勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
「──人間。お前は右へ行け」
「──分かった。俺は囮だな」
スノーホワイトはニケである。ラプチャーによる1次侵攻から今日に至るまで地上で戦い続けてきたニケ──ピルグリムだ。
彼女は既に何度か思考転換を経験し、過去の記憶はほぼ残っていない。1次侵攻時、敗走を続ける人類の中から
そのはずなのに──彼女は横目でプロテクター越しに投げ渡した突撃銃を携えながら駆け出した上半身裸という自殺志願者さながらの格好をした青年を見遣る。
ニケである彼女の存在理由はラプチャー達の絶滅、ひいては人類へ地上を返すこと。その中には人類を守ることが含まれている筈なのに──スノーホワイトは直接、顔を合わせたばかりの青年を
自然とそうしなければならない、という無意識からだったが今更ながら何故そのような思考へ至ったのか彼女も分からなかった。
とはいえ──
「──懐かしいな…」
青年が右へ駆け出しながらトーカティブへ向けて銃撃を加える。その銃声を聞きながら彼女は刹那の懐古に浸る。
何が懐かしいのかスノーホワイト本人も口から出た言葉の意味を捉えかねてしまう。
しかし、かつての仲間から聞かされた話を継ぎ接ぎにして再構築した記憶という名を借りた知識の中に
「──セブンスドワーフ、レディ」
身の丈に合わない白く長大な狙撃銃を構え、狙いを定める。
青年は彼女の意図を察しているのかいないのか。トーカティブの脚部を集中的に銃撃を加えて機動力を削ごうとしている。
「
「解剖学の被検体になった気分はどうだ!?」
歩行に必要な腱を銃弾で切り裂く──ただでさえ体格に反して細い脚部だ。少しでも傷付けば自重も相俟って姿勢を崩す。
無論、修復はただち行われるだろう。
だが──
「──貫け」
──数秒もあれば彼女にとっては充分過ぎた。
立て続けに数回とはいえ、風穴を胴体へ穿たれては修復機能が追い付かない。脊髄に当たる部位も損傷し、身動きが取れなくなるとトーカティブへスノーホワイト、そして彼による攻撃が集中した。
飛び散った肉片や黒々とした
「──…けて…!」
「人間、下がれ。私はあいつに話がある」
「生憎と俺もこの
金眼を細めるスノーホワイトが青年を見上げる。馬鹿を言うな、と返したいが彼が先に握った片手を出して来ると彼女も渋々ながら片手を突き出した。
握った拳を上下へ振るい、やがてそれぞれの
「…先にどうぞ」
青年──ムーアが引き下がり、逆にスノーホワイトが前へ進み出た。
「…やっと捕まえた。貴様に聞きたいことが山ほどある」
「──助け…て…!」
眼前まで迫った彼女に慄いてかトーカティブが靡く白銀の髪を見上げる。
「…命乞いか。哀れな異形の獣よ。如何なる理由でこの世に生まれ、それほどに悲しく鳴くのか」
歌うように口ずさむのは異形とはいえ、これから死に逝く者への手向けの鎮魂歌か。
しかし──様子がおかしい。
背後へ控えているムーアが借り受けたばかりの突撃銃の引き金へ指を乗せながら銃口をトーカティブへ向けた。
「──助け…て…くだ…さ…い!」
「…醜いな」
「──女…王…様…!!」
トーカティブが発した言葉にスノーホワイトは即応する。
彼女が大きく飛び退いた瞬間──薄暗い空へ
その亀裂から差し込む混沌とした色彩の光へ照らされながら黒々とした、そして禍々しい姿の巨大なラプチャーらしき影が舞い降りて来る。
ムーアの目にはSF物のコンテンツに登場するロボットにすら見えるそれからは外見以上に──気配と言えば良いのだろうか。
負の感情を煮詰めたかのような人類へ対しての
