勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第8話

 

 

 捜索へ向かう途中、掩体壕を発見した。彼の為に──女王陛下の言葉を借りれば「異世界を旅して疲れが溜まっているしもべの為に少し休む必要がある」らしい。

 

 そこまで疲労は感じていないムーアだが、金髪を靡かせつつ無言のまま掩体壕の中へ誘う様子に従う他なかった。

 

 少女の姿をしたニケ──アリスは周辺の警戒に立つらしい。6頭のオオカミ達も大人しく外で待つようだ。

 

「…ふぅん。割りと綺麗ね。座ったら?」

 

 掩体壕だというのに二脚の古びたソファが対峙する一室へ足を踏み入れると少しウェーブがかった金髪を耳へ掛け直しながら女王陛下がサングラスを外しているムーアへ勧める。

 

 背嚢を床へ下ろすと突撃銃を吊るしたスリングベルトを首と脇下から抜き、銃口を掴んで天井に向けながら彼はソファへ腰を下ろすと左脚を外骨格が覆う右脚へ組んだ。

 

 対面のソファへ女王陛下が腰を下ろし、彼と同じく短機関銃を下ろしながら長い脚を組んだ。

 

「──さぁ、改めて自己紹介するわ。私はアンリミテッド分隊のルドミラよ。さっきの子はアリス」

 

「──宜しく頼む。ショウ・ムーア中尉。カウンターズ分隊の指揮官を拝命している」

 

 改めての自己紹介となったが──どうせ彼女、ルドミラの自身へ対する呼称は()()()のままだろうという予感が彼にはあった。

 

「宜しくお願いするわ。私達は地上で迷子になったニケを救出して無事にアークまで送り届ける仕事をしているの」

 

 航空機等を利用するのかは分からないが戦闘捜索救難(CSAR)、或いは捜索救難(SAR)に近い任務なのだろうか、とムーアは考えつつボディアーマーのポーチから煙草とオイルライターを取り出した。

 

 ソフトパックを掲げて見せ、吸っても構わないかと無言で問うと彼女──ルドミラは小さく頷いた。

 

 振り出した一本を銜え、オイルライターで火を点けた彼が一服を始める姿を認めたルドミラが再び口を開く。

 

「地上で迷ったら北部へ行け、って聞いたことはあるかしら?」

 

「…いや、生憎と」

 

「そう。北部へ行け、というのは私達、アンリミテッドがいるからよ。──まぁ、人間を助けたのは初めてだけど」

 

「女王陛下の初めての相手になれて光栄だ」

 

 少しの休憩ではあるが、ムーアの軽口が復活しかけているのは休息の効果が出ている証左だろう。とはいえ、少なくとも初対面の相手へ使う軽口ではないだろうが。

 

 携帯灰皿も取り出し、蓋を開けて溜まった灰を叩き落としながら彼が真横へ向けて紫煙を吐き出す中、対面のルドミラがムーアへ問い掛ける。

 

「それはそうと研究基地へ行きたいの?任務の目的が何かは知らないけれど…現在、それは不可能よ」

 

「…何?雪崩で基地そのものが埋もれた。そういう話か?」

 

 ルドミラの言葉を聞いた彼は解せないと言わんばかりの表情を浮かべ、眉間にも縦皺を刻みつつ尋ね返すが彼女は頭を左右へ振る。

 

「違うわ。研究基地はラプチャーの手に落ちた。外部は勿論、内部まで全てがね。お陰で私達は帰る家を失い、こうして放浪するザマよ」

 

 忌々しい。そう聞こえて来るほどに苦々しい表情のまま彼女が吐き捨てる。

 

 気遣ってやりたいのは山々だが、ムーアも任務に暗雲が立ち込める情報を聞いて紫煙を漏らす吐息に溜め息が混ざってしまう。

 

「制圧…いや、占領されたのか?」

 

「いいえ、占領とは違う。言葉通りの意味よ。ラプチャーのモノになってしまったの。研究基地とは違う別の()()になってしまったわ」

 

 つまりは研究基地そのものがラプチャーと化した、という意味になるのだろうか。基地の規模がどれほどなのかは実際に視認しなければ分からないが──彼の脳裏には重武装の防衛火器の砲口が自分達へ向けられる光景が浮かび上がった。

