勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
駅前の駐車場に1台の軍用車両が駐車している。左側の運転席へ腰掛け、背凭れへ上体を預けるのはムーアだ。
その口元には半ばまで燃え尽きた煙草が紫煙を燻らせ続けている。
そろそろだろうか、と彼は左手首の内側へ文字盤が来るように巻いた腕時計が報せる時刻を確認した。
待ち合わせの時間は間もなくだが──そう思っていた矢先、フロントガラスの片隅に遠目だが見慣れた二人組の人影が映る。ボトルホルダーへ入れた灰皿に煙草を投げ込むと彼は運転席から降りて人影達へ歩み寄る。
「──指揮官様〜!」
「──師匠〜!」
手を振る彼女達──約2週間ぶりに顔を合わせた部下のアニスとネオンが小走りに駆け寄って来ると、彼は交互に軽く頭へ握った拳骨を落とした。
「帰隊遅延も良いところだぞ」
「だって指揮官様が遊んで来て良い、って言ったんじゃん!」
「そうですそうです!」
「…確かに言ったが2週間も──しかもアウターリムまで行くとは事前に聞いてなかった。事後報告だっただろう」
治外法権──むしろアークの統制が行き届いていない無法地帯まで足を運ぶとはどういう料簡だ、と上下共に戦闘服を纏った彼が腕組みしつつ僅かに怒気を滲ませれば二人は困ったような笑いを浮かべる。
「…まぁ無事だったなら良い。わざわざ足を運ばせて悪かった」
帰隊遅延者──休暇中なのでその表現は正しくないのだろうが、2名を迎えに来たムーアが上官や指揮官として怒るのはここまでだ。彼は彼女達へクルマに乗るよう促すと一足早く運転席へ座り込んだ。
「──指揮官様の方は?」
「チャットでも話したが二人と似たようなモノだ。公文書館でも該当する情報は見付からんかった」
ソフトパックを取り出し、煙草の一本を振り出して銜えると──助手席へ座り込んだアニスがすかさずライターを彼へ差し出す。
「…持ってたか?」
「ううん。買ったの」
アニスがボタンを押し、電子ライターの電極から紫色の放電を発生させる。その放電へムーアは煙草の先端を近付けて火を点けた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「師匠、次は私が煙草に火を点けてあげます。私のライターも師匠と同じでオイルを使うんですよ。しかも火力調節を最大まで上げれば、ちょっとした火炎放射器のように──」
「…煙草が吸う前に燃え尽きるから最小にしてくれ。というか何処で売ってたんだ」
「アウターリムですけど?」
「…物騒な物を…」
護身用にでも売っているのだろうか、とムーアは考えながらクルマのエンジンを掛ける。
「このまま前哨基地まで直帰で構わんか?何か用事か買い物でもあるなら付き合うぞ」
「…あ〜…ならさぁ…指揮官様。ちょっと付き合ってくれない?」
アニスが何かを──ロクでもない何かを思い付いた様子で口元を少しだけ歪ませる。嫌な予感しかしないが、付き合う、と言った手前もあって反故には出来なかった。
「──Yeah!!ストレス溜まっててさ〜!発散に付き合って指揮官様〜!!」
「──Wow!!待ってましたよアニス!!」
何故、自分はこんなところに居るのだろう。ムーアは腰掛けたソファで脚を組みながらグラスを傾けていた。
助手席へ腰掛けたアニスのナビゲーションに従って辿り着いた先は──テトララインが出資しているカラオケチェーン店のひとつだ。
受付を済ませ、あれよあれよという間に導かれてしまった彼はソフトドリンクの炭酸飲料を嚥下しつつ次の曲を予約するネオンを、そしてマイク片手に熱唱するアニスを眺める他ない。
「──ノリ悪いよ指揮官様〜!!ネオンの次は指揮官様だからね〜!!」
「はい、師匠!予約して下さいね!」
「いや、俺は……」
間奏の寸暇にマイクを握りつつアニスが大音量でムーアを指差すとネオンが彼へタッチパネルを手渡す。歌うつもりはない、と彼女へ押し返そうとするが弟子はマラカスを握ってアニスの歌唱へ花を添え始める始末だ。
──どうしろと?
