勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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いつの間にかお気に入りが1000を超えておりました。ここまでお付き合い下さりましてありがとうございます。改めまして御礼申し上げます。


喧嘩と耳掻きと()()、時々()()

 

 

「──うわっ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて細身の身体が宙を舞う。そのまま背中から受け身すら取らずに舗装された地面へ落下すると周囲から拍手が起こった。

 

「痛っ…!」

 

「…大丈夫か?」

 

 ミルクが片腕を釣られながら呻きを上げる中、その細腕を掴んだままのムーアは心配そうに異常がないかを尋ねる。

 

「…兄貴…喧嘩…強いんだな」

 

「いや、今のは喧嘩なのか?」

 

 ──ただの大腰(ヒップスロー)だったのだが。

 

 建設が早々と終了した喫茶店 カフェ・スウィーティー前哨基地店の開店日に休暇中の暇潰しを兼ねてムーアが顔を出したのが事の始まりだ。

 

 いつもの格好──半袖の黒いシャツを纏い、その首から下げられた認識票二枚が繋がっているボールチェーンを覗かせながら彼が店へ顔を出すと既に基地要員の量産ニケ達が()()()で購入したコーヒーを飲んで一息吐いていた。

 

 何故に自販機なのかはさておき、開店日の店番は童顔が特徴だが、密かなコンプレックスでもあるミルクだ。

 

 店番こそしているが客は自販機でコーヒーを購入できる為、暇だったらしい。その暇潰しに喧嘩をムーアは()()()()()()()のである。

 

 なんでも彼女曰く()()()()()()()()()という理由らしい。

 

 ムーアとしては開店日なので顔見せがてら様子見に来ただけなのに、何故こんなことになったか訳が分からない。

 

 しかしミルクが早く表に出ろと急かし、なし崩し的に()()と相成ったのだ。

 

 その喧嘩は対峙した瞬間、ミルクが縦拳を打ち込んで来たのでそれをムーアは避け、左手で打撃を仕掛けた彼女の右腕を掴みつつ左腕を脇の下から通してベルトを掴み、自身の腰へ乗せながら回転するように投げただけで済んでしまった。物の数秒の話である。

 

 それを見学する形となった量産型ニケ達は鮮やかな彼の手並みを感心するように拍手を送ったのだが、あっという間に投げられてしまったミルクは呆然とするばかりだ。

 

「ってか…なんでニケを投げられんだよ…おかしいだろ…!」

 

「体重は俺と大差ないと思うぞ。ニケの方が若干は重…なんでもない」

 

 釣っていたミルクの細腕を掴んで引き上げながら彼は特に意味もなく呟こうとしたが──何故か見学していた量産型ニケ達から刺すような視線が浴びせられた為、大人しく口を噤んだ。英断であるのは言うまでもない。

 

「…言い繕うにしても遅いと思うぜ?ってかそれはそうと今の教えてくれよ兄貴」

 

「…疑問なんだが、何故に兄貴なんだ?」

 

「はぁ?兄貴っぽいからに決まってんじゃん」

 

 何を寝惚けているんだ、と言わんばかりにミルクが彼を見上げつつのたまわる。

 

 血縁関係は間違いなくない筈だ。であれば親愛の意味を込めての愛称の類いなのだろう。

 

 どうせ考えても無駄だと気付けばムーアも気にしない方が良いのだろうと察してしまう。貴様やテメェでないだけ有り難いのだろう。

 

「…まず受け身は取れるか?」

 

「一応は──お?教えてくれんの?」

 

「教えるだけだぞ」

 

 ミルクが表情を綻ばせた。それは良いのだが、本当に受け身をしっかり習得しているのかが疑問としてムーアには残る。

 

 なにせ先程の大腰(ヒップスロー)でさえ──腰技や投げ技の基本中の基本とも言えるそれを仕掛けられて受け身もままならず落下していたのだ。

 

「──指揮官!動画撮っても良いですか?格闘の参考にしたいので!」

 

