勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
第1話
「──パスワードはWonderLand。大文字と小文字に気を付けて入力して頂戴」
──近い。
デスクトップが置かれたテーブル。軋みを上げる椅子へ腰掛けたムーアがキーボードでパスワードを打ち込む中、触る機械が全て壊れてしまうというルドミラが──曰く「壊れている物しか触れない」らしいが、彼女が彼の肩へ無意識に豊かな胸を押し付けながら指示をしてくる。
──少し離れてくれないだろうか。打ち難い。
数少ない癒しであるオオカミ達は外で待たせているが、無理にでも連れてこなかったのが悔やまれる。
溜め息を吐き出しそうになりつつ彼は入力を終えるとエンターキーをタップした。
「次はあのフォルダよ。…そう。次はそのファイルを開けて…違う。そのファイルじゃない。それはゲームよ。Digital Copって知ってる?古いけど名作なの」
「……知らん。それと身を乗り出すな。頭も掴むな。あの、その、で言われても分からん」
「貴方は
無茶言うな、と言わんばかりに彼は渋面を浮かべる。
間違ったファイルを開いた途端、ルドミラが彼の短く刈り上げた黒髪の頭を掴みながら身を乗り出し、肩へ容赦なく柔らかくも張りのある胸を押し当てつつ片手で本来のファイルを指差した。途端に画面がフリーズしかける。触れてもいないのにこれであった。
一方、
「その隣のファイルよ。…そう…それを開けてパスワードを入力して頂戴。SuperUltraNikkeよ。…開けたわね。画像をスクリーンに出力して」
指示に従ったムーアは情報機器を操作し、室内の壁に設けられた液晶スクリーンに画像を投影する。
浮かび上がったのは北部全体の地図だ。
その地図へ疎らに白い光点が浮かんでいる地点はピルグリムを目撃した座標、そして添付されている期日は出没する時期だという。ただし遠目にしか目撃していないのでルドミラとアリスは実際に会った経験はないのだとか。
腰掛けた椅子を回転させ、投影された画像を眺めるムーアは煙草を銜えてオイルライターで火を点ける。紫煙を燻らせながら光点を見詰めるのだが──ちょうどいい高さに彼の肩があるのかルドミラが肘掛け代わりにして体重を預けて来る。
振り解きたくもなるがそれよりも光点の配置が気になってしまい、彼は長い脚を組むと無精髭が生えてきた顎を擦りながら考え込んだ。
「──
「そのようですね。一定周期で各地点に出没しています」
予想を彼が口にするとラピが頷く。その予想にはルドミラも同意するらしく、曰く「巡礼者は北部で
交戦の影響もあるのか大きな穴が空いてしまった天井へ向けて紫煙を吐き出せば、外へと流れて行った。
「…そしてちょうど…右下…一番端よ。そこに現れる時期が近いわ。運が良ければ会えるかもね。しもべ、次の写真を」
ルドミラが肘掛けにしていた肩から腕を退けるとムーアは椅子を回転させ、再びキーをタップし、次の写真を液晶スクリーンへ出力する。
軋む椅子を回転させ、スクリーンへと向き直る。
若干、画像は荒いがそこに映し出されたのは副司令官室で見せられたピルグリムだという写真よりも鮮明なそれだ。
白雪のような、或いは銀糸の如き髪を靡かせた少女の姿のニケ──
「──コードネームは
お兄ちゃん
「──ッ!?…ハッ…ハァ…!」
──頭蓋の内で酷い痛みが駆け抜ける。彼は思わず額を押さえ、銜えていた煙草が紫煙の尾を引きつつ床へ転がった。
「──しもべ?」
最も近い位置にいたルドミラが彼の異変を真っ先に捉え、額を押さえながら脂汗を流すムーアの肩へ手を伸ばす。