 

 これならばエレベーターへ乗り込む前に携行式多目的無反動砲(ランチャー)高性能爆薬(C-5)でも持って来た方が良かっただろう。無論、後の祭りであるので意味はないが──幸いなことに代替可能の代物は背嚢の中にある。

 

 床へ置いたそれが収められている背嚢へムーアは視線を送ると改めてルドミラに顔を向けた。

 

「状況が最悪でも研究基地へ行かねばならない」

 

「その理由は?」

 

「右脚と右目をくれてやった()()()()()へ御礼参りする為、ピルグリムに会わなければならないからだ。情報が欲しい」

 

 道理でその右目の傷は、と彼女が目を細めた。人工眼球──おそらくはニケ用のそれを流用したのだろうと推測するも彼が漏らした“ピルグリム”という単語を問い詰めねばならない。

 

 脚を組み替えると彼女は胸の下で腕を組みつつムーアを見据えた。

 

「ピルグリムと言ったわね。それは普通の指揮官が口にする単語かしら?巡礼者を探す理由は?」

 

「…先程も述べたが…それは個人的な理由。これも…突き詰めれば結局は個人的な理由になるだろうが…」

 

 吸い口に至るギリギリまで吸い切った煙草を彼は携帯灰皿へ投げ込み、肺へ残った紫煙を全て吐き出す。

 

 

 

 

──…指揮…官…包…帯…うれし…かった…──

 

 

 

 

 ──脳裏にこびり付き、纏って離れてくれない、あの日の残響が聞こえた。

 

「──俺の最初の部下…いや、戦友…しっくり来ないな。…()()()()()の死に関する真実が知りたいからだ。彼女、或いは彼女達なら何か手掛かりを持っていると信じたい」

 

「──…ニケ、なの?」

 

 吸い殻が収まった携帯灰皿をポーチへ収めるムーアは彼女へ頷いてみせる。

 

「貴方はニケを()()と呼ぶのね。指揮官とニケの間には明確な主従関係がある筈よ。仲間、という型を被せて分隊を上手く運用する為なのかしら?それとも…高みに位置する者が施す、傲慢な寛容ってところかしら?」

 

 ルドミラが口にした言葉が耳朶を打ち、鼓膜を震わせたムーアの顔が上がる。左目の瞳孔が僅かに開かれ始めていた。

 

「──俺はそこまで器用な人間じゃない。どのような事を考えたかは興味がない。どう取って貰っても結構だ。俺への謗りは構わん。甘んじて受けよう。──だが()()()への侮辱は許さん。俺程度に(ほだ)される彼女達ではない」

 

 濃い茶色の瞳が細められ、声音に混ざった微かな怒気を感じ取ったルドミラが一瞬だけ息を飲んだ。

 

「…ふふっ。これは…どうやら()()を拾ってしまったようだわ」

 

 愉快そうに紡ぐも皮肉と受け取ったのか、ムーアは些か気分を害したらしい。小さく鼻を鳴らすとボディアーマーへ取り付けている水筒を外し、蓋を緩めて口腔に水を何口分かを流し込む。

 

 これほど愉快な感情と共に笑ったのは久しぶりかもしれない。

 

 ルドミラは一頻り笑うも、やがてそれを収めると改めてムーアへ顔を向けた。

 

「──ピルグリムに関する資料は全て研究基地にあるわよ。貴方の仲間と合流した後に基地を奪還出来れば、目的は達成出来るわ」

 

「…そしてそちらは帰る家を取り戻せる」

 

「その通りよ。…ところで貴方の仲間は強いかしら?」

 

「最高で、最強だ。自信を以て言える。…遠慮が無くなってきたのか…最近は些か反抗的だが…まぁ俺の能力不足だろう」

 

「あらあら…」

 

 また煙草が吸いたくなってきてしまう。その衝動を抑えるようにムーアは溜め息を吐き出した。

 

 先程はあれほど自信満々に言っていたというのに、とルドミラは再び愉快な感情が湧き出るのだが、もうひとつ尋ねなければならない。

 

「それともうひとつ。アリスは──」 

 

