勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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こ、こんなに長くて良いのか…一応は幕間なんだぞ…


戦艦とダンスとイージス(女神の盾)、時々煙草

 

 

「──いや、それにしても…見違えたな。ムーア大尉が何処かのお嬢さんを連れて来たのかと…」

 

 待ち合わせ場所となったアークの某所へムーアとラピが到着して5分後。アンダーソンを乗せた乗用車が歩道へ横付けされた。

 

 運転手が後部座席の扉を開けると先にラピを乗車させ、彼がその後に続いた。広々としている対面の座席へ腰掛けたアンダーソンは珍しく目を丸くしつつ、思わず様変わりした彼女の様子へ自然と視線を向けてしまう。

 

「──お初にお目に掛かりますアンダーソン副司令官。カウンターズ分隊所属のラピと申します」

 

「──む?……あぁ、そうだったな。……こちらこそだ。宜しく頼む」

 

 まるで()()()を思わせる彼女の態度にアンダーソンは怪訝な表情を浮かべたが、ラピに対して記憶消去が実施されたことを思い出したのだろう。彼女が頭を下げるのに合わせ、副司令官も鷹揚な頷きを返していた。

 

 その彼女の隣へ腰掛けたムーアは内心で安堵していた。ラピであれば言動にボロは出まいと信用しているが一抹の不安が無かったとは言い難い。記憶消去が効かなかった事実が明るみに出ては宜しくないのだ。()()()の挨拶を表情ひとつ変えずに済ませたラピへ彼は思わず喝采すら送りたくなった。

 

 彼等を乗せた乗用車が高速道路(ハイウェイ)へ入ると、ムーアは軍服の上着の中へ片手を突っ込んで45口径の自動拳銃を取り出す。

 

 どんぐりのような弾薬が詰め込まれた弾倉を抜き、スライドを何度か引いて動作の確認を済ませる。ホールドオープンの状態のまま弾倉を込め、スライドを元へ戻して薬室に初弾装填。安全装置を掛け、左脇へ吊っているショルダーホルスターへ拳銃を納めた。

 

「確かに護衛は頼んだが…そこまで念入りに準備してくれるとは思わなかったよ」

 

 一連の流れるような動作を眼前で見たアンダーソンは脚を組みつつ苦笑を漏らす。

 

 約40分を掛けて辿り着いたのはアークの端に広がる人工湖だ。その湖面にスポットライトに照らされた巨大な艦影を認めるとムーアは目を細める。

 

「──あれがアドマイヤー号ですか。…Admireとは一種の皮肉も含まれているのですか?」

 

「──…それはないと思うが…」

 

 Admireには反語や皮肉的な意味合いで「感服する」というそれも含まれる。

 

 用例としては「I admire his impudence. (野郎の厚かましさには感服する)」だろうか。

 

 地下に追い遣られたアークで海軍部隊、というのは中々に金食い虫だ。あれほどの巨艦を建造するのにどれほどの資源を使用したのかは分からない。賛否両論──むしろ否のそれが多かったように彼は思えてならなかった。

 

 湖岸へ係留されている巨艦が間近まで迫ると運転手がハンドルを切って高速道路を降りる。到着まで間もなくと察したムーアは念の為に胸元で存在感を放つ金色の指揮官徽章を外して胸ポケットに仕舞い込んだ。

 

 運転手が駐車場への到着を知らせると同時に後部座席の左右の扉を開く。

 

 軍帽を被った彼が先んじて降車すると、ドレスの裾を摘みながら降りようとするラピへ手を差し伸べ、手助けをする。その様子を見たアンダーソンは──微笑ましいのか僅かに笑みを浮かべていた。

 

「想像していたよりも君は紳士だな」

 

「…そうあろうとしているだけです」

 

「なるほど。では、ここからは私に預けて貰えるかな?」

 

「──畏まりました」

 

