勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
〈──記憶消去をされていない…ラ…ピ…〉
エクシアの放った一言は彼等へここが地上、そして戦場であると一瞬でも忘れさせるに充分すぎる程の衝撃を走らせた。
一拍の沈黙。
それがなによりの答えである。
〈──あ、皆さん…嘘はやめた方が良いです。バレバレです…ラプチャーでも分かります…はい…〉
「…何故、そう思うか尋ねても?」
肯定、否定、どちらも答えずムーアは左手に携帯端末を握りながら右手でポーチから煙草を取り出した。振り出した一本を銜えてみるが──衝撃が大きすぎたのか誰もライターを差し出してくれないらしい。諦めて自前のオイルライターで大人しく火を点ける。
〈記憶消去をされていない…というよりも…正確には…記憶消去が
「…それだけか?だとしたら根拠薄弱だぞ」
紫煙を燻らせながら彼は更に尋ねる。一拍の沈黙こそしてしまったが、こうでもしなければ誤魔化すことは難しくなる。徒労となるかもしれないが、ラピの安全を守る為にもムーアは余裕の態度を崩すことは出来ないのだ。
〈いえ…根拠は…さっきの
「…
〈あれ…普通に開けると…爆発するんです〉
──は?
ムーアは訳が分からないと言わんばかりに眉間へ皺を寄せながら、まだ遠目に見える格納庫を見詰める。格納庫に納められていた半壊した輸送機の操縦席、その機器類に紛れていたオレンジ色の
〈仕組み上、欠陥があるせいですが…大規模なロビー活動で欠陥を隠して発売しました…はい…だからどのデータベースにも爆発に関する情報はありません…左に20度傾けて開けると…爆発しません〉
率直に言えば、その企業の顛末がどうなったかを彼は猛烈に知りたくなった。よりにもよってブラックボックスの一部がそんな欠陥を抱えているとは。仮に墜落事故が起こった際、CVRを開けた拍子に爆発して記録が物理的に無くなっては元も子もない気がしてならなかった。
〈…記録によると…ラピは3年前に同じ箱を開けて…爆発事故に遭いました…それを“記憶”して爆発させずに箱を開けたから──〉
「──
確認を兼ねて彼が尋ねると画面ではエクシアが小さく頷く仕草を見せる。
「え、えっとそれは…記憶消去の後にその記録が入力されたのよ!」
「…アニス…墓穴を掘ってどうするんだ…」
「ちょっ!指揮官様!?」
彼は盛大に溜め息と紫煙を同時に吐き出しつつ被ったヘルメットを右手で押さえながら項垂れた。同時にその場へしゃがみ込んでしまう。
その様子にアニスが慌てるのだが──ムーアは再び溜め息を大きく漏らした。
「…どのデータベースにも爆発に関する情報はない、とエクシアが言ったばかりだろう…」
「………あ"」
〈そうです…いわば民間療法…んー…口伝えの秘法?…そんなもんですから…〉
少し一服させて欲しい、と言わんばかりにムーアはアニスへ自身の携帯端末を手渡すとしゃがみ込んだ格好のまま煙草を燻らせ始める。
これで何もかも徒労に終わってしまったという諦念と観念が
その中でラピが強張った声音のままアニスが握る携帯端末の画面へ浮かぶエクシアへ問い掛けた。
「…何が目的なの?」
〈…あっ…その…ただ気になったので…〉
「「………は?」」
エクシアの返答に図らずも彼とラピの声が重なった。
〈データセンターに初めて来ると…きょろきょろ見回すから…普通は…初心者さんもそうでしたし…なのにラピは違ったから…
「ただ気になって?そんなの信じると思う?」
〈このビデオ通話は…
エクシアが携帯端末を握るアニスへ向かって淡々とした口調のまま皮肉めいた言葉を投げ掛けると、彼女は返すそれさえ見付からないのか口を噤む他ない。
〈こんな言葉は窮屈で…惨めで…嫌ですけど…信じてくだ──〉
不意にアニスが握る携帯端末が奪われる。それを奪い取ったのは携帯端末の持ち主であるムーアだ。
