勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
中央政府軍へ所属するニケ、ユルハは目の下へ濃い隈を浮かべつつ眼前で食事を摂る青年将校の姿を世辞にも優しいとはいえない目付きで捉えていた。
スーツ姿だが、中央政府軍の各部署の主だった長へ回って来る資料──要注意人物のリストの中に記載されていた青年将校に間違いはない。
軍服が似合っており、外見の強面も相俟ってもう少し歳が行ってるのかとも思ったが22歳という若手の男性だ。しかも士官学校を卒業して間もないという情報には驚いた記憶がある。
彼女は
「──あ…す、すみません」
「──あぁ、拾わないで良い」
──唐突にトライデント所属のニケである外見はまさしく少女のアドミが手元を滑らせてフォークを床へ落とした。合成樹脂のそれではない金属音を奏でて転がったフォークをアドミが慌てて拾おうとするも彼はそれを制して手を軽く挙げた。
すかさずホール担当の給仕が歩み寄って来る。
「済まないが新しいフォークを彼女に」
「畏まりました。少々お待ち下さいませ」
資料では戦闘能力や運動能力が人間と比較しても圧倒的に上、などと記載があった。それもあって戦闘しか脳がなく、フォーマルなマナーは知らないガサツな人間かと思ったが、一通りは心得ているらしい。
ユルハは彼の手元をチェックする。
教養とは何気ない仕草から現れるとも言うが──富裕層の出身なのだろうか。食事を続ける手元に狂いはない。
そういえば出身地はアーク内という情報はあったが、何処の地区なのかは記載がなかった──それを彼女が思い出した時、ムーアが膝に広げていたナプキンで軽く口元を拭うと腰を上げ、席に畳んだナプキンを置いた。
「──少々、失礼します」
手洗いだろうか。腰を上げてホールを抜けていく姿を横目に見送ったユルハは再度、ムーアの皿へ目を向ける。まだ食事の途中であることを示すようにカトラリーのフォークとナイフは八の字へ置かれていた。
「…アドミ、緊張しない」
「すみません…」
「…本当に同一人物なのですか?」
強面に加えて、少しばかり威圧感も醸し出していたムーアに緊張していたのだろう。給仕が新しいフォークをアドミへ運んで来るとユルハは注意を口にした。
その給仕が立ち去り、プリバティが疑問を呈する。彼女も資料は謝罪へ向かう僅かな時間に読み込んでいたが──中央政府軍の入手した情報と実際のムーアの姿に齟齬を感じてしまう。
「同一人物であるのは間違いないようね。顔もそうだし、IDカードの認識番号も合っていたから」
本来ならユルハはこのようなことをする程、暇ではない。仕事が溜まっており──本来ならニケに睡眠は必要ないが、精神的な疲労が蓄積している。その解消と気分転換に睡眠が必要なのだが、最近はそれも覚束ない。思わず癖となってしまった目頭を指先で揉む仕草をする。
「…
「…なんですか?」
「こっちの話よ。知らなくて良いことだから気にしないで」
口が滑った。とはいえ大した情報ではない。それでどうこう出来る価値は見付けられない情報だ。
──しかし
「──申し訳ありません。お待たせしました」
用事を済ませたムーアが戻って来るとユルハは鷹揚に頷く。彼女も大尉で、彼も大尉だがユルハの方が先任である。無用に畏まっては見下されてしまう。
「料理は口に合うかしら?」
「えぇ。ここ暫くは基地でも戦闘糧食ばかりですので、味覚が肥えてしまわないかと少し心配しております」
それはなんとも気の毒なことだ。接待する立場のユルハでさえも彼の置かれた状況は世辞にも良好とは言えないらしい。
席へ腰掛けた彼が畳んでいたナプキンを膝へ掛け、食べ掛けの料理へ向かうのを眺めつつ、ユルハの視線は再びムーアの手元へ向けられた。
食事の作法は改めて見ても綺麗である。食器やカラトリーの音を無用に立てることもしない。そこらの富裕層でもここまで姿勢を正しながら食事を摂る人間は中々いない。
まぁ料理が運ばれて来る前に女性である彼女達が腰掛けてからムーアが座っていた──しかも椅子の左側から座っていた光景を思い出すに、相応の教養はあるのだろう。
「前哨基地は何もないと聞きましたが…」
「最近になってやっと新しい建設が始まった。彼女達の福利厚生を名目にだが…まさか
プリバティの質問に答える彼の言葉の端々から感じられるニケ達への気遣いも情報と相違ない。珍しい人物だとの所見が明記されていた記憶があった。
「…カフェ、ですか?」
「そうだ。…ひとつ聞きたいんだが…ニケ達は全般的に甘党なのか?」
「…は?」
「…嫌い…ではありません」
「個体毎に好みは別れるわ。それは人間と同じ。…まぁ…その傾向が強いとは思うけれど…」
「…そうですか…」
