勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
シフティーのナビゲーションに従い、北北西へ向かって約10分後。
吹雪は強くなる一方だが、白く染まる視界に明らかに人工物のシルエットを捉える。雪で半分ほど埋まってしまっているが、鉄筋コンクリートで作られた
「…シフティー、聞こえる?………指揮官、通信途絶を確認しました」
「…この吹雪だからな。通信状態も悪くなるだろう」
生真面目なラピが報告すれば、ムーアも致し方なしと頷いた。
まずは吹雪が収まるまで掩体壕で待機するのが先決だ。彼女達は兎も角として彼の方が耐え切れないだろう。
「じゃあ先に内部を確認してくるわ。指揮官様達は少し待ってて」
「…クリアリングなら全員でやった方が早いだろう」
「他の
規模にもよるが、場合によっては地下まで続く代物も存在する。アニスだけに
それを見送るのだが──足下で屯しているオオカミ達が姿勢を低くし、鼻先へ皺を寄せつつ低い唸りを上げ始めた6頭を彼は認めた。
──
「──アニス!!」
「──?──に──」
思わず叫ぶが、吹雪を巻き起こす強風が彼の声を邪魔してアニスへ届くのを防いでしまう。
その時だ。白く染まる視界の中に赤い単眼がいくつも現れたのは。
同時にラピも認めたのだろう。ムーアと彼女は反射的に突撃銃の安全装置を指先で外していた。ネオンもスリングベルトを肩へ通していた散弾銃を握る中、先に掩体壕へ向かっていたアニスが大慌てで戻って来る。
「前方にラプチャー発見!!めっちゃ出てき──」
「──アニス!」
吹雪で視界が不明瞭のタイミングでの遭遇は仕方ないとしても、いくらなんでも湧き過ぎである。ざっと見渡すだけで赤い単眼が15は数えられた。
その内の1機が彼女へ向けて搭載する砲口を指向した気配をムーアは捉え、アニスへ向かって駆け出すと彼女を押し倒すように共に雪上へ転がる。
彼女は仰向けに、彼は覆い被さる形となったちょうどその時、二人の頭上を一筋の光線が目にも止まらぬ速さで過ぎ去った。
「し、指揮官様!?」
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫だから!」
ニケなのに霜焼けでも起こしたのかアニスの頬が少し赤くなっているのが気になるも、それよりも応射をする方が先だと判断したムーアは彼女の上から横へ向かって転がり、伏射の姿勢を取る。
「…なんで来るんだ…死んでも知らんぞ」
彼が伏せる横には6頭のオオカミ達の姿があった。いずれもムーアを真似しているのかその場へ伏せて姿勢を低く保ちながらラプチャーへ向けて唸りを上げている。
──どうなっても知らないからな。
心中でオオカミ達へ毒づいた彼は改めて銃床を右肩へ宛てがい、頬付けを済ませるとACOGを覗き込む。
クロスヘアのレティクルへ捉えた赤い単眼。距離は55m。
引き金を短く引き切り、身体で覚えた3発毎の短連射を続けて2回。
突然の遭遇によって発生した戦闘だが、態勢を立て直した彼女達も現れたラプチャーへ銃撃を見舞い、1機、また1機と確実に撃破していく。
「──あと1機!」
「──待って!自爆する!」
瞬く間に味方機が悉く撃破されたからだろうか。最後の1機が放つ赤い単眼が点滅を始める。それが何を意味するかを目聡く察したアニスが警告を発した瞬間、単眼が一際強い光を放った。
途端に搭載されていた爆薬か何かが炸裂したのだろう。周囲に凄まじい爆発の衝撃波が伝わり、やや遅れて機体を構成していた部品や破片が飛散した。
さながらスケールアップした破片手榴弾だ。