そのロボットの如きラプチャーの頭部付近へ設けられた扉が不意に開いたかと思えば、そこからフワリと飛び降りる人影がある。
静かに雪上へ降り立った人影は明らかに女性の姿と形をしていた。おそらくはニケ──しかしラプチャーに搭乗し、操縦もしているのだろう彼女はムーアが良く知るニケ達とは似ても似つかない。
彼も身に着けている右脚の外骨格と似た代物なのだろうか。黒いそれを肩や脚、腕に纏わせた上に目元をプロテクターで隠したニケが灰色に近い長髪を靡かせつつトーカティブへ歩み寄る。
「──トーカティブ…可哀想に…。安心して下さい。私が助けてあげます」
穏やかな口調で発せられた声が彼の耳朶を打つ。その声音に引き金へ乗せる右手の人差し指がピクリと反応する。
聞き覚えがある声だった。
──いや、そんな筈はない。
脳裏に過ぎった考えを切り捨てたムーアが改めて銃口を正体不明のニケへ向けながら引き金へ人差し指を乗せた。
「──あなた達ですか?私の仲間を傷付けたのは?」
銃口を向けたのは正体不明のニケの眉間が隠れているだろうプロテクター。狙いを付けた顔にある形の良い唇が紡ぐ声音は聞き覚えがあるのではなく
「…ヘレティック」
「…
「クイーンの直属…異端…人類を切り捨てた裏切り者…ラプチャーを選んだニケ…!!」
スノーホワイトへ問い掛けると彼女が怨嗟を籠めた声を彼へ返した。
その声が届いていたようで眼前のニケは溜め息混じりに首を左右へ振りながら彼等を見据える。
「──…呼び方が多すぎますねぇ。
やはり声だけが似ているようだ。名前は彼が知るそれではない。安堵しながらムーアの引き金へ乗せる指へ力が籠もる。その隣でスノーホワイトも長大な狙撃銃を構え、彼と同じく視線の先にいるニケ──モダニアへ銃口を向ける。
「今日はついているな。クイーンにまた一歩近付けた!」
「トーカティブのことを考えると…あなた達にはここで死んで貰いたいですが…」
向けられる2挺の銃口へ──スノーホワイトが携行する他の武装も目標へ向けて狙いを定め始めようとするが怯みもしないモダニアはおもむろに傍らへ横目を向けた。修復が間に合わず、損傷箇所から黒々とした体液を雪上へ垂れ流すトーカティブの姿がそこにはある。
「──大切な仲間の為にも、今回はここで引き下がります。……その顔…ちゃんと覚えておきますね」
美人に顔を覚えて貰うのは光栄だが、と普段の彼であれば皮肉を返しそうなものだがこの状況である。唇を真一文字に結びつつ銃口を向け続けるしかない。
「逃がすと思うか!!」
「──あなた達の相手は私ではありません」
慇懃な口調のままモダニアが亀裂が走る空を見上げる。すると亀裂の中から現れたロード級のラプチャーの群れが降り立ち、彼等の前へ立ち塞がる。
「皆さん、お願いしますね。さぁトーカティブ。動けますか?」
「先に退け!」
赤い単眼が呼応するかの如く一斉に点灯した姿を認めたスノーホワイトが彼へ退くよう促し、再び戦闘の口火を切る。狙撃銃の銃口をラプチャーへ向けて引き金を引けば閃光が走った。
促されるままムーアも転がっていた背嚢を掴んで駆け出し、後退を済ませると立ち止まって振り向いた。突撃銃を構え、交戦中のスノーホワイトが各種の武装で攻撃するラプチャーの群れへ向けて引き金を引く。たちまち空となった弾倉を交換し、彼女にも退くよう告げる。
援護を受けてスノーホワイトが引き下がる最中、モダニアが巨大なロボット──或いは機体へフワリと飛び乗り、這々の体で逃亡するトーカティブへ付き添いながら何処かへ飛び去る姿がある。
「くそっ!逃したか!!」
舌打ちをしながら彼の隣まで退いたスノーホワイトが飛び去る機影を見上げるも直ぐに銃口をラプチャーへ向ける。
まずは脅威となる敵を殲滅する方が先であった。