 サングラスを掛け直した彼が頷く。アンダーソンはラピの隣へ歩み寄り、半歩ほど前に立つと彼女へ片腕を差し出した。ロイヤルロードでムーアが彼女をエスコートした際と同じ仕草である。促されるまま──ラピがアンダーソンの前腕へ手を添えると揃って歩き出した。

 

 その背後へ続くムーアは右耳へ嵌め込んだイヤフォンの位置を整えながら進む。

 

 車内での打ち合わせでラピはアンダーソンの()()として振る舞うこととなった。見た目だけで言えば間違いなく上流階級の令嬢である。

 

 ならばアンダーソンの外見の年齢を利用し、親戚だと語ればそれほど違和感はないだろう。なにせアンダーソン本人も整った顔立ちの美形だ。

 

 そしてムーアは、と言えば──こちらは変わりなくアンダーソンの護衛である。

 

 これも仕事だと彼は割り切り、アンダーソンとラピの背後へ続きながら桟橋へ向かった。

 

 警備に当たっている下士官へ招待状をアンダーソンが差し出す。その招待状を認めた下士官が副司令官へ敬礼するとアンダーソンはラピをエスコートしつつ軽く答礼を返した。

 

「私の親戚の()だ。アドマイヤー号の艦上パーティーに行きたいと頼まれてね。彼は私の護衛だ。通してやってくれ」

 

「了解であります!大尉殿、どうぞお通り下さい」

 

「御苦労」

 

 敬礼され、彼も答礼を返すと先を進むアンダーソンとラピへ追い付いて設けられた舷梯(タラップ)を登って艦内へ足を踏み入れる。

 

 艦内には案内表示板があり、ホールまでの行き先が明記されている。

 

「…この艦はエリシオンが建造を?」

 

「そうだが…良く分かったな?」

 

「何処となくそのような雰囲気を感じまして」

 

 艦内の通路を歩きながらムーアが唐突な疑問を先に進んでいるアンダーソンへ尋ねる。見事に正解であったが、その理由は漠然としていた。

 

 彼も説明は難しいが──見える範囲でも設計思想にエリシオン特有の合理的なそれが感じ取れるからだろうか。

 

 ホールへ辿り着くと既に広々とした空間には数十名の着飾った老若男女が集まっている。一見して上流階級の人間であると分かる仕立ての良い服へ身を包む彼等や彼女達に混ざって軍服を纏った軍人の姿もチラホラ見えた。その光景を一通り見渡した彼は軍帽を脱いで脇に抱える。

 

「──アンダーソン」

 

「──あぁ、イングリッド。君も来ていたのか」

 

 不意に声が掛けられ、白い外套の裾を翻しながら歩み寄って来たのはエリシオンのCEOである女傑だ。

 

 彼女は──アンダーソンの隣に立っているラピの姿を認めるや否や怪訝そうに目を細めたが、彼等の背後にサングラスを掛けたムーアらしき将校の姿を認めて納得する。

 

「…なるほど。護衛か。……こちらの()()()()は?」

 

「私の親戚の()。そういうことにしておいてくれ」

 

「分かった」

 

 良くもまぁ分かるものだ。成り行きを見守るしかなかったムーアは感心するやら呆れるやらである。

 

「何か飲むか?」

 

「そうだな…私も少し酒を頂こうか。君は?」

 

「いえ、私はお酒はあまり…」

 

「ふむ……ムーア大尉は──」

 

「──遠慮致します。注意散漫となり()()()()()()()本末転倒ですので」

 

 彼とラピは酒を遠慮するらしい。護衛に徹するのは構わないのだが、もう少し柔軟でなければ社交の場では浮いてしまうとアンダーソンは考えるも彼等の意志を尊重した。

 

 イングリッドとアンダーソンのみがグラスを持ち、軽く縁同士を合わせる音を響かせると一口嚥下する。

 

「このような集まりは初めてか?」

 

「はい。サングラスがあって良かったと考えているところです。目が潰れてしまいそうですから」

 

「そうか」

 

「だが慣れておくことだ。この御時世、軍人は戦うだけの存在ではない」

 

