勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第4話

 

 

 

「…アニス。さっきから携帯がうるさいわ」

 

「あ、ゴメン。テトラのグループルームでメッセージが飛び交っててね。…あ〜…指揮官様達への愚痴だわ…」

 

「エリシオンのグループでも時々ありますよ」

 

 地上へ向かうエレベーターの中でアニスの携帯端末がひっきりなしに着信のメロディを流している。それへラピが苦言を呈せば、アニスは謝罪しつつ念の為にどのようなメッセージが飛び交っているのかを確認した。

 

 罵詈雑言、とまでは言わないがテトラで製造されたニケ達の指揮官達へ対する不平不満が大半を占めている。

 

 何処も大変なのだな。アニスは考えつつ視界の端へ突撃銃の確認を終えたムーアが背嚢を背負い、スリングベルトを首から右腕の脇下へ通す姿を捉えると彼へ歩み寄った。

 

「指揮官様。ちょっといい?」

 

「──ん?…なんだ急に?」

 

「いいからいいから。ほら、笑って〜?」

 

 武装したムーアの太い右腕を胸元へ導きつつ抱えるアニスは片手で携帯端末のレンズを腕を組んだ彼と自身を捉えるように翳し、やがてシャッターを切る。

 

「良し…これが私の指揮官様、っと…送信」

 

 最初は殺伐としたグループの場を賑わせようとするちょっとした悪戯のつもりだった。

 

 或いは、私の指揮官様はこんな人間なんだぞ、という他のニケ達へ対しての自慢。それとちょっぴりの優越感が無かったと言えば嘘になる。

 

 尚も不平不満が飛び交うメッセージチャットアプリであるblablaのテトララインで製造されたニケ達が参加するグループルームに突如としてアニスから送信された一枚の写真。

 

 それが投稿された途端、流れが一気に変わった。

 

「……アニス。さっきよりピロンピロンと通知が煩くないか?」

 

「ゴメン。なんか急に…ん?……指揮官様、サングラス外して貰っても良い?」

 

「…は?まぁ構わないが…」

 

「ありがと。じゃあそのまま…」

 

 困惑のままムーアがサングラスを外すと今度は彼の上半身が写るようにアニスが移動し、再びシャッターを切る音が響いた。

 

 その撮影したばかりの写真もグループルームへ送信すると、10秒程は静かだったのだが──突如として先程の比ではない勢いでblablaの着信音が、そして送られてくるメールに、掛けられてくる電話の嵐が襲来する。

 

「あ〜もう!うるさいから切っとく!」

 

「あぁ、そうしてくれ。──地上まであと5分だ。各自、最終点検を急げ」

 

 上昇を続けるエレベーター。液晶パネルへ表示される地上へ到達するまでのカウントが1分を切ると緊張は否応なしに上がる。彼は外したばかりのサングラスを掛けると分隊へ注意喚起と共に点検を命じる。

 

 エレベーターの扉が開いた途端にラプチャーと鉢合わせ、という状況も少なくないのだ。

 

 ムーアも緊張の中で弾薬が込められた弾倉を装填し、突撃銃の槓桿を引くと右側面へ設けられたボルトフォアードアシストを掌底で叩いて初弾装填と薬室の強制閉鎖を実施する。

 

 残り10秒。

 

 次第に上昇するエレベーターの速度が減速するのを体感する。やがてカウントがゼロとなり、扉が開けばラピ、ムーアが最初に、続けてアニスとネオンも銃口を外へ向けながら降り立つ。

 

 銃口と視線を白銀に染まった大地の至る所へ向け──やがて敵影や脅威がないと認めると銃口を下げた。

 

「──クリア」

 

「──こちらもです」

 

 ラピが報告をするとムーアは頷きながら、エレベーターに乗る前から吸う機会に恵まれなかった煙草を取り出すと唇の端へ銜えてオイルライターの火を点けた。

 

〈──地上へ到着しましたね。通信状態をチェックします。皆さん、聞こえますか?〉

 

 白銀に染まる一面が雪と氷に閉ざされた大地の上でムーアが白い息と共に紫煙を吐き出すと耳へ付けたヘッドセットのハウジングにオペレーターであるシフティーの声が響く。

 

「ムーアだ。感明良好──」

 

「──アニス!えいっ!」

 

「──うあっ!こんなに大きいのは反則よ!」

 

 背後から姦しい──もとい賑やかな声が聞こえると彼は溜め息を白く吐き出してしまう。

 

〈…あの…雪合戦中にすみませんが…聞こえていますか?〉

 

「大丈夫。聞こえている」

 

〈ありがとうございます!指揮官とラピだけでも答えてくれて本当に良かったです!〉

 

