勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
列車を降りたムーアはあまり利用しない駅ということもあって案内表示板に従って出口を目指しつつ歩いていた。
今日、地表付近にある前哨基地を離れ、アークまで降りて来たのは喪失した左腕をニケ用のボディから流用した義手を装着し、駆動に問題ないかを確かめる為だ。
本来ならば病院近く──と言ってもタクシーなどの交通機関を使っても10分は掛かるのだが、その付近へ設置されているエレベーターが不調という情報があり、わざわざ列車を使っての移動となった訳である。
案内表示に従って進むのだが、あまり利用しない駅の構内は想像以上に入り組んでいた。
そのお陰も相俟って──
「──いかん。迷った」
足を止めて、溜め息を吐き出す。ムーアは壁に歩みよると投影されている案内表示へ記された現在地の光点を発見し、自分が何処にいるかの確認を行うのだが目的の南口へ向かうには──
「──お困りですか?」
──もう一階上へ行かねばならない、と気付いた矢先に声が掛けられる。左袖を翻しつつ振り向くと彼の視界にまず青い制帽が映った。
そのまま僅かに下へ視線を向け、長い黒髪の前髪が少し掛かった垂れ目がちの見るからに優しげな瞳を捉える。
女性の格好を見る限りは駅員か乗務員にも思えたムーアだが、直ぐにその認識を改めることとなる。
女性の視線が顔を見た後、直ぐに軍服の階級章と胸元の指揮官徽章へ向かったのを彼は見逃さなかった。それで確信にも似た直感が脳裏へ走る。
どうやら眼前の彼女はニケのようだ。
「申し訳ありません。少し道に迷いまして…」
「あら〜そうだったんですね。どちらまで?」
「南口です」
「では御案内しますね。どうぞこちらへ〜」
手を翳したニケらしき女性が道案内をしてくれるという厚意に頷いた彼が隣を歩き始める。さり気なく彼女を左側にある壁へ沿って歩かせ、ムーアは唯一残っている右腕が構内を歩く市民達の方へ向けられるよう右側を歩くような立ち位置だった。
「お忙しいのに申し訳ありません。申し遅れました。ショウ・ムーア大尉であります」
「ご丁寧にありがとうございます。ディーゼルと申します」
今更だが自己紹介を交わし、青と紺の制服、オリーブ色の軍服が並んで歩くが──互いに初対面なので話す話題が一切ない。案内し、案内されるだけの関係であるので話題は必要ないのかもしれないが少しばかりムーアは居心地の悪さを感じてしまう。
「…ディーゼルさん、で宜しいでしょうか?」
「ディーゼルで大丈夫ですよ」
「…貴女はもしや…ニケでしょうか?」
「はい。エリシオンで製造されました」
意外にもあっさりと肯定される。隠している訳ではないらしい、とムーアは察した。
「エリシオンでしたか。私の部下にも何名かエリシオン出身のニケがおります。というよりエリシオンやテトラの出身が基地要員の大半を占めていますが」
「…
「は?えぇ、数え方が間違っておりましたか?」
少し垂れ目の──どこか記憶に残る
「珍しい方ですね〜。ニケを
「…お気に障ったのなら申し訳ない」
報告書等では致し方ないが、彼は個人的に彼女達を
その癖が気に障っただろうか、と左隣を歩くニケへ尋ねると彼女は何度か左右へ首を振った。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。南口はもう少しですが…やはり病院にご用事ですか?」
「はい。見ての通りで…任務中に負傷しまして退院後の経過観察と義手の装着の為に通院です」
「それはそれは…でしたらエスカレーターを…」
「いえ、お気になさらず。身体が鈍ってしまいますのでこのまま」
左腕がないとは気付いていたディーゼルだが、歩行に支障がないので普通に歩いて案内してしまった。障害者用のエスカレーターを勧めるも彼がやんわりと拒否し、結局はそのまま歩き続けることとなる。
「色々とご不便では?」
「少しばかり。…特にネクタイや