 年長者の余裕もあって副司令官と女傑が順繰りに彼へ教え諭すもムーアは軽く肩を竦めてみせるだけだ。

 

「…あまり社交には興味がありません。戦場で戦っていた方が遥かに気が楽ですから」

 

 ──これは重症だ。

 

 新たな左腕を届けた際にも感じたが、イングリッドは彼の評価を改める。もう少し人付き合いというモノを覚えなければなるまい。でなければ──彼が異常なまでの戦果を挙げる度に横や上との繋がりが太くなければ色々と生き辛くなるだろう。

 

 やがてホール内がざわつき始める。いよいよ始まるらしい。

 

 壇上に上がった軍服を纏った小太りの軍人──肩章は()()()()()()()なので中将だ。招待客達が拍手を送る中、軍人がマイクの前へ立つ。

 

「──み、皆様。大変お待たせ致しました。ほ、本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。アドマイヤー号艦上パーティーの主催者のバ、バーニンガムでございます」

 

 緊張しているのだろうか。ムーアはスピーチを始める軍人──バーニンガム副司令官へ気の毒そうな視線を向けてしまう。或いは社交不安障害(あがり症)なのかもしれない。

 

 さぞかし大変だろう、と考えながら彼は歩み寄ってきた給仕が勧めるグラスをやんわりと断った。

 

 その勧めを断っている最中、壇上には新たな人影が現れる。

 

 如何にも高貴そうな純白の詰め襟の軍服に肩章(エポーレット)が付いた同色の外套を羽織った美女が蒼い髪を靡かせながらマイクの前へ立った。

 

「──ただいまバーニンガム副司令官から御紹介に預かりましたヘルムと申します。今、皆様がいらっしゃる場所は我々イージス部隊が運用する戦艦アドマイヤー号のホールでございます」

 

 遥かに耳の保養になる声だ。ムーアは無意識に先程のバーニンガムの声と比較してしまうが、堂々と胸を張って声を上げる彼女の方が聞き取り易いのは否めないだろう。

 

「アドマイヤー号は対ラプチャー用に建造された戦艦でして、本艦単独でタイラント級のラプチャー数十機と戦えるだけの武装と戦力を有しています。また水上とは思えない安定感で如何なる攻撃にも撃沈されない無敵の戦艦でございます。海上であれば我々イージス部隊とアドマイヤー号は無敵だということを是非とも御記憶頂きたく存じます」

 

「──不沈艦…1945年4月7日…」

 

 彼女──イージス部隊のリーダーであり、アドマイヤー号艦長であるヘルムのスピーチの合間にムーアは小さく呟いた。それが鼓膜と聴覚センサーを微かに震わせたのかアンダーソンやイングリッド、そしてラピが彼へ横目を向ける。

 

「…旧時代の第二次大戦期の話かな?」

 

「えぇ」

 

 直接の上官に当たる副司令官の問い掛けへ彼は小さく頷いてみせた。

 

「…それがどうしたのだ?」

 

「…いや、なんでもない。古い時代の話だ。あとで調べてみると良い」

 

 現役軍人同士だけで分かり合われても困る、とイングリッドが眉間へ皺を寄せる姿をサングラス越しに捉えたムーアは補足を兼ねて口を開く。

 

「──古今東西の歴史に於いて沈まない艦はなかった、というだけの話です」

 

 壇上では招待客からの遠回しな皮肉や誹謗を受け止めるヘルムの姿がある。これも気の毒そうに──しかし矢面へ立つことへの気概を感じ取りながら彼は壇上を降りる彼女の姿を見送った。

 

 スピーチも終わればホールへ音楽が流れ始めた。それを切っ掛けに本格的にパーティーが始まるらしい。

 

 老若男女がグラスを片手に談笑する中、何名かの男女がカップルとなって円環を作るのを捉えたイングリッドがグラスの中身を嚥下して机上へ置いた。

 

「アンダーソン。ムーア大尉を借りても?」

 

「…ん?構わないが…」

 

