勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第2話

 

 

 アニスが指し示した建屋の壁はアルミか何かの金属が混ぜ込まれているのだろう。屋内へ入った途端、ムーアの携帯端末の画面へ表示されていたアンテナが全て消え失せ、圏外となったと報せて来た。

 

 通信や電波を妨害する素材で作られた壁に囲まれた建屋へわざわざ移動した理由が分からないのかネオンが首を傾げる。

 

「なんでこんなところに?」

 

「話し合いをするにはちょうどいいからよ」

 

 エレベーターから降りて間もないがムーアは煙草を銜え、オイルライターの火を点けて紫煙を燻らせる。その煙草をハードナックルグローブを嵌めた左手の指二本で挟みながらアニスへ視線を向けた。

 

「…シフティーの件か?」

 

「うん。シフティーが私達を監視しているから。指揮官様、私達が地上に来ることはエクシアしか知らないよね?」

 

 その問い掛けに彼は小さく頷きつつ建屋の内部を軽く見渡した。廃棄されて久しいだろうデスクトップの画面はヒビ割れ、床には書類が散乱している。

 

 書類を一枚摘み上げて内容を流し読むが──なんらかの仕様書らしい。門外漢の彼には良く分からないが、おそらくはこの建屋で製造されていたか実験されていた代物だろう。興味を失ったそれを呆気なく投げ捨てた。

 

「…俺だけではなく全員がそうだろうが、エクシア以外に知らせていない筈なのに地上へ上がって直ぐに連絡をしてきたのは……率直に言えば気になる」

 

「だよね。さて、どうしてシフティーは私達を監視しているのでしょう?」

 

 アニスがやや芝居がかった声音で全員を見渡しつつ問い掛けるとネオンが呆れたような溜め息と共にムーア、そして彼女へ視線を向ける

 

「…師匠、アニス…疑心暗鬼になっていませんか?単に私達に興味があるだけかもしれないですよね?」

 

「確かにその可能性は捨て切れない。だが──」

 

「──そうじゃないかもしれない」

 

 ネオンの言い分にも一理あるが、状況が状況だ。疑念が生じると紫煙を燻らせるムーアが言葉にするよりも早くアニスがそれを引き取った。

 

 大きな溜め息を吐き出した彼女の亜麻色の瞳へ少し陰りが出来たようにも見える中、アニスは淡々と語り始める。

 

「私達はアークで注目されてるのよ。アークはどういうところか知ってる?──あらゆる中傷と謀略が横行するドブネズミの巣窟のようなところよ」

 

 やけに実感が籠もっているようにも聞こえるアニスの声音が耳朶を打ったムーアは──外見は朗らかに見える彼女が一皮剥けば、一種の病的なまでの神経質や疑心の持ち主となってしまった原因は何かしらの経験から生じているのだろうと推測する。ちょうど彼女が自身で口にした形容を実感するに至った経緯は定かではないが()()があったのだろうと考えるのは容易かった。

 

「──……誰も信じられないわ」

 

 その何かを思い出したのかアニスが小さく本音を呟く。偽りのない本音が籠もったそれは、おそらく「誰も」の前に「皆以外は」を前置きするべきだったのだろう。

 

「──…私もですか?」

 

 ──あぁ、マズい。

 

 ムーアがそう感じた時には既に遅かったのだろう。そしてアニスも口にした途端だというのに前言を撤回するような器用さは持ち合わせていない。少しの溜め息と共に紫煙を吐き出すと彼は携帯灰皿へ吸い殻を投げ込んだ。

 

「…まぁ私はスパイですから……」

 

「二人共──……なんだ?」

 

 仲良し小好しを希望する訳ではないが、酷くなる前に止めようとした矢先だ。ボディアーマーのポーチへ仕舞ったばかりの携帯端末がバイブレーションを起こす。成り行きを見守っていたラピ、そしてアニスとネオンの携帯端末も着信を報せるバイブレーションを起こし、各々がそれぞれの端末を取り出してロックを解除する。

 

 

 

エクシア《皆、雰囲気暗い》

 

 

 

 

 圏外である筈なのにどうやって繋いで来たのだ。送信相手はエクシアである。そして何処から見ているのか。ムーアは建屋の内部を見渡すが──彼が見る限り、稼働している監視カメラの類いは存在しなかった。

 

 視界の隅ではアニスが携帯端末を両手で持ち、怒涛の勢いで画面をタップする様子が伺えた。その文章は直ちに──何故か送信され、分隊のグループチャットへ貼り付けられる。

 

 

 

アニス《あなたも監視してたの?》

 

エクシア《いや》

 

エクシア《これはモニタリング…》

 

アニス《同じようなものでしょ!》

 

エクシア《シフティーは信じてもいい…》

 

