勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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痛みと苦しみとは、多くの知性と深い心情の持ち主には、常に避けられぬものである。

─フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー─


第8話 ※微グロ注意

 

 

 

 数時間に及んだ追跡が遂に実を結ぶ。

 

 吹雪で消えかけていた足跡を追い続け、丘を越えようとしたスノーホワイトとムーアの視線の先に嫌でも目立つ2体の異形の巨躯の姿がある。

 

「──見付けた。ヘレティックとトーカティブだ」

 

「…トーカティブ(お喋り野郎)を修復してるのか?」

 

「おそらくは。仲間思いな奴等だな」

 

 丘を越える寸前に発見したのが幸いした。こちらの姿が暴露する前にその場へ伏せ、状況の偵察を行うと視線の先ではトーカティブの周囲へ集まった多数のラプチャーが火花を散らしている。

 

 さながら溶接の作業でもしているかのようだ、と率直な感想が内心で漏らしながら背嚢を下ろすムーアの左側でスノーホワイトが長大な狙撃銃を構えた。安全装置を外す音を僅かに立てた彼女が照準器を覗き込みながら左目を彼へ向ける。

 

「狙撃してから一気に畳み掛ける。お前は隠れ──」

 

「──何故、分かってくれないんですかぁ?」

 

 突如、背後から響いた()()に似ている声。それが耳朶を打つと彼は、そしてスノーホワイトは反射的に借り受けた突撃銃の、狙撃銃の銃口を向けながら仰向けとなった。

 

 いつの間にこれほど接近されたのだ。気配すら感じなかった。

 

 冷や汗が背中へ流れるも彼は背後へ現れたヘレティック──腰の辺りから左右へ伸びた機械的な翼を広げて浮遊するモダニアに向けた銃口を外さない。

 

「──折角、見逃してあげたのに…特に貴女を逃したのは私の慈悲だったのに…この世界を寂しく彷徨う、その悲しい限りの運命に送る同情だったのに…」

 

「──黙れ」

 

 金眼を目一杯開くスノーホワイトが引き金へ乗せた指を引き絞る。

 

 彼女に()()の類は禁句だ。それを知ってか知らずかヘレティックがスノーホワイトの神経を逆撫でする言葉を続ける。

 

「あ、そういうことですね。貴女はその悲しい運命に嫌気が差したのですね?だから私を捜した。その運命を終わらせたく──」

 

 その言葉を最後まで語らせなかったのは突撃銃の銃声だ。

 

 短連射で3発の射撃。その銃声が朗々と響き渡るのだが──放った銃弾がモダニアに命中することはなかった。

 

「──弾が逸れた…磁場か!?」

 

「──あらぁ…驚きました。いきなり撃ってくるなんてマナーがなっていませんね」

 

「──大目に見てくれお嬢さん。育ちが悪いんだ。それと()()と良く似た声であまり喋ってくれるな。イライラしてくる」

 

 左目の瞳孔を開きながらムーアが再び引き金を引く。銃口から発射炎を上げ、銃弾を叩き込み続けるもモダニアへは1発も掠りはしなかった。

 

「あらあら。…仕方ありませんね。そんなにお望みなら──」

 

 溜め息を吐きながらモダニアがプロテクター越しに彼を見据える。機械の翼が更に広がり、ムーアへ向けて突進しようとした瞬間、スノーホワイトが構える狙撃銃へ装填する弾種を変え、銃口から実弾を発砲する。

 

 しかしその実弾も何らかの装置で形成された磁場の影響かモダニアへ弾着する前に炸裂してしまう。

 

「おい!お前の相手は私だ!」

 

「ふふっ、そうでしたね」

 

 自身にヘレティックの攻撃を集中させようとするスノーホワイトの意図は成功した。ムーアから視線を彼女へ移したモダニアが一瞬の内にスノーホワイトの眼前へ移動したかと思いきや、その腰から生えた翼が小柄な身体を捉えて投げ飛ばした。

 

 十数mは投げ飛ばされただろうスノーホワイトが雪原へ背中から打ち付けられ、呻き声を上げるのを眺めながらモダニアが近付くと翼で彼女を抱え上げる。

 

「痛覚センサーも故障したんですか?本当に可哀想。──貴女が人類の為に献身した時間に敬意を表して、最大の苦痛と共に殺してあげます」

 

 優しい声音でモダニアは語り掛けると、腰の左右から伸びた翼を交互に使ってスノーホワイトを痛め付け始める。言葉通りに実行するのだろう。

 

