勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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検索と脅迫と階級、時々謝罪

 

 

 静かな館内にキーボードをタップする電子音のみが響く。

 

 中央公文書館の館内は非常に静かな空気である。その静寂の中、長机へ整然と並ぶデスクトップの一台の前へ腰掛けたスーツ姿のムーアは検索を掛けては思うような結果が出て来ないことへ少し苛立ちを覚えつつも新たなワードをキーボードで打ち込んだ。

 

「…Heretic」

 

 エンターキーをタップすると微かな電子音が響いた。画面上に検索結果が現れるも──

 

「……特に旧時代に於けるカトリック宗派の教義に対立する信仰をもつ人々……これはゲームのキャラクターの名前か?…酒の銘柄…」

 

 違う。これも違う。

 

 画面をスクロールさせ、下へ移動させながら検索結果を視線で追う。

 

 あまりにも抽象的なワードであっただろうか。もう少し限定しようと先に打ち込んだワードの後へスペースをひとつ入れ、on the ground(地上の)と追加する。

 

 エンターキーを押すと、先程よりは検索が絞れたようだ。

 

「──正体不明のニケへ対しての考察…降伏したニケ…強化人間をニケに…はぁ…」

 

 クリックし、気になるページへ飛んでは綴られた文章を読んでいくのだが──どれも陰謀論や真偽不明の噂へ尾鰭が付いたようなモノばかりである。

 

 低く唸りつつムーアは検索バーへ戻り、打ち込んで間もないon the groundを、そしてHereticもデリートキーを押して纏めて消去してしまう。

 

 これ以上、公文書館で検索を掛けてもそれらしい情報は見付けられない気がした。

 

 アニスとネオンはわざわざアウターリムまで足を運び、ヘレティックに関する情報を集めてくれているのだが──彼の予想になるが、おそらく空振りで終わりかねないだろう。

 

 ここまで情報が少ないとは思いもしなかった。しかし、そもそもとして目撃者や接触者がどれだけいたのか、そしてなによりそれらの情報を持ち帰った生還者の存在がどれほど居たのかを考えた時、情報の少なさはむしろ納得すらしてしまう。

 

 とはいえ、まだ利用時間は残っている。

 

 何を検索するか──とムーアが考えた矢先、脳裏で重低音の唸るような声が響き渡った。

 

 

 

──()()()()()()。これに聞き覚えは?──

 

 

 

 トーカティブ(お喋り野郎)が不意に尋ねてきたそれを思い出した途端、彼の頭へ軽い頭痛が起こる。

 

 相変わらず煩わしい頭痛だ。病院は嫌いだが診察でも受けてみようと考えつつ再びキーボードをタップする。

 

Kratos(クラトス)──…っ……!」

 

 僅かに声を出してワードを打ち込むが、途端に先程の比ではない強い頭痛が頭蓋の内で駆け抜ける。奥歯を食い縛り、脳の深くが痛むそれをなんとか堪えて検索結果へ視線を向けた。

 

「…ギリシア神話の神…」

 

 一番上へ表示された百科事典の如きページへ飛んだムーアが概要を読み進める。

 

 

 

 冥界の河の女神であるステュクスと、ティターン神族のパラースの長男。威圧や力、或いは強さを司る神であり、名はギリシャ語で「力」を意味する。勝利の女神であるニーケー、勇敢・武勇・暴力を司るビアー、熱情・競争心・対抗意識を神格化したゼロスが弟妹として存在する。

 

 

 

 

「──Nike(ニーケー)

 

 慣れた表記と発音ではないが、勝利の女神(ニーケー)のそれはこちらが正確なのだとページには綴られている。

 

 添付されている画像をクリックして拡大表示。

 

 大理石彫刻──「サモトラケのニケ」と題されたそれが拡大表示される。両腕と頭部がないそれだが、説明によれば翼を広げて船の舳先へ降り立った勝利の女神を表現した彫像だという。

 

「…再確認ぐらいにしかならないな…」

 

 いずれも大した情報ではない。神話については彼も一般的な知識を有しているのだ。とはいえ神々の関係性などにはあまり造詣は深くないのだが。

 

「──そこの兄さん」

 

「──悪いんだがどいてくれるか?」

 

