勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
ムーアが煙草を吸う為、空調代わりに窓を開け放っているのもあってか基地司令部庁舎の外──射撃場から遠雷のような銃声が聞こえて来る以外は特にこれといった物音もなく指揮官室は静まり返っていた。
灰皿へ短くなった煙草を押し潰すと彼は対面のソファに腰掛けたラピを見据える。
「…色々と確認したいが…良いか?」
そう問い掛けると彼女は小さく頷いた。
ならば、とまず動いたのはアニスである。彼女は自身を指差しながらラピへ尋ねた。
「…私の名前は?」
「アニス」
問題なしである。
「私はブケパロスと言います」
「…覚えておくわ。ネオン」
「……何故、アレクサンドロス3世の愛馬なんだ?」
思わずムーアはネオンへツッコミを入れてしまう。彼は旧時代の歴史にも明るいようだ。
「貴女は私の子分だから」
「私から200万クレジットを借りました」
次から次に嘘八百を並べる二人へ溜め息を吐きながら彼は新しい煙草を銜える。
さて、どうするべきか──そう考えながら火を点けていない先端を上下に動かすと、対面へ腰かけているラピがターボライターをポケットから出すや否や身を乗り出す。
すると彼も身を乗り出し、先日と同様に差し出されたターボライターへ両手を翳しながら火を点けて貰い、紫煙を燻らせた。
「…無駄とはならずに済んだようです」
「…覚えているんだな」
「はい」
彼女の言葉、そして一連の動作を知っている口調を聞いたムーアも確信する。
「…本当に記憶消去されたの?」
「された。それもはっきり覚えている」
「…隠したのね」
小さく頷きを返したラピにアニスの眉間へ皺が寄った。
同様にムーアも煙草の吸い口を銜え、二本の指でそれを挟みながら眉間へ深い縦皺を刻んだ。
「記憶消去が効かないこともあるんですねぇ…」
「…ミハラには効いていたぞ。1時間ぐらい前に会ったが俺のことは知らない様子だった」
「…うん。それが普通よね」
「あ、でもこれってバレたらどうなるんでしょうか?」
ネオンが呑気にも見える様子でムーアやアニス、そして問題の渦中にあるラピを見渡しながら問い掛けると、ラピは淡々とした口調で返した。
「たぶん…また試すでしょう。それでも同じことが起きたら──」
「──処分されるわよ。ある意味でイレギュラーだから」
アニスが感情を押し殺した声音で続きを紡ぐとラピも頷きを返す。
例外は認めない、というアークの指針に従っての処分が待っていると予想したアニスの言葉へ対して否定材料を持たないムーアはソファの背凭れに上体を預けながら、天井目掛けて紫煙を吐き出した。
「──指揮官」
ラピに火を点けて貰った煙草は既に半ばまで燃え尽きている。煙草の紫煙を吸い込み、肺へ充満させてから天井に吐き出す彼へ彼女が声を掛ける。
「──この件を報告するかどうかは指揮官の御判断にお任せします」
「…そう言われてもな…」
報告すればどうなるか──その未来予想が先だっての一件もあり、骨の髄まで教え込まれたばかりのムーアは判断に迷った。
仮に上層部へ報告したと予想する。彼女達の反応を見る限りでは非常に珍しい事例なのだろう。或いは発生した前例すらないのかもしれない。
そのような存在の報告が上がったとすれば──まずもう一度、記憶消去を実施するに違いない。それでも記憶が消去されなかった場合は──
「…直ぐに処分とはならず…研究材料、になるか。かなりマイルドな表現にすれば、だがな」
「…たぶん、そうなると思う」
彼の予想にアニスも同意するようだ。
チラリと彼は対面のソファに腰掛けるラピへ視線を向けた。
彼女の頭部が開かれ、唯一の生体だという脳が摘出され、なんらかの液体が満ちた容器の中へ標本の如く入れられる光景を脳裏へ想像してしまうと──
「……黙っていた方が良さそうだ。俺は自分の部下を研究材料として売り渡す趣味はない」
「え?それって大丈夫なんですか?」
「…大丈夫ではないだろうな。だが仮に発覚した場合は俺が責任を取るから安心してくれ。……流石に死刑はないだろうが、不名誉除隊辺りの処分が下る可能性はある。…死刑になるとしても銃殺刑が良いな」
銃殺刑以外の処刑は不名誉極まると言わんばかりに彼は肩を竦めながら吸い殻を灰皿へ押し潰した。
「うん…そうなったら指揮官様を売るしかなくなるね」
「あぁ、売って構わない。“ニケは指揮官の命令に絶対服従する”という原則がある。ラピへ対して実施された記憶消去が効いていないと俺は知りながら上層部へ報告しないよう命令した、と口を揃えて証言しろ」
「……え?本当に良いの?」
あまりにも具体的に語るムーアの様子を見たアニスは念押しの如く尋ねる。それに彼は、はっきりと頷いた。