「…ん?あぁ、構わんぞ」

 

 量産型ニケの1名がおもむろに携帯端末を掲げて見せると彼は頷きを返す。許可が出たことで他の基地要員達もそれぞれの携帯端末のレンズを向けて来る。

 

 衆人環視の中でのレッスンとなったが、やることは変わらない。マットの代わりに柔らかいだろう土の上へ移動すると早速の開始だ。

 

「…さっきよりゆっくり投げるからな。感覚を掴め。大腰(ヒップスロー)は自分の腰に相手を乗せて一気に投げる技だ。──片手で相手の腕は掴んでおけ。脇から背中に回した腕で相手のベルトを握り、次は自分の身体を反転させながら相手の腰をグッと引き寄せる」

 

「おおっ…!」

 

「この時に重要なのが自分の腰の位置を相手より低くして乗せることだ。腰を深く入れろ。コツは膝を少し曲げて…」

 

「スゲェ…!兄貴、大丈夫か?重くねぇ?」

 

「…ミルクは軽いな」

 

 ムーアとミルクは身長差と体格差が存在する。指導する側の彼は膝を少し曲げ、自身の腰へ彼女を引き寄せると膝を元へ戻した。途端にミルクの身体が地面から浮き上がり、彼女はおろか見学と撮影をしている量産型ニケ達からも感嘆の息が漏れる。

 

「乗ったらこのまま回転するように投げる。これが一連の流れだ。理解したか?」

 

「…なんとなく」

 

「良し。なら練習してみよう。俺に掛けてくれ」

 

 ミルクの脚を地面へ付けさせると、ムーアは彼女へ技を掛けるよう促す。小さく頷いた彼女が教えられたばかりの挙動を確認しながら彼の後腰にあるベルトを細い手で掴む。

 

「そう。身長差があるからミルクはそこまで膝を曲げる必要はないだろう。そのまま乗せてみろ」

 

「おう。分かった──って兄貴…意外と重いな」

 

「…そんなにか?」

 

 苦という程ではないようだが、外見に反して平均的な成人男性の体重を超える彼のそれを感じたミルクが少し驚いた声を上げた。

 

 とはいえ流石はニケだ。130kgはある彼の身体をしっかりと腰へ乗せてみせたかと思いきや、ミルクは回転しつつムーアの長身を軽々と投げてみせる。

 

 土の地面へ落下するムーアだが、一回転させられながらも肘、肩、背中、腰の順に着地するよう意識して衝撃を分散させた。受け身もしっかりと取って立ち上がると服へ付いた汚れを手の平で軽く叩いて払う。

 

「…こんな簡単に投げられるんだな…」

 

「とはいえ、投げ技だけで敵を制圧は出来ない。…正確には出来ないというよりも()()()()()()()()()()()()()と言えば適切か。頭から落とす場合はその限りではないが……」

 

「…どういうことだ?」

 

「…説明するよりやってみせた方が早いな」

 

 ──この一連のレッスン、或いはトレーニングは中々に彼の熱の入りようもあってか途中から量産型ニケ達も混ざっての練習となった。

 

 銃火器を用いての戦闘訓練は数多く受けて来た彼女達だが、白兵戦や格闘技に関しての訓練は新鮮だったらしい。

 

 とはいえ──

 

 

「……ほぅ?」

 

 

 ──後日、エリシオン社出身の量産型ニケの誰か、或いは複数名が同社のグループチャットへトレーニングの一部の動画を貼り付けたのが巡り巡ってCEOの目に止まり、興味津々と視聴されていたのは別の話である。

 

 

 

「──御好評だったようですね」

 

「──あぁ、ありがとう。最終的に手空きの全員が参加するとは思わんかった。…まさかナイフの使い方まで指導することになるとはな」

 