「あらあら」
セミウィンザーノットで結ばれた
「…使用人ではないのだから、そこまで気を遣わなくて良いのに……自分には勿体ない部下ばかりです」
「気を遣っているのではないと思いますよ?ムーア大尉に尽くしたいのだと思います」
「…そうでしょうか?」
「えぇ、きっとそうです。あぁ、着きましたね。こちらが南口です。外に出たらそのまま真っ直ぐに道路を進んで下さい。病院には10分程度で着くと思います」
やはり案内があると到着も早い。雑談の最中に目的地へ辿り着くと彼は被っていた軍帽を脱いでディーゼルへ頭を下げる。それに慌てたのは彼女だ。
「ありがとうございました」
「いえ、とんでもありません。あの…お顔をお上げください」
周囲には市民がいる。彼女をニケとは知らぬ者達ばかりだが、流石に注目を浴びてしまうのは致し方ない。長身の軍人が駅員へ頭を下げている光景は奇異に見えるだろう。
促されるままムーアは姿勢を元へ戻すと右手で軍帽を被り直した。
「…私をニケと知って頭を下げる人とは初めてお会いしました」
「…ニケだろうが人間だろうが、感謝をするのは当然でしょう」
「…それと敬語も、ですけどね〜」
「では私が初めての相手、でしょうか」
少しばかりいかがわしい響きもあるが、ディーゼルは困ったように苦笑しつつイチゴキャンディを取り出すと左腕がない彼の為に包装を解き、指先で摘んで口元へ寄せる。
「はい、あ〜ん。…美味しいですか?迷子になった人に必ず渡しているんです」
「…甘い物は少し苦手ですが…嫌いではない味です。重ね重ねありがとうございました」
「お気を付けて〜」
カツンと踵を合わせる音を響かせ、会釈程度に彼が一礼してから歩き出す。その後ろ姿を見送ったディーゼルが溜め息を漏らす。
「──…弟も生きていたら、あんな格好良い指揮官になっていたのかもしれませんね」
少しばかり感傷的な気分になってしまったが、今日は珍しいことがあった。
「──はっ!?」
「──どうしましたアニス?」
「──なんか指揮官様がニケ誑しをやってる気がする!」
「──馬鹿なこと言ってないで掃除するわよ」
病院のリハビリテーションセンターを抜け出て来た軍服姿の青年を迎えた長身の女性が腰へ手を当てながら彼の左袖へ視線を向ける。そこには数十分前まで存在がなかった筈の左腕がしっかりと生えていた。
「──どうだ?」
「──機能に問題はありません。改めて御厚意に感謝を申し上げます」
「──いや、構わない。エリシオンとしても貴重なデータが取れるからな」
調整された義手は彼の肉体に受け入れられたらしい。拒絶反応もなく、元の左腕がそうであったように思うまま動かすことが出来る様子に珍しくムーアも機嫌が良さげである。
──年相応の青年に見える。
その様子を眺める長身の女性、エリシオンのCEOであるイングリッドは率直な感想が心中で漏れた。
「これでまた戦場に立てます」
「…そうか。あぁ、忘れていた。大尉に昇任したのだったな。おめでとう」
眼前の彼を少しだけ見上げつつイングリッドが昇任を祝うもムーアは形ばかりの感謝を返すように頭を軽く下げるのみである。左腕が出来たことに比べれば些末なことなのだろう。
「…右脚に右目、そして左腕か。私が知る限りにおいて、そこまでの戦傷を負っても戦場へ戻ることを望む人間は記憶にない。ムーア大尉には呆れるやら感心するやらだ」
「…誉め言葉と受け取らせて頂きます」
「あぁ、そうしてくれ」
肩を竦めてみせたイングリッドが白い外套の裾を翻して歩き始めると護衛を兼ねて同行する。二人共、行き先は病院の正面玄関口であった。
「ラピとネオンは役に立っているか?」
「2名とも優秀です。自分如きには勿体ない程であります」
「そうか」
現在の彼は三大企業のCEOの前であるのも手伝って軍人らしい物言いを徹底している。駅構内でディーゼルとの会話は居心地の悪さもあって少しばかり話題を振ってはいたがイングリッドがその手の話へ付き合うとは思えず、必要以上の会話をする気配がなかった。