ノイズキャンセリング搭載のヘッドセットを着けていたお陰で彼の聴覚に支障は出ていないが、ラピを始めとした彼女達は自爆に即応出来なかったらしく耳を押さえて眉間に皺を寄せていた。
便利なようで不便なのだな。そう考えつつ伏射の姿勢から立ち上がったムーアは彼女達の下へ駆け寄る。
「無事か?」
「…耳が…申し訳ありません指揮官」
「気にするな。ほら、アニス、ネオンも」
「…聴覚センサーが壊れるかと思ったわ…」
人間でも凄まじい轟音を耳にすると、三半規管に影響を生じて一定時間は行動に支障が発生する。意識して各種センサーのオンとオフを切り替えられる彼女達だろうが、咄嗟の出来事に間に合わなかった場合は人間と同様の症状が出るのだろう。
彼女達へ腕を差し出し、一人ずつ立ち上がらせるムーアがネオンへ手を貸した時のことだ。
「…師匠?…あの…何か聞こえませんか…?」
「…ん?」
ネオンはラピやアニスよりも聴覚センサーの不調が軽度だったらしく、一足早く正常となったようだが──そのセンサーが何かを捉えたようで彼を見上げながら異変を口にする。
彼も彼でノイズキャンセリング──銃声や砲声、爆発音などの人間の聴覚に異常を来す音の類いを打ち消す機能を搭載したヘッドセットを着けているのでネオンの言う
ふと真横を凄まじい勢いで、それこそ脱兎の勢いで駆け抜けるオオカミ達が目に映る。内の何頭かは振り返り、彼へ金眼の視線を向けてから再び走り去った。
まるで何かを訴えているような眼差しだったのは分かったが──と、彼はヘッドセットのハウジングを少し外しながらオオカミ達が駆けてきた背後を振り返る。
生憎と吹雪もあってその姿は捉えられない。
しかし聴覚が──地鳴りのような、或いは地響きのような重々しい物音が
「「──雪崩だ!!」」
その正体をほぼ同時に察したのかムーアとラピが叫んだ。
玲瓏な声と聞く者に安心感を与える落ち着きのある低い声が警告を発する叫び声を上げるとネオンやアニスも生存本能が訴えるのかすぐさま駆け出した。
「早く!掩体壕の中へ!!急いで!!」
「間に合いません!遠すぎます!!」
「四の五の言わず走れ!俺より足は速いだろう!」
身体能力は人間を遥かに上回るニケだが、時速300kmの速度で押し寄せて来る雪の塊から逃げ切れる訳もない。
背後から彼が叱咤する怒鳴り声へ混ざる異音が聞こえたラピはまさかと肩越しに振り向くとムーアの背後に迫りくる雪崩の姿を捉えた。
「──ッ!指揮官!!」
彼女は咄嗟に掩体壕へ向かう足を止め、彼の下へ駆け寄ろうと背後へ走り出した。
しかし──雪崩が覆い被さる格好で彼の姿を飲み込むと同時に彼女の視界が一面の白へ染まった。
全身に雪の圧力が加わり、抜け出そうとする意志を嘲笑うかの如く、さながら洗濯機へ放り込まれた衣服のように回転を続ける。
どちらが空でどちらが地面かすら分からなくなる。平衡感覚が喪失しそうな気分だ。
果たしてどれほどの時間を雪に弄ばれたのか──回転が止まるとラピはまず機能する腕を使って圧力を掛けてくる雪と自身の間に隙間を作った。
その隙間を使い、手で雪を掻き分けながら昇ってみると──雪に覆われている空間へ一点の光を見付けた。
一点の光を目指して掘り進め、手の指先が明らかに外の空気へ触れた感覚を捉えると彼女は一気に脱出する。
「──指揮官!!アニス!!ネオン!!」
吹雪が続く中、彼女は大声を張り上げて彼や彼女達の名を呼んだ時、吹雪が荒ぶ雪上に一本の腕が生えた。
「──うっ…!死ぬかと思った…!!」
アニスが雪の中から這い出て来たのを認め、ラピは駆け寄る。
その途中、眼前で今度は両腕が生えてきた。
「──眼鏡…眼鏡…あ、あった」