 基地司令部庁舎へ戻り、軽くシャワーを浴びてからムーアは休暇中だというのに仕事を始める。仕事とはいうが端末(タブレット)を起動させ、警衛勤務へ就いている量産型ニケ達からの報告や備蓄している資源や燃料、弾薬の残量へ目を通すだけだ。不足が予想される場合は補給の申請を司令部へ送信という比較的簡単な仕事である。

 

 その仕事も終わりに差し掛かった時、指揮官室へ現れたのはラピだ。彼女がトレイへ載せたマグカップを持って彼へ歩み寄ると、突発的な開催になったトレーニングの苦労を労いながらコーヒーが淹れられたそれを机上へ置く。

 

 礼を述べながらそのマグカップを掴み、湯気立つコーヒーを啜る。──やはり何も混ぜられていない方がムーアの好みだ。

 

「──って…ラピは休暇中だろう。わざわざ淹れる必要は…」

 

 今更ながら、しかもコーヒーを受け取っておいて遅いのだが彼女は休暇中である。こんな雑用をする必要はないのだ。従兵か当番兵のような真似事をさせる趣味を彼は持ち合わせていない。

 

「私が勝手にしていることですから。それに御言葉ですが指揮官も休暇中です」

 

「…いやまぁ…そうなんだが…アークに出掛けても良いんだぞ?」

 

「特にこれといった用事はありません」

 

 淡々とありのままを告げるラピに彼は少しだけ渋い顔を浮かべつつコーヒーを啜るしかない。何故か知らないが分隊の全員が最近は口喧嘩や応酬が上手くなってきたように思う。いや、上手いのは元々なのかもしれないが。

 

「指揮官こそ休暇なのですから少し息抜きに出掛けられては?」

 

「…息抜きか…」

 

「はい。例えばご実家に帰省などでしょうか」

 

「…実家…」

 

 ラピは何気なしに提案しただけだ。人間とは帰巣本能とでも言うべきか、無性に落ち着く場所である生家や育った環境へ帰りたがる性質を持っている。

 

 その知識に基づいて彼女は提案しただけなのだが──苦虫を何匹も噛み潰したような表情を浮かべ、眉間に三本の深い縦皺を刻んだムーアを認めてしまう。禁句だったのかもしれない。

 

「…申し訳ありません。差し出がましい口を…」

 

「あぁ、いや、構わない。気にしないでくれ。──話は変わるがアニスとネオンから連絡はあったか?」

 

 やはり禁句だったのだろう。空気が悪くなる前に彼が自ら話題を変えたのがその証拠であろうとラピは考えつつ頷きを返した。

 

「はい。先程、グループチャットの方にメッセージがありました」

 

「…気付いてなかったな」

 

 迷彩柄(デジタルカモ)のパンツのポケットから取り出した携帯端末を開き、メッセージを確認する。なんと30分前には投稿されていたらしい。ちょうど仕事を始めて間もなくの頃だ。集中しすぎていたのかもしれない。

 

「…あまり順調ではないようだな」

 

「はい。詳細は前哨基地へ戻ってから口頭報告をするそうです」

 

「…アニスとネオンも本来なら休んで欲しいんだが…」

 

「二人共、自発的に動いております。指揮官が命令を下した訳ではありませんからお気になさらないで下さい」

 

 言わんとすることは理解出来るが、納得は難しい様子の雰囲気を彼は醸し出しながら諸々の確認を終えた端末(タブレット)を閉じてマグカップを握りながら腰を上げた。

 

 少しだけ移動し、ソファに腰を下ろすと脚を組んでコーヒーを啜り、煙草を銜えてオイルライターの火を点ける。

 

「…時間外の勤務だと手当が発生しないからな…」

 

「アニスとネオンもそのようなことに関係なく動きたかったのです」

 

「…それは素直に嬉しいんだが…」

 

 ──良心が咎める。彼は小さく呟き、随分と達者になった機械仕掛けの左手でマグカップを掴みつつ右手の指へ挟んだ煙草の紫煙を燻らせた。

 

