勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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いつも誤字報告を頂きましてありがとうございます。注意はしているのですが…思わぬところで誤字をやらかしていたりしまして…お恥ずかしい限りです。


第7話

 

 

 

 ラピの耳朶を打った彼の消え入りそうな程の声は不明瞭で正確に彼女は聞き取れなかった。

 

 しかしそれよりも彼の容態が気になる。崩れ落ちかけた長身の身体を抱き留め、倒れないようにしながら様子を伺う。

 

「──大丈夫ですか指揮官!?」

 

「…済まん。…大丈夫だ…悪い…」

 

 謝って欲しい訳ではない。だが部下に()()を見せられないのかムーアは直ぐに脚へ力を入れてしっかりと立ち上がり、ラピから身体を離した。

 

 四肢を失っても行動不能とならなかった筈の彼がヘルメットを片手で押さえつつ必死な形相で歯を食い縛って耐えている。余程の激痛が走っているのか。しかし顎を伝って滴り落ちそうな脂汗を袖で拭い──顔色は青いままだが彼女達を見渡す。

 

「…アークへ帰るぞ。用は済んだ。先頭と順番は変わらずで行く。分隊、前進」

 

「…ラジャー…」

 

 心配で気掛かりが拭えないがムーアはそれを大人しく受け入れてくれないだろう。それが手に取るように分かったラピは命令へ頷き、分隊の先頭へ立つしかなかった。

 

「…指揮官様…大丈夫だと思う?」

 

「…分かりません」

 

 工場の建屋を抜け、周囲を警戒しつつの前進が始まる寸前、アニスとネオンが互いに背中を預けながら視線を彼へ向ける。どちらも彼の体調が不調と察しているだけに不安を隠せないようだ。

 

 そのムーアは不思議なことに工場を後にしてからは劇的な回復を遂げていた。あの凄まじい頭痛と不調はなんだったのか。

 

 生産ラインに放棄された火器──第1次ラプチャー侵攻末期まで軍隊へ配備されていたそれらを見た途端に激痛が走った。同時に覚えのない筈の幻聴と幻覚まで現れた。

 

 疑問は尽きないが、まずはアークへの帰還が第一だ。ムーアは携帯端末の画面へ表示されたエレベーターの位置情報を逐一確かめながら分隊を前進させる。

 

〈──あっ…困りましたね…〉

 

 ふとヘッドセットから響いたエクシアの声に彼は左手で左耳を覆うハウジングを押さえた。

 

「…どうした?」

 

〈アーク内のデータベースに…アンチェインド…ありません…記録が消去…されたのかな〉

 

「…っ!…消去された…なんの為に…?」

 

 激痛、とまでは行かないがピリッとした痛みが脳髄へ走る。眉根へ皺を一本深く刻みながら彼は詳細を促す。しかし彼女は独り言のような言葉を紡ぐだけだ。

 

〈…名前を消されたから…後続措置でデータが消されたと考えた方が妥当。──シフティー…中央政府のデータベースに…アクセス…できますか?〉

 

〈データベースにですか?いいえ、私はそんな権限は…〉

 

〈…うーん…〉

 

 シフティーへ尋ねるも彼女はそのような権限を有していないと分かれば、エクシアはやや考え込む唸り声を発し──やがて口にする。

 

〈──中央政府のデータベースを…ハッキングしまーす〉

 

「…はい?」

 

「…あ、あなた正気なの!?バレたらどうするの!?」

 

 あまりにもあっさりと告げられた違法行為の行使。予定している今日の夕食の献立を口にするかのような気軽な様子にネオンとアニスも反応が遅れてしまう程だ。

 

〈バレなければいいんでーす…〉

 

「エクシア、止めろ。今なら間に合う」

 

〈…初心者さん。私は“気になる”状態が…世界で一番…嫌いです〉

 

「あぁ、それは俺も同じだ。もう少しで何かが掴めるというのに分からない状況はイライラする。だが──」

 