 腕組みしつつ唸っていた矢先、やや乱暴な口調で背後から声を掛けられた。肩越しに振り向くと──2名の軍服姿の若者が立っている。若者と言っても彼と同い年か少し上程度の年齢だろう。

 

「…他のデスクトップは空いてるから、そっちを使ってくれ。済まないが調べ物で忙しいんだ」

 

 付き合う暇もないとばかりに彼は顔を正面へ向け、検索をやり直そうとキーボードへ手を伸ばしてタップを始めるのだが、ムーアの脇から伸びて来た誰かの腕がデスクトップの電源を切ってしまう。

 

 すると画面が一気に黒く染まった。

 

「俺達が、どいてくれ、って頼んでいる内にどけよ」

 

「まぁまぁ。いやぁ、悪いね。これからウチの()()が来るんだ。ここのデスクトップをいつも使うからさ。頼むよ」

 

 溜め息を吐き出し、彼は切られたばかりのボタンを押し込む。起動させるが電源を突然切った影響か直ぐには立ち上がらない。

 

 まったくなんてことを。再びの溜め息が漏れる。

 

「…俺達が何処の部隊か知らないみたいだな。中央政府軍の第1部隊だ」

 

「対テロ戦闘が専門の部隊なんだけど…兄さんもたぶん軍人だろ?知らない訳ないよな?荒事には慣れてるんだよ。だからさぁ…どいてくれないかな?」

 

「……はぁ……」

 

 よりにもよって中央政府軍(親衛隊)の奴等か。所属を明らかにした背後から響く声にムーアは何度目かの溜め息を吐き出す。

 

 中央政府が管理する軍隊組織であることには変わらないが、ムーアはその中でもニケ管理部──アンダーソン副司令官を長とする部署へ配置されている。まぁ現在はその統制から少し遠退き、前哨基地司令官を兼任して特殊別働隊指揮官を拝命しているのだが。

 

 背後の2名が所属する中央政府軍は中央政府が一元管理と命令を直接下せることもあってムーアは揶揄を込めて()()()とも呼ぶが、仮にも同じ軍人ならばもう少し物の言い方に気を付けた方が良いだろう。

 

「…申し遅れた。自分はニケ管理部所属の──」

 

 腰掛けた椅子を回転させ、ムーアが彼等へ向き直る。ジャケットの内ポケットへ入れた身分証となるIDカードを出すのだが──その内の一人が彼のIDカードを手で払い落とした。

 

「自己紹介なんか必要ねぇんだよ。さっさとどけろ」

 

「おいおい。いやぁ、悪いね。こいつ気が立っててさ。ちょっと興奮しちゃってるんだよ。だけど兄さんも悪いんだよ?大人しくどいてくれ…た…ら……」

 

 ()()()、穏便に済ませようとしているのか彼より少し年上だろう青年が屈んで床へ落ちたムーアのIDカードを拾い上げた。

 

 そのIDカードにはムーアの姓名、所属部署、現在の階級であるCaptain(大尉)の情報と共に彼の軍服を纏った顔写真が記載されている。

 

 青年の表情から笑みが消えた。次第に顔面が蒼白となる中、ムーアがゆっくりと腰を上げる。

 

「──()()、返してくれるか?」

 

「は、はい!」

 

「おい?なにビビってんだよ?」

 

 返却されたIDカードを彼は受け取り、亀裂が入っていないかを確認してから察しが悪い下士官の片割れへそれを見せた。

 

()()に随分とした口の効き方だな。中央政府軍はそのような態度を取るよう下士官に教育しているのか?」

 

「…は?将校……っ!申し訳ありません!!」

 

「…ショウ・ムーア大尉だ。あぁ、謝罪の必要はない。貴様らの上官は誰か?直ぐに来るのか?話がしたい」

 

 軍服の袖にある階級章で伍長と分かった2名へ彼は無感情の表情のまま尋ねるが──そういえばと思い出した。

 

「──で、いつになったら敬礼するんだ?待っているんだが…」

 

 踵を合わせ、直立不動の姿勢となった2名の伍長が彼へ挙手敬礼。それを受けたムーアは無表情のままラフな答礼を返し、腕を下ろすとジャケットの内ポケットへIDカードを仕舞い込んだ。