 思考が堂々巡りしているのは先の任務で遭遇したヘレティックの存在、その正体が()()であった衝撃からいまだ抜け出せていないのか。それとも()()()の存在が気掛かりなのか。或いはもっと他の懸念が残っているのか。

 

 いずれにせよあまり健康的な思考ではないようにラピは考えてしまう。灰皿へ吸いかけの煙草を預けたムーアを注視しつつ機能を起動させる。

 

 彼のコンディションを確認するが──少なくともフィジカルには問題は認められなかった。流石にこの機能では彼の心理状態までは見透かせない。メンタルはどうしようもないのだ。

 

 メンタルに抱え込んだ様々な要因が重なり、心が折れて耐え切れなくなったこれまでの指揮官達の死に様がふとラピの記憶から湧き出た。発狂から、こめかみへ拳銃の銃口を自ら突き付け、引き金を引いた指揮官は何名か見て来た。

 

 生気を失った双眸の瞳孔が開き、頭蓋骨や髪の一部が付着したままの頭皮、そして白い脳といった諸々の破片を周囲に撒き散らして事切れた人間達。彼等を弱い者と断ずるのは簡単ではあるが──。

 

 そこまで考えたところで彼女は指揮官室の隅の棚へ置かれているムーアの数少ない私物のケアセットが納められた小箱を取って戻って来る。

 

 それを見た彼が怪訝な表情を浮かべる中、右横へラピは腰掛けると彼女は自身の膝を軽く叩いて見せた。

 

「……なんだ?」

 

「少し気になりましたもので」

 

「いや、そこまでする必要は……」

 

「どうぞ」

 

 何を彼女がしようとしているのかは彼にも分かった。片手にステンレスの細長い耳掻き棒を持っているのが何よりの証拠である。

 

 とはいえだ。率直に彼の心情を白状させれば恥ずかしいのである。表情にこそ浮かべていないが、この歳になってまで、という感情が芽吹くのは当然だ。

 

 どうにかして逃れようと模索するが、ラピは善意からの行動である。それを無碍に断るのも憚られた。

 

 しまいには催促するように彼女がポンポンと膝を叩いて来る始末。──諦めるしかなかった。

 

 溜め息混じりに頷いてマグカップを机上へ預けた彼が身を横たえ、ラピへ左耳を晒すように膝へ頭を乗せる。

 

「…もう少し上に移動して下さいますか?…はい、結構です」

 

 もうなすがままになった方が早いだろう。大人しくラピの太腿近くまで彼は頭部を動かして身体の力を抜いた。手袋を脱いだのだろうラピの指先が左耳の耳介を摘み、外耳道へ冷たい感触を覚えるステンレスの棒が差し込まれたムーアは目を細めた。

 

「…疎かにしていらっしゃいましたね?」

 

「…否定はしない」

 

 外耳道の様子を──溜まった耳垢を一瞥したラピが眉間へ皺を寄せると彼は遠回しな肯定を返す。

 

 仕方のない人、とでも言いたいのか彼女の溜め息が漏れる。ステンレスの耳掻き棒の先端でこびり付いた耳垢の排除へ取り掛かる。

 

 幸いにも頑固ではないらしい。素直にペリッと剥がれてくれた。

 

「──指揮官。私はこれまで様々な指揮官を見て来ました」

 

 唐突な言葉に彼の頬がピクリと反応する。しかし反応はそれだけだ。どうやら静かに聞いてくれるらしいと察し、掻き取った耳垢が乗っている先端をティッシュで拭い、再びステンレスの棒を外耳道へ差し込む。

 

「──人類を救う英雄。その象徴性に目が眩み命を蔑ろにする指揮官は後を絶ちません。ニケも同様ですが…。…その過程で様々な苦悩を抱え、儚い使命感や錯覚の中で死に逝く沢山の指揮官を見て来ました」

 

 彼の前任者──分隊指揮官であった青年将校も好意的に見れば正義感と情熱を持った性格であったのだろう。それがニケへ対して向けられなかっただけであって、少なくとも人類の悲願の為に命を賭した筈なのだ。