〈──ハッキング開…始…〉

 

 彼の言葉に耳を貸すようなエクシアではない。自身の信条に従うまま彼女がキーボードを叩き始めたのだろう様子が全員の脳裏へありありと浮かんだ。

 

〈あ、あの…本気ですか…!?〉

 

〈私はいつでも本気…ですよ…集中したいからちょっとだけ静かに…〉

 

「おい、エクシア!止めろと言ってるだろう!!聞こえないのか!──無線を切りやがったな!!」

 

〈えっと…私はどうしましょ──〉

 

(やかま)しい!!黙ってろ!!」

 

〈ひっ…!〉

 

 エクシアへ対して今すぐにハッキング行為を止めるよう促すが彼女は聞く耳を持たない。その中、シフティーが何かを言おうとするも彼の鋭い叱責が響き渡り、彼女が短く息を飲んだ。

 

 鬼気迫る様子に何かが起きているとはアニスとネオンも察するが、声を彼へ声を掛けようとするもその迫力が凄まじく躊躇してしまう。

 

 埒が開かないとムーアは携帯端末をタップし、ビデオ通話の機能を起動させるとエクシアに掛ける。数十秒後、やっと彼女がビデオ通話へ応じ、その横顔が映し出された。その横顔は画面に注目しているように見え、手元は忙しなく動き続けている。

 

〈──なんですかー…?〉

 

「命令だ!今すぐにハッキングを中止しろ!そして痕跡は全て消すんだ!」

 

〈…嫌…です。それに…初心者さんは…私の指揮権を有していません…〉

 

「その通りだ!だが今すぐに止めろ!直ぐに探知されるぞ!」

 

〈心配…要りませーん〉

 

「──エクシア!!通信していたシフティーは偽者だぞ!!」

 

〈──……はい?〉

 

「…え?」

 

「…師匠?」

 

 ムーアが警告を発するかの如く携帯端末へ向かって吠える。その言葉の意味が分からず、エクシアは一瞬だけ思考を、そしてキーボードのタップを止めてしまう。

 

 それが致命的だったのか、或いは──

 

〈………バレた…おかしい…地上を経由して仕掛けたのに…私の位置情報まで…〉

 

 ──エクシアが淡々とした様子のまま報告した。それにラピが息を飲み、アニスとネオンが驚愕する中、彼女はデスクトップの画面へ監視カメラの映像を投影し、小さく溜め息を吐き出した。

 

〈…トライアングルが来ていますね…こんなに早いわけ…〉

 

「トライアングル…中央政府軍か…!」

 

「ちょっと待って下さい!シフティーが偽者ってどういう…いいえ、それよりもこれからどうなるんですか!?」

 

 彼が握る携帯端末の画面を彼女達が慌てた様子で覗き込む。緊迫した状況が進行中だというのに画面上のエクシアは淡々としたままだ。

 

〈心配ない…これは記録されない回線──…あっ…そう…いうこと…か……〉

 

 不意にエクシアが何かを察した声音のままそれまで操作していたデスクトップの電源を落とし、深く溜め息を吐き出すや否や、やっと自身の携帯端末へ顔を向けた。ムーアの画面上に長い前髪の分け目から覗くラベンダーの瞳が垣間見える。

 

〈──皆さん…私は今から…脳を燃やします…()()は重要ですから…〉

 

 これからの行動を淡々と口にするエクシアが画面上で薄い笑みを見せる。それを見たラピは携帯端末を握るムーアの左手を掴みながら普段の落ち着きをかなぐり捨てた様子で彼女へ尋ねる。

 

「──ちょっと…!あなた…まさか私の為に…!」

 

 記憶消去が効かなかった、という事実を洗い出されぬようエクシアが自身の脳を燃やそうとしていると考えたラピが叫ぶ。

 

「──ま、待って!エクシア!何するのよ!」

 

「──エクシア!!」

 

〈──ハァーイ…──〉

 