 

「…結構。階級には敬意を払え、と新兵訓練施設(ブートキャンプ)では教わらんのかと心配になったが…まぁ良い。続きは貴様らの上官と話そう。──呼べ、今すぐ」

 

 ここで騒いでは迷惑になる。彼は顎をしゃくった。表へ出ろ、というジェスチャーであるのは言うまでもなかった。

 

 公文書館の正面玄関を抜けたところで彼は立ち止まる。道路へ面した歩道の脇で煙草を銜えて火を点けながら、伍長達に早く連絡するよう促した。

 

 顔面蒼白のまま携帯端末を取り出し、メッセンジャーではなく通話で連絡を取る片割れが事情を説明する。端末の向こうから女性の高い怒鳴り声が離れていてもムーアの耳には届いてしまう。

 

「──た、大尉殿。5分ほどお待ち下さいとのことです」

 

 紫煙を燻らせながら彼は小さく頷く。それだけあるなら一服には充分な時間である。

 

 伍長達にとっては永遠に等しい時間であろうが、ムーアにとってはじっくりと煙草を味わう程度の僅かな時間だ。

 

 やがて歩道の向こうから白緑(アイスグリーン)の長髪をツインテールに纏めた人影が房を揺らして駆け寄って来る。

 

 おそらくはアレが上官だろうとムーアは察し、煙草を携帯灰皿へ投げ込んだ。

 

「──ムーア大尉殿でしょうか!?」

 

 かなり慌てた様子で駆け寄って来た人影は女性だ。彼よりは頭ひとつ分は背丈が低い。肩章(階級章)は少尉のようだ。挙手敬礼と共に問われ、軽く答礼を返しながらムーアは頷いた。

 

「そうだ。伍長に連絡を頼んだが、事情は聞いたな少尉?…随分とまぁ…()()()()()部下を率いているようだ」

 

「この度は大変申し訳ありませんでした!全て私の指導不足によるものです!」

 

「──結構。ではこの件は報告しないと約束する」

 

 自身の上官が頭を下げて謝罪する姿を間近で見せられ、伍長達は唇を噤んで目を伏せるしかない。

 

「あなた達は直ぐに帰りなさい!今日中に始末書を提出するように!指導は私が戻ってから行います!」

 

「…は、はい…!」

 

「…申し訳…ありませんでした…!」

 

 伍長達が彼と少尉の階級章を付けた女性へ敬礼する。ラフにムーアは答礼を返し、足早に立ち去る2名を見送った。

 

「御苦労だな少尉」

 

「プリバティと申します。この度は…」

 

「先程、謝罪を受けた。改めての謝罪は必要ない」

 

「そういう訳には参りません。失礼ですが…ムーア大尉殿はカウンターズ分隊の指揮官でいらっしゃいますか?」

 

 少尉──プリバティから尋ねられたムーアは鷹揚に頷く。その通りであるので隠す必要はない。

 

 肯定の頷きを認めたプリバティは対応を誤ってはならないと緊張感を高めた。()()()()──と見做している相手の上官であるのもあるが、アンダーソン副司令官が()()()()()()()()()という認識を中央政府軍所属の彼女は持っている。

 

 アンダーソンと中央政府軍は表面上は対立こそしていないが、裏では──予算の取り合い等も含めて丁々発止のやり取りは日常茶飯事だ。

 

 そのような相手をこのまま帰すのはマズい。特に副司令官へ報告(告げ口)などされては堪ったものではない。

 

 ニケであることを部下達には隠しているプリバティだが、ここへ到着するまで部隊(トライアングル)のリーダーに連絡して対応を問い合わせたのは正解だったかもしれない。

 

「──お時間はございますか?」

 

 プリバティが問い掛けると、ムーアは途端に怪訝な表情を浮かべたのは言うまでもなかった。

 

 




軍隊だと上官へ対しての侮辱って滅茶苦茶ヤバい(各国の軍法によっても異なりますが、懲役を喰らう可能性は大)

ゲーム本編でも中央政府軍と指揮官が所属するニケ管理部は別組織(別々の命令系統)のような印象を受けましたので、こんな感じに。
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