「──ハートの女王を一緒に倒す仲間だろう」

 

 即答したムーアにルドミラは再度息を飲む。

 

 ──嗚呼、ダメだ。

 

 これほど愉快な感情に支配されるのは本当に久方ぶりだ。

 

「ふふっ…あははは!もしこれが演技なら、()()()は凄い悪者ね!!」

 

「…さっきも言ったが…そこまで器用な人間じゃない」

 

 そのようだ。ルドミラは愉快すぎて瞳に水気が浮かぶ程に一頻り笑うとソファから腰を上げる。

 

「出発するわよ。──それとさっきはごめんなさい。貴方と、貴方の仲間に失礼なことを言ったわ」

 

「……女王陛下の謝罪を受け入れよう」

 

 肩を竦め、芝居がかった動きで胸元へ片手を添えて一礼する彼の姿にルドミラは再び笑い声を上げてしまった。

 

 

 

 

 掩体壕を出発して2時間は経過しただろうか。2名のニケと人間1名、そして6頭のオオカミ達で構成された一行は何度かのラプチャーとの遭遇、交戦を経て廃墟が並ぶ小規模な村落の跡地へ辿り着いた。

 

「──女王様!あの丘の上に誰かいます!」

 

「──ふぅん。…2人…ね。しもべ。どうかしら?貴方の仲間で間違いない?」

 

 アリスとルドミラがふと立ち止まり、同一方向へ視線を送るとムーアへ問い掛ける。

 

 彼はいくつかのポーチの内のひとつから双眼鏡を取り出し、対物レンズを指差された方角へ向けながら接眼レンズに両眼を近付けた。

 

 

 

「──師匠ぉぉぉ!!!何処ですかぁぁぁ!!

 

「──指揮官様ぁぁぁぁ!!!

 

「──聞こえたら返事してくださぁぁぁい!!

 

「──指揮官様ぁぁぁぁ!!!

 

「──師匠ぉぉぉ!!私達はここですぅぅぅ!!!

 

 

 

 

 

「…あぁ…うん…間違いないと…思う…」

 

「面白い人達ね」

 

 アニスとネオンが叫んでいる様子は双眼鏡で捉えられたが、その片方が愛用している散弾銃を空へ向かってトリガーハッピー(乱射)している様子まで見えてしまったムーアは反応に困った。

 

 心配してくれているのは素直に嬉しいのだが、もう少し静かにやれないのだろうか。

 

 彼は背嚢を雪上へ置くと中から単発後装式擲弾発射器(グレネードランチャー)を取り出し、これまで突撃銃の銃身下部に取り付けていたフォアグリップを外す。発射器本体と専用の照準具の換装を手早く済ませると、背嚢へ収めていた信号弾を一発だけ拾い上げる。

 

 分隊火力の向上の為、試しに持ってきた代物だったが、まさか初めての発砲がこんな状況で起こるとは彼も思わなかった。

 

 信号弾を装填し、突撃銃を頭上へ向けると擲弾発射器の引き金を引く。

 

 シュポンと炭酸飲料の封を切ったかのような音と共に頭上へ撃ち上がった信号弾が上空200mでマグネシウムの強い燃焼と共に白色の光を放ちながら小さな落下傘を展開させて降下を始める。

 

 照明時間は60秒ほどだろうか。撃ち終わった薬莢を排出したムーアが双眼鏡を握って再び丘の上へ向けると──

 

「──気付いたな」

 

 まずアニスが信号弾の存在に気付き、ネオンの肩を叩いて丘を猛然と駆け下りる姿を彼は捉えた。

 

 あの分では5分程度で到達するだろうと考えつつ双眼鏡を仕舞うムーアなのだが──

 

「女王様!ハートの女王が手下を送り付けて来ました!」

 

「でしょうねぇ。…あんなに騒いでいたのに来ない方がおかしいわ」

 

「…悪気はないはずなんだ…」

 

 指揮官として彼女達の弁護を一応述べたムーアだが溜め息は隠し切れない。しかし廃墟の隙間から赤い単眼が見え隠れするのを認めると彼はすぐに背嚢の中身を漁って擲弾を取り出した。

 