「キミ達を──もっと言えばラピを守れなかった。その償いになるかは分からないが……俺にはこれぐらいしか出来ない」
意識を失っていた間に全てが終わってしまっていた──その負い目はいまだに彼の心中で燻っている。
だからこそ、というよりもその負い目をムーア自身が解消したいという不純な動機が決してないとは言わない。
しかし──責任は自分が取る。そうはっきりと口にした指揮官の姿にアニスはプイッと顔を背けて頬を指先で掻いてしまう。
「…指揮官様、それは狡いよ。ラピに怒ってたのに怒れなくなったじゃん」
「…え?アニス…怒ってたんですか?」
「うん。──秘密にするなら最後まで秘密にする。喋るなら、記憶消去が効かなかった時点で喋った方が良かったのよ。中途半端なまま帰って来て、後の問題は私達に…正確には指揮官様に任せて困らせてるじゃない」
アニスが告げる指摘を受けたラピがハッとしたように彼へ顔を向ける。
指揮官であるムーアに全責任が生じる点には全く考えが及んでいなかったようで彼女は一旦は上げた顔を直ぐに落としてしまった。
「…ラピが帰ってきて嫌な訳ではないんですよね?」
「そんな訳ないよ!嬉しい!嬉しいよ!めちゃ嬉しい!──ラピを見てよ。あんな性格の子と仲良くなるまでどれぐらい時間掛かったと思う?」
新しい煙草を──この短時間で果たして何本目の喫煙かは数えていないムーアだが、それを銜えながらアニスとラピへ交互に視線を送る。
口にこそしないが、そしてラピに対して失礼だがアニスの苦労が偲ばれた気がしてならなかった。
「ようやく心を許せる友達になったし、その友達が無事に帰って来たのよ。嬉しいに決まってる。──でもそれはそれ。これはこれ。怒ってた理由はさっきも言った通り。正直に言って…気に入らないわ」
「…ごめん。そこまでは考えていなかった」
「謝ることないわ。同じことしなければそれで良いの」
「…ラピの肩を持つ訳じゃないが、彼女自身も混乱していたんだろう。アニスもそこまで責めてやるな。……同じことがあるとは思えんがな。──さて、改めて
彼が改めて命令を下達すれば彼女達が神妙な面持ちで頷き返す。
これで後戻りは出来ない。発覚した場合、ムーアに全責任が生じるのだ。ただし原則という名の御題目を利用すれば、少なくとも彼女達が廃棄処分される可能性は限りなく低いものとなる。
これで良い。そう考えながら彼は銜えていた煙草にオイルライターで火を点ける。
「…あ、でも私はスパイですけど…これイングリッドさんにも報告しちゃダメな奴ですよね?」
「…ダメだな。報告されちゃ御破算になってしまう」
「っていうことは…二重スパイ!」
「わーかっこいいねー」
新たな属性、或いは役目の誕生に瞳を輝かせるネオンへアニスが棒読みの称賛を投げ掛ける様子を眺めつつムーアは紫煙を燻らせながら中断していた突撃銃の整備へ再び戻る。
「アニスとネオンはラピを連れて基地の散歩…もとい案内に行ってくれ」
「え?なんで?」
「…こういうことはちゃんとしよう、って話だ。ラピは着任間もないんだ。
「あー…そっか。そうだね。分かった。ならちゃんとしよう。──ほら、行くわよ新人。付いてきなさい」
「あとで眼鏡もしっかり拭いて下さいね」
「気を付けてな。──あぁ、ラピ」
指揮官室を立ち去ろうとする彼女達に命令を下達した彼はある程度の清掃を終えた突撃銃の結合へ入ろうとした時、ラピを呼び止める。
ちょうど指揮官室の扉を抜けて廊下へ出ようとした時だ。投げ掛けられた聞き慣れた声に反応したラピがムーアへ振り返った。
「──着任を歓迎する。それと…
「──はい。
生真面目に頷いた彼女の姿は間違いなく以前の姿と変わらない。安堵したムーアは挙手敬礼の後、指揮官室を後にする彼女を視線で見送った。
「──じぎがんざま"〜〜がえってぎでぐれだ〜〜じんばいじだんだがらね〜〜!!」
「──誰だ。アニスにニケ用のビールをこんなに飲ませたのは。酔っ払ってるぞ」
「──指揮官。アニスが自分で飲みました」
「──動画を撮っておきましょうか」
その日の夜、予定していた彼の復帰と退院を祝う催しが指揮官室で行われたのだが、ニケ専用のビールをしこたま飲んだアニスが見事に酔っ払った。彼が負傷してからというもの抱え込んだ様々な不安、積もりに積もっていたストレスが爆発したのだろう。
ムーアの頭を豊かな胸へ抱えて号泣する様子が見られたのだが、それを面白がってネオンが携帯端末のレンズを向けたのは言うまでもない。
最後の方が解釈違いだったら申し訳ありません
尚、ニケ用のビールやアルコール飲料の存在はゲーム中で語られております(しっかり酔う模様
アニスはあの性格なので、ストレスが溜まり易いだろうなと個人的には考えています。
指揮官のムーアは絶対、酒に強い(確信
ウォッカ的なのを飲んでもシャトルランを平気でやりそうなぐらいには強い。