勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
第1話
「──ねぇ。ひとつ聞いても良い?」
「──答えられることなら」
「──アンタ、本当に人間?」
退院して早々に何故、存在そのものを疑われるのかムーアは全く訳が分からなかった。
ついでに言えば、何故にシュエンが病院前で待ち伏せ、半ば無理矢理と車体の長い高級車へ同乗を求めたのかも彼は分からないままだ。
車内にはシュエンだけでなく、先日の作戦で行動を共にしたミハラとユニの姿もある。
シュエンが視線を向けるのは車窓の外だ。しかし車窓に流れる景色へ関心がある訳ではない。
ただ彼と──本音を言えば苦手な相手と直接顔を合わせたくないという子供じみた理由から顔を背けるシュエンだが、軍服姿のムーアを見てしまうと思わず尋ねてしまう程度には異常を感じていた。
「…アンタ…何日、入院してたの?」
「10日ですな」
「そうね。そう聞いてるわ。なんで
「何故と申されましても…医者がさっさと退院しろ、と言うから退院になったのです。ところでここは禁煙ですか?」
「…窓を開けてちょうだい」
運転手へシュエンが命じれば彼が腰掛けている座席の端、その窓が開いた。ムーアは軍服のポケットを漁り、煙草とオイルライターを取り出して火を点ける。
──もっとボロボロのまま退院してくると思っていたのに誤算も良いところだ。
零れ出た右目の眼球は間違いなく彼が引き千切って捨てたと聞いた。だというのに、その眼窩には以前の眼球と寸分違わぬ、左目と対になった眼球が鋭い存在感を放っている。
右脚は彼自らが切り落としたと聞いた。その右脚も──なにやら黒い装甲のような物で覆われてこそいるが、確かに生えているではないか。
彼女が向けてくる疑いの眼差しが右目と右脚へ注がれていると察した彼は、いずれもニケ用のボディから自身に適合する部品を義足と義眼へ流用したと説明するのだが──どうやらシュエンの疑惑はそれが原因ではないらしい。
生死の境を彷徨っていたとも彼女は聞いている。だというのに
常識知らずだとは分かっていたが、まさか人間を辞めていると錯覚するほどだとは知らなかった。
「──ねぇねぇ指揮官!あれやって!あれ!」
「…あぁ…輪っかか?ここだと少し難しいな。煙が外に流れ出てしまう」
「ユニ。
小柄な体躯、桃色の髪を持ったユニが彼へいつぞやの芸を強請るが生憎と車内では──しかも換気をしている最中では難しいと返す。
その親しそうな様子にミハラがさながら初対面のように尋ねると、ムーアも察した。
これが記憶消去か、と。
「…ショウ・ムーア中尉だ。
「珍しい指揮官ね。ニケに握手を求めるなんて──」
座席から身を乗り出した彼が特に意味もなく対面へ少しばかり妖艶な仕草で脚を組んで座るミハラへ右手を差し出す。それへ彼女も面白い人間を見付けたと言わんばかりに潤った唇を緩めながら応じる。
互いの大きさの異なる右手が握られ、軽く上下に振られた時、彼女の瞳が何度か瞬きを繰り返し、眼前のムーアをまじまじと見詰めた。
「──あら…?ムーア中尉、と仰ったかしら?…何処かでお会いしたことは?」
「…ミ、ミハラ?」
「…先程、はじめまして、と言ったが?」
「…そうよね…ごめんなさい。変な事を言ってしまったわ」
眼前で交わされた会話──その光景にユニ、そしてシュエンも思わず目を丸くしていたのは言うまでもない。
「…ちょ、ちょっと…!アンタ…何したの…!?」
「は…?」
「…いや、思い出したなんて訳はないわよね。じゃあなんで…!?」
「…それはそうと本題に入ってくれませんか?」
記憶消去は間違いなく実施されたというのに、何故あのような言葉がミハラから出るのだ。頭を掻き毟り始めたシュエンの内心を代弁すればそのようなモノだろう。
その様子を横目で伺いつつ紫煙を燻らせる彼は──ユニが困惑しているのを見て、落ち着かせようと考えたのか先日と同様に紫煙で空中へ輪を描いてみせる。とはいえ吸い込まれるように窓から車外へ直ぐに消えてしまったのだが。
彼から促されたシュエンは一人だけ慌てていたと気付き、小さく咳払いするとムーアへ1枚のカードを差し出す。
「…これは?」
「…今回の協力金よ。5千万クレジットが入ってる。好きに使いなさい。追跡はしないわ」
「…そのような契約を結んだ覚えはありませんが…」
「…良いからさっさと受け取って。受け取ったらさっさと降りてちょうだい。あのボロ屋の修繕にでも使ったら?」
「…受け取った瞬間に弱味を握られそうなので要りません」
「……チッ……」
舌打ちが確かに聞こえた。
「──……ねぇ指揮官様。前から気になってたんだけど…指揮官様って人間よね?」
「──今日はなんて日だ。退院して早々に疑われるのはアニスで二人目だぞ」
前哨基地の司令部庁舎前でアニスは亜麻色の瞳を半開きのまま眼前に立つ指揮官である軍服姿のムーアを仰ぎ見ながら尋ねる。不思議なことに彼は数十分前、同様の質問を受けたばかりであった。
「──だって…普通はもっと…なんで
「…いや…主治医から傷も塞がり、リハビリの必要もなくなった上に義肢の方も問題ないから病床を空けろと…それもさっき聞かれたな。デジャヴュか?」
「…まさか脱走してきた訳じゃ…」
「…何故そこまで疑うんだ…」