「指揮官?どうかなさいましたか?」
「……いや、大丈夫だ。疲れが出たらしい」
痛みが徐々に治まる中、駆け寄ろうとするラピを彼は片手を上げて制した。額に浮かんだ脂汗をグローブの甲で拭い、床へ落ちた煙草を拾い上げて銜えると紫煙を燻らせた。
「…朝飯しか食ってない上に強行軍だったからな」
「あ〜それは良くないね」
「そうですよ。私達と違って師匠はきちんと一日に三食は食べないと」
「…善処する」
不精なのは今更だが、と言わんばかりにアニスとネオンが口を挟む。それへムーアは肩を竦めるだけで返答に代える。
そっと再びスクリーンに映るピルグリム──スノーホワイトの写真を見詰める。今度は頭痛は起きなかった。
「…ラピ。情報を端末に移してくれ」
「分かりました。休息を取ったら出発しましょう」
「しもべ、付いてきなさい。ここは天井に穴が空いているから休息には向かないわ」
「…換気扇要らずで俺は嬉しいがな」
それだけ軽口が叩けるなら大丈夫だろう。デスクトップが置かれたテーブルへ立て掛けていた突撃銃や背嚢、そして銃口に引っ掛けていたヘルメットを拾い上げたムーアを眺めるルドミラは彼の状態を再確認すると休息に向いた部屋へ案内する。
先程の通気性抜群の部屋からあまり離れてはいない部屋へ通されると、そこには一応の家具が一通りは揃っていた。
「ここで休みなさい」
「…感謝する。ひとつ聞いても?」
「なに?」
「あれだけの情報を収集していた、となると…長いことピルグリムを追跡していたようだが…何故だ?」
彼女は基地内部にピルグリムへ関する情報は保管されていると語っていた。確かにその通りではあったが──予想に反して彼の想定以上の収穫である。
「ふぅん。それが気になるのね?」
「純粋な疑問だろう」
「…理由はふたつよ」
鋭い瞳に見下される形となったルドミラは諦め混じりの溜め息を吐き出すと片手の指を二本立てた。
「
「…済まん。要領を得ない」
無精髭が僅かに口周りと顎へ生えたムーアが首を傾げる。
その姿を見たルドミラは僅かに口角を緩める。敢えてそのような返答を選んだ甲斐があるというものだ。
「──詳しいことは……しもべが私と
ムーアの無精髭が生えた顎へ立てた二本の指先を這わせながらルドミラは意味ありげに告げると踵を返して部屋を出て行く。
それを見送ると彼は備え付けの机上で突撃銃や擲弾発射器を手早く分解し、整備と点検を始めた。
オイルを浸したウエスで部品を磨き上げると、だいぶ汚れていることが分かった。整備も無しに撃ち続けたのが原因だろう。良くもまぁこの極寒の土地で不発が起きなかったモノだ。
銃身内もクリーニングロッドを通してこびり付いた弾頭の被覆のカスや燃焼ガスの残滓を拭い取る。本来なら数日掛けて整備しなければならないが、この状況では仕方ない。
ひとまず整備を終え、結合も手早く済ませると元通りに組み上げた。使用はしていないが拳銃にも念の為にオイルを軽く差して全体の整備を終わらせる。
背嚢の中から戦闘糧食を引き摺り出し、約15時間ぶりのカロリー摂取となる。
無感情の表情のままエナジーバーを咀嚼しながら彼はダンプポーチへ投げ込んでいた空弾倉を机上に積み上げ、弾薬を詰め始める。バリバリとエナジーバーを咀嚼する音、そしてガチャガチャと弾薬を弾倉へ詰め込む音が室内に響き渡った。
本来なら寒冷地用の戦闘糧食はヒートパックで加熱して喫食するのが望ましいそうだが、生憎と時間がない。
冷えて固まったままのクラムチャウダーのパウチの封を切り、合成樹脂製のスプーンで口腔へ掻き込んだ。可もなく不可もなし。そのような味である。