「…ウチの分隊員達が済まない…悪気はないはずなんだが…」

 

 流石にこれは後で注意せねばならぬだろう。その前にまずはオペレーターへ対して謝罪を済ませると、ハウジングの奥では困ったかのような笑い声をシフティーが漏らす。

 

〈北部はエブラ粒子の濃度が薄めです。なので浄化シーケンスを作動させる必要はありません。研究基地までの道は簡単です。特に障害物もこちらでは確認されていませんし、ルートもシンプルです。ただ…〉

 

「…ただ、なんだ?なにか問題でも?」

 

 銜え煙草のまま彼は紫煙を吐き出しつつ左手の指先でヘッドセットのマイクを摘みながら口籠るシフティーへ続きを促す。なにかしらの問題があるのならば、今の内に聞いておいて早々に解決したいのだろう。

 

〈…問題は雪と氷です。アークでは雪と氷がどれぐらいの規模で堆積しているか知る術がありません。ですので気を付けて下さい。特に氷には気を付けて下さいね!〉

 

「…氷?…確かに地形情報に湖沼や河川の存在はあったが…そこまで危険か?これほどの積雪と気温だ。相当に厚いと思うが…あぁ、滑るからか?」

 

〈えっと…それは…〉

 

 なんと答え難いことを平然と尋ねるのだろう。シフティーは彼からの問い掛けを聞いて先程以上に口籠ってしまう。

 

「指揮官、ニケの体重が重いからです。氷が耐えられるか未知数ですから」

 

「…あぁ、なるほどな…ということは俺も危険か。130kgあるからな。ラピはどれぐらいだ?」

 

〈──…っ!指揮官!女の子にそんなこと聞くなんて…最低です!!〉

 

「………」

 

 ──何故、非難されるのだろうか。

 

 ハウジングの中にシフティーが告げた幻滅を意味する言葉が響き渡るとムーアは首を大きく傾げてしまう。

 

 以前の作戦で──臨海都市で発電所の調査を行った際に負傷したラピを担ぎ上げたものの重くは感じなかったのだが。など彼が思い出していると当の本人が視線を向けた。

 

「指揮官。そろそろ出発しましょう」

 

「あぁ、そうだな。分隊集合。前進するぞ」

 

「アニス、ネオン。指揮官の命令が聞こえなかった?そろそろ出発──」

 

「──うおっ…!」

 

 背後から何かが来る。それを感覚で察したムーアが反射的に膝を折って身を屈めた途端、頭上を白い軌跡が過ぎ去った。

 

 その正体はラプチャーの光線──ではなく、握り拳大の雪玉である。

 

 アニスが投じた雪玉は一直線に彼の背中へ向かっていたのだが、ムーアが身を屈めて避けたことで──その真正面に立っていたラピの顔面へ命中して砕けた。

 

「…あれ?指揮官様を狙ったんだけど…」

 

「うーん…残念ですね。投げ方は野球選手のようだったんですけど…」

 

「…出発しましょう指揮官」

 

 フルフルと頭を左右へ振るったラピが顔に付いた雪を払い除け、ついでに乱れた前髪を手櫛で直してから彼へ出発を促すのだが──

 

「──ラピ。鼻の穴に雪が詰まってるぞ」

 

「……ふんっ!」

 

 ──何故、そうも不機嫌に鼻息で吹き飛ばすのか。ただ指摘しただけだというのに。

 

 そう言わんばかりに彼は一人で前進を始めるラピの背中へ視線を向けつつ、背後で雪玉を投げ合っていたアニスとネオンへ声を掛けると改めて分隊は前進を開始する。

 

 ラプチャーとの遭遇や戦闘は他の作戦地域と比べると少ない傾向にあるのだろうか。やけにそれが少ないようにムーアには思えた。

 

 実際、彼等がエレベーターを降りて早くも2時間が経過したが、まだ2回しか遭遇を果たしていない。ついでに言えば若干だがラプチャー達の動きが鈍いようにもムーアは感じられる。

 

「…寒いとラプチャーも動きが鈍るのか?」

 

「それは分かりませんが…」

 

 撃破したばかりのロード級とその随伴のラプチャー3機。ピクリとも動かなくなった残骸からは火花が散り、オイルのような黒い液体が白銀の雪原を黒く染め上げている。

 

 旧時代の人類同士が戦った世界大戦では一部地域であまりの寒さに戦車や車両の転輪、履帯、エンジンまでもが凍り付いてしまった戦史の事例もあるとムーアは聞き及んでいる。

 

 可能性としては似たような影響をラプチャーにも及ぼしているのではないか、と彼は考えた。

 