ネオンである。眼鏡を掛け直しながら抜け出て来た彼女を認め、ラピは安堵の溜め息を吐き出す。
「…指揮官様は?」
「まさか…埋まったままなんじゃ…!」
「指揮官!返事をして下さい!」
だが一向にムーアの姿が見えない。吹雪の中、ラピの声が響くだけで彼の応答は全くなかった。
「──ゲホッ…今度こそ本当に死ぬかと…」
ズボッと雪上に生えた太い腕が一本。続けてもう一本が、そして上半身が飛び出る。
口の中へ入った冷たい雪を吐き出したムーアは埋まっていた雪の下から這い出ると顔が腫れぼったく感じた。どうやら霜焼けになったらしい。
「…だいぶ…流されたかな。サングラスは…まぁ良いか」
割と気に入っていたサングラスは雪崩に巻き込まれて何処かへ消えたらしい。
それはそうと現在地は何処なのだろう。彼はボディアーマーのポーチから携帯端末を取り出し、地図を画面上へ表示する。
端末上の地図に表示された現在地を示す光点は交戦のあった掩体壕付近から直線距離にして4kmほど離れていることを知らせている。
かなりの距離を雪崩に巻き込まれて流されたらしい。だというのに負傷らしい負傷がないのは不幸中の幸いだろう。
スリングベルトに吊った突撃銃や背負った背嚢も無事だ。
とはいえ──ムーアは現在、分隊から逸れてしまい、単独行動中の状況下にある。
気象は見ての通りの吹雪。そしてラプチャーが跋扈する地上で人間が単独行動。
超がつくほどの危険な状況に彼は置かれていた。
どうやら神様とやらは彼のことが余程嫌いらしい。
「…俺も嫌いだがな」
関係の修復や仲直りは不可能な模様だ。
いくつ稜線を越えなければならないのかは分からないが、ひとまず掩体壕のあった位置まで戻ろうとした時──
咄嗟にその場へ伏せたムーアが突撃銃の安全装置を外し、ACOGを覗き込んで
引き金へ指を乗せ、徐々に引き絞る。あと数gも力を加えれば撃鉄が落ちる瞬間──複数のシルエットを認めた彼は緊張が解けたように溜め息を吐きつつ突撃銃へ安全装置を掛ける。
彼を目掛けて駆け寄って来たのは6頭のオオカミ達だ。
あの雪崩から逃げた後、彼の匂いを辿ってここまで駆け付けたのだろう。
駆け付けた6頭の中でも一際巨躯のオオカミが口吻へ何かを銜えてムーアへ差し出したのは──失くしたと思っていたサングラスである。
「…あぁ、良い子だ」
それを受け取った彼はサングラスを掛けるとまずは巨躯のオオカミを、続けて残りのオオカミ達を順繰りに撫で回して腰を上げる。
さて、ここからどうするべきか。
「…まずは合流せんとな」
彼が吹雪の中、歩き始めると巨躯のオオカミ達もその後を追い始める。
3名とも無事だと良いが。逸れた彼女達の心配をしつつムーアはクレバスへ落ちないよう地面に注意を払いながら吹雪の中を進む。
視界は相変わらず不明瞭。白一色に染まった視界では10m先も見えない。
サングラスを覆う雪をグローブの指先で拭い、視界を確保した時──進行方向に何かが動く気配を感じる。
その場へしゃがみ、スリングベルトで吊った突撃銃を構えて狙いを付けた。
この状況だ。動く物には全て警戒せねばならない。
動物か、ラプチャーか、それとも彼女達か──
ACOGを覗き込む人工物質で作られた右目がクロスヘアのレティクルへ徐々に近付いてくるシルエットを捉えた。
カチリと安全装置を外し、引き金へ人差し指を乗せて引き絞る──
「──女王様。ほら、やっぱりあそこに誰かいます」
「──あら、本当ね。……人間とオオカミ…?」
──現れた人影は見知らぬ二人組のニケだった。
ゲーム本編の指揮官も大概、人間を辞めてると思う(雪崩に巻き込まれて無事。なんならミルクと徒手格闘で戦って勝つとか