いつの間にか喫煙を済ませ、元通りに立ち上がった彼は携帯端末の画面に映り込むエクシアへ双眸を細めた視線を向ける。
「──エクシア。確認がある」
〈…なんですかー…話の途中なんですけど…〉
「キミが言うデータセンターでのラピの様子が気になった、という理由から記憶消去が効かなかった可能性を察したのは構わんが……仮に記憶消去が
〈…………………〉
「…三人とも。聴覚センサーを1分だけ切っていてくれ。終わったら合図する」
「ですが警戒に支障が…」
「ちゃんと俺がやる。…早く切ってくれ」
彼の指示に不承不承と彼女達が頷き、大人しく聴覚を司る機能のみを意識して一時的に切った。その様子を察したのか、ムーアが携帯端末へ向かって何かを無表情のまま語り始めたのを無音の世界に変貌した中でラピやアニス、ネオンは捉える。
何を言っているのかは分からない。少なくとも激昂はしていないようなのだが──画面上のエクシアが段々と項垂れていく様子が妙に気になってしまう。
やがて相変わらずの無表情だが、彼が彼女達へ目配せする。これが合図なのだろう。三人が聴覚センサーを復帰させた途端、世界に音が戻ってきた。
「…言いたいことは言ったから、俺はこれ以上なにも言わん。ただ次の機会があるかは知らんが必ず留意しながら実施しろ」
〈…すみ…ませんでした…〉
本当に何を言っていたのだろう。気の毒に思える程、項垂れたままのエクシアが謝罪を漏らす様子と鼻を鳴らしながら煙草を銜えるムーアの姿へ彼女達は忙しなく視線を向けてしまった。
もう一本の喫煙に集中したいのかムーアは再びアニスへ携帯端末を手渡すと彼女達へ背を向けながら紫煙を燻らせ始める。それも兼ねて後方警戒をするつもりなのだろう。
「…えっと…大丈夫…?」
〈…大丈夫…です…とにかく…ラピの記憶消去が効かなかったことですけど…何かするつもりなら…中央政府に言い付けた方が早いですから…不安にさせてしまったなら…すみません…次のポイントをマーキングしておきます…また後で…〉
ビデオ通話が切れるとアニスは背後で紫煙を燻らせつつ突撃銃を握りながら視線を間断なく要所へ向ける彼へ歩み寄り、預かっていた携帯端末を手渡す。
それを無言のまま受け取ったムーアは手探りでボディアーマーのポーチへ納めた。
「…エクシアになに言ったの?」
「…説教と指導」
念の為に尋ねた彼女へ返ってきたのは端的にも程がある答えだった。
「…少し八つ当たり気味で、らしくないかもしれんがな。…分隊、前進」
溜め息混じりの独白と共に紫煙を吐き出したムーアは携帯灰皿へ吸い殻を投げ込むと左手の指二本を揃えて前後に何度か振って見せる。
その合図が前進を意味すると知っていた彼女達は再びラピを先頭にして歩き出した。
とはいえだ。分隊の雰囲気は──特にアニスとネオンの諍いもあって雰囲気は宜しくない。臨戦のそれとはニュアンスが異なるピリピリとした気配が漂っている。
「…静かなのは良いことだがな」
もう少し空気を読めば良かっただろう、とムーアが後に述懐する程度には引き金を引いてしまう一言だった。
現在の分隊の雰囲気を皮肉、或いは揶揄したと彼女達が受け取ったのは無理もない発言である。
「──だってアニスが名探偵みたいに誰彼構わず疑っていますから恐くて何も喋れませんよ」
「──じゃあ黙ってたら?」
「──私の口ですけど?喋るのは私の勝手でしょう?」
「──あ〜もう…いい加減にしてよ」
「──
「──そこまでにしておけ」
とうとうムーアが止めに入った。立ち止まり、その場で反転して背後へ続いているネオンとアニスへ細められた濃い茶色の瞳を向けて注意を促すも二人は顔を背けるばかりだ。
「見逃してはいるが分隊のチームワークが崩れるのは俺の本意ではない。それ以上はやめておけ」
「…御言葉ですが師匠。既に崩れているようですが?