 それが最後のエクシアが発した言葉だった。椅子を回転させた彼女が──おそらく部屋の出入口へ身体を向けた途端、彼が握る携帯端末のスピーカーから銃声が響き渡り、同時に画面が真っ赤に染まる。

 

 ──それがエクシアの血液(触媒)だと気付くのに一拍の時間を要してしまった。

 

 赤く染まったムーアの端末の片隅に映り込むデスクトップ。その画面上には肌の一部や長い黒髪が生えたままの頭皮らしき何かが貼り付いている。

 

〈──射殺完了。処理チームをお願いします〉

 

〈──欲張り過ぎたわね。中央政府にハッキング…これは殺されても何も言えないわ〉

 

〈──…皆さん、これ──〉

 

 聞き覚えのある複数の声が響くと同時に画面の光景が大きく揺れる。──それを認めたムーアは反射的に指先を動かし、ビデオ通話を切ってしまう。エクシアはこの回線は記録されない、と語っていた。ならば関与が発覚するよりも前に切断しておかねばならない。

 

 自身の保身よりも部下達を守る為にも必要なことだ。

 

「…そんな…エクシア…」

 

 ネオンは口元を押さえつつ声を震わせている。アニスがハッとしたようにラピ、そしてムーアへ顔を向け、唇を震わせながら問い掛ける。明らかに動揺した仕草であった。

 

「…し、死んでないわよね?ね?だよね…ラピ、指揮官様…?」

 

 ハッキリと現場を見た訳ではないので分からない──と、喉元まで迫り上がってきた言葉をムーアは飲み込む。この言葉が欲しい訳ではないだろうと彼でさえも察せられた。

 

 ラピもアニスから目を背ける中、ネオンが努めて明るい声を上げた。

 

「だ、大丈夫ですよ!きっと!」

 

「そ、そうだよね…!」

 

 顔を見合わせ、頷き合う二人を尻目に彼とラピは現実的な予想を脳裏へ浮かべた。あの様子では、脳を撃ち抜かれただろうことは想像に難くない。いくらニケとはいえ脳を破壊されては──

 

〈…アークへ帰りましょう。最短ルートを──〉

 

「──待て。()()は誰だ?」

 

 彼自身でも驚く程に低い声が出た。ハウジングの奥から響いたのはシフティーの声で間違いない。しかしムーアはエクシアが射殺される前に彼女は“偽者”だと断言している。

 

 双眸が細められ、携帯端末を仕舞った左手は口元のマイクを摘みつつ彼は通信相手へ正体を尋ねた。

 

〈は、はい?〉

 

「…自分を偽るのも大変だろう?」

 

〈な、なにを言っているんですかムーア大尉?私は中央政府の情報部所属──〉

 

「ダウトだ。彼女──シフティーは俺のことを()()()と呼ぶんだぞ。もう一度聞く。貴様は誰だ?」

 

〈…………〉

 

 ハウジングの奥が静まり返る。彼の詰問で押し黙る相手だが、周囲に集まった彼女達にもやり取りは聞こえているので自然と全員が息を飲んでいた。

 

 その最中──大きな溜め息がハウジングから響き渡る。

 

〈──勘がいいわね。久しぶり。私よ〉

 

 ボイスチェンジャーでも使っていたのだろうか。全く異なる声がハウジングから響くと彼は溜め息を吐き出し、彼女達はそれぞれの瞳をこれでもかと大きく見開いた。

 

「──これはどうも…シュエン会長」

 

〈挨拶は良いわ。いつから気付いていたの?〉

 

「…不審を感じたのは割りと最初から。その他にも色々と不審点はありましたが、工場内での浄化シーケンスに手間取っていたのが決定的でしたな」

 

〈結構、念入りに準備したと思ったんだけど…オペレーターって難しいのね〉

 

「他人を装うなら、もっと言動や癖を研究なさってからの方が宜しい」

 