 戦闘を終えた現場から再び歩き出して数十後。硝煙や古いオイルのような鼻を突く臭い漂う場所から充分に離れ、ついでに澄んだ寒風で鼻の通りが良くなった頃、ムーアはふと気付く。

 

 風上から良くも悪くも()()()()()()()()()臭いを感じ取り、眉間へ皺を寄せた。

 

「──血の臭いがする」

 

「…血の臭い、ですか?」

 

 不意に立ち止まった彼が鼻を軽く鳴らしながら周囲を見渡す。

 

 ムーアの様子に訝しげなままラピを始め、アニスとネオンも嗅覚センサーを半信半疑のまま少し敏感にしてみると──

 

「…あ、ホントだ…」

 

「…というか血の臭いだって分かるようになったのって…師匠のせいですかね?」

 

「…たぶんね」

 

 散々な言い分である。とはいえ、彼が出血を伴う負傷が多すぎる気がしてならないのは事実だ。お陰で彼女達も嗅ぎ慣れたくはないのだが、血の臭いに慣れてしまったらしい。

 

「…まさか人間かな?」

 

「…だとすれば…これほどの臭いだぞ。出血多量で死んでる可能性が高い」

 

「え?それ師匠が言いますか?」

 

 最近はネオンまでもが辛辣である。部下達に嫌われているのだろうか。ムーアはそのような考えを浮かべてしまい溜め息を吐き出した。

 

 良くも悪くも、という言葉が前置きになるが遠慮がなくなってきたというのが正しいのだろう。好意的に見れば良い兆候なのかもしれない。

 

 念の為に確認する運びとなり、ラピとムーアが先頭に立ち、風上から漂ってくる血の臭いの発生源へ向かうと──夥しい血痕で雪上の白が塗り潰された一点を発見した。その中心には動物、おそらくは鹿であろう亡骸が転がっている。

 

「──足跡の形から…おそらくはオオカミだ。それと十中八九、群れ(パック)だな。6頭前後だろう」

 

「良く分かるね。足跡だけでそんなに分かるの?」

 

「物を言わない分、情報を残しているからな」

 

「何処で習ったの?やっぱり士官学校で?」

 

「あぁ、それは──……」

 

 ──またズキンと頭痛が頭蓋の内で走った。

 

「…指揮官。動かないで下さい。見られています」

 

 ラピが静かに警告を発し、突撃銃の安全装置を外す音を響かせた。

 

 彼女が鋭く視線を向ける先へムーアも顔を動かすと──鹿の亡骸の所有者達だろう全体的に灰色の毛並の上へ黒や茶が混ざったオオカミ達が彼等を取り囲もうとゆっくり歩み寄って来る。

 

「…指揮官様の言う通り、6頭だね」

 

「…当たったのは嬉しいが、嬉しくない状況だな」

 

 撃つべきか。彼も静かに安全装置を外し、引き金へ指を乗せようとするが──どうにもなけなしの良心が咎める。こう言ってはなんだが人間を撃つ方がまだ気楽だ。

 

「…どうやら食事中だったらしい。ゆっくり下がれ、視線は外すなよ」

 

 下手に発砲すれば、何km先まで銃声が響くか分かったものではない。周辺のラプチャーへ集合の合図を掛けるようなものだ。

 

 オオカミ達を刺激しないようにゆっくり下がることを彼は彼女達へ命令した。

 

 小さく頷く3名が引き金へ指を乗せながらゆっくりと後退するのに合わせ、ムーアも背後へ後ずさる。

 

 獲物から遠ざかるとオオカミ達も警戒を解いたようだが──その内の一頭、特に巨躯の個体が彼へ向かって近付いて来た。

 

「…指揮官様…!急いで…!」

 

 アニスが小声で彼へ早く後退するよう促すが、それよりも早くオオカミがムーアの足元まで達した。

 

 胴体の長さだけでも170cmはあるオオカミだ。四足歩行の動物なので立ち上がるのは稀だろうが、仮に立ち上がれば彼の背丈に近いだろう。

 

 特徴的な琥珀色にも近い金眼がムーアへ向けられる。

 

 ちょうど彼は上からオオカミを見下ろす形だ。

 

 お陰で間近から──「テメェ。早く失せろ。ぶち殺すぞ」という殺意を込めた視線を容赦なく浴びせられた。

 

 

 それが功を奏したのかは分からない。

 

 

 

 分からないのだが──

 

 

「…ねぇ指揮官様。なんで付いてきてるの?」

 

「…知らん…俺に聞かないでくれ」

 

 ──研究基地までの道連れが6頭出来てしまった。

 

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