勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第6話

 

「──え!?こ、ここでですか!?」

 

「──早く上着を脱いで」

 

 座標と指定された地点までの移動中、マリアンが体調の不良を口にした途端、ラピが淡々とした声音でメンテナンスの実施を促す。

 

 ニケが不調や誤作動を発生させた場合、メンテナンスは選択事項ではなく()()とはラピの言葉だ。

 

 ここが往来の真ん中なら確かに躊躇するかもしれないが、幸いにも廃墟同然のかつてはショッピングモールであっただろう建造物の内部である。上着を脱いだとしても余計な視線は集めない筈だ。

 

 しかしマリアンはその垂れ目気味の瞳を伏せつつ視線では突撃銃を握る指揮官の青年を追ってしまう。仄かに頬へは朱が差していた。

 

 それを目敏く認めたアニスが彼女をからかい始める。

 

「ははっ!なーんだ。指揮官様がニケを女として見るとでも思ってるの?心配御無用!私達は血も涙もないただの“戦闘兵器”なんだし、指揮官様も女として見る訳ないよね?」

 

「…………」

 

 アニスが確定事項を敢えて確かめるが如く青年へ水を向けるのだが──ムーアは軽く肩を竦めたかと思えば背嚢を背負った背中を向け、足音を立てないよう歩みを進めてその場から離れて行った。

 

「…そう見てるんだ…」

 

 変わった指揮官だ、とアニスは心底感じながら呟いてしまう。

 

 

 メンテナンスには少しばかり時間が掛かるだろう。流石にあの場で背中を向けて待機しているのは精神的にも宜しくない。

 

 場を少し離れた彼はかつて多くの店舗がテナントを連ね、活気に満ち溢れていたであろうショッピングモールの内部を散策する。

 

 ここはインフォメーションセンターであろうか。

 

 カウンターの背後の壁は亀裂が走り、焼け焦げたかのように変色している。掲げられていたショッピングモール内の案内図も半ばが焼け焦げてしまっていた。

 

 そのカウンターへ背中を預けるように床へ座り込んでいる格好のボロボロとなったボディーアーマーや戦闘服を纏う白骨死体の眼孔と彼の視線が交錯した。

 

「やはり戦闘があったのか」

 

 店内の壁の至る所に大小の弾痕らしき痕跡、床に散らばる錆びた薬莢は見受けられた。白骨死体が握る金属部が錆び付いた自動小銃へ手を伸ばす。

 

 それを拾い上げた途端にカラリと骨の乾いた音が鳴る。自動小銃を確認するも──経年劣化と錆の浮いた状態では作動する筈もない。

 

 対人用の小口径火器である自動小銃を見るにおそらくはここに取り残されたか避難してきた人々を軍か警察の部隊が護ろうとしたのだろうか。健気にも襲い掛かるラプチャーの群れと撃ち合った可能性を彼は考えた。

 

 持ち主であろう白骨死体へムーアは自動小銃を返すと、カウンター内はどうなっているのか気になり、内部を覗き込んだ。

 

「……あぁ、なるほど……」

 

 明らかに民間人であろう服装をした十数名の白骨死体が折重なっていた。中にはまだ子供の体格を思わせる服も見受けられる。

 

 ──貴官に敬意を。

 

 最期の瞬間まで勇気を奮い立たせ、敵わぬと知りながらも立ち向かい続けた白骨死体へ彼は軽く敬礼を向けた。

 

 信仰心は持ち合わせていないが、死者の眠りを妨げる趣味も持ち合わせていない彼は立ち去ろうとしたがカウンター内の隅に置かれているツールボックスの存在を視界の端へ捉える。

 

 表面は防錆のコーティングが剥がれて錆びてはいるが、あれは確か旧時代末期に生産された真空状態に密閉出来る代物ではなかったか。 

 

 何かしらの遺品があるかもしれない。彼は折り重なる白骨死体を踏まないよう注意を払って歩み寄るとツールボックスを手に取った。

 

 錆びているとはいえ金属の重量を感じるそれの蓋は暗証番号等を入力して開ける代物ではないようだ。

 

 持ち手の横へ付いている開閉のボタンを押して見ると──まだバッテリーが幸いにも生きていたらしい。プシュと炭酸飲料の封を切った瞬間を思わせる音を鳴らし、蓋が開く。

 

「……拳銃?」

 

