勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
空気が重い。
アークへ帰還するエレベーター内が前後左右、そして上下に移動している感覚を身体で捉える彼等だが口数が少なかった。
戦闘の影響もあって一旦は頭から抜け落ちてしまったが、エクシアが射殺された、という事実を思い出してしまうと彼女達の口数は自然と減り、空気は重々しく感じられる。
既にエレベーターへ乗り込んで3時間は経過しただろうか。
最後に会話らしい会話があったのは──彼の「火を貸してくれ」だった気がする。ライターのオイルが切れてしまい、一番近くにいたアニスの電子ライターで火を点けて貰ってから感謝の言葉が響いたのが最後であっただろう。
それが1時間前のことだ。
明るい話のネタや小粋なジョークの類いをムーアが持っている筈もなく、間もなく到着するアークのエレベーター搭乗口まで設けられている席へ大人しく腰掛けているのが精一杯だ。
──次第にエレベーターが降下する速度が緩くなった。液晶パネルへ視線を向けると、あと1分で到着との表示が浮かんでいる。
随分と温まってしまった席に別れを告げ、ムーアが腰を上げれば彼女達も立ち上がった。
制動が掛かるエレベーターの振動が身体に走り、やがて閉ざされていた扉が開く。
「──……随分なお出迎えだな。誰か頼んだか?」
開いた扉の先──そこには武装した中央政府軍の10名程の兵士が待ち構えていた。その先頭に立つ3名の姿はムーアも見覚えがある。念の為に部下達へ問い掛けるも、当然ながら左右へ首を振っていた。
とはいえいつまでもエレベーターから降りない訳にはいかない。面倒臭そうな空気を感じ取りながらもムーアが先頭に立って搭乗口へ降り立つや否や──行く手を阻むが如く控えていた兵士達が取り囲んだ。全員が武装しているが、まだ自動小銃の銃口は床へ向けられたままである。ただし引き金や安全装置へいつでも指を掛けられる恰好ではあった。
「──止まって下さい」
「…随分な歓迎だな少尉」
「申し訳ありません、ムーア大尉」
前へ進み出た3名のひとり──プリバティが彼へ謝罪しながら挙手敬礼する。ムーアも首と右脇下へ通したスリングベルトに吊るす突撃銃が動かないよう左手で押さえつつ右手を額へ翳して答礼を済ませた。
「…何の用?」
眦を吊り上げながらラピも前へ進み出る。彼の左隣へ移動し、眼前のプリバティと対峙しながらこれは何の真似かと問い掛けた。
「何故、許可もなく地上へ上がったのか説明して下さい」
「特殊別働隊について聞いてないの?」
「聞いていますけど」
「私達は自由に動けるのよ。つまりトライアングルには私達を尋問する権限はない」
相変わらず頼もしい、と感じつつムーアは半包囲される形となった兵士達の様子を伺う。いずれも対人用の火器だ。それらがニケへ対してはあまり効果を発揮しない──とはいえ至近距離からならば話は別だろう。なによりムーアを場合によっては制圧する算段である可能性が考えられた。
「あなた達が特殊別働隊であるように、私達も中央政府直属の部隊です。あなた達を尋問する権限があります」
「そんな公文書は受け取っていないわ。──指揮官、何か連絡を受けましたか?」
「──いいや?何も聞いていないな。悪い、火を貸してくれ」
ラピが頭一つ分は高い位置にある彼の顔を見上げながら尋ねるも、ムーアは左右に首を振ってみせる。続けてボディアーマーのポーチから取り出した煙草を振り出して一本を銜えると、ラピがターボライターを差し出す。
左手で風除けを作り、火を点けて貰うと彼は紫煙を燻らせながら改めて対峙する。──訓練がなってないな、と考えながらだ。
「──だって。私達の指揮官様が」
「──そうですそうです」
──何故、キミ達は俺の後ろにいるんだ。
アニスとネオンが彼の背中へ隠れながら挑発的な合いの手を口にすると、対峙する長身の綺麗所──大尉の肩章が付いた外套を羽織るユルハが大仰な溜め息を漏らし、続けて瞳を細めた。相変わらず寝不足らしく目元には濃い隈が浮かんでいた。
