勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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短いですが投稿




銃弾と散髪と()()、時々諦念

 

 

 スノーホワイトから譲られた1発の拳銃弾。

 

 折角の休暇の始まりだというのに朝食を共にしたい、というアニスとネオンが指揮官室へ押し寄せて来るとムーアは昨夜の彼女達が退室した後の出来事について語った。

 

「…うーん…何処からどう見ても…一般的な.45ACP弾ですね。製造された年と工場は…」

 

「え?分かるの?」

 

「それぐらいは分かりますよ。アニスは知らないんですか?ほら、薬莢の底部にアルファベットと数字が刻印されてるでしょう?これで製造された年と工場が分かります」

 

「へ〜」

 

 戦闘糧食の献立を同封された使い捨てのトレイへ盛り付けたアニスは空返事をしつつ合成樹脂のスプーンで掬ったチリコンカンを口へ運ぶ。

 

 チラチラと食事の傍ら、ムーアへ横目を向けるのも忘れない。彼女は()()()()()昨夜の醜態を覚えているのだ。彼の様子を伺うも──からかって来る様子もなく、安堵しながら可もなく不可もなしの朝食を頬張る。

 

 一方のネオンは眼鏡のレンズ越しに指先へ摘んだ拳銃弾の薬莢底部を注意深く見詰め、自身の知識と照らし合わせて製造年と製造された工場の洗い出しを始め──やがて驚いたのか目を丸くした。

 

「…これ第1次侵攻の頃に製造された銃弾ですよ。貴重です」

 

「…そうなのか?確認していなかったから分からんが…あぁ、確かに…撃っても不発になりそうで怖いな。炸薬が湿気ってたり劣化してたら目も当てられん」

 

 ネオンが身を乗り出し、右手のみで食事を器用に続けるムーアへ摘んだ銃弾を見せると彼の眉間へ皺が寄った。

 

 朝から師弟のみで通じる話をしないで欲しい。そう考えながらアニスはモシャモシャと少し不機嫌そうに()()()()()()の朝食を頬張る。

 

 ──やっぱりモヤモヤする。

 

 先日の任務でも感じた感情が湧き出るのを自覚しつつ彼女は湯で溶いたインスタントのポタージュスープが湯気立つマグカップを啜る。

 

 彼は基本的に無愛想──もとい喜怒哀楽があまり表情に出ない。眉間に刻まれた皺の本数で気分を察する能力をアニスは最近習得してしまった程だ。

 

 顔立ちは強面だが、整っているのに勿体ないと彼女は思う。上背もあるのだ。もう少し表情を豊かにすれば引く手数多だろうに。いや、引く手数多は困るのだが。

 

「…はぁぁ…」

 

「…どうした?」

 

「…ううん。なんでもない。あ…そうだ。指揮官様、ちょっといい?」

 

 深い溜め息を吐き出すと直ぐに反応したムーアへアニスはゆるゆると左右へ首を振ってみせるが、ふと彼の頭部を見てあることを思い付いた。

 

 

 

「──なんか芝刈りしてる気分」

 

「──芝刈りなんてしたことあるのか?」

 

「──ううん。ないけどね」

 

 基地司令部庁舎前の駐車場へ置いた椅子に彼を座らせたアニスが続けてケープを纏わせると、数少ない私物だという借りたばかりのバリカン(ヘアークリッパー)を起動させ、ムーアの黒髪を刈り上げ始める。

 

 少し長くなった硬い黒髪を刃が刈り取るガリガリという音が響く中、アニスは機嫌良さそうに鼻歌を口ずさんだ。

 

「…楽しいのか?」

 

「うん、楽しいよ。人間の髪を切る機会なんて滅多にないしね」

 

「そうか…」

 

 彼の髪型は良く知っている。ベリーショートのソフトモヒカンだ。

 

 若い軍人らしい髪型だろう。頭部の両サイドを短く刈り上げ、頭頂部のラインの髪だけが少しだけ長い髪型。清潔感があり、尚且つ洗い易い。

 

 おまけにヘアカットも楽だ。両サイドを刈り上げ、頭頂部は合成樹脂の櫛とバリカンを使って整えれば終わりである。その気になれば10分前後で終わってしまうだろう。

 

 ──私にはこれぐらいしか出来ない。

 

 ラピのように類稀な経験と戦闘能力でムーアを支えることは出来ない。ネオンのように火器や弾薬の話で盛り上がれる訳でもない。

 

 大して彼の役に立っていないのだろうが、せめてこれぐらいは──とアニスは考えつつ彼の黒髪を刈り上げていく。

 

 しっかりと頭頂部のラインも整えれば散髪は終わってしまった。少し名残惜しくはあるが、また髪が伸びて来たら提案しよう。

 

「終わったよ指揮官様」

 

 仕上がりを確認して貰う為、彼の眼前に手鏡を翳す。頭を左右へ振って問題ないとムーアは頷いた。

 

「ありがとう。当たり前だが自分でやるよりも綺麗に仕上がってる」

 

「…え?今まで自分でやってたの?」

 

 意外そうにアニスが尋ねると彼は肯定の頷きを返す。

 

「こんなこと流石に頼めないからな」

 

「…じゃあさ。次からも私がやっていい?炭酸水一本で頼まれてあげる」

 

「…二本でも良いぞ。むしろやって貰えるなら助かる」

 

「良いよ。じゃあ決まり。片付けはやっておくから、早めにシャワー浴びてね」

 

