勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
……この1ヶ月間、ほぼ殺伐とした話ばかりを書いていましたので、少し息抜きがしたくなりました。暫くお付き合い下されば幸いです。
顛末と退院と拝命、時々誤解
以下は救助へ駆け付けたルドミラとアリスの証言だ。
吹雪の中、不意に研究基地の外で銃声が1発、そして複数のオオカミの遠吠えが聞こえたらしい。
何事かと外へ出ればオオカミ達に囲まれた
現れた彼女達を導くように
そのオオカミ達はアリスが操縦してきた履帯方式の雪上車へ載せられたムーアへ群がり、モフモフとした毛並みで埋もれさせながら彼の体温上昇へ一役も二役も買ってくれた。お陰で研究基地へ到着する頃には彼は意識を取り戻し、自身で灼かれた切断面の処置が可能となる程だった。
帰還の為に寄越された輸送機の中でラピから気絶していた最中の出来事を聞かされたムーアはその
それから数日後──
「──あの医者は絶対にヤブだな」
彼はそれを確信しながら退院の日を迎える。
入院期間はまさかの5日間だ。前回の右脚と右目を失った際の入院期間の1/2である。
「──驚くべき回復力ですし、もう退院なさって構いません」
──構いません、ってそれは医者としてどうなのだろうか。
溜め息混じりに軍服姿で病院を後にするムーアだが、左袖には何もない為、ユラユラと歩く度に揺れている。
予想通りに義肢が接続されるらしく、上腕の半ばには接合の部品が手術で取り付けられた。
幸いなのは今回の入院中に調整中であったしっかりと調整された右脚が届いたことぐらいだろうか。
そして最も不幸──というよりも面倒なのはこれからだ。
面倒臭い事態が現在進行形で起こっているのを察するもムーアは無性にルドミラ達のところへ置いてきたオオカミ達へ会いたい気分である。
意識を失っていたので毛並みに埋もれていた記憶が曖昧なのだ。モフモフだろう毛並みを堪能したくなってしまう。
しかしそうも言っていられない。
彼はタクシー乗り場で先頭の車両へ乗り込むと運転手へ行き先を告げてシートへ凭れ掛かった。
「──指揮官様、今日帰って来るんだって。さっき病院から連絡があったわ」
「──ますます師匠が本当に人間なのか疑わしくなりますね」
それこそ今更だろう、と指揮官室に屯すアニスとネオンの会話へ耳を傾けながらラピは溜め息を零す。
報告書の作成は普段は彼がやっているが、入院期間中はラピが代行する流れとなっていた。彼女も苦ではない為、指揮官室のデスクトップを借りて──パスワードは彼に教えて貰った通りのそれを入力して起動させて今日は最終報告書の作成を続けていた。
彼女はしっかりと仕事をしているというのに──アニスとネオンは公然とサボりに来ているのである。
作成が終わった最終報告書のデータを保存した時、デスクトップにメールの着信があった。
「…中央政府から?」
「──どうしたの?」
メールを開き、その内容を確認するとムーアの昇任に関する通達だと一目で分かった。
「…指揮官が大尉に昇任なさったそうよ」
「…うわぁ…こんな短期間に大出世だねぇ。次は少佐かな?」
「…となると…前哨基地にも余裕が出来ますかね?資源とか
「私は早く宿舎に温水のシャワーが欲しいかな。……あれ?ラピ?」
指揮官である彼の昇任は喜ばしいことだ。なにせ前哨基地へ、ひいては
だというのにラピから全くその雰囲気が感じ取れない。彼女だからそういった方面に感情は動かないのは理解できるが、素直に昇任を喜べば良いだろうに。
「…昇任と同時に異動通達も出されている…」
「え!?」
「異動って…師匠がですか!?」
呆然としたままラピが呟くとアニスとネオンが手にした雑誌を投げ捨てて彼女が見詰めるデスクトップへ集まった。