「…ネオン」
分隊を纏める立場のラピも立ち止まり、彼女を諌めようとするが──ネオンは隊列を離れ、一人で前に進み始める。
「──絶対に謝りません!私は悪くないですから!」
進行方向は積み上げられたスクラップで作り上げられているY字になった二叉路だ。ムーアとラピの横を通り抜けて右側へネオンが進み始めると、続いてアニスも我慢の限界に至ったのか舌打ちを漏らした。
「──気を付けようっていう話だったのに…なんであんなに。もう…知らない!」
アニスは左側の道へ向かって不機嫌さを隠すこともなく歩き出した。
それを仕方なく見送った彼は思わず溜め息を吐き出す。
「…指揮官。フォーメーションが…」
「分かってる。ラピはアニスと行動しろ。俺はネオンと進む。ツーマンセルでクリアリングだ」
「…ラジャー」
分隊の戦力を分断するのはあまり宜しくないが、敵との遭遇と交戦を一名のみで対処する方が宜しくない。
彼は直ちにラピには左側の道を進むよう命じ、自身は右側の──ネオンを追い掛けて小走りで向かった。
「──ネオン」
幸いにも直ぐに追い付いたムーアが彼女の背中へ声を掛けるが、いまだに腹が立っているようで無視である。
まぁ立腹の原因と理由は分からなくもない。彼はおもむろに──指先をヘッドセットへ向けた。送信となるよう操作し、口元のマイクの位置を微妙に調整を済ませる。
〈──…腹が立つのは分からないでもない。実際、怒って当然だろう〉
不意に左側の道を進むラピとアニスに聞き慣れた声が──無線を介しているからか、やや機械的な響きも混ざってはいる──それが届くと二人は反射的に耳へ指を添えた。
〈…師匠は私が何故、怒っているか分かっているんですか?〉
〈…あぁ、分かる。──当ててみようか?ネオンはスパイであることを槍玉に上げられて怒っている訳じゃない。これまで
探るような、そして不信も混ざった声音のままネオンが尋ねる声に続き、ムーアの声が届く。わざわざ送信の状態にしたまま話しているのだろうか。
彼の確信を孕んだ声にネオンは無言を貫いたままだ。その無言がなによりの返答であろう。
〈…アニスを擁護する訳ではないが…そこまでの意識は無かったと思う。
あの性格。その言葉が無線を介して響くとアニスの眉間へ皺が寄った。日々を明朗快活に過ごしているニケへなんてことを言うのだ。
〈…じゃあ勝手に怒った私が謝れ、と師匠は言うんですか?〉
〈いや?謝らなくて良いと思うぞ。先に引き金を引いたのはアニスだからな。まぁ…こうなると意識はしていなかったと信じたいが…〉
当然だ。むしろこちらが困惑している。これは説教なのだろうか。なら聞きたくないので無線を切ってやろうか、とも彼女は考えてしまった。
〈──だがな。
〈…心残り?〉
〈ここが何処かは分かるだろう?いつ死んでもおかしくない。直ぐ向こうから俺達を殺そうとするラプチャーのレーザーが飛んでくるかもしれない。そんな場所だ。今際の際に、ああしておけば良かった、と思っても遅いんだ〉
〈………〉
〈…言っている意味は分かるな?仲直りしろ、とは言わん。だが気にしておけ。いつ死んでも良いように〉
ネオンから了解の類いは響いて来ない。しかし考え込んでいる様子であろうことはアニスの脳裏でも容易に想像が出来た。なにせ彼女自身も似たような表情をしているからだ。
ムーアは──忌み嫌っている指揮官達の一人だが、例外的に信頼している。ラピも信頼できる。ではネオンは──
〈…師匠は私を信頼しているんですか?私は
〈そのネタもそろそろ賞味期限切れに思うがな。…俺は信頼していなければ背中は預けんよ。ネオンだけじゃない。ラピとアニスも信頼している。──臨海都市の発電所の調査任務を覚えてるか?キミが分隊に来た日の任務だ〉
唐突に彼が語るのは──この場の全員が前哨基地送りとなった原因の任務だ。これにはネオンやアニスだけでなく、ラピも首を傾げる。
〈──アニスに言ったんだったな。突撃の命令を出す時は俺が先頭だ。その時、俺が躊躇したら背中を撃って構わない、だったか。──もし撃たれるならキミ達が良い。キミ達に撃ち殺されるなら本望だ。恨みはしないと確信できる。それぐらいには信頼しているんだ〉
〈…ニケは人間を撃てませんよ師匠。それに…私も師匠を撃ちたくありません。絶対に嫌です〉
〈仮に、の話──ちょっと待て。──接敵した!!〉
無線を介して、そして大気を震わせる銃声が響き渡り始めた途端、ラピとアニスの表情が強張った。
〈──ラプチャーが6機!ネオン、俺の横に来い!!〉
応射する突撃銃の銃声に続き、散弾銃のそれも混ざる中、いまだ繋がったままの無線から戦場の轟音とは似つかわしくない声が静かに紡がれる。
〈──
何を言い始めているのか。まるで詩を朗読するかの如き、静かで厳かな声音を発しているのは間違いなくムーアだ。銃声が響き渡る中、そして撃破されたのだろうラプチャーの爆音が彼女達の聴覚センサーを震わせる。
〈──
駆け出し、救援へ向かおうとラピとアニスが走り出すも彼の朗読は尚も続く。
〈──
無線を介して続いた朗読が止んだのと銃声の響きが止んだのはほぼ同時であった。
最後の詩、というか台詞はシェイクスピアのヘンリー五世よりの引用
たぶんムーア大尉はインテリ(この世界観でシェイクスピアの台詞を口に出来る人間はたぶん少ない(ヘルムに初対面で「懐古趣味」なんて言われるだけある
※何故か最後の【For he to-day 】からが妙な変換になっていたので修正しました。表記やルビがおかしくなっていましたらご感想等でお知らせ頂けますと幸いです(変だな…ちゃんとしたのに…