 

 大人しく耳掻きを受けつつラピの言葉に晒した左耳を向けるムーアは──おそらくそれらの指揮官よりも何歩も先にある逃れようのない()という領域へ躊躇なく片足を突っ込んでいるのだろう。

 

 ニケですら厭うだろう死を彼は苦にしない。或いは()()()を迎える瞬間、彼はきっと大人しく結末を受け入れるに違いない。そんな予感がラピにはあった。

 

「──ですが()()()だけはそうであってほしくありません」

 

 ──その予感があるからこそなのかもしれない。彼女の口から思わずついて言葉が漏れてしまった。

 

「……どうしてだ?」

 

 思わず口にした言葉へムーアが反応を示す。問われたラピは耳掻きすら忘れ、返すべき言葉を探すのだが──

 

「…違う気がするのです。理由は…分かりませんが…あなたは違います。──ですから…死んでもらいたくないのです」

 

 この“感情”をなんと表現すれば良いのかはラピにも分からない。しかしショウ・ムーアという個人の存在が永遠にこの世界から消失することを拒む自身がいるのは確かだ。

 

「…俺に諦めて欲しいのか?人間の分際で戦うな、と?」

 

「……私にも良く分かりません。そう思う自分もいます。ですが…一緒に隣で戦って欲しいと願う自分もいます」

 

 あれこれ考えたところで適切な表現は難しい。正直に本音を曝け出す他なかった。──粗方、外耳道は綺麗になった。それを認めたラピが反対側の耳も見せるよう彼を促す。

 

 ソファの上で身を反転させたムーアの右耳が今度は彼女の眼前に晒される。彼はちょうどラピの腹部を向く格好となった。

 

「…俺はそう簡単に死なんよ。その時が来たら()()()()()()()かもしれないが…少なくともそう簡単には死なない」

 

「…はい。そう…ですね。どういう訳かあなたの言葉は信じたくなります」

 

「…とはいえ、()()()()()()と自覚している人間だ。目を離した途端、本当に逝ってるかもしれんが」

 

「…ふふっ…」

 

 これは彼なりの冗談なのだろう。自覚しているなら少しは自重して貰いたいのは山々だが、()()()()()()()()()()と彼が口にした以上は“約束”として機能する筈だとラピは確信が出来た。

 

「…もうひとつ…これは私の我が儘ですが…宜しいですか?」

 

「…珍しいな」

 

 彼から些か驚いた様子を感じたラピだが、次いで自身の太腿の上でムーアが軽く首肯したのだろう感覚を捉える。ならば、と──耳掻きの手を休めて彼へ向けて口にする。

 

「…以前、お尋ねしました。《私達が何に見えますか》と。なんとお答えになったか覚えていらっしゃいますか?」

 

「……《人間に見える。それ以外には見えない》」

 

 ちょうどこの前哨基地へ赴任した当日、任務で負傷したラピがエリシオンでのボディ交換を終えて合流した際に二人が交わした会話だ。それを両者とも一言一句違わずにしっかりと覚えていた。

 

「…あの時のお答えと、あなたの今の思いは変わりませんか?」

 

「…むしろあの時以上にキミ達が人間にしか見えなくなった。…ニケを運用する指揮官らしくないか?」

 

 若干の躊躇いが感じられる彼からの問い掛けは──常識に照らし合わせれば間違いなく指揮官らしからぬ思想であろう。

 

 ラピもそのように考える筈だと感じながらムーアは尋ねたが──直ぐに答えは返って来なかった。

 

「──……いえ、あなたらしいと思います。だからなのかもしれませんが…私の我が儘は…そのままのあなたのままで…変わらないでいて貰いたいのです」

 

「…人間は変化する生き物だぞ。外見も思想も嗜好も」

 

「…分かっています。ですが…あなたが今の気持ちのまま変わらないで欲しいと願ってしまいます」

 