「そうか。大尉、付いてきなさい」

 

 彼へ吊り目気味の鋭い視線を投げたイングリッドが歩き出す。アンダーソンにも促されたムーアが後を追うと、女傑がカップルを組んだ複数の男女達の側で立ち止まった。

 

「ダンスは踊れるか?」

 

「……予備知識だけはあります」

 

「実戦の経験はない、という事だな。なら後学の為に覚えておけ」

 

 イングリッドが彼の顔へ手を伸ばし、掛けているサングラスを外すとムーアの胸ポケットへテンプルを差し込んだ。少し照明が眩しかったらしく、彼が目を細めるのにも構わず女傑は続けて脇へ挟まれた軍帽を空いている椅子の上へ置いた。

 

「スタンダードのワルツだ。初心者でも踊り易いだろう」

 

「…ステップが三拍子だからでしょうか」

 

「その通りだ。初歩的なステップのルーティーンは分かるか?」

 

「…ナチュラルターン、クローズドチェンジ、リバースターン、クローズドチェンジと続き、再びナチュラルターンへ戻る」

 

 満足気にイングリッドは頷くと彼へ右の手の平を差し出す。リーダーになれ、という意味だろう。

 

 渋々と言った様子でムーアはパートナーである彼女の差し出した右手を自身の左手で合わせ、続けて右手はイングリッドの背中にある左肩甲骨の付近へ添えた。女傑も彼の右肩の下辺りへ左手を添えればホールドが完成した。

 

 ムーアがイングリッドをリードし、ステップを刻みながら踊り始める。率直に悪くはない印象を彼女は感じた。

 

 教科書通りと言えばそれまでだが、体幹が優れているのだろう。そしてパートナーであるイングリッドを気遣いつつリードしているのもあって非常に心地良くステップを刻めている。

 

 エリシオンのCEOがカップルを作り、ダンスへ参加しているのは珍しいようだ。招待客達の注目を二人は浴びてしまうが、ムーアはその視線や注目を意識しないよう努力する。

 

「──うむ、悪くはないな」

 

「──こちらは必死です」

 

「──そうか。だが今の内に良く覚えておけ。パートナーに恥を掻かせるのはリーダー(紳士)失格だからな。なに気楽に構えろ。普段の()()()()()()な動きと大して変わらない」

 

 ダンスの方が遥かに難易度が高いように思えてならないムーアは肯定しかねるが、初心者に合わせてくれているのかイングリッドは彼へ身を委ねてリードに従いつつステップを踏んでいく。

 

 一曲目が終わると余韻の残響が備え付けのスピーカーから漏れ出る中、カップルを組んだ一同の動きが止まる。拍手が送られる中、ムーアは謝辞を込めてイングリッドの片手を手に取ると手の甲へ軽く唇を落とした。

 

「──悪くはなかったが、やはり経験不足だな。良い機会だ。もう少し学んで行け」

 

「──は?」

 

 これで終わりなのでは、とムーアは左右の瞳へ怪訝な色を浮かべながらその場を離れるイングリッドを見送る。

 

 女傑は元居た位置まで戻ると──アンダーソンの傍らで所在なさげなラピ(教え子)の肩を叩いた。

 

「選手交代だ。ムーア大尉に付き合ってやれ」

 

「ですが社長…」

 

「…ステップは見ていたのだろう?」

 

 ならば出来る筈だ、とイングリッドは顎をしゃくって彼女へムーアを示す。

 

 致し方なさそうにラピがヒールの高い靴で着慣れない裾の長いドレスを踏まないよう注意しつつ彼へ歩み寄って行く様子を眺めるイングリッドは実に満足気だ。

 

「…君にしては珍しいな。誰かを依怙贔屓するのは」

 

「記憶消去をされても私の教え子だからな」

 

 多少なりとも贔屓ぐらいはする、と言いたいのかイングリッドは給仕を手招きし、新しいグラスを受け取ると注がれた酒を嚥下した。

 

 

 

 

 

 

 