 ケープを解いて、随分とさっぱりしたムーアを送り出すとアニスは更に機嫌が良くなったのか鼻歌混じりのまま片付けを済ませた。

 

 髪の毛を払ったケープを宿舎へ持ち帰り、洗濯室の洗濯機へ投げ込んで暫く経った頃──

 

「──あ、忘れてた。返さないと」

 

 ──ムーアの数少ない私物であるバリカンを返すのを忘れていたとアニスは気付いた。それを掴んで隣接する基地司令部庁舎へ入り、二階の指揮官室を目指す。

 

 次回からも彼女が散髪をするという約束をしたのでアニスが持っていても彼は問題としないだろう。しかし私物は私物だ。

 

 指揮官室の前へ辿り着くと自動で扉が開いた。室内へ足を踏み入れたアニスは()()もあっていまだに機嫌が良いのだろう。笑顔を浮かべながら入室し──

 

「指揮官様、これ返しに──」

 

「あぁ、アニスか。わざわざ悪いな」

 

 ──シャワー室から出てきたばかりのムーアと鉢合わせして言葉を失った。

 

 全裸であった。

 

 あまりにも堂々としているのもあって認知が遅れたが、彼は首へフェイスタオルを掛け、ついでに認識票も下げているのだが──それ以外は何も纏っていないのだ。

 

 筋肉質の肉体を惜しげもなく──8つに割れた腹直筋、腹斜筋、厚い胸板を堂々とした様子で白日の下に晒している。

 

 左腕こそないが対になったあの筋肉で張り詰めた太い右腕──あれで抱擁なんかされた日には如何なる女性も抵抗する意志すら粉砕され、なすがままとなるだろう。

 

 我知らず頬が紅潮するアニスの視線が今度は下へ移動してしまう。

 

 古代の彫刻めいた筋肉が浮かび上がる下腹部──その直下の鼠径部に存在感を放っているあまりにも威風堂々と雄々しく、銃身が太くて長い()()()()()()が視界へ入った途端、目を白黒させたアニスは声にならない悲鳴を上げた。

 

「──別に見られても俺は気にしないぞ」

 

「──こっちが気にするの!!」

 

 野性味溢れる肉体を服で隠したムーアへアニスが抗弁するも彼は何故そんなに怒るのか訳が分からないようで首を傾げる。

 

 これで二度目の望まぬ邂逅。以前よりも()()()()見てしまった影響か記憶回路に深く刻み込まれてしまい、暫くアニスの夢に彼の全身像が現れる夜が多くなったのは別の話だ。しかも抱擁されたまま低い声音の甘さすら感じさせる囁やきで耳元を擽られるという夢であるのは絶対に秘密だ。

 

 

 

 

 数日後、彼の姿はアーク内を走るアークエクスプレス(列車)の中にあった。休暇中であるのに軍服姿──身分を証明するにはこれ以上ない出で立ちだが、まともな私服を持っていないからという理由で纏っているのには事情を知った者達を閉口させるに違いない。

 

 銀色の縦に長い銀色の長方形のそれが二つ並んだ真新しい大尉の階級章が軍服の襟へ輝く若い軍人の姿は嫌でも目立つ。

 

 しかも左袖が揺れていれば()()がないと一見して判明するのは容易かった。

 

 傷痍軍人か、と何処となく乗車している市民達から同情の眼差しが向けられてしまうとムーアも少し落ち着かない。

 

「──おじさん、ケガしたの?」

 

「──ん?あぁ、ちょっとな。ポロッと落ちてしまったんだ」

 

 母親であろう女性に連れられた少年が右隣へ腰掛けているムーアへ大人であれば遠慮すべき問い掛けを投げる。遠慮の類がないのは子供の特権だ。彼も気にしている訳ではないので気分を害することもなくあっさりと、加えてやんわりとした表現で返した。

 

「ふーん。おまわりさんにさがしてもらったら?くっつくかもよ?」

 

「はは。お巡りさんでも見付けられないだろうな」

 

「す、すみません。うちの子が…」 

 

「あぁ、いや、どうかお気になさらず」

 

 子供を挟んだ向こうで母親が頭を下げるが彼は右手を翳して気にしていないと謝罪を制した。やがて列車が減速を始め、駅のホームへ滑り込んだ。

 

 目的地とした駅だったのだろう。母子が席を立つ。

 

 母親に手を引かれ、下車する少年が去り際に彼へ覚束ない挙手敬礼──それも左手でのそれを送る。ムーアは苦笑すると、こうやるのだ、と見本の如く端正な答礼を返してみせた。

 

 母子が下車して間もなく列車の扉が閉まり、再び車窓の景色が流れ始めるとムーアは溜め息を吐き出した。

 

「…()()()()に憧れは抱かないで欲しいが…」

 

 機能性重視、ガサツで野暮ったい軍服は少年達の憧れ──らしい。

 

 背凭れへ体重を預け、列車の揺れへ身を任せる彼は脳裏に浮かんだ言葉を大した意味もなく呟いた。

 

「──常備軍は時とともに全廃されなければならない──」

 

 旧時代の18世紀に哲学者であるカントが著した【永遠平和のために】。その第一章第三条項だ。

 

「──遠い理想と夢物語だな」

 

 続けられた呟きには一種の諦念が滲んでいた。

 

 次第に列車の速度が落ちて来たのを感覚で捉えた頃、車内のアナウンスで次の停車で目的の駅に到着すると気付いたムーアは腰を上げた。

 

 




次の話では他部隊のニケがやっと……
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