 擲弾を発射器へ装填し、続けて専用の照準具と銃口側の照星を起こすと床尾を地面へ向けて落としながら角度を付ける。

 

 照準具に白色で表記された1と2の目安のほぼ中間。目測で150m先に確認できるラプチャーへ向けて発射器の引き金を引く。

 

 気の抜ける発砲音と共に撃ち出された擲弾が孤を描いて飛翔し、やがて弾着。

 

 アニスやラピも用いる擲弾発射器と同じ口径のそれが炸裂し、直撃を受けたラプチャーが余波で倒壊する廃墟の瓦礫へ飲み込まれた。

 

「……残敵は……今のところ大丈夫そうね」

 

 ルドミラが外したばかりの短機関銃の安全装置を掛け、ムーアが発射器から薬莢を排出している最中、予想よりも早く降り積もった雪上を駆ける二人分の足音が聞こえて来る。

 

「──師匠!!」

 

「──指揮官様!良かった無事で!!」

 

 てっきり死んだかと思った、などと言われたら少し落ち込みそうだったのだが駆け寄ってきたネオンとアニスが紡いだ安堵する言葉を聞いたムーアは逆に安心を覚えてしまう。

 

「私、てっきり師匠が冷凍人間になったかと…!」

 

 ──前言撤回だ。

 

 ズキンと頭が痛くなる程の言葉がネオンから吐かれた。

 

「指揮官様が埋まっちゃったかと思って雪を全部掘って捜してたんだよ!」

 

「…迷惑を掛けたな。無事で良かった」

 

「指揮官様こそ…心配したんだから」

 

「…帰ったら炭酸水でも奢る。…ところで……ラピは?別行動か?」

 

 見慣れた黒い服装の姿が見えない。

 

 捜索する為に別行動を取っているのだろうか、ともムーアは考えたのだが──

 

「あ、ラピは──」

 

「──……死んだのラピは」

 

 ネオンが何かを続ける寸前、沈痛の表情を浮かべるアニスが愕然としかねない報告を口にするのだが──ムーアの視界の隅にある廃墟の物陰から見慣れた色の長髪を靡かせる人影が映った。

 

「雪崩に巻き込まれてしまって…」

 

「──指揮官…私は無事です」

 

「…あぁ、良かった。一瞬信じそうになった。兎に角、無事で良かった」

 

 心底安堵したように息を吐き出すムーアの眼前でアニスがわざとらしく舌打ちをする。いつもの光景だ。それが堪らなく安心してしまう。

 

「申し訳ありません。私がもっと早く来ていれば…あの時、指揮官の手を掴んでいれば…」

 

「大丈夫だ。しっかり生きてる。気にするな」

 

「…はい」

 

 部下達は無事だろうか、と内心で芽吹いた不安が成長していたムーアはやっと長い緊張から解き放たれた影響もあってか無意識に喫煙を求めてしまう。

 

 ポーチを開け、煙草を銜えた途端──ラピがターボライターを取り出した。

 

「…ありがとう」

 

 彼女の片手を両手で覆い、風除けを作って火を点けて貰ったムーアは安堵と共に紫煙を燻らせる。

 

「でも流石は師匠です!雪崩に巻き込まれても生きているなんて…やっぱり私、人間を見る目が──……ところで……どちら様ですか?」

 

「…あぁ、紹介が遅れたな。彼女達は──」

 

「──アンリミテッドよ。貴女達が()()()の仲間ね」

 

 しもべ、という単語に彼女達は一斉に顔を見合わせる。いったい誰の事だろうか。文脈から察するに──推測を交えてムーアへ三対の瞳が向けられると彼は紫煙を燻らせながら立ち上がったオオカミ2頭に左右から挟まれ、舌で顔をアイスクリームの如く舐められている最中だ。

 

「詳しい話は後でしましょう。移動するわよ。…()()()()が大騒ぎしたおかげで奴等が群がって来るでしょうから」

 

「まぁ!誰ですか!?こんなところで大騒ぎするなんて!!」

 

「非常識な奴等ね!」

 

「…そうね。誰だろう」

 

「…俺はツッコまないからな」

 

 彼の仲間も愉快な者達ばかりだ。笑い声を上げるルドミラを先頭に一行は移動を始めた。

 