「────」

 

 彼は人間だ。時が経てば自然と老い、抱く思想も変化するだろう。ニケとは異なる存在である以上は覆しようがない。

 

 共に戦って来たムーアがどのような人物なのかはラピも良く知っている。

 

 ラプチャーを恐れもしなければ怯みもしない。

 

 四肢を失いながらも戦意は決して衰えず、敵を見据えて戦い続ける姿は──心配になるどころの話ではないが、一種の羨望を抱かなかったと言えば嘘になる。

 

 それだけの戦意や闘志が何処から湧いて来るのかは分からない。或いは彼の根底にある優しさがそれに繋がっているのかもしれない。表情は世辞にも豊かとは言えないが、気遣いと優しさは日頃から彼女も感じ取っている。

 

 本当ならば──人間の身でありながら戦闘へ参加することは止めなければならないのだろう。だがそれは彼の望むところではないと言う意志も感じ取っている。

 

 その行き着く果てに何があるのか。きっと彼は自身の身を焦がしてでも戦い続けるだろう。全身を砕かれ、義肢の肉体へ変貌しても尚、戦いを止めない筈だ。

 

 未来は不確かだ。しかし──そのあり得るかもしれない光景がラピの眼前に浮かび上がっては消えて行く。

 

 例えそうだとしても──

 

「──願うところに向かってお進み下さい。私は見届けたいのです。あなたが歩む足取りがこの世界にどんな変化を齎すのかを」

 

 水面へ投じられる一石が波紋を生じさせるが如く、世界に何らかの動揺が走るのか。その動揺が変化を齎すのか。

 

 彼がその時、その渦中にいる気がしてならなかった。

 

「その変化の中心であなたの気持ちが変わらないのなら、今のように全てを自分の観点で見詰めて判断する思考が変わらないのなら──私とアニス、ネオンは最後まであなたをお守りします」

 

 ラピ自身もこのようなことを言う日が来るとは思っていなかった。内心では僅かな動揺すら感じるが不快なそれではない。何故なら彼女自身も驚く程に──柔らかい声だった。

 

「…分かった。約束しよう。A leopard can't change its spots(人の持って生まれた性分は変わらない)という言葉もあるぐらいだ。変わらない自信はある」

 

「…悪い意味での変わらない、というニュアンスで使われる言葉ではありませんでしたか?」

 

 ムーアが苦笑を漏らすと、釣られてラピも苦笑をもらしてしまう。

 

 耳掻きを再開し、少しずつ溜まっている汚れを掻き出して行けば、やがて綺麗になってしまった。

 

 この時間も終わりである。それが無性に名残惜しく感じるも終わりの時間だ。

 

「──終わりました」

 

「───」

 

「──…指揮官?」

 

 反応がないと気付いたラピがそっと彼を覗き込むと──微かな寝息を立てながら眠りに落ちていた。

 

 疲れていたのかもしれない。なにせ基礎体力や運動能力からして違うニケ達を相手にしてインストラクターの真似事だ。

 

 暫くすれば起きるだろう。それまでは──とラピは耳掻き棒を机上へ置き、彼の短く刈り上げられた黒髪を優しく撫でた。

 

「…あぁ…でも…」

 

 そう簡単には死なない、とムーアは約束してくれた。

 

 だが──いずれは、きっと、必ず()()()()()()()瞬間が訪れるのだろう。

 

 その時、彼は泰然と受け入れるのか。それとも足掻こうとするのかは定かではない。前者の可能性は非常に高いのは確かだ。

 

 だが、きっと怖いだろう。

 

 全身に力が入らなくなり、視界は闇へ覆われ、耳すらも遠くなる。永遠の暗闇に閉ざされる瞬間、彼がどう思うのか。

 

 どのような最期をムーアが迎えるのかは分からない。

 

 

 しかし、その時は──こうして送ってあげたい、とラピは無性に感じてしまった。

 

 

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