昼間の続きか。断った筈だが……」
「……はい。ですが、その理由を聞いておりませんでしたので」
「
軍事や外交に携わり、必要な助言を与える役目を軍師として捉えているムーアは、参謀、幕僚を名乗る上で必須とも言える教育課程を履修していない旨を強調してスカウトを断った。
それはクラウンも承知している。しかしそれは彼女が望む理由ではない。
国王の真意を伺う眼差しが彼へ向けられるものの、おいそれと語るような内容とは言い難い。だが、クラウンやチャイムが彼の部下を保護している点も無視は出来ない。
溜め息混じりにムーアが紫煙を吐き、乾燥気味の唇が開く。
「──約束を果たさねばならない。守ると誓った。必ず連れ戻すと
「……それは……」
誰と交わした約束か、それをクラウンは問わなかった。彼女が向ける眼差しの先に、濃い茶色の双眸を細めたアークの指揮官の姿がある。
約束、誓い、と称した表現は嘘ではないのだろう。それが優先される事項である──と事細かな詳細を敢えて尋ねていないクラウンでさえも窺い知れる程に眼光は鋭かった。
それを目の当たりにした彼女は細く溜め息を漏らす。
「これでは勝算がありませんわ……」
「……勝算?」
「な、なんでもございません」
独り言ちの程度に漏らした筈だが、彼の耳に届いていたらしい。鸚鵡返しに尋ね返され、クラウンは目を背けた。
コホン、と咳払いをひとつ。クラウンは一国の王らしい振る舞いを脳裏へ思い浮かべながら再び問うた。
「──それならば、それを私が叶えて差し上げるのは如何でしょう?」
銜え煙草のまま彼が横目を向ける。なにかしらの興味や関心を抱いた証左に感じられたのだろう。クラウンは胸を張りながら続けた。
「私は王。民の願いを叶える為に存在するもの。あなたがどうしても叶えなければならない願いを仰って下さい。あなたの王として、あなたの願いを聞きたいのです」
「……まだ貴国の民になった覚えはないのだが……」
皮肉を返しつつ、苦笑いを浮かべるムーアは煙草へ溜まりつつある灰を落とす為、携帯灰皿を取り出した。蓋を開け、縁へ煙草を軽く叩き付けて灰を落とすと再び乾燥気味の唇に銜える。
「……申し出は有り難いが、やめておこう」
「何故でしょうか」
「これは俺が成し遂げなければならないからだ。他人になんと謗られようとも構わん。マリアンを連れ戻せるだけの
マリアン──その個人名を聞き取ったクラウンの眉根が寄った。
──会いたいです。指揮官
甲斐甲斐しく洗濯や調理、掃除、物品整理に管理へ勤しむ彼女が時折漏らす独り言。
心からの願望を秘めた思いの丈が籠もった声が、見上げた空へ向けられつつ漏らされた姿を遠目に何度か目撃した記憶がある。
「──困り、ましたわね」
もっと個人的な──言葉と表現は宜しくないが、もっと独善的な願望の類なら叶えられるだけの度量はクラウンも持っているつもりだったが、とんだ計算外だ。
むしろ、彼の願いを叶えてやろうとすればするほど、彼女自身が無粋の輩と成り果ててしまう可能性すらある。
互いに想い、互いに想われている──その光景が羨まくも映った。
「チャイムと立てた計画が無味になってしまいますわね」
「──それを言うなら無意味だろう」
「そ、そうとも言いますわ」
言い間違いを指摘され、クラウンが視線を泳がせる中、ムーアは携帯灰皿の縁へ煙草を軽く叩き付けて溜まった灰を落とした。
「何故、俺をそこまで軍師にしたいんだ?自分で言うのもアレだが……そこまで賢い人間ではないぞ」
参謀役には不適格の烙印を押せると彼自身の自己評価が容易く出来る程なのだ。
「助言するよりも、助言されて動く方が性に合っているからな」
「……王国を守る為にあなたが必要だと思ったのです」
「何故だ?」
「あなたとは、まだ会ったばかりですが……ニケ達を見詰めるあなたの視線、戦闘を指揮する知略、そして武勇、彼女達への配慮と行動を見て、です」
「……と言うと?」
「強い力を持ったニケであれ、そうではないニケであれ、差別することなく愛情の籠もった目で見詰める人なのだと感じたのですわ」
愛情──そのような形容が合う視線を送っていたのだろうか。生憎と覚えがないのか、彼の頭上に不可視の疑問符が浮かぶ。