メールの内容を目を凝らして確かめる。
昇任は間違いなく本日付けの人事だ。
それに続き、綴られているのは同様に本日付けの通達である。
【ショウ・ムーア大尉。特殊別働隊指揮官への着任を命ずる】
無機質な短い文章を読み終えたアニスとネオンが呆然としたまま顔を見合わせた。
「…ってことは……指揮官様…
「…そう、なるでしょうね」
「…そんな…」
言葉を失う背後の二人に同調したいラピだが、彼女は分隊のリーダーだ。間もなく異動するだろう彼から引き継ぎ事項の申し送りを受けねばならない。そしてその申し送りを今度は新しく着任するだろう
「……別の指揮官……」
──嫌だ。
彼女の中で明確な拒絶が芽吹く。
しかしそれを表情に出す事はない。そうならないよう努めた。
「…特殊別働隊という部隊には聞き覚えがないけど…指揮官のこれまでの経験や戦果を考えると栄転、でしょうね」
──だから快く送り出してあげよう。
椅子を回転させ、アニスとネオンへ彼女は告げる。
目を伏せながら、だった。
「──特殊別働隊、でありますか?」
司令部庁舎の一室、アンダーソン副司令官のオフィスへ設けられた向かい合わせのソファの片方に腰掛けるムーアが尋ね返すと対面へ腰を下ろす部屋の主が頷いた。
「あぁ。簡単に言えば自分で判断し、行動できるようになる。副司令官以下の者は君に命令出来ない。また私を含めた副司令官以上の者が命令しても、妥当な理由があれば命令を拒否出来る。そういう部隊になるな」
アンダーソンが掻い摘んだ、或いはかなり端折った説明をすると彼はなんとも言えない表情を浮かべてしまう。
「…お言葉ですが閣下。正規の命令系統を無視しかねない権限ですな。しかもその気になれば情報の秘匿と隠蔽も可能になるのでは?」
「流石だな。そこに気付くとは。もっと言えば三大企業のCEOも君を顎で使うことは不可能になる」
「…随分と凄まじい権限だ。特権とも言えます。いったいどなたがこのような話を通したのですか?」
「私が提案したが?」
──なんてことをしてくれたのだ。
生身と人工物質の双眸が細められ、明らかな非難を孕んだ色になるとアンダーソンは堪らず苦笑した。
昇任したとはいえ、たかが
しかし軍隊社会、特にこの司令部庁舎であれば下っ端も良いところであり、東奔西走と駆けずり回っているだろう程度の階級でもある。
トーカティブと数回の交戦経験があり、尚且つ生き残っている指揮官。
そしてヘレティックやピルグリムとの接触、戦闘を目撃した指揮官。
なによりヘレティックとなった元部下であるニケと遭遇した指揮官。
いずれも異例の
前述の特殊別働隊の指揮官を彼が拝命する運びとなった理由とは大まかに言えばその三点である。
つまるところムーアが地上の存在と接触率が非常に高いという理由からだ。
好きで接触している訳ではないのだが、と声を大にして言いたかった程度には嬉しくもなんともない。
「…既に人事は発令されているのですから拒否は致しませんが…
宮仕えの身だ。全身全霊を以て拒絶する理由もない為、着任の拒否はしないが、その一点のみを改めて確認するとアンダーソンは頷きを返す。
「勿論だ。君が率いる分隊の彼女達も付随して地上の存在との接触率が高い。それもあっての特殊別働隊への任命だ」
新天地となる別の部署や分隊でまた新しい人間関係を築く手間が省けてなによりの返答である。これには彼も満足出来た。
流石の彼も彼女達と別れるのは後ろ髪を引かれる思いがある。
「その代わり駐屯するのは現在の前哨基地のままだ。資源や物資もこれまで通り申請さえあれば輸送しよう。それらを活用し、地上の存在について自由に調査してくれ。
ムーアにここで疑問が生じる。
何故、前哨基地なのかと。