アニス《なに?》

 

エクシア《ファイナル・クエスト…カンストしたから》

 

アニス《は?それとこれと何の関係があるのよ?》

 

エクシア《ファイナル・クエスト好きに…悪人はいない》

 

エクシア《これは真理です》

 

エクシア《信じない人は…ゲーム知らなすぎ》

 

アニス《信じるか信じないかは私達で決めるわ!》

 

ネオン《「私達で」じゃなくて、「アニスが」ですねー》

 

 

 

 頭痛がしてきた。慢性的な頭痛なのだろうか。画面に浮かび上がる遣り取りにムーアは思わず──本来ならやってはならぬことだが突撃銃の握把から手を離して右手で額を抑えてしまう。

 

 普段は──特にラピをからかう際に結託するほどだろうに、会話とは難しいものなのだな、と彼はいっそ感心すら抱いてしまう。

 

 睨み合うアニスとネオンから目を逸し、再び携帯端末の画面へ視線を落とすとエクシアから指示が出されている。

 

「…北に進んだところにある壊れた飛行機か。…良し、移動するぞ」

 

「ラジャー」

 

 携帯端末へ座標のデータが送信された。それを確認した彼が端末を仕舞い込み、指示を出すとラピが頷いて屋外へ向かおうとする。

 

 それを追い掛けようとしたムーアは立ち止まり、肩越しに振り向くと溜め息を吐き出した。

 

「──アニス、ネオン。置いて行くぞ」

 

 尚も睨み合っていた彼女達へ一声掛ければ、互いに目を合わさずムーアの後へ続き始める。

 

「…大丈夫でしょうか…?」

 

「…キャットファイト以上のことを始めるようだったら止める」

 

 彼女達も子供ではない。それぐらいの分別はあるだろう。ラピの問い掛けに彼は応じつつ、彼女が外へ通じる建屋の扉を開くと間隔を空けて一人ずつ空の下へ出て行った。彼はキャットファイトなどと表現したが、二人はニケだ。子猫同士の可愛らしい取っ組み合いではなくライオン同士が噛み合うそれにさぞかし似た様相を呈するに違いない。

 

「………」

 

「………」

 

 先頭を進むラピから数mの距離を取りながら歩くムーアの背後からは珍しく何も聞こえて来ない。前回の任務では二人共、雪合戦をしていたというのに今回は随分と空気が重苦しい。

 

 まだラプチャーとは遭遇していない点は幸いだが、むしろこういう時に敵襲があればまだ注意をそちらへ割けるので気は楽だ。何故、こういう時に限ってラプチャーは襲って来ないのだろうとムーアは考えつつエクシアが送信した座標まで進む。

 

 どうやら諸々の機械や車輌が高く積み上げられたスクラップヤードの下にある舗装された地面はかつては滑走路か何かだったのだろう。製造された軍需品を空輸する為の輸送機が半壊状態で格納庫へ納まっているのを認めた彼は推測した。

 

 何らかの理由で半壊し、主翼が折れ、胴体もへし折れた輸送機。これがエクシアの言っていた壊れた飛行機なのだろう。

 

「…しかし…」

 

「…特に何もありませんね」

 

 格納庫内に納まったまま役目を終えた輸送機以外に何かがある訳ではない。まぁ軍用車輌や装甲車の類いの残骸は散乱しているのだが。周囲を見渡す彼が呟くとラピが頷きを返した。

 

「連絡が来るんじゃないかしら?」

 

「念の為、警戒しておきましょう」

 

「分隊、周辺を警戒しろ。いつラプチャーが襲って来るか分からん」

 

「オーケー。じゃあ私は東を警戒するからネオンは西をお願いね」

 

 アニスが気軽に──それこそ普段と変わらぬ様子のまま擲弾発射器の銃口を指向しつつ警戒を始めるのだが、口にした要望へネオンが何度も瞬きを繰り返す。

 

「──…私が?どうしてですか?」

 

「…うん?」

 

「──西を警戒するふりをして東を撃ってしまうかもしれませんよ?()()()なんですから!」

 

 かなり尾を引いているらしい。ネオンの物言いは間違いなく建屋での遣り取りを引き摺っていると察して余りあるものだ。

 

 しかし現在は警戒をしなければならない。個人的な諍いは御法度と理解しているアニスが呆れ混じりの溜め息を吐き出した。

 

 その態度にすら腹が立つのか──ネオンの語気は荒くなるばかりだ。

 

「──信じられない…!()()()に警戒を任せるなんて…危機意識がなさすぎませんか?」

 

「──ねぇ?ケンカ売ってるの?」

 

「──えぇ、そうですけど?」

 

「──ちょっとこっち来なさいよ」

 

「──嫌です。アニスが来れば良いじゃないですか」

 