「──暫くは…こんな場には来たくないな」

 

 ダンスを踊り終えた──なんとかラピに恥を掻かせずに済んだことに安堵したのもあってか、ムーアはいよいよ喫煙衝動が抑えられなくなった。

 

 記憶力が優れているからなのか彼女は一見しただけで基本的なステップは覚えてしまったらしい。つくづく羨ましいと考えながらムーアは護衛対象(アンダーソン)の許可を得てホールに併設されたバルコニーへ歩みを進めた。

 

 扉を開けて外に出ると人工の風が頬を撫でる感触を覚える。

 

 軍帽を被り、軍服のスラックスを漁ってソフトパックを取り出した矢先──バルコニーに人影があるとムーアは気が付いた。

 

「──ん?貴官は……」

 

「──少し一服をと思いまして…お邪魔のようですので失礼致します」

 

 純白の外套の裾を人工の風で翻しながら湖面を眺めていた人影が振り向く。先程、スピーチをしていた彼女だと気付くと流石に喫煙は憚られたのかムーアは踵を返そうとする。

 

「構わないわ」

 

 踵を返したばかりの背中へ投げられた言葉に彼は立ち止まった。

 

「…私も少し夜風に当たりに来たの。話し相手になってくれるかしら?」

 

 彼も肩越しに振り向くと既に彼女は湖面へ顔を戻していた。

 

 ホールへ戻ろうとした爪先を再び返し、ムーアは振り出した煙草を銜えつつバルコニーの手摺へ身を預けるヘルムの横へ移動する。大人3名分のスペースを空け、彼は銜えた煙草へオイルライターの火を点けた。

 

「──良い香りね。嫌いな匂いじゃないわ」

 

「…硝煙と比べればこちらの方が遥かに上等でしょう。3級品ですが舌に馴染む味です」

 

 ジリジリと煙草が燃える中、彼は紫煙を燻らせて湖面を吹き抜ける風に乗せてそれを散らした。

 

「…自己紹介がまだだったわ。イージス部隊リーダーのヘルムよ。貴官は?」

 

「カウンターズ分隊指揮官のショウ・ムーア大尉であります。前哨基地司令官も兼任しております」

 

「…指揮官?…指揮官徽章は…」

 

 ヘルムが彼が纏う軍服の胸元へ横目を向ける。金色に輝く指揮官徽章が無いことを言及するも彼は胸ポケットのボタンを外し、収めていたそれを摘み出して彼女へ見せる。

 

「…アンダーソン閣下の護衛で参りましたので…あまり人目に付きたくはなかったのです」

 

 あれほど注目されては意味はなかったのかもしれないが──とは彼も口にしなかったが、溜め息と紫煙を同時に吐き出して指揮官徽章を再び仕舞い込んだ。

 

「…カウンターズのことは私も耳へ挟んでいるわ。たった数ヶ月で凄まじい実績と戦果を上げている分隊だと。そしてその指揮官は…嘘か真かニケ用の火器を使ってラプチャーと戦っているとも」

 

「…凄まじい実績と戦果…その割には負傷が絶えません」

 

「…というと?」

 

 彼はおもむろにサングラスを外すと右目の眼球を指先で突いて見せる。てっきり彼女は生身だと思ったのだろう。驚いた様子だったが、ムーアが全く動じていないことに眼球の正体を察した。

 

「…義眼…」

 

「右脚と左腕も義足、義手です。いずれも戦闘で。少々の勿体なさはありますが、悔いはありません」

 

 果たしてヘルムが耳に挟んだ()()()()それらに見合うだけの代償かは分からない。しかしサングラスを掛け直すムーアは負傷について後悔はないようだ。

 

「…貴官は不思議ね。普通は惜しむものよ」

 

「変人、と良く言われます」

 

 言い得て妙だ。微かにヘルムが笑いを漏らしてしまう。

 

 しかし声を上げて笑うのは、はしたないという教育を()()()()()()に受けたからか口を開けて笑う真似は一切なかった。

 