やがて敵機が全て黒煙を上げながら雪上へ倒れ伏し、二度と動かなくなったと認めたスノーホワイトが駆け出した。
「──良し…痕跡は続いているな」
「
「あぁ──…何故、まだいる。お前は帰れ」
「…帰れ、と言われてもな」
スノーホワイトが足跡を発見し、それを追跡しようとしたが彼の姿を認めると金眼を細くして睨むような格好のまま何処かへ失せるよう口にした。ムーアとしても是非ともそうしたいのは山々だ。
しかしこの極寒の地で身一つ。ラプチャーが跋扈する地上に置き去りにされては彼であっても半日以上、生きていられる自信がない。むしろ半日は生きていられる自信がある方が凄まじいのかもしれないが。
「お前は役に立たない、早く帰れ」
「役には立っただろう?少なくとも
肩を竦めながら、ムーアは借り受けた突撃銃を彼女へ差し出す。本当に帰らせたいなら、さっさと受け取れ。そう言わんばかりの態度だ。
その姿に腹が立つが──仮にこの男から目を離して先へ進めば驚くほど
それもあってかスノーホワイトは舌打ちを一発かました。
「ペースは私が決める!勝手に付いて来い!」
「分かった。遅れないようにしよう」
差し出された突撃銃を押し返しながら彼女はもう一本の予備弾倉を彼へ投げ付ける。むしゃくしゃするから顔を目掛けて投じてやったが、あっさりとそれを掴まれた。
足跡が続く方角を見定める彼女が駆け出す前にムーアは背嚢から取り出した今朝方にやっと乾いたばかりの防寒戦闘服の上着へ袖を通す。数時間ぶりに人間らしい格好となった。
やがて足跡を辿って走り始めたスノーホワイトに遅れながらもムーアは後を追う。
自分達とは異なり、いくらニケ用の火器を扱えても所詮は人間だ。直ぐに体力が切れ、付いてくるのを諦めるだろう──彼女はそう考えながら走り続けた。
走るペースも彼女の中では速い方のまま後続を気にすることなく駆け続けたというのに──まだ彼は付いて来ていた。
流石に体力の消耗もあるのか白い息を頻りに吐き出しながら、トーカティブから取り返したばかりの重たい背嚢を担ぎ、そしてスノーホワイトの突撃銃を携えながらという条件のまま彼は尚も彼女の後を追い掛けていた。
呆れれば良いのか。それとも驚愕すれば良いのか。スノーホワイトも反応に困ってしまう。
同時に彼女を困らせているのは次第に強くなる吹雪だ。このままでは足跡が雪へ埋もれてしまい追跡が困難となる。
息を乱しながら数十mは離されていたムーアがやっと彼女へ追い付く。
「──疲れたか?」
「…いや、大丈夫だ。ペースは変えずに進んでくれ。勝手に付いて行く」
明らかに疲労困憊だろう。彼女がトーカティブに連行されている姿を認めた時から既にムーアは上半身に何も纏っていなかった。
寒さによる体力の消耗、その上で人間にとっては全力疾走に近い速度で既に5kmは走ったか。
ムーアの額から汗の雫が落ちるのを彼女が視線で追うと──左手の異変を捉えた。
所々に朱い斑点が浮かび上がり、特に指先の色は黒く変色している。
凍傷──そして指先は組織凍結による黒色壊死が始まったことを示していた。
「──ちっ…」
思わず舌打ちを一発。それほどボロボロになっても強情を張るとは、呆れるしかない。部下であろうニケ達に同情すら浮かんだ。
「…少し休もう」
「気を遣わなくて良い」
「いや、休む。──私も整備が必要だ」
──こうでも言わなければこの男は絶対に立ち止まらないだろう。
初対面である筈なのにスノーホワイトは彼の為人が手に取るように分かってしまった。
モダニアの声を最初聞いた時「…まさか…脚本家…テメェ、この野郎、テメェ…!これが…救済ルートだとでも言うつもりか!?また彼女に銃口を向けろと言うのか!!?」となった指揮官は私です。