 やがて廃墟が並ぶ村落から歩いて30分ほど離れた地点にある針葉樹が揃う林の中へ身を隠しながら、ムーアとルドミラは合流したばかりの彼女達へ事情の説明を済ませる。

 

「…話は分かりました」

 

「要は研究基地を奪還するってことね」

 

「また潜入するのですか?」

 

「…え"…じゃあ今度は指揮官様が私の前に…」

 

 以前の任務──発電所へ繋がる排水路を通って内部へ潜入した際のことをアニスは思い出したらしい。今更だがムーアの視界に自身の臀部が映るのが恥ずかしくなったようだ。

 

 潜入はさておき、減るものじゃなかろうに──などと考える彼は腕組みしつつ現在は立ち上がったオオカミ6頭に四方八方から囲まれて顔面を舐め回されていた。遠慮なくベロベロと舐められるものだからレンズが涎まみれとなる前にサングラスは外している。

 

 狂犬病が恐いが──オオカミ達にフライバイティングは見られず、彼の顔面の傷口も完全に治癒しているので問題はなさそうだ。一応、アルコール等で消毒はしなければならないだろうが。

 

「──残念ながら潜入は不可能よ。外部から繋がるルートは全て塞がっているもの」

 

「内部にピルグリムに関する資料が保管されているのは確かなのね?」

 

「それは保証できるわ」

 

 ラピとルドミラの問答を聞きながら彼は溜め息を吐き出す。こうなると分かっていたなら武器庫から何かしらの火器を持ってきたというのに。

 

 擲弾発射器が通用すれば良いのだが、と溜め息を再び漏らす。ムーアは纏わり付いていたオオカミ達を払い除け、グローブで地面の冷たい雪を掬い取ると顔面を念入りに擦って涎を洗い流す。ついでに気分も変えようと取り出した煙草を銜え、オイルライターで火を点けて紫煙を燻らせながらニコチンとタールを全身へ行き渡らせる。

 

「──…あの…皆さんはウサギさんの仲間ですか?」

 

「──……()()()?」

 

 不意に少女──アリスが会話へ口を挟む。まず反応したのはラピだ。

 

 彼女は小首を傾げる。アリスが口にした()()()に心当たりは皆無なので仕方ない。ラピの脳内には可愛らしい風貌の小動物の姿が浮かんでいる程だ。

 

「はい。女王様のしもべで、私を幸せな世界へ連れて行ってくれるウサギさんです!」

 

「…しもべで…」

 

「ウサギさん……」

 

「…………」

 

 廃墟が並ぶ村落の中でルドミラが口にした()()()とはムーアを指していると彼女達も察していた。女王を連想させる外見も相俟って、従者を意味する単語でもそこまで違和感はない。むしろ彼を表現するなら精鋭の近衛兵が最も適切かもしれない。

 

 しかし──()()()()()となると話は別だ。

 

「えっと…もしかして…?」

 

「…師匠、ですか…?」

 

「はい!ウサギさんです!」

 

 弾けるような笑顔を浮かべるアリスが両手をポンと合わせながら頷く。その姿に彼女達は困惑の表情を浮かべてしまった。

 

 続けてアニス、ネオン、そしてラピの順番に煙草を銜え、悠然と紫煙を堪能している彼の姿とそれぞれが脳内に浮かべた可愛らしい風貌の小動物を比較する。

 

 ──え?…は?

 

 ──オオカミの王様の方がしっくり来ます。

 

 ──………。

 

 三者の視線が向けられる彼はそれが物語る「似合わない」という意味を察して双眸を細め、眉間へ皺を寄せた。そこまで言わずとも良かろうに。

 

「…いや、私達は指揮官のぶ──」

 

 ──困惑から立ち直ったラピがアリスの発言を訂正しようとするが、それよりも先にサングラスを掛けようとするムーアが送る目配せに気付いて口を紡ぐ。

 

 ──話を合わせろ。

 

 サングラスを掛ける寸前に彼が送った目配せが語る意味を不思議と受け止められた彼女は軽い咳払いを漏らした。

 

「…そう…私達は()()()()()の仲間よ」

 