「…少し落ち着いたわ。スピーチの後はいつも気が立ってしまうのよ」

 

「お察し致します」

 

「…初対面なのに困るだろうけど…質問しても構わないかしら?」

 

 横目に蒼い瞳を向けられた彼は煙草の吸い口を右手の指先二本で挟みながら頷きを返した。

 

「貴官はこの艦──アドマイヤー号をどう思う?…いいえ、違うわね。アークに海軍は必要だと思う?正直に答えて欲しい」

 

 なんと答え難い問い掛けを投げてくるのか。眉間へ皺を寄せた彼は溜め息と共に紫煙を緩く吐き出してしまう。

 

「…正直に申し上げれば…必要ないでしょう。アーク(ここ)には海がない。地上奪還の暁に、と大海原へ浮かべる巨艦を建造したのでしょうが…その維持費を考えると……」

 

「──その通り。貴官の言う通りよ」

 

 皆まで言わなくても良い。むしろ彼女自身が改めて突き付けられる事実に耐えかねてかムーアの言葉を遮って頷くに留めた。

 

「そして私達には戦果がない。戦果を立てる舞台すら与えられない。アドマイヤー号がエリシオンの技術力の粋を結集して造られた最強の艦だとしても……」

 

 ──無用の長物。そう言いたいのだろう。ムーアは手摺の上へ置いたヘルムの両手が握り締められる様子を横目に捉えながら察した。

 

 気の利く言葉をムーアは掛けることが出来ない。慰めの類はこの手の性格の持ち主には逆効果だ。

 

 

 

 

──Sail on to victory──

 

──And sink their bones to Davy Jones──

 

 

 

 

 ──古い軍歌の一節が思わず口をついて漏れ出た。

 

 それを聞いたヘルムが蒼い瞳を何度も瞬かせつつ携帯灰皿へ煙草を放り込むムーアへ視線を向ける。

 

「驚いたわ…良く知ってるわね。貴官は懐古趣味でもあるの?」

 

「…そこまで歳は食っていませんよ。ふと思い出しただけです」

 

 肺へ残った紫煙の残り香を呼吸と共に吐き出すと彼は真横に佇む高貴な艦長(ヘルム)へ一度は掛けたサングラスを外し、濃い茶色の視線を向ける。

 

「…気の利いたことは言えませんが…確かに海軍は現状、アークにとっては無用でしょう。しかしこの艦が大海原の波濤を蹴って突き進む日が来ないとは決して言えない筈だ。マストに旗が翻り、この巨艦が果てしない水平線を目指して海原を駆ける光景を想像しない日が無かったとは言えない筈だ。──貴女方の存在価値は必ず認められる日が来る」

 

「…何故、そう言えるの?」

 

「──貴女の目が諦めていないから」

 

「……え?」

 

 濃い茶色の瞳に見据えられる形となったヘルムは思わず──色素が濃いのもあって黒真珠にも見えてしまう強い意志が込められた瞳から目を逸らせなくなる。

 

「…海とは蒼くて美しいと聞く。その蒼さに負けないだろう貴女の瞳の中に諦めの色がない。最後の一瞬まで諦めず、その在り方を損なわなければ、イージス(女神の盾)を構える乙女にこそ勝利の女神は微笑むと信じています」

 

 断言した彼の言葉に論理的なそれは一切ない。慰めやそれに準じた儚い何かすら孕んだ意味のない言葉なのかもしれない。

 

 しかし──どうしようもなく信じたくなる自分がいることにヘルムは気付くと、思わず彼が見据える視線から瞳を逸らした。──頬が熱い。

 

「な、何を言うかと思えば…き、貴官はどうやらプレイボーイの素質があるようね」

 

「……そんなことは初めて言われましたが……誉め言葉と受け取って宜しいでしょうか?」

 

「勝手になさい」

 

「Aye, aye, Captain」

 

 どうやら元気は出たらしい。悪態が吐けるようになれば充分である。なにせ彼自身もそうなのだ。

 