彼は手元に渡って来たタッチパネルと睨み合う。音楽は決して嫌いではないのだが、最近のヒットチャートや人気のグループがリリースする楽曲を全く知らないのだ。
アニスは少し昔に人気を博していたアイドルグループがリリースした楽曲を熱唱しているが、ネオンは何を予約したのだろうか。
ムーアは予約欄に表記された次の楽曲名を確かめる。ネオンのことだから軍歌だろうか──と思いきや、彼も名前だけは聞いた記憶があるグループの曲ではないか。
──どうしよう。
流石に流れを切ってクソダサい征討歌や
ラストのサビも歌い切ったアニスへネオンがマラカスを振って盛り上げ、彼も拍手を送るのだが、ムーアはそれどころではない。
「次は私ですね!」
「ネオン、エンカウンター!!」
「エンカウンター!!」
オー!と拳を突き上げる彼女達には悪いがムーアはその盛り上がりに混ざれる状況ではない。
ネオンが予約した楽曲の前奏がスピーカーから流れ出す中、隣へ腰掛けたアニスは歌えそうな曲を探すムーアを横目に捉えてニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべつつ冷えた炭酸水が注がれたグラスを傾けた。
「大丈夫だよ指揮官様。
基礎体力や運動能力、戦闘能力も並の軍人を遥かに超える彼にも弱点のひとつぐらいある筈だ。むしろその方が可愛げがあると言わんばかりにアニスは揶揄した後、机上へ放置されたマラカスを握って歌い始めるネオンの援護射撃を始める。
一方のムーアは悪戦苦闘である。どの楽曲も馴染みのない──いくらかは指揮官室でアニスが暇潰しに流している曲だとも分かったが、歌い切れる自信がなかった。
──ならば最近の曲以外ならばどうだろうか。
ふと浮かんだ名案、或いは迷案の閃きへ従って彼はネットの検索ページを開く。
いっそのこと旧時代の楽曲だ。カラオケの機械に入っているかはさておき、なんとか歌えそうな曲を探す。
旧時代の有名な楽曲の一覧へ辿り着き、それを流し読んでいた最中──ズキンと頭蓋の内で軽い頭痛が走る。
眉間へ皺を寄せながら一覧表の一点に視線を向ける。
──これは歌える。
何故かそう確信できたムーアはタッチパネルを拾い上げ、タッチペンで楽曲名の綴りを検索に掛けてみた。
英語でのカバー曲が一件だけヒット。
直近の1年間でこれを歌唱した人間は誰もいないらしいとも検索結果には表示されている。
いずれにせよ、歌える、と確信できるのはこれだけだ。予約を押し込み、ネオンの次に楽曲が流れる設定となる。
「おっ!予約したんだ!」
「…お気に召すか分からんがな」
アニスがタッチパネルを覗き込んで楽曲名を確認する中、ムーアは溜め息を吐き出した。
やがてネオンが歌声の余韻を残して歌唱を終えるとアニスはマラカスを激しく振り、ムーアは拍手を送った。はにかみつつ頭を下げた彼女が室内へ設けられた一段高いステージから降り、ムーアへマイクを差し出すと──彼は渋々とそれを受け取るしかない。
「──師匠、ファイトです!火力!火力を信じて下さい!」
「──頑張れ〜指揮官様〜!」
ネオンは健気にもムーアを応援するが、これから珍しい姿が見れるとアニスは嬉々として取り出した携帯端末のレンズを向ける。動画撮影をする気満々らしい。
「……下手でも笑ってくれるなよ?」
それは無理、と言いたいのかアニスが意地悪く笑う。
自動的に室内の照明が薄くなり、スピーカーから前奏が流れ始める。
壁へ埋め込まれた歌詞が表示される画面には楽曲名と歌手であろうグループ名が映し出されたが、アニスとネオンも知らないそれであった。
とはいえ二人が意外に感じたのは流れ始めた前奏の曲調が緩やかである点だ。彼のことだからもっと
──バラード?
──意外ですね。
動画撮影するアニス、そして一応はマラカスを握ったネオンも不思議そうに見詰める中、ムーアが歌い出しの為の息を吸った音がマイクを通して響いた。
──ふわぁぁ…!
──そ、そんなに優しく語り掛けるように…!
普段の低い声音から少しだけ高音を出せるよう意識しながらムーアが歌い出すと声音と歌詞に思わずアニスとネオンの耳が赤くなった。変な声が出そうになる程である。
──ちょっ!?その声でその歌詞は反則だって!!
──プロポーズですか!?プロポーズの曲なんですか!?
思わず腰掛けながらその場でドタバタと足踏みや身悶えしそうな程にアニスとネオンの不思議な感覚を味わってしまう。
心中穏やかではいられない二人だが、マイクを握って楽曲を歌い上げるムーアは──意外と歌えるな、と淡白かつ率直な感想を抱いていた。
時折、軽い頭痛こそ走ったが、なんとかラストまで歌い終わり、感想を貰おうと彼女達へ視線を向けるのだが揃って二人共、惚けたように固まってしまっていた。
「──指揮官様、もう一回歌って!お願い!」
「…嫌だ。アンコールに何回応えたと思ってるんだ」
前哨基地へ向かうエレベーターにクルマごと乗り込んで移動する最中、助手席のアニスが隣から忙しなく強請るのだが彼は苦虫を噛み潰したような表情のまま煙草を銜えていた。
まさか同じ楽曲を続けて三回も歌い上げるとは思わなかった。まぁまぁ歌えた、と彼は可もなく不可もなしの評価であるがどうやらアニスやネオンは真逆の評価を下したらしい。
「…耳福を味わうってあんな感じなんでしょうね…」
「…大袈裟だな」
そこまでではないだろう。ネオンの溜め息混じりの言葉にムーアは肩を竦めつつボトルホルダーへ設置した灰皿の縁に煙草を軽く叩き付けて灰を落とした。
フロントガラス越しに見える目的地までの到達時間は残り数分だ。
エンジンを掛けてアイドリングを始めたムーアだが、助手席から響く音楽と歌唱が耳朶を打つと弾かれたように視線を向けた。
「──ふんだ。歌ってくれないなら撮影した動画で我慢する」
「──アニス、後で動画送って下さい。寝る前に聴きたいです」
「…それ消してくれないか?恥ずかしいんだが…」
「え?やだ」
にべもない、とはこのことを言うのかもしれない。アニスから拒絶をこれでもかと感じる程の声音で返されればムーアも諦めるしかなかった。
──まぁ、気に入ってくれたならば良かった。
彼が好意的に捉えることにした矢先、エレベーターが前哨基地へ到達する。
閉ざされていた扉が開くと彼はシフトレバーをDの位置へ操作し、アクセルをゆっくり踏み込んだ。
──尚、久しぶりに宿舎へ帰ったアニスが食堂の席へ腰掛けながらイヤフォンを両耳へ嵌め、撮影した動画を何度もだらしない笑みを浮かべて堪能していた姿をラピに発見され、事情を知らないのもあって気持ち悪がられていたのは別の話である。
アニスとネオンが出るとホッとする作者です。ムーアとラピだけだと…こう…ね?(語彙力
グループ名と楽曲名を出すのは憚られますが……ヒントは日本のロックバンドです。海外でもライブツアーをするほどに絶賛活躍中です。