「わぁ…!じゃあ皆さんも伝説の武器を持ってるんですか!?」

 

「……持って……いるけど……」

 

 ──Really(マジで)

 

 話を合わせるように促した本人であるムーアだが、まさかラピがここまで付き合うとは思っていなかったらしく、サングラスに隠れている瞳で彼女を凝視してしまった。

 

「どれ、どれ!?私にも見せて下さい!」

 

 口にしてしまったが最後だ。アリスが興味津々と彼女達を見渡す。邪気のない純粋無垢の輝く瞳に晒された3名が窮地に立たされているのを察したムーアは溜め息と共にレッグホルスターから45口径の自動拳銃を引き抜いた。

 

「…ブラックスミスの(コア)こいつ(フォーティーファイブ)の一発で撃ち抜いた時は爽快だったな。あの()()()()()には狙いが甘くて深手を負わせるに至らなかったが…なに、次がある」

 

 それらしい口調で真実と虚実を織り交ぜながら彼は独白する。実際、タイラント級の核を撃ち抜いたのは事実だが──彼が言う()()()()()には弾倉一本分を撃ち込んでも全く効果はなかったのは秘密である。

 

 しかし彼の語り口に光明を得たのかネオンがいち早く反応を見せた。

 

「──この眼鏡は私の伝説の武器です。全てが焼き尽くされるビームが発射されます!」

 

「うわぁ…!」

 

 ──太陽光でも反射させるのだろうか。

 

 感銘を受けるアリスの反応をよそにムーアは紫煙を緩く吐き出しながら考察を始める。

 

「──私の伝説の武器…は、この手袋よ!」

 

 続いたのはアニスだ。彼女は自身の全身を見渡して何を思ったのか右手にあるフィンガーレスグローブ(手袋)を見せ付けた。

 

「──急所を7ヶ所押すと、相手は必ず倒れるわ!」

 

「うわぁ…うわぁ…!」

 

 ──具体的に人体急所のどこら辺なのだろう。

 

 煽った本人が冷静に考察(マジレス)するのは如何なものかとも思うが、これは彼の生まれ持った性格なのだろう。処置不能だ。

 

「そっちの仲間さんは!?どんな伝説の武器を…!?」

 

「…私は…」

 

 最後に残ったのはラピだ。アリスの視線が向けられ、居心地悪そうに顔を逸らす彼女なのだが、自分の番は終わったから気楽なのだろう。からかい混じりにアニスが()()()を始めた。

 

「──ラピの伝説の武器は強すぎるから封印している!」

 

「…っ!封印する必要があるほど…強力なんですね…!?」

 

「そうよ。強すぎるから胸の中に封印しているの。そしてその封印は指揮…ウサギさんだけが解除できるの!」

 

「見せて下さい!」

 

 ──え?そんな情報、指揮官なのに知らないんだが。

 

 やがてムーアにもからかいの照準が定められる。ニヤニヤと笑みを浮かべながらアニスは尚も続ける。

 

「さぁウサギさん、ラピの封印を!ボタンを押すと直ぐに封印が解除されるのよ!」

 

 ──いや、そもそもボタンって何処にあるんだ。

 

 サングラスに隠された瞳を細めたムーアは溜め息混じりに吸い切ったばかりの煙草の紫煙を吐き出しつつ携帯灰皿へ吸い殻を投げ込むと、首を左右へ振った。

 

「……ここでは駄目だろう。一帯が焦土になる」

 

「…そう…ここでは出来ない」

 

「おお〜。()()()()()()()()()いいの?」

 

 ()()()の意味でのからかいにいつの間にか変わっていると察した彼は今日何度目かすら分からない溜め息を漏らす。

 

 僅かにラピの頬へ赤が差すも彼女は冷静に努めようとしながら口を開いた。

 

「…い、一日に一回しか解除できない。だから…今はダメ」

 

「そ、そんなに凄いんですね…!」

 

「…その通り…」

 

 一連のやり取りを見守っていたルドミラから堪らず笑い声が漏れた。我慢していたが──限界だ。

 

 なんと愉快な()()()だろう。

 

 

 

 

 




この時の「ラピの伝説の武器」をおかしく笑っていた指揮官の諸氏は多いことでしょう。

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