「…ハァ…二人共──チッ…なんだ…」

 

 そろそろ止めるべきかと彼は口を挟もうとしたが、唐突に携帯端末がバイブレーションを起こす。それに舌打ちを一発かまし、ドスの効いた声も漏らしながら端末をポーチから引き摺り出した。

 

 

 

エクシア《初心者さーん。止めないんですかー?》

 

ムーア《止めようとしたところでキミが割って入ってきた》

 

エクシア《あー…それは…済みません》

 

エクシア《それはそうと…》

 

エクシア《ラピ》

 

エクシア《そこの箱…開けて》

 

ラピ《箱?》

 

エクシア《そう…操縦席の…前》

 

ラピ《ラジャー》

 

 

 

 本当に何処からモニタリング(監視)しているのか。誰かの携帯端末がハッキングを受けているのかもしれない。いずれにせよエクシアが指示をメッセンジャーで送って来たが──依然として目的が分からず彼は首を傾げてしまう。

 

「…なんで箱を開けなきゃいけないのよ」

 

「理由があるからでしょう」

 

「…大人しく従おう。アニス、ネオン。喧嘩は程々にして周辺を警戒してくれ」

 

 どうせこの分では怒ったところで彼女達の腹の虫は収まらないだろう。放置して成り行きに任せた方が良いのではなかろうか、とすらムーアは半ば放任の境地へ達した気分のまま輸送機の機内へ侵入するラピの後へ続いた。

 

 へし折れた胴体から機内へ入り込み、錆び付いた計器類や亀裂が入ったディスプレイが混在する操縦席へ到達すると塗装が経年劣化で剥げかけているがオレンジ色の()の存在をラピとムーアは認める。

 

「…コックピットボイスレコーダー(CVR)か?」

 

「そのようです──…え?これって……」

 

「…どうした?」

 

「…いえ。指揮官、お手数ですが少し下がって頂けますか?」

 

 ケーブルが何本か繋がっている(CVR)へ表記されたDO NOT OPENの警告文。

 

 その下に印字された型式の羅列に眉間を寄せたラピが彼へ下がるよう促すと彼は頷きを返して操縦席から離れる。

 

 彼女が腰へ巻いた弾帯のポーチからマルチツールを取り出し、作業を始める後ろ姿を暫し眺めていると──錆び付いた金属の蓋が外れる音が響いた。

 

「…何かあったか?」

 

「…いえ、何もありません」

 

 作業を終えたのだろう彼女の後ろから箱を覗き込むムーアだが──ラピの言う通り、金属へ囲まれたそれの中には何も無い。レコーダー自体がなく、空っぽであった。

 

 彼女が携帯端末を取り出し、メッセージを打ち込んで送信するとたちまちエクシアからの返信が送られて来る。

 

 それによると──今度はまた北へ向かうように指示が出された。

 

 エクシアの指示に従い、格納庫を離れて北へ向かい前進を始めて間もなくだ。

 

「──ん?」

 

 ムーアの携帯端末のみが振動を始めた。ヴーヴーとメッセージの着信ではないバイブレーションが携帯端末を仕舞ったポーチの中で始まる

 

 それを抜き取り、着信相手──ビデオ通話を求めているエクシアからの着信を受信するよう指先でタップした途端、画面一杯に目元へ隈を浮かべた彼女の顔が大きく映り込んだ。

 

〈──ハァーイ…〉

 

「何か用か?」

 

「ちょっと。一体なんのつもり?メッセージでやるならメッセージ、ビデオ通話ならビデオ通話。どっちかにしてくれる?」

 

 彼が携帯端末を掲げ、通話を始めた途端にアニスが不機嫌さを隠そうともせずに割って入って来た。ムーアの左脇から顔を覗かせて画面に映るエクシアを睨むのだが、彼女はやれやれと言わんばかりの様子で左右へ頭を振ってみせる。

 

〈──あー…勝手に仲間を疑って溜めたストレスなのに…八つ当たり反対…〉

 

「そうです!そうです!」

 

 仰る通り、と今度は背後でネオンが頷く様子が不思議と分かってしまうムーアは反応に困るのだが──エクシアの視線が画面越しに彼の右横へ向けられる。

 

 その視線が向かう先には──ちょうどエクシアの画面上では端に映っているのだろうラピの姿があった。

 

〈…ラ…ピ…〉

 

「──?」

 

 不意に名指しされたラピが首を傾げる最中──

 

 

〈──記憶消去をされていない…ラ…ピ…〉

 

 

 ──彼女が紡いだ言葉にムーアを始めとした全員が息を飲んだ。

 

 




「操縦席に箱?んなもん普通は…いやフライトレコーダーのことか?」などとこのチャプターをプレイしながら考えていた私はメー○ー民です。
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