 彼女の四肢を引き千切り、血液(触媒)を溢れさせ、苦悶に満ちた表情を浮かべさせながら死に至らせる。最後は脳すら取り出して弄んだ後に潰す気なのかもしれない。

 

 間もなく訪れるだろう白銀の髪が赤く染まる光景を想像してかモダニアが高々と哄笑を奏で上げる。あまりにも淑女らしからぬ仕草に自身でも気付いたのか眼前の彼女へ向かって申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「──あぁ、ごめんなさい。下品な笑い方でしたね。どうです?耐えられそうですか?」

 

 仕切り直しと言わんばかりにモダニアが翼を振るい、スノーホワイトの顔面を殴り付けると彼女の鼻の奥から、そして口内も切れたのか赤い触媒が滴り落ちる。

 

 しかしスノーホワイトは全く怯む様子もなく口角を緩く釣り上げて眼下のモダニアへ告げた。

 

「──下が…痒いな…!ちょっと掻いてくれるか…?」

 

 その申し出にモダニアは笑みを浮かべて了承する。お望み通りに、と見た目以上の伸縮性を持った翼を絡め、ギリギリとスノーホワイトの脚を切り取らんばかりに収縮させる。

 

 肌が裂け、今にもフレームが歪んで砕け散りそうな痛みが走る中──赤い触媒で視界が滲み出したスノーホワイトは捉えた。

 

「──あまり素敵な趣味とは言えないな」

 

 撃ち切った突撃銃を投げ捨て、拳銃を引き抜いたムーアがモダニアの背後へ立ち、後頭部へ銃口を向けた瞬間、引き金が引かれる。

 

 ──至近距離からの1発は避けられまい。

 

 撃鉄が落ちる瞬間、ムーアはそう考えたがモダニアの反射神経は予想の上を行っていた。

 

 撃針が雷管を叩くか否か──その一瞬の隙にスノーホワイトを投げ捨てて彼へ振り向いたのだ。

 

 確かにモダニアへ放った45口径の弾頭は逸れなかったが、目元を覆うプロテクターへ命中するに留まってしまう。

 

「あらあら、いつの間に。ダメじゃないですか。女性を背後から襲うなんて」

 

 先程までスノーホワイトをいたぶっていた翼が彼へ向けられる。左側から横殴りのように振るわれた一閃をムーアは反射的に左腕を上げて防御した。その瞬間──鈍い音を立てて左腕の前腕があらぬ方向へ折れ曲がった。

 

 激痛が走るも左腕一本で済む内に後退する。目と鼻の先を翼の先端が掠める中、彼は右手に握った拳銃を発砲しようとするが、それよりも先にモダニアの蹴りが振るわれる。

 

 爪先が左側から飛んで来るとムーアも外骨格で覆われた右脚を振り上げた。互いの左右の脚が衝突し、まさかの反撃にモダニアが驚いた反応を見せる。

 

「あら…」

 

 ならばと右側の翼を振るえば今度こそ彼を捉え、長身の身体が宙へ舞う。

 

 衝撃で吹き飛ばされ、雪上へ転がった彼の隣へ降り立ったモダニアは脚を上げるとムーアの頬を踏み付けた。

 

「──人間にしては凄いですね。ビックリしちゃいました。でも惜しかったですね」

 

 次第に踏み付ける力が強くなる。

 

 同時に頭蓋骨が軋みを上げ始めた。熟れた果実のように踏み潰される未来が見え始めた時──

 

「──あら?聞こえますか?あの遠吠え」

 

 ──モダニアが聞き付けたオオカミの遠吠え。痛みが走る中、確かに彼の耳朶にも届いた。

 

「──直にお腹を空かせたオオカミ達が来ますよ。餌になっちゃいますね」

 

「…ははは…」

 

「ん?どうしました?」

 

 不意に笑い始めた彼へモダニアが首を傾げながら問い掛ける。死を間際にして気でも触れたのだろうか。

 

「──良い子だ」

 

 彼は右手に握ったままだった拳銃を頭上へ──モダニアの頭部を目掛けて銃口を向けると立て続けに引き金を引いた。

 

 その内の2発が彼女のプロテクターへ命中するも僅かな亀裂を生じさせるだけである。

 

 拳銃が弾切れとなったことを知らせるホールドオープンの状態となった直後、ムーアは足蹴にされながらモダニアへ視線を向ける。

 

 同時に痛め付けられていた拘束から解かれたばかりのスノーホワイトも咳き込みながらモダニアへ金眼を向ける。

 

 濃い茶色と金色の瞳が向けられ、双方の口角が緩く釣り上がり、不思議と良く似た笑みを形作った。

 

「「──後ろ、気を付けろ」」

 