食事の最中に弾薬の装填を済ませ、纏ったボディアーマーの
川に落ちた際に濡れた防寒戦闘服を乾かそうと彼が腰を上げ、部屋の隅へパラコードを張り、そこへ濡れた服を掛けていた時、扉が開いて彼女達が入ってきた。
「早っ!もうご飯食べたの?」
「…安心しろ。クッキーは残してる」
片付けを済ませていない机上に残った糧食の残骸を見てアニスは開口一番にクッキーへありつけなかったかと危惧するが、彼はしっかり残していた。
服をパラコードへ掛け終わると、あまり好みの味ではないそれをムーアは彼女へ投げ渡した。
大判のクッキーが入ったパウチを開け、二つに割ったそれをネオンと分けて口へ運ぶアニスを横目にムーアは机上の片付けを済ませるとヘルメットを被る。
まずは突撃銃の空撃ちを確認。続けて弾倉を叩き込むと背嚢を引っ提げて扉からは死角となる部屋の隅へ移動し、そこへ腰を下ろした。
スリングベルトを首と右の脇下へ通して銃口を床下へ向けるとヘルメットを僅かに動かして目元を隠す。
「…少し寝る」
「──アリス。しもべの隣にいて上げなさい」
「はい、女王様!あ、暖かくしてあげるんですね?」
ルドミラが頷くとアリスはウサギのように飛び跳ねながら床の上へ腰掛けて脚を伸ばし、背中を壁に預ける格好となった彼へ近付くと、隣へ腰を下ろす。
「…発熱スーツ?」
「いや、冷却スーツなのよ。どういう訳かアリスの体温は異常に高くてね。あのスーツで体温を抑えているのよ」
「──えへへ。ウサギさん。暖かいですか?」
ラピがルドミラへ尋ねる中、傍らへ座ったアリスの問い掛けにムーアは無言のまま軽く頷きを返した。
「…疲れ過ぎると逆に眠れないから。そういう時はアリスの体温がとても役に立つの──眠ったようね」
一見すると力尽きた死体のような格好のまま眠りに落ちた様子をルドミラは捉えた。良くあんな格好で眠れるものだ、と感心半分、呆れ半分の溜め息が漏れ出る。
やがてアリスも彼の肩へ頭を預けて眠りに落ちるとルドミラは改めて彼女達へ視線を向けた。
「今日はありがとう。助かったわ。…しもべ──彼とは今回が初めての作戦?」
「いや…」
仲は良さそうだが慣例に従っての作戦だろうとルドミラは勘違いしたまま問い掛ける。それにどう説明したものかとラピは口籠るが、結局は素直に答える他なかった。
「──はぁ?…連続で指揮を?しかも士官学校を卒業したのが最近…?」
「そうそう。うん…と…1ヶ月と少し前かな。2ヶ月は経ってない…よね?」
「えぇ」
一番付き合いの長いラピとアニスが頷き合う。
「…あの右脚の外骨格…しもべは
「…正確には指揮官が自ら切り落とした、が正しいわ」
「…本当に士官学校を卒業したのは最近?」
間違いないかと重ねてルドミラは尋ねるが、彼女達は頷きを返すだけである。
「……妙ね」
それにしては
経歴と実際の姿がこうも合致しない人間と会うのは──そう多くの指揮官を知っている訳ではないルドミラだが、初めての経験だ。
ふと数時間前に頭上から降ってきた氷塊に近い雪塊へ押し潰され掛けた際の出来事が彼女の脳裏へ浮かぶ。
──大丈夫か!?
続けて彼の声と姿が再生された。
代替可能の兵器である筈のニケを助ける指揮官など聞いた記憶がない。
なんと無茶で無鉄砲な真似をしたのだろうか。
そう考える一方で──
「──ッ…」
胸に抱かれた際の彼の体温を思い出した彼女の頬へ僅かに赤が差した。
チョロインすぎる…でしょうかね(解釈違いだったら申し訳ありませんm(_ _)m
とはいえ、このナチュラルに対ニケ特効持ちの指揮官さぁ……無自覚にとはいえルドミラの胸を押し付けられてなにも反応しないってタマ○しなんじゃ…(風評被害