そこまで親交が深い訳ではないが──流石に正面玄関口までの道程をほぼ黙ったまま歩き続けるのはイングリッドも少しばかり居心地が悪い。それもあって珍しく彼女から話題を振ることにした。
「…時にムーア大尉」
「なんでしょうか」
「…アンダーソンに聞いたが…君は休暇中なのだろう?何故、軍服を?私服でも私は構わなかったのだが…」
「…外出着のような私服を持っておりませんので」
「…なに?」
怪訝そうにイングリッドは彼へ横目を向ける。至極当然のことをそのまま口にした様子のムーアを認めた彼女は思わず溜め息を吐き出す。
ニケよりニケらしい、とはネオンの報告を総合的に判断した結果、導き出した彼へ対するイングリッドの評価だが──これはそれ以上かもしれない。
「軍人とはいえ若者だろう。もう少し着飾ってはどうだ?」
「…その手の必要性を感じませんので…」
──嗚呼、これは重症だ。
最近の士官学校は詰め込み教育の行き過ぎでこのような意識の持ち主ばかりを輩出しているのだろうか、という予感すら女傑の脳裏には浮かんだ。
「背が高く、体格も良いというのに勿体ない」
「…はぁ…」
いまいち良く分かっていない様子のムーアを再びイングリッドが横目で伺うと間もなく正面玄関口というところで歩みを止めた。
「ラピとネオンが世話になっている指揮官だ。昇任祝いも込めて…テトララインには劣るがエリシオンもロイヤルロードに服飾の店舗をいくつか置いている。連絡はしておくから好きな物を選びなさい」
「…は?いえ、そこまでして頂く訳には…」
「こういう時、若者は年上に甘えろ。それが社会で上手く生きていくコツだ」
イングリッドは教え諭すのだが──この青年が自発的に選ぶのか、或いは店員がコーディネートするのかは分からないが、結局はフォーマルな私服となりそうな気配しかしなかった。
なにせ彼女が想像の範疇で彼へカジュアルな服装をさせてみるも壊滅的に似合っていなかった程である。
イングリッドの想像が正しかったと証明されたのは約1時間後だ。
ロイヤルロードに面した店舗から出て来たムーアは片手に脱いだ軍服と靴を入れた袋を下げ、黒い生地のスーツにスラックス、ライトグレーのワイシャツとネイビーブルーのネクタイ姿──何処からどう見てもカジュアルな服装ではないのだが、背丈の高さや体格の良さ、そして強面も相俟って
しかし軍服と似た構造のスーツとはいえ、慣れない着心地に少しばかり感覚が掴めない。アークでの用も済んだので前哨基地へ戻ろうとロイヤルロードから離れて駅に向かおうとしている最中のことだ。
「──っと…」
「──おい…何処に目つけてんだテメェ!」
「──いや、申し訳ない。お怪我はありませんでしたか?」
身体が軽く触れてしまい、怒鳴られた彼は素直に謝るのだが──ボブカットの少し童顔の顔立ちは一見すると穏やかそうにも思えるが、口を開いた途端に荒々しい言葉遣いを操る女性の姿へムーアは少し呆気に取られてしまう。
「──ミルク。威嚇しないの」
彼が少し呆気に取られている最中、激昂するボブカットの背後から銀髪の女性が声を掛けて宥め始めた。どうやら同行者らしい。その銀髪の女性が不意にムーアへ赤い瞳を向け、ジッと見詰めて来ると彼は今日で一番の居心地の悪さを感じてしまった。
「…なんでしょうか?」
「…カウンターズの指揮官かしら?」
「えぇ、そうですが…」
こんな知り合いいただろうか、と彼は記憶を辿るが──まったく思い出せない。
「…コーヒーは好き?」
「コーヒー?…まぁ好きですが…それがなにか?」
「付いて来て」
クイッと顎をしゃくって銀髪の女性が彼を誘う。誘う、という表現が正しいのかは分からないが──なにやら面倒臭いことに巻き込まれそうな気配だけは感じ取れてしまった。
「──なんか指揮官様がトラブルに巻き込まれてる気がするんだけど…メッセージ送っておこうかな」
「──アニス。口より手を動かして下さい」
「──いつまで経っても掃除が終わらないわよ」
まるでアニスがニュー○イプだ……