 ツールボックスに収められていたのは一挺の拳銃、空の弾倉が数本と弾薬が梱包された紙箱、そして拳銃を収めるレッグホルスターだ。

 

「…頂いても?」

 

 誰の持ち物かは分からない。そして誰も答えないであろう問い掛けを青年が口にする。

 

 シンと静まり返る空間があるだけだ。

 

 それも当然か、と彼が肩を竦め、ツールボックスの蓋を閉じようとした刹那──自動小銃を握ったまま事切れていた白骨死体がカラリと乾いた音を発する。

 

 それを聞いて思わず青年はカウンターから身を乗り出して確認するのだが、再び音が鳴ることはなかった。

 

 好意的に捉えよう。

 

 彼はツールボックスからレッグホルスターを手に取ると上着の腰回りにある軍服のベルトへホルスター側のベルトを通す。続けて太腿へバックル付きのベルトを固定した。

 

 弾薬が梱包された紙箱を開けて、空の弾倉へガチャガチャとドングリのように太い銃弾を詰めて行く。.45ACPと紙箱には表記されていた。

 

 これがラプチャーに効果があるとは思えない。しかし何かの役には立つだろう。 

 

 拳銃を握り、スライドや引き金を交互に何度か引いて作動や撃発の確認を行う。支障はないようだ。

 

 ピンを抜き、軽く分解して機関部と撃針や銃身内の状態も点検し、異常は見受けられないと確信すると彼は弾倉を挿入口へ叩き込み、スライドを引いて初弾を薬室に装填した。

 

 弾薬の方はどうだろうか。ここで試射は出来ない。

 

「…その時はその時だ」

 

 なんとかしようと決めた彼はレッグホルスターへ拳銃や予備弾倉を納めると彼女達の元へ戻り始める。

 

 その後ろ姿を見送るかのように白骨死体の眼孔が見詰め続ける。纏ったボロボロの戦闘服。その袖に伍長の階級章と共にすっかり色褪せ、糸が解れてしまって全ては読み切れないが辛うじて【M】のアルファベットが判読出来るワッペンがあった。

 

 

 

「──おかえり指揮官様。あれ?どうしたのそれ?」

 

「…頂いて来た」

 

「って、誰から?」

 

「さぁ?」

 

 彼女達の元へ戻るとちょうどマリアンのメンテナンスは終わっていたらしい。出迎えたアニスが彼の右脚へ巻かれているホルスターと拳銃の存在を認めると首を傾げる。

 

 まるで誰からか譲って貰ったかのような口振りで青年が語れば更に首を傾げる角度を深くする。

 

「指揮官も戻っていらっしゃったので移動を再開しましょう」

 

「あぁ。マリアン、先導を頼む」

 

「はい。お任せ下さい指揮官」

 

「──おっ!見えてるよ?」

 

「──っ!?」

 

「ジョークジョーク♪」

 

 アニスのからかいと軽口と共に移動が再開される。

 

 ショッピングモールを後にし、マリアンが分隊の先頭へ立って座標を目指して荒廃した街路を進み続けて暫く経った頃のこと。

 

 不意にラピとアニスが立ち止まり、片手を耳へ添える仕草を取った。どうやら通信が入ったらしいのだが、その機能を有していない青年には内容が分からない。

 

「──こちらラピ。シフティー、聞こえる?──新しい指揮官と合流できた。座標も確認して現在移動中」

 

「アークからの通信か?」

 

「えぇ。こちらをどうぞ」

 

 尋ねるとラピは頷き、腰へ付けているポーチから取り出したヘッドセットをムーアへ手渡した。無線機の本体は不要らしく、付近にいるニケ達の体内へ内蔵された機能を介して通信が可能だとか。

 

 受け取ったヘッドセットを頭へ付け、マイクの位置を口元へ移動させてから彼は口を開いた。

 

「感明はどうだ?」

 

〈──良好です指揮官。私は情報部所属のオペレーター シフティーと申します。これから作戦のサポートをしますので宜しくお願い致します〉

 

「こちらこそ宜しくお願いする。耳の保養になる声のオペレーターで嬉しい限りだ」

 

 両耳へ宛てがったハウジングの奥から響く声音と挨拶を交わしつつムーアは今後の付き合いを良好なものにできるよう彼なりの軽口を漏らす。

 

 それにオペレーター──シフティーが笑い声を僅かに上げたのを聞き逃さなかった彼だが、頬を軽く膨らませている様子のマリアンが何故そうなっているのかは分からなかった。

 

 

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