 何を、とモダニアが問い掛ける寸前、背中へ衝撃が走る。被弾したことを察知した瞬間、足蹴にしていた彼から飛び退いたモダニアは不思議そうに小首を傾げる。

 

 何処から撃たれたのか、とモダニアが背後へ視線を向けると──駆け寄ってくる3体の人影、そして先頭を駆ける6頭の獣の姿を捉えた。

 

 瞬く間に6頭の獣、オオカミ達がムーアを護るようにモダニアの眼前へ立ち塞がると鼻先へ皺を寄せながら唸りを上げる。金眼が爛々と煌めき、明らかな敵意を剥き出しにしていた。

 

「──指揮官!遅くなり申し訳ありません!」

 

「──指揮官様…ッ!?」

 

「──し、師匠…!」

 

 滑り込んできた部下達──ラピとアニス、そしてネオンの姿を彼も捉えると身体を起こして腰を上げる。折れてしまった左腕を力なく揺らす様子を真っ先に認めたアニスが息を飲みながらサングラスをムーアへ掛けてやり、続いてネオンも手伝ってボディアーマーを纏わせた。

 

「…来てくれると信じてた…ラピ、銃をくれ」

 

「ですが…分かりました」

 

 既に左腕が折れているというのに戦意が全く消えていない彼が、ラピの肩から吊るされている自身の突撃銃を見付けると手渡すよう促した。

 

 物申したくはあったが、頷いたラピがムーアへ突撃銃を手渡す。それを受け取った彼がしゃがみ込み、膝裏へ突撃銃を挟みながらボディアーマーのポーチへ刺さっている弾倉を取り出して叩き込んだ。

 

「指揮官様、あいつらなんなの?まさか…ピルグリムとヘレティック?」

 

「あぁ。説明が不要で嬉しい限りだ」

 

「へぇ…伝説の存在が一堂に会するなんてどういうこと?」

 

「日頃の行い、だろうな」

 

 難しい言葉を知っているな、とも同時に考えるあたりムーアに精神的な余裕が戻ってきたらしい。自前の突撃銃へ初弾を装填した彼が右手のみで持ち上げ、広げた翼で飛翔し、あのロボットのような機体へ向かうモダニアの背中へ狙いを定め続ける。

 

「指揮官、御命令を」

 

「直ぐにヘレティックが攻撃を仕掛けてくるだろう。スノーホワイト…彼女と協力してヘレティックと交戦する」

 

「了解しました」

 

「…スノーホワイト。戦えるか?」

 

「──勿論だ」

 

 問い掛けるよりも先に狙撃銃を拾い上げたスノーホワイトが進み出ながら口元を腕で拭い、口内へ溜まっていた赤い触媒を吐き捨てつつ頷く。

 

「──エンカウンター!」

 

 ラピが交戦開始の宣言を発した直後、モダニアが乗り込んだ巨大な機体が鋭い機動で接近して来る。

 

 それと同時に2条の黄色の光線が放たれ、全員が反射的に飛び退き、高熱源なのだろう光線が雪原を溶かして雪を蒸発させる。あれを喰らったらひとたまりもない。

 

「──固まるな!散開しろ!良い的になる!お前達は逃げろ!!」

 

 彼がオオカミ達へ退避を促すとそれに従って6頭が駆け出した。

 

 そしてムーアの命令に分隊が了解を返し、それぞれがバラバラとなって移動しつつ巨大な機体へ攻撃を始める。

 

 ラピとムーアの突撃銃が、アニスの擲弾発射器が、そしてネオンの散弾銃が唸りを上げて機体へ銃弾と擲弾を撃ち込む中、スノーホワイトの構える狙撃銃の銃口の奥が光り始める。

 

「──セブンスドワーフ、フルアクティブ」

 

 充填を開始し、照準器を覗き込む彼女がレティクルへ機体を捉え続ける。一撃で勝負を決める腹積もりのようだ。

 

 それを察したのかモダニアが操る機体の両肩へ据えられた発射器が開口し、続けて何発もミサイルが撃ち出される。

 

 いよいよSFめいた戦闘になってきた、と彼は内心で考えながら痛みを走らせる左腕へ構うことなくミサイルが音速へ達する前に撃墜しようと銃口を向けた。

 

 狙いを付けるもほぼ勘だ。或いは勘という名の見越し射撃だろうか。

 

 叩き込んだ弾倉の残弾をあっという間に撃ち切ってしまうが、その甲斐もあってか直撃を受けた1発が空中で撃墜される。撃墜の際に生じた爆発に巻き込まれる形でもう1発も撃ち落とした。

 