こういった特殊な任務を付与されるのであれば──いわば一種の独立部隊という解釈が可能だ。
上級部隊に所属せず、司令官等の上級部隊指揮官の直接麾下にあってその特命に従事する部隊と似たような構造だろう。ただし
目の届かぬ前哨基地へ置いたままというのは逸脱した行動さえ黙認することとなる。極論だが叛乱行為すらだ。
その意図が読み切れず彼は濃い茶色の双眸を細めた。
「…そう疑わないで欲しいが…」
「失礼ながら、私と閣下はそこまで親しい間柄ではなかった筈ですので…」
「私としては友人になりたいのだが……冗談はさておき、腹を割って話そう」
ムーアの疑いの眼差しが強くなったことを察したアンダーソンが居住まいを正し、改めて彼を見詰めた。
「──私は君が中央政府の目に留まらないことを願っていたのだ。彼等の欲は人を蝕む。発電所の破壊、あの一件を理由に前哨基地へ送って彼等の目から逃れさせようという算段だったのだが……まさかこれほどの短期間に、これほどの目立つ実績と戦果を打ち立てるとは…思ってもいなかった」
有り体に言えば、想像以上、とアンダーソンが内心で呟く。
彼の独白にムーアはますます訳が分からなくなった。疑問符を浮かべる彼から目を離したアンダーソンが腕時計へ視線を落とす。
「…時間を取らせて済まない。5分後に会議があってね。ご苦労だった」
「…分かりました」
逃れる際にこの文句は有効だ。実際、ムーアは追及を取り止めてソファから腰を上げる。
「あぁ、言い忘れていた。君と分隊には1ヶ月間の休暇を与える。損傷が酷いだろう。これを機会に整備すると良い。これは
腰を上げた彼は物申したくあったようだが──休暇となれば彼女達も喜ぶだろう。そう考え直し、踵を合わせる音を響かせるとアンダーソンへ挙手敬礼を送った。
「──済まないなイーグル。それに皆も。警衛勤務が終わったばかりなのに」
司令部庁舎を後にしたムーアは
エレベーターから降りた直後に警衛勤務が明けて交代したばかりの量産型ニケ達と遭遇し、基地司令部庁舎まで歩かせる訳にはいかないという彼女達の厚意に甘えて移動用のトラックへ──幌に覆われた荷台の硬い椅子へ座っていた。
「いえいえ、大丈夫です。お気になさらないで下さい」
「指揮官も任務お疲れ様でした。…左腕のことは聞いていましたが…大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。身体のバランスは少し悪いが……顔は相変わらず男前だろう?」
そっちじゃない、と荷台の椅子へ座る量産型ニケ達が思わずツッコミながら笑い声を上げる。それに釣られて彼も軽く肩を竦めてみせた。
「そういえば、その荷物はなんですか?随分と多いですけど…」
「…あぁ、それか。司令部庁舎で用事を済ませた後、前回もそうだが色々と迷惑を掛けたというのに詫びや礼もしていなかったと思い出してな。その埋め合わせに色々と買ってきたんだ」
「迷惑だなんてそんな──え!?指揮官の自腹ですか!?」
「ってことは奢り!?」
「まぁそうだな。結局は酒やジュースばかりだが…好きに飲んでくれ」
トラックの荷台へ積載されているのは彼や彼女達だけではない。彼がハンドキャリーへ載せて運んできたビールやウイスキー、ジュースの類が詰め込まれた箱がいくつも積載されていた。
食事のバリエーションが貧弱な前哨基地だ。飲み物だけとはいえ、食事に彩りが増えるのが嬉しいらしく彼女達が歓声を上げたのは言うまでもない。
──ムーアは善意から日頃の礼も兼ねて購入してきただけなのだが、これで要らぬ誤解が加速するとはこの時、思ってもいなかった。
休暇1ヶ月間もあったんだから色々あったよね!?
あんな一瞬で、「1ヶ月後」のテロップだけ出して時間経過させたメインストーリーは許さへんぞ!!