プリバティが呆気に取られ、アドミは恐る恐ると自身の視点からの意見を述べる。そしてユルハが念の為に補足説明をするのだが──何故か彼は気落ちした様子で料理を平らげるとナプキンで口元を拭い、カトラリーを揃えて皿の上へ置いた。
「…甘い物が好きなら…まぁ…大丈夫かもしれないな…」
独り言の呟きが聞こえたが、大した意味はなさそうに感じたユルハは触れないでおこうと決めた矢先のことだ。
グラスに注がれた水を嚥下した彼はおもむろに食事の席を囲む3名を見渡すと、なるほど、と言わんばかりに頷いて納得する素振りを見せる。
「──御三方ともニケですか」
ピクリとユルハの頬が反応し、続けてプリバティとアドミが腰を浮かし掛ける。自己紹介はしたが、彼へ自らニケであるとは口にしていないのだ。
「いつ分かったの?」
「確信したのは先程。カフェの話です。
「なるほど。それだけ?」
「それと少尉の胸元にあるエリシオンのロゴマーク」
「…隠していた訳ではないけれど、観察力は確かね」
これは油断できない。今更だがユルハは警戒心を高めた。どうやら彼も同様に自分達を観察していたらしいと気付いたユルハだが、その探るような視線を感じ取れなかったのには合点が行かなかった。しかし尋ねたところで素直に答えてくれる筈もないだろう。
「それと御馳走になっておいてなんですが報告は致しませんよ。おそらくそれを危惧して懐柔しようとなさったのでしょうが…」
溜め息を吐き出すムーアだが、初対面の彼女達は──特にユルハは信用出来ない。演技の可能性が捨て切れないのだ。尤も彼を良く知る部下達であれば「そんなに器用な人間ではない」と口を揃えるだろう。
懐柔の策は主に5種類存在する。
食わせる。飲ませる。握らせる。抱かせる。威張らせる。
この5種類だ。
既に食わせて、飲ませた。
残るは金品を握らせる、女を抱かせる、そして──最後のひとつはあまり効果がないようにも思えたのでユルハは選択肢から除外した。
「と言ったところで信用はされないでしょうね」
「えぇ」
当然だ、と彼女が頷く。ムーアとしてはこればかりは信用して欲しいとしか言えないのだ。食わせ、そして飲ませて貰った手前もあるので充分すぎるほどの謝罪は受けたつもりなのである。
「…懸念されているのは…私がアンダーソン閣下へ今回の一件を報告した場合に生じる可能性が高い、中央政府軍との関係悪化でしょうか?」
「それと中央政府軍の心証悪化を避けたいのよ」
「なるほど。…であれば問題ないでしょう。アンダーソン閣下がこんな些末な問題にいちいち反応する訳がありませんから。あの人も忙しい」
彼は給仕達の手で机上の皿が片付けられる様子を眺め、直ぐにデセールのケーキが運ばれて来た。繊細かつ丁寧な仕事が分かるケーキだが──
「…アドミ君。食べてくれないか?甘い物は少し苦手なんだ」
「…いいんですか?」
左隣へ腰掛けているアドミへ自身のケーキを皿ごと譲った彼は改めてユルハに視線を向けた。
「行儀が悪いわよ」
「申し訳ありません。育ちが悪いもので…」
諌める彼女へムーアは素直に頭を下げた。
ケーキはフォンダン・オ・ショコラ。チョコレートの苦味と甘味、口溶けを再現して作られたそれだが──ユルハが懐柔を目的にしてこのレストランの席を用意したと明白になった以上、口へ運ぶことは出来ない。
特にこのデセールとなれば尚更だ。苦味と甘味に誤魔化された
当初からその可能性が高かったのもあり先程、席を立ったムーアはユルハの予想通りにトイレへ向かったが─その目的は用足しではない。食べた物を全て吐き出して来たのだ。
──何が育ちが悪いだ。
油断も隙もない。いや、むしろだからこそアンダーソン副司令官に
「…残念だったわね。美味しいのよ、ここのケーキ」
「…味覚が変わったら個人的に伺おうと思います」
ユルハは察したのだろう。含みのある物言いを投げ掛けると彼は肩を竦める。──どうやら何も入っていなかったらしい。
「…腹の探り合いは止めましょう。信用して構わないのね?」
「えぇ」
根拠もなく問い掛けた彼女へムーアが頷く。ならば、と食事の席でこちらも無作法だがユルハは自身の携帯端末を取り出す。
「メッセンジャー、blablaのアプリは入ってる?交換しましょう。お互いの監視の為にね」
「そこまでしなくても報告はしませんが……」
それで一定の信用を勝ち取れるなら安いだろう。ムーアも携帯端末を取り出したのは言うまでもなかった。
「──はっ!また…!」
「──もう何度目ですかアニス?っていうか、なんで髪が立つんですか?アンテナか何かですか?」
そしてアンダーリムのスラム街を歩く彼女達の片割れが同時刻に
染色体異常…はてさてなんのことやら
プリバティとアドミの立ち絵の肩章は同じに見えますので少尉に、そしてユルハは…中間管理職の様子から大尉の階級としました