〈覚えておくわ〉

 

 まさかの知り合い──知り合いと評して大丈夫なのかは微妙なところだが、以前のトーカティブ捕獲の一件でほぼ強制的に分隊を動員したCEOの声がハウジングから響く。それを聞き取りながらムーアは取り出した煙草を銜えてオイルライターの火を点けると紫煙を燻らせた。

 

「…シフティーはどこ…?」

 

 震える声のままアニスが問い掛ける。()()()ミシリスのCEOを相手にその言葉遣いは宜しくないのだが、彼は止めることはしなかった。

 

〈定期の合宿訓練。1ヶ月前から教育を受けてるわ〉

 

「あぁ…じゃあ最初からシフティーのフリをしてたの?」

 

〈察しが悪いわねぇ〉

 

「あなたがエクシアを──売ったの?」

 

 中央政府に、と前置きを省いてアニスが問う。それへシュエンは何をそれほど怒っているのか訳が分からぬ様子だ。

 

〈売った、だなんて人聞きの悪い。言っておくけど中央政府へのハッキングは立派な犯罪よ。アークの市民として義務を果たしただけ。まぁそろそろ気付かれそうだったからついでに片付けちゃったけど〉

 

「ついで、ですって…!?あなたね──っ!」

 

 激昂しかけたアニスを歩み寄ったムーアが宥める。背中を何度か優しく叩いて、落ち着くよう促しながら口元へ伸びるマイクを指先で摘み、紫煙を緩く燻らせる。

 

 ──冷静になれ。

 

 そう言われている気がするが、生憎とアニスは彼のように直ぐに物事を切り替えられる性格ではない。ただ背中を優しく叩かれるのは不思議と心地が良い。このような状況でなければもっと気分は落ち着いただろう。

 

「…うちの部下が失礼した。とはいえ中央政府を詐称する行為も犯罪だった記憶がありますが…まぁ貴女へ手出し出来るような法が果たしてあるのか…」

 

〈そういうこと〉

 

「ところで何か御用で?御存知の通り、今は少々忙しいので手短に」

 

〈用、という程でもないけれど…アンタ達、特殊別働隊、だったっけ?それに任命されたんでしょう?〉

 

「えぇ」

 

 それについては公表されている情報だ。隠す必要もない。彼は素直に肯定を返す。

 

〈任命の理由が…地上の存在との接触が多いとかなんとか?…まぁそういう話を聞いていたからアンタ達が地上に上がるのを追跡したら何か有益な情報が見付かるかな、と思ったのよ。──まさか…アンチェインド…とはねぇ…〉

 

「─…っ…!」

 

 また頭蓋の内で痛みが軽く走る。激痛ではないが、それでも舌打ちする程度には煩わしい。

 

〈想像以上だったわ。──アンタ達にはもう少し地上に居てもらわないとね〉

 

 シュエンが明るく言い放つと同時に彼等の周囲に耳を劈く不協和音が鳴り響く。──断末魔の叫びの如く発せられるそれはラプチャーが撃破される寸前に時折耳にするものだと気付いたムーアや彼女達の表情が強張った。

 

〈コーリングシグナルよ。その内、わんさかラプチャーが来るわ。──でもまぁ…アンタ達なら大丈夫よね?時間稼ぎぐらいにはなるだろうけど〉

 

「…悪戯にしては少々、度が過ぎていますな。…また掴み上げられながら小便を漏らしたいように見える」

 

〈──ちょっと!!レディになんてことを言うのよ!!〉

 

 双眸を細めながらムーアが呟くも、それはしっかりとマイクが拾っていたらしい。シュエンからたちまち非難の声が飛ぶも彼はハンドサインでラピやアニス、ネオンへ指示を出し、半分も吸っていない煙草を携帯灰皿へ投げ込んだ。

 

 全員が配置へ就いて間もなく──スクラップの山の頂上から滑り降りるように続々と四足歩行のラプチャー達が現れる。

 