自分はそこまで信頼されていないのか。思わずムーアの眉間へ縦皺が何本か刻まれた。
懐かしの──というほどに愛着はまだないが、指揮官室へ久々に足を踏み入れると内装は先だっての作戦に出現する時のままだ。
「あ、爆薬は私とネオンが解除したからね。シュエンは入ってなかったみたい」
「…なんだ…てっきり処理班がやったのかと…あぁ、そのCEO様にさっき会ったぞ。クレジットを渡されそうだったから断ったがな」
「うわぁ…指揮官様、退院して早々にお疲れ様…」
どうやら彼はいまだにミハラの携帯端末へ届いたメッセージを介して脅迫された際の出来事を信じていたらしい。
要らぬ徒労だったか、と考えつつムーアは溜め息を吐き出しながら煙草を銜えて火を点けた。
「…ネオンは何処に?」
「あぁ…ネオンは──」
弟子の所在を尋ねる彼へアニスが答えようとした時、廊下の向こうから慌てた様子の足音が響いて来る。
探しに行く必要はないらしい、と考えた彼は指揮官室の椅子へ腰掛けながら紫煙を燻らせた。
やがて扉が開き、室内へ飛び込んで来たのはムーアの予想通りの人影であった。
「──師匠…!!」
「あぁ、ネオン。久しぶりだな。元気──」
「──師匠は本当に人間ですか!!?」
──キミもか。
眉間へ刻まれる縦皺が更に追加となったのは言うまでもない。
久しぶりの顔合わせはドタバタとしたものであったが、いずれにせよ、めでたくムーアは前哨基地に復帰となる。
今夜はそれを祝っての夕食の席を共に──献立は尚も戦闘糧食なのだが、そのような流れが出来た頃、ムーアは眼前のアニスとネオンへ尋ねた。
「…そういえばラピは?」
「ラピも予定だと今日中に戻ってくるみたい。エリシオンから連絡があったわ」
「そうか……どんな顔して会えば良いと思う?」
溜まった書類の確認は後回しにしたムーアはソファに腰掛け、机上へ並べた自身の銃器を分解と清掃をしながら彼女達へ重ねて尋ねる。
アニスは対面のソファに腰掛けて炭酸水のボトルを傾けつつ芸能雑誌を捲り、ネオンはその隣で銃器の雑誌を捲っている中での問い掛けであった。
「…うーん…普段通りで大丈夫じゃないかな?」
「…俺の普段通りの顔ってどんな感じだ?」
「そりゃ…こういう感じ?」
真っ先に反応を見せたのはアニスだ。読み掛けの芸能雑誌を膝へ置きながら両手の指を使って眉間へ皺が出来るよう眉を双方ともに寄せてみせる。
「アニス、違いますよ。師匠の普段の顔は…煙草を吸いながらちょっと不機嫌そうに…」
「……キミ達が俺をどう見てるのか良く分かったよ」
彼は一応、指揮官の筈なのだがこのような認識をされていると思うと少しばかり寂しさを感じてしまう。別に四六時中、眉間へ皺を寄せている訳がない。ついでに紫煙を燻らせながら不機嫌そうな表情を浮かべている事もないのだ。
──そう思っているのはムーアだけで、彼女達は見たままを口にしているのは言うまでもなかった。
溜め息を吐き出す彼は雑毛布の上へ分解した突撃銃の部品を並べ、オイルを少し浸したウエスを使ってそれらをひとつずつ磨き上げていく。
ちょうどその時だ。
司令部庁舎前にクルマが停車する音が響いたのは。
「……来たかな?」
「かもしれませんね」
「…うん。最初が肝心だ。きちんとやろう」
その制動音にムーアが、ネオンが、そしてアニスが反応する。
指揮官である彼は堂々と座っていて欲しいとアニスから言われた彼は頷きながら煙草を銜え、オイルライターで火を点けると突撃銃の整備へ戻った。
その眼前ではアニスとネオンが指揮官室の扉へ向き直り、やがて姿を現すだろうラピを迎える姿勢を取る。
「…この機会にクールなキャラにでもなろうかな」
「…クールなキャラ……」
似合わないな、とムーアが肩を竦めながら銃身内へ小さく切ったウエスを先端に通した
「なら折角ですし、怖い先輩キャラになるのはどうですか?」
「ふーん。良い考えね」
「…俺の前で新人イジメの相談は止めてくれないか?」
銜え煙草のままムーアが軽く苦笑を漏らす。彼女達なりに緊張を和らげているのだろう。
やがて足音が指揮官室へ近付いて来る。それを聞き付けた二人が表情を真剣なそれへ変えた。扉が開くや否や室内へ足を踏み入れた人影──見慣れた姿と形をしているが、別人であろう新人へ視線を向ける。
「──ちょっと新人。来たなら早く指揮官様に着任の申告しなさい。なにやってるの」
「──まずは私の眼鏡を拭いてくれますか?」
ネオンはそのキャラで行くつもりなのか。ムーアは溜め息を吐き出すと、銜え煙草のまま突撃銃の銃身を静かに雑毛布の上へ置いて眼前に立つ彼女──ラピへ視線を向けた。
「──…指揮官」
「…着任を歓迎する。私が前哨基地司令──」
「──記憶が消えませんでした」
「──官のショ……は?」
──何を言っているのだ。
そう言わんばかりにムーアは左目と新しい右眼となった人工物質の眼球を同時に大きく見開いた。
アニスとネオンも反応は似たような物で口をあんぐりと開けながら眼前のラピを凝視している。
「…何も…消えませんでした…」
再度、ラピが酷く困ったような声音のまま申告した。
二次創作だから…許して欲しい…(言い訳するなら、ムーア中尉のような人間離れした強烈な印象を受ける指揮官のことは記憶消去されても潜在的に「どっかで会ったことない?」程度ぐらいは……