「言い換えるのなら……そうですわね。ニケを手段ではなく、一人の生命体として考えられる人、という意味にもなるでしょう」
「……まぁ、それについは……肯定はする。確かに俺は彼女達の自我や自己認識がどうあれ、兵器とは考えていない」
クラウンの評価は正しい。肯定する仕草を見せるムーアは短くなった煙草を携帯灰皿へ投げ込み、蓋を閉じてボディアーマーのポーチに仕舞った。
「王国の軍師にはそのような人が必要なのですわ。そうしてこそ皆の為の戦いが出来るはずですから」
「……買い被りすぎだろう」
「そうかもしれませんが、今は少しでもそのような可能性を持つ人材がいれば迎え入れたいのですわ。私達は何があっても王国を守らなければなりませんから」
「……何故だ?」
ちょっとがめつい──スノーホワイトは白騎士達をそのように称していた。
彼はてっきり金銭や利益に対して抜け目がなく、強欲で欲深い性格の持ち主なのかと考えていたが──どうにも一般論で言うところのそれと合致しないと察せられる。
良い悪いの評価は分かれるところだが、執念、すらも感じられた。
何故、そこまでして王国の固守、そして人材確保に熱を入れているのか──素朴な疑問を抱いた彼が問う。
「……それは……王国には……宝が……絶対に守らなければならない大切な物があるのです」
「……解せんな。そこまで重要な代物なら、肌身離さずに携行する方が良いだろう。国、いや
重ねて彼が疑問を呈するも、クラウンは口を噤み、視線を彷徨わせる。
「……言いたくないなら強制はしない。それを理由にスカウトを断ることもない」
「……いいえ。お話すべきでしょう」
細い溜め息を漏らしたクラウンが眼差しを天井に向ける。瞳は細められ、過去の出来事を思い出しながら彼の疑問へ端的に答えを返した。
「──最初の民が、チャイムが王を望んだからですわ。王国を建てて、大切な物が増えていき……やがて王になる為ではなく、大切な物を守る壁として、民が夢を見られる場所として王国を守るようになったのですわ」
「……なるほど」
一定の肯定と受け入れはするらしい。先祖伝来の土地──という訳ではないにせよ、守る理由などいくらでも存在する筈なのだ。それこそ身命を賭してでも。
それを否定するようなことを彼はしない。
「……であれば、クラウン自身の願いはなんだ?」
「私自身に願いはございません。民の願いに耳を傾ける為には王は願いを持ってはいけないのです。願いを持つことなく、民の為に身を捧げるべきでしょう。そうして初めて、民の為の王になれるのですわ」
「……
誰がそう願ったのかは──この際、聞かないでおこうとムーアは考える。あまりにも清らかすぎる願いだった。
「……民の願いを叶えること。それが王としてのクラウンの願いや夢ではないか?」
「私の……夢?」
「……随分とまぁ、強欲な王もいたものだ、感服心した。最初は空虚な王かと思ったが……いやはや、見方を変えただけで随分と……
感服した、と率直な表現で称えられたのもあるだろう。或いは彼のような人物からそのような評価が下されると思わなかったのか。
色素の薄い頬へ、サッと朱色が差し込んだ。
「そう、ですか。そうとも言えるのですわね」
一言物申したい、とも彼は先程口にした。物怖じすることなく具申をしようとする姿勢は、クラウンの目にはやはり軍師としての才があるようにも映る。
「……残念ですわ。あなたは、軍師になるべきですのに……」
「有り難い評価だが、断らせて貰う。……仕え甲斐がない、とは言わんが……生憎と先約があってな」
「……それなら、仕方ありませんわね」
説得に失敗したのだ。これ以上、彼の予定を邪魔するのも憚られる。クラウンは腰を上げた。
「──おやすみなさいませ」
「──あぁ、おやすみ。良い夢を」
「──あなたも」
互いに会釈を交わした後、クラウンは踵を返した。その背中を見送り、ムーアはヘルメットを目深に被り直す。突撃銃を握り締め、深く項垂れつつ呼吸を整えていった。
「──はっ!!」
「……なんですかアニス。ドロシーが見回りは自分がすると言ってましたよ」
「──また指揮官様がニケを誑してる気がする!!」
「……変なこと言ってないで休んで下さい。明日は早いんですからね」