「──エンカウンター!!」

 

 ラピの交戦宣言が放たれ、同時に銃撃の銃声が響き渡る。

 

 彼も携えた突撃銃を構え、引き金を引いてはラプチャーの爛々と光る赤い単眼にすら見える(コア)を撃ち抜いて撃破するも──中々に数が減らない。

 

〈──ちょっと!撃つなら撃つって先に言いなさい!!〉

 

「──キャンキャン騒ぐな!!」

 

 耳元で騒がれては集中できない。マイクが拾う銃声がシュエンの鼓膜を破壊しようが構わないのだが、彼が大声で一喝した途端に彼女は押し黙った。こちらの方が効果覿面だったらしい。

 

「移動するぞ!ここでは防ぎ切れない!下がれ!!」

 

 周辺地図は頭へ叩き込んでいる。彼女達へ命令を出し、アニスとネオンが先に退いた。ラピが突撃銃で構え、押し寄せるラプチャーへ銃撃を加えつつ後退する。ムーアも援護射撃し、隣までラピが後退すると彼女が目配せした。

 

 先に行けという目配せであると受け取り、彼は後退すると彼女の肩を軽く叩いて知らせつつ後ろへ下がった。

 

〈──…あっ…〉

 

 駆け出して間もなくハウジングの奥で、地上ではあまり聞きたくない類いの短い言葉が耳朶を打つ。形容し難い嫌な予感が脳裏を駆け巡る。

 

〈…ロード級まで釣れちゃったみたい〉

 

 ──テメェ、この野郎。

 

 思わず彼の口から罵声が飛び出そうになる。しかし相手はCEOだ。自身の首を絞めるのは自殺行為と判断するだけの冷静さはムーアも残しているらしい。

 

「──備えろ!ロード級が来るぞ!ラピ、こっちに来い!」

 

 アニスとネオンが後退した地点まで残り20m。ムーアは立ち止まると振り向きざまに突撃銃の床尾を右肩へ宛てがい、ACOGを覗き込んだ。クロスヘアのレティクルへ敵機を捉え、短連射で3発を叩き込み、駆け出したラピの後退を援護する。

 

「──下がりました!!」

 

「──了解!アニス、援護しろ!正面の連中に擲弾をぶち込め!!」

 

 並び立ったラピと共に押し寄せてくるラプチャー達を食い止めながらムーアは背後のアニスへ命じる。了解の言葉が返ってくるや否や、背後で気の抜ける発射音が響いた。

 

 緩い弧を描き、ラプチャーの鼻先の地面へ弾着した擲弾が炸裂する。

 

 足止めを認め、彼はラピの右肩を叩くと共に駆け出し、アニスとネオンが身を隠した遮蔽物へ飛び込んだ。

 

 勢いが付きすぎて前転しながらであったが、直ぐに立ち上がって遮蔽物を盾とする。弾倉を抜いて残弾が僅かだと気付けば、新しいそれを交換した。

 

〈──ねぇ、ちょっといいかしら?〉

 

「…手短に。こちらは少々手が離せません。──来たぞ!撃て!!」

 

「ロード級に火力を集中させます!ネオン!!」

 

「分かりました!!火力ゥゥゥゥ!!!」

 

 対ラプチャー用の散弾銃が次々にショットシェルの撃ち殻を地面へ落としながら大粒のペリットが吐き出される。その凄まじい銃声はマイクも拾っているのだろうが、彼等は気にしている暇もない。というより気にする必要すらなかった。

 

〈私、こんなこと中々言わないんだけど……アンタ、私の下に就く気はない?役員レベルの地位を上げるから〉

 

「…木っ端の軍人風情に随分と太っ腹なお誘いですな。大風呂敷を広げすぎでは?」

 

 微かに鼻を鳴らしたムーアが遮蔽物へ突撃銃を依託し、レティクルへ収めたロード級のラプチャーに狙い澄ました射撃を加える。

 