 ムーアはポケットへ携帯灰皿を放り込み、そしてサングラスを掛け直すと湖面へ顔を向けたままのヘルムを一瞥し、踵を返す。

 

 規則正しい足音を立てながら彼はホールへ繋がる扉へ手を掛けるも──その場で肩越しに彼女へ顔を向けた。

 

「──Captain(艦長)

 

 呼び掛けるとヘルムが髪を湖面を渡る風に遊ばせながら振り返った。

 

 その彼女へ向かい、ムーアは一言を述べた。大海を征く船乗り達が過去に様々な手段で伝え合ったであろう言葉である。

 

「──I wish you a pleasant voyage」

 

「──Thank you commander」

 

 ──そんな古い言葉を知っているとは。やはり懐古趣味があるのだろう。

 

 ヘルムは微笑みながら返信を送ると、彼がホールへ戻る後ろ姿を見詰めた。

 

 

 

 

 

 

 

「──疲れた……」

 

「──大丈夫ですか指揮官?」

 

 時刻は1時。もう日付が変わった時間帯にムーアとラピは前哨基地へ辿り着くとエレベーターから降り立った。

 

 ドレス姿の彼女が慣れない環境に置かれた影響で精神的な疲労感を感じている様子の彼を案じて声を掛けるが、ムーアは左右へ緩く首を振ってみせる。

 

「…大丈夫だ。体力の方は残っているよ」

 

 とはいえ()()は必要だ。彼はおもむろにスラックスからソフトパックを取り出す。反射的にラピが携えたハンドバッグの中からターボライターを取り出してみせるとムーアは苦笑した。

 

「…いつも悪いな」

 

「いえ。昨日…いえ、一昨日は歩き煙草はしないと仰っていませんでしたか?」

 

 一本を銜えた彼がラピが握るターボライターへ両手で風除けを作る。いつものようにカチリという音を立て、青い火を噴き上げさせれば、先端が瞬く間に炙られる。

 

 嗅ぎ慣れた落ち着く香りがラピの鼻孔と嗅覚センサーを擽る中、ムーアが肺一杯まで紫煙を吸い込んでゆっくりと仮初の夜空へ向かって吐き出した。

 

「…一昨日のことは忘れた。今日は今日だ」

 

 なんとも都合の良い詭弁があったモノだ。微かに苦笑するラピと共に彼が再び歩き始める。

 

 彼が紫煙を燻らせ、その香りを間近で嗅ぐラピの間にしばらくは会話がなかった。

 

 基地司令部庁舎と宿舎の舎前となる駐車場へ辿り着く頃には燻らせていた煙草はすっかり短くなってしまう。最後の一吸いを味わい、携帯灰皿へ吸い殻を投げ込んだムーアが紫煙の余韻を肺から気管を通して吐き出す。

 

「では指揮官。私はここで」

 

「あぁ、遅くまで付き合ってもらって悪かった。ゆっくり休んで──……あぁ、いや……最後まで紳士らしく振る舞った方が良いのか」

 

 ムーアが彼女の片手を取り、手の甲へ触れるだけの口付けを軽く落とす。アドマイヤー号で急遽、カップルを組んでのダンスとなった後にされたそれと同じ口付けだ。

 

「──おやすみなさいお嬢様」

 

「…ですからそれは…」

 

 溜め息を吐くラピへ彼は肩を竦めてみせると踵を返して司令部庁舎の中へ消えて行く。

 

 それを見送ったラピは──彼の乾燥気味の唇が落とされた手の甲を紅い瞳で見詰める。

 

 ──魔が差したのかもしれない。

 

 紅い瞳をそっと閉じ、彼の唇が触れた箇所へ自身の唇を軽く押し当てた。

 

 ──ほのかに煙草の苦い味が感じられた気がする。

 

「──おやすみなさい指揮官」

 

 小さく呟いたラピもやがて踵を返し、宿舎の中へ消えて行った。

 

 




「古い軍歌」とは【錨を上げて(Anchors Aweigh)】となります。
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