 だが他にも迫りくるミサイルが5発残っている。

 

「──お任せ下さい!」

 

 師匠が撃ち漏らした分は弟子が片付ける。そう言わんばかりにネオンが散弾銃を構え、大粒のペリットを撒き散らす散弾を空中へ向けて何発も撃ち上げる。その弾幕に突っ込んだのか、たちまち紅蓮の花が空中へいくつも咲き乱れた。

 

「やりました!」

 

「良くやった!分隊、両肩の発射器に集中砲火!」

 

 攻撃する部位を示した彼の命令に反応し、分隊の全火力が集中する。

 

 大口径の銃弾や擲弾、そして散弾も喰らったミサイル発射器が破壊されて爆発を起こすと機体が大きく揺れ動く。

 

 しかしそれで怯む筈もない。不意に機体の両腕──にも見える砲身が持ち上がると砲口が黄色く光った。

 

 ──マズい。

 

「──避けろ!!」

 

 先程の光線が来る。

 

 警告をムーアが発した直後、2条の光線が再び放たれた。

 

 両腕の砲身を交差させるように機体が動き、広範囲に渡って光線が雪原を融解させる中、スノーホワイトが短く呟く。

 

「──貫け」

 

 狙撃銃の銃口から一直線に伸びる光線が巨大な機体へ迫る。回避が間に合わず、直撃を受けた機体が爆発を起こして大きく動揺を見せながらも砲身からは光線を放ち続けた。

 

 ──不運とは思いもよらない時に起こるものだ。

 

 その光線から逃れようとムーアも反射的に飛び退いた。しかし──折れ曲がった左腕は脳からの信号を拒絶しているのか動きに遅れてしまう。

 

 光線の縁の奥へ左腕が飲まれた瞬間、まずムーアは肌が灼かれる痛みを感じた。

 

 刹那にも満たない瞬間だっただろう。

 

 しかし彼は視界の端で確かに捉えていた。

 

 戦闘服の袖と嵌めていたグローブ、腕時計がまず燃え尽きて灰となり、続けて露出した左腕の上腕の半ばまでがあっという間に()()した。

 

 肌が黒く炭化し、皮膚の下にあった筋肉の繊維をも灼き尽くす。瞬く間にそれすらも消失し、白い骨格が白日の下に晒される。

 

 その骨すらも粉々となり、光線に連れ去られた光景を目撃しながら彼は雪上へ無様に転がった。

 

「ッ──!!……ぐっ……!!」

 

 左腕がほぼそっくり灼かれ、存在を消失させてしまった。激痛という言葉さえも表現には適さない痛みが身体へ発生した異常事態を全身に伝える。

 

 のたうち回る程、絶叫を奏でたい程のそれだが、彼は奥歯をこれでもかと食い縛って耐える。

 

 ここで絶叫を上げれば彼女達の意識は敵から自身へ移ってしまう。そうなれば攻撃の手が緩む。

 

 それだけは出来ない。

 

 光線によって灼かれた切断面がブスブスと鈍く黒煙を上げ、肉と脂、血が沸騰して焼ける鼻を突く異臭を放つ中、ムーアの左目が痛みのあまり充血する。

 

 それでも絶叫だけは決して上げなかった。

 

 スノーホワイトの一撃を喰らった機体が唐突に機動を止め、頭部と思しき部分に設けられた扉が開くとそこからフワリと飛び降りる人影を全員の瞳が捉えた。

 

「──おかしいですね。性能にしろ、何にしろ…どう見ても私の方が優位なのは確かなのですが。…何故、互角になるのでしょうか…」

 

 モダニアが雪を踏み締めながら歩み寄って来る。機体が破損した為、自らが相手になるということか。

 

 彼女達の銃口が向けられる中、彼も痛みに苛まれつつも突撃銃を構える。

 

 今度はこちらが先手を打つ。ムーアが引き金を引き、発砲しようとするが──ガチンと撃鉄が落ちたにも関わらず不発が起きた。

 

 首へ通していたスリングベルトと胸へ付けた突撃銃の床尾を支えにして直ちに故障排除の手順を踏むのだが─その不良弾が排出されると手持ちの弾薬はゼロだ。彼は邪魔な突撃銃をスリングベルトで首から下げながら腰のベルトへ挟み込んでいた拳銃を引き抜く。

 

 空の弾倉を雪上へ落とすと拳銃を銜え、ポケットから取り出した予備弾倉を挿入口へ手探りで叩き込む。銜えたままの拳銃を掴んでスライドを引いて薬室に初弾を送り込んだ。

 