「…大尉。従う意志がないように見えるけど…間違いないかしら?」
「大尉殿、
表現を間違えるな、と暗に語ったムーアの背後から「お〜」と感心のニュアンスが籠もった二人分の小声が聞こえた。しかしそれには気を取られず、彼は間断なく視線を巡らせながら銜えた煙草をジリジリとゆっくり燃やして紫煙を味わった。
その様子に呆れたのか、それとも諦めたのか──ユルハが傍らのプリバティへ横目を向ける。
「プリバティ、無視して連れて行きましょ。ここで撃っても良いし──
撃っても良い、その言葉にムーアの頬がピクリと反応する。何気ない様子を装いながら突撃銃の握把を握る右手を離し、ダラリと力を抜いて下ろした。
続けられた特定の人物を形容する言葉に背後へ隠れたアニスが微かに息を飲む。──彼の広い背中に隠れているのもあって悟られなかったのは幸いだ。
しかしわざわざ口にする辺り、彼女達はどうやらムーアやカウンターズがエクシアとビデオ通話をしていたと察知しているようだ。或いは
「──とにかく尋問を行います。ご同行願えますか?」
指揮官であるムーアへプリバティが改めて任意同行を求める──彼は彼女へ向かって紫煙をわざと吐き出す。明確なNoの表明だ。
礼儀知らずには思えなかったが──と目を細めたプリバティが控えていた兵士の一人へ目配せする。それに頷いた兵士が彼へ歩み寄った。
「大尉殿。銃を没収します──」
「──銃とは
右脚のレッグホルスターから抜かれた45口径の自動拳銃の銃口が無造作に歩み寄って来た兵士の眉間へ向けられる。あまりにも自然な動きであり、兵士達は即応出来なかった。
慌てて他の兵士達が携えた自動小銃を構えようとするも──彼の殺気混じりの濃い茶色の瞳が向けられ、思わず動きを止めてしまう。
「──大尉。銃を下ろしてください…手荒なことはしたくありません」
「そうか?それにしては随分と立派な対応だな少尉。礼儀を知らんようだ。──あぁ、動かない方が良い」
プリバティが宥めようと歩み寄る気配を察し、ムーアが拳銃を握る親指を動かし、見せ付けるように
「落ち着いて下さい…尋問とは言っても…簡単な事情聴取ですから…」
「生憎とそれは信じられんな。どんな容疑を擦り付けられるか分かったモンじゃない。言っておくが、俺は部下を守る為なら
引き金を引き絞る音がやけに大きく聞こえた。撃鉄が落ちるギリギリまで引き金を引いているのは明白だろう。
ラピ達もまさか彼がこのような事をするとは思っていなかったらしく、内心では焦りを感じていた。
「兵を退がらせろ少尉。血は見たくないだろう?」
最も気の毒なのは殺意を醸し出す彼の右手へ握られた拳銃を真正面から突き付けられている兵士だ。やる気に満ち溢れた青年であり、相応の訓練を受けた身だが──流石に眉間へ銃口が突き付けられる経験は皆無である。呼吸の仕方すら忘れ、冷や汗が顔面を伝い落ちた。
「指揮官、落ち着いて下さい。…ラプチャーとの戦闘後です。気が立っているのは分かりますが…」
思わずアニスとネオンはナイスフォローと叫びたくなった。彼が素でこのような真似をしているのは明らかだが、それは彼女達にしか分からない。戦闘後の昂りもあり、気が立っているとすれば兵士達も納得するだろう。
ラピは拳銃を握る彼の右手首をそっと掴み、ゆっくりと床へ銃口を向けるよう誘導する。眉間へ突き付けられた銃口が無くなると眼前の兵士は緊張が解けたのか、肩を上下に揺らしつつ呼吸を再開した。
「…一等兵。俺の部下に感謝しろ」
無作法にも将校が携帯する銃を奪おうとするのは古来からの御法度だ。身を以て教育された形の兵士は生唾を飲み込みながら元の位置まで引き下がる。
それを認めたムーアが拳銃の撃鉄を親指で押さえながら、引き金を引く。撃鉄が元へ戻るとレッグホルスターへ拳銃を納めた。
「
話はそれからだ、とラピが畳み掛ける。それを聞いたプリバティがどうするべきかと思案を巡らす中、彼女の横から声が掛けられる。アドミだった。
「…プリバティ。もう行きましょう。…ムーア大尉」
「なんだ?」