 その銃声は耳に痛いが、シュエンは悪くない反応を彼が見せたことが意外だったのだろう。

 

〈え?な、なんだ。その気はあるのね?…待遇か…待遇…えっと…まぁ簡単に言えばお金と権力よね。それこそアンタが見たことがないぐらいのお金と顎で人を使える権力よ〉

 

「…ほう?」

 

 相槌、なのかは分からないがシュエンはそれが続けるよう促しているようにも聞こえ、更に待遇を語っていく。

 

〈勿論、等級が上がれば上がるほど大きな力を手に入れる事が出来るわ!アンタが私の下に就くなら、特別に…そう!アンタの為に特別に0等級を作って待遇するわよ!〉

 

「…口先だけで信用は出来ませんな──手榴弾(Flag out)!」

 

 ピンを抜いた手榴弾が緩い弧を描きながら投じられる。数秒後、ロード級の足元で炸裂したそれの衝撃で敵機の足が止まる。──好機だ。

 

〈CEOである私の言葉が信用出来ないって言うの?言ったでしょ?私、こんなこと中々言わないって。──お金や権力に興味がないっていうなら…女はどう?アンタも男だし、女には興味があるでしょう?好みのタイプをいくらでも揃えて上げるわ〉

 

「──私の好みのタイプは自分の意見をはっきり言える女性ですよ。外見は…まぁ容姿端麗なら嬉しいのは確かですが、それほど重視していない」

 

〈あら意外ね〉

 

「それはそうと、私はこの仕事の方が性に合っています。ヘッドハンティングなら別の人間を探した方が宜しい」

 

「ロード級撃破!残敵掃討に入ります!!」

 

「──了解!掃射しろ!!」

 

 ──まぁ言ってみただけだから悔しくはない。いや、やはり思うところはある。

 

 シュエンにしてみれば面白くない。

 

 CEO自らが待遇を並べ立てたというのに条件に合わなかったのか、それとも話のネタ程度にしか思っていなかったのか──彼は興味を失ったかのように眼前の敵へ集中してしまう。

 

〈そう?私も()()()()()()()()()()

 

 声音には悔しさが僅かに滲んでいる気がしてならない。

 

 やがて掃討が終わったのか銃声が鳴り止む。ムーアが残りの敵機はいないかと視線を巡らす中、ハウジングからシュエンの声が響いた。

 

〈じゃあ頑張って戻って。さっき送ったエレベーターのマーキングは本物だから安心しなさい。私はアンチェインドの調査があるから〉

 

 ブツンと通信が切れるノイズが走ると彼は大きな溜め息を吐き出す。

 

「…なんなのアイツ…」

 

「…というか…何故、あの方がアンチェインドを…?」

 

 ──痛みは走らない。それに安堵するムーアが新しい煙草を銜えた途端、脇からターボライターが差し出される。

 

「…ありがとう。…トーカティブ(お喋り野郎)の捕獲を命じた一件と何か関係があるのか…それとも別の理由か…俺達へちょっかいを出すほど暇ではないだろう」

 

「えぇ、そうだと思います。まずはアークへ戻りましょう」

 

 ラピが握るターボライターを左手で風除けを作って覆い、火を点けて貰う。戦闘後の一服は格別だ。

 

 紫煙を燻らせつつムーアは身を隠していた遮蔽物から腰を上げる。前進を命じようとした時、怖ず怖ずとアニスが彼を見上げた。

 

「…指揮官様…さっきのシュエンとの話だけど…」

 

「…あのお嬢さんの下に就かないか、という話か?」

 

「…うん…」

 

 小さく頷いたアニスへ彼は軽い苦笑を漏らしながら左手を差し出す。それを掴んだ彼女をムーアは引き上げた。

 

「──身体と命を張るのが精々の男だ。この仕事しか出来ないよ」

 

 




ムーア大尉の天職って軍人以外に何があるのか………いや、割りと色々ありそうだな。
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