 その拳銃を右手のみで構えながら正気を失いかねない程の痛みが走り、バランスも取り難くなった身体へ鞭打って前へ進み出ると──彼女達も彼の身に何が起こったのかやっと気が付いたらしく、それぞれの目を丸くしながらムーアを引き止める。

 

「指揮官!退がって下さい!」

 

 ラピも出血こそ認められないが左腕のほとんどを失った彼へ退くよう促すが、ムーアは拳銃を構えたまま身動ぎしなかった。

 

「人間にしておくには勿体ないです。その勇ましさに敬意を表して私が直々に──ん?…プロテクターが…」

 

 ムーアが照星と照門で狙いを付けるモダニアの眉間が隠されているだろうプロテクターへ亀裂が生じ始める。音を立ててそれが砕け落ちると──

 

「──ッ!」

 

 ムーアが握る拳銃に動揺が走った。濃い茶色の両目を見開き、砕けたプロテクターが邪魔なのか破片を払い除けるモダニアの露わとなった素顔へ視線を向ける。

 

 ──脳裏に駆け巡ったのは()()()の出来事だ。

 

 ()()が見せた笑顔が、包帯を巻いて欲しいと頻りに願う姿が、そして──最期の瞬間、彼が構える拳銃の引き金へ乗せる指へそっと添えられた細い指先の感触が蘇った。

 

「──あら…やっぱりニヒリスターも一緒に来るべきだったでしょうか…」

 

 

 

 ──…指揮…官…包…帯…うれし…かった…

 

 

 

 姿形は違うというのに──見覚えのある顔立ち、頭部に巻かれた包帯らしき布地、聞き覚えのある声。

 

 激痛が忘却の彼方へ消え、どうしようもなく彼が構える拳銃の銃口がカタカタと震えた。

 

「──…マリ…ア…ン…?」

 

 ──いや、そんな筈はない。彼女は、()()は確かにこの手で。

 

 あの時と同じ拳銃が震え、今や左目だけになってしまったが、あの時と同じく血が滴り落ちそうな程に充血した瞳がその姿を捉えて離さない。

 

 明らかに動揺するムーアへ続き、ラピとアニスがモダニアの素顔に気付いて絶句する。

 

 その様子にモダニアは小首を傾げた。

 

「…マリアン?私のことですか?悪いですが人違いのようです。私はモダニア。クイーンに仕える──」

 

 彼等の勘違いだとモダニアは否定しようとしたが、その後に続く言葉がピタリと止まった。

 

 考え込むように押し黙り、ややあって眼前のムーアへ視線を向ける。

 

「…マリアン…不思議ですね。なんだかすごく懐かしい響きです。マリアン…マリアン…」

 

 彼が口にした()()の名前をモダニアが何度も繰り返す。

 

 次第に焦点が合わなくなる虚ろな瞳となりながら、繰り返し、繰り返し──

 

 

「マリアンマリアンマリアンマリアンマリアンマリアンマリアンマリアンマリアンマリアンマリアンマリアン」

 

 

 

 ──響き渡る声音は無機質かつ不気味そのもの。壊れた機器がそうであるようにただひたすら同じ名前を紡ぎ続ける姿が脳裏へ焼き付いてしまう。

 

 不意に足元が振動を始めた。同時にモダニアの全身から黒い靄のような()()が噴出する。

 

「──シルバーガン…分隊の…マリアン…と…申します…

 

 壊れたスピーカーから漏れる音とはこのような物なのだろう。そう考えてしまう程にモダニアが紡ぐ声が飛び飛びとなる。

 

…よろしく…お願い…します…

 

 容赦なく襲う足元から感じる横揺れが左腕を失ったばかりの彼を雪上へ倒そうとするが、両脚を踏ん張って耐えるムーアは尚も拳銃を向け続けた。

 

 やがて──身体から噴出した黒い()()が一気に散り散りとなった瞬間、眼前のヘレティックが両手で頭を抑えながら藻掻き苦しみ始める。

 

 悲鳴を上げ、混乱状態にあるのが一目瞭然となったモダニアへ彼が声を張り上げる。

 

「──マリアン!!」

 

 その声にハッとしたようにモダニアが恐る恐る顔を上げ──やや垂れ目がちの瞳を大きく見開き、震える唇が言葉を紡いだ。

 

「──指揮…官…?」

 

 ──どうして…キミが…。

 

 そう口に出したかった彼の言葉は──散り散りとなったと思っていた黒い靄が収縮し、一気に爆散した衝撃で紡がれることは叶わなかった。

 

 

 

 




ほら、救済ルートだぞ。喜べ──(この続きは45口径の銃弾で粉砕されました
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