「…ケーキ、美味しかったです。ありがとうございました」
「…そうか。口に合ったら何よりだ」
先日に懐柔の為に饗応したレストランでの一幕。彼がアドミへケーキを譲った──理由は兎も角として、その礼が徐ろに伝えられる。どうやらその借りを返す、という意味のようだった。
このまま引き下がる訳には、とプリバティは異を唱えたかったが眼前の彼等は一歩も譲らないだろう。それを察すると控えていた兵士達へ先に戻るよう命じる。
武装した兵士達が足並みを揃え、半包囲を解きながら退くとプリバティがムーアの横へ侍るラピへ歩み寄った。
「──ラピ、やっぱりあなたは私のライバルです。見え透いた手には乗らないってことですか?」
「……ライバル?」
──それは初耳だ。
彼は銜えた煙草の吸い口を左手の二本の指で挟みつつ横目を彼女、プリバティへ向けるが──ラピは首を傾げている。
「そうよ。あなたと私は因縁のライバル。戦績は…えっと…」
「…ラピは記憶消去を受けているぞ。少尉のことは覚えていない筈だ」
ムーアが告げると彼女は一瞬口を噤む。どうやらすっかり忘れていたらしい。
「…せ、戦績は21対0。勿論、私が21勝です」
「──は?あなた、それは違うでしょ。逆…」
「ユルハ!黙っててください!」
「…………」
語るに落ちるとはこのことか。ムーアが煙草の紫煙を燻らせながらプリバティを見下ろすと、彼女は堪らずその視線から逃れるように顔を背けたかと思えば咳払いを漏らした。
「記憶消去を受けたあなたのためにこのカウントはなかったことにしてあげます。だからもっと頑張りなさい。──弱いライバルなんて私のプライドが許しません。私のライバルに相応しい人になりなさい!」
記憶消去を受け、それが効いている
「皆さん、行きましょう」
「…行こう、アドミ」
「はい」
「
この借りは高くつくぞ、と言わんばかりにユルハが彼へ金眼を向けてから身体を反転させる。見逃してやる、とでも言うのか。
「──カウンターズ、それとムーア大尉。ひとつ忠告しておきます」
「…まだ何かあるのか?」
長話は得意ではない。名指しされたムーアは背を向けたまま立ち止まったプリバティへ先を促した。
「中央政府は
「……肝に銘じよう。それと数々の非礼をお詫びする」
「…ふん」
謝罪が遅い。そう言わんばかりにプリバティが太い髪の房をふたつ揺らしながら兵士達を引き連れて立ち去って行く。
ユルハはもう一度、ムーアへ一瞥をくれてから、そしてアドミは小さく頭を下げてからその後へ続いて行った。
やっと緊張が解ける。
アニスとネオンが大きく溜め息を吐き出しながら彼の背中から現れるとムーアを見上げる。
まさか拳銃を抜いて、銃口を突き付けるとは思っていなかっただけに、どうなることかと気を揉んでしまった。
「…特殊別働隊に任命されたのは中央政府の意向もあるんだよね?」
「…そう聞いている。まぁアンダーソン閣下が多分に絡んでいる可能性は拭えんが…」
「…中央政府の全ての人が私達を快く思っている訳ではないからでしょう」
ラピが補足するようにムーアへ告げ、彼は溜め息と共に紫煙を吐き出した。吸い口の根本まで吸った煙草は辛くて仕方ない。これはこれで
「…これからも良くあるのかしら…こういうこと…」
「…恐らくはな。だが安心しろ。キミ達のことは守る。それが俺の役割だ」
──サラッとそういうこと言わないで欲しいなぁ…心の準備が…。
毅然と言い放ったムーアの横顔を伺うように見上げるアニスの頬へ薄く赤が差す。
「…さて…まずはエクシアの状況確認から──」
不意に彼の携帯端末がバイブレーションを起こす。ポーチからそれを抜き取り、着信を確認すると──送信者はアンダーソンだ。
「…まずは報告になるのか…何処まで話したものか……」
何度目かの溜め息を吐き出す彼は足取りも重く歩き出した。
次のお話は長くなる予定です(たぶん(きっと
※「銃とは
元ネタは映画ザ・ロックの終盤で裏切られたハメル准将が武器を没収されそうな瞬間に「銃とはこのことか?」と言いながら拳銃を突き付けるシーンですね。そういえばハメル准将も45口径を…。