勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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ハーメルン内に投稿されているNIKKEの二次創作を最近は読み漁らせて頂いております。どの作品も作者様方の特徴が出ていて読み応えがあります。インスピレーションと刺激を頂いております。


第6章
第1話


 

 

 ──空気が重い。

 

 エレベーターの振動が車体を揺らす中、車内の助手席へ腰掛けるアニスは携帯端末の画面を見る──フリをして運転席へ横目を向ける。

 

 そこへ腰掛け、座席の背凭れへ上体を預けているのは彼女の指揮官であるムーアだ。

 

 今日の装いは薄茶色が中心の砂漠迷彩(デジタルデザート)の戦闘服にタンカラーのボディアーマーだ。首回りに薄茶色の生地にチェック柄のような意匠が浮き上がるシュマグを巻いた彼は──両腕を組み、サングラスで双眸を隠しながら無言のまま紫煙が燻る煙草を銜えている。

 

 前哨基地へ戻って装備を整えてからの出発となったが、ハンヴィー(武装車輌)へ乗り込む際の「乗車」の号令がムーアが発した最後の言葉であったとアニスは思い出す。

 

 その前は「30分後に庁舎の舎前へ集合」だったろうか。

 

 必要な命令と指示以外は口を開きたくない、という無言の意思にも感じられたアニスはそっと溜め息を吐き出した。次いで肩越しに後部座席を伺う。

 

 そこへ並んで腰掛けているラピとネオンも居心地が悪いのだろう。運転席の上から僅かに覗くムーアが被るヘルメットへチラチラと視線を送っている。

 

 ムーアの機嫌が悪いのは──まぁ普段から機嫌が悪そうな面構えをしているのは否めないが──間違いなく数時間前の副司令官室での出来事が原因だろう。

 

 不機嫌の理由、その原因となったのはラピであるのは間違いない。

 

 副司令官室から一度も彼女は彼と話していないのだ。

 

 分隊のリーダーと指揮官の関係が不仲となるのは宜しくない。

 

 それは彼も、そしてラピも分かっているだろうが双方ともどうすれば良いのか解決法を四苦八苦しながら模索している真っ最中なのだろう。

 

 前向きに考えつつアニスは正面へ向き直ると握っている携帯端末のアプリを起動させ、ムーアへ個人的なメッセージを送った。

 

 

 

アニス《指揮官様》

 

アニス《大丈夫?》

 

 

 

 ややあってムーアが身に着けたボディアーマーのポーチからヴーというバイブレーションが微かに響く。

 

 緩慢な動きで携帯端末を抜き取った彼が着信を確認し──ヘルメットとサングラスの僅かな隙間から垣間見える眉間へ皺が寄った。

 

 

 

ムーア《問題ない》

 

 

 

 返ってきた返信は素っ気ないものだ。とはいえチャットでならコミュニケーションは取れるようだ。その点はアニスも一安心である。続けて彼女は画面のキーボードをタップし、再びメッセージを送る。

 

 

アニス《怒ってる?》

 

アニス《ラピのこと?》

 

ムーア《2割》

 

アニス《2割?なにが?》

 

ムーア《怒っているのは間違いないが》

 

ムーア《8割は俺へ対してだ》

 

アニス《なんで?》

 

 

 

 返信が途切れた。

 

 アニスはチラリと運転席へ横目を向けると──彼は銜えていた煙草をボトルホルダーへ差した灰皿へ押し潰していた。肺へ残った紫煙を溜め息と共に吐き出したムーアが、再び携帯端末の画面をタップしていく。

 

 

 

 

ムーア《予期しておくべきだった》

 

ムーア《端から念頭に置いていなかった》

 

ムーア《生贄となるような台詞を部下に言わせてしまった》

 

ムーア《無能な指揮官の俺に腹が立っている》

 

アニス《そっか》

 

アニス《残りの2割は》

 

アニス《ラピが相談してくれなかったことに怒ってるんだね?》

 

 

 

 

 隣でキンッとオイルライターの蓋を開ける音が響いた。新しく銜えた煙草にムーアが火を点けたのだろう。嗅ぎ慣れた、落ち着く香りが漂ってくる。

 

 アニスへの返信はそれきり無かったが──それがなによりの肯定に彼女は思えた。

 

 

 

 

 

 

 かつてはシルクロードにおける西の起点にして終着点。()()()()()()とまで称された都市。

 

 歴史を振り返ると繁栄や衰退、数々の騒乱に見舞われた過去がある場所は今や人っ子ひとりいない寂しげな風情のまま、かつての栄華の残り香を放つ建造物が廃墟同然の恰好で並び立っている。

 

 砂塵が舞う街路を進む一台の車輌がエンジン音を響かせながら礼拝堂(モスク)へ向かう。

 

 イングリッドから送られたアブソルート分隊との合流地点の座標がその付近となっているのだ。

 

 地上へ到着したエレベーターを降りて約30分が経過したが、不思議とラプチャーとの遭遇、そして戦闘は発生していない。無論、順調なのは良いことだが。

 

 やがて合流地点として指定された礼拝堂の前へ到着し、ムーアがブレーキをゆっくりと踏み込んで車輌を駐車させる。

 

「…下車」

 

 素っ気ない号令が短く下される。シートベルトを外したムーアが突撃銃を片手に下車すると彼女達も続々と降り立った。

 

「…これって教会?」

 

「…似てるが違う」

 

 特徴的な半球形のドームを見上げながらアニスが疑問を口にすると、横を通り抜けたムーアが砂塵と乾燥した空気から肌と口腔を守る為に首へ巻いたシュマグで口元を覆いつつ短く教え諭す。とはいえ、詳しい解説はしてくれないらしい。そのまま彼は背嚢を背負うと先頭を切って歩き出した。

 

「ねぇねぇ、指揮官様。何が違うの?」

 

 興味は──正直に言えば無いが、彼がせっかく話をする切っ掛けを作ってくれたのだ。まぁ意図的にではなかっただろうが、それを逃すことは出来ない。

 

「…その前に世界三大宗教を教えなきゃならん…」

 

 面倒臭いから教えるのは今度だ、と暗に告げながら彼は砂塵が舞う街路を進み、やがて小路へ入り込む寸前にムーアは安全装置を外した突撃銃を構える。

 

 クリアリングを済ませながら前進する彼を追う形で彼女達も続くが──想像していたよりもムーアのポイントマン(先導)の技量は高いらしい。

 

 敵が隠れ潜んでいる()()()()()()物陰を警戒しつつ、角を曲がる際は立ち止まってカッティングパイの要領で死角を少しずつ処理しながら進む。

 

 上方の警戒も忘れず、廃墟同然の家屋の2階の窓も窺いながら歩き続けること10分だ。

 

 ──黒を基調にした服を纏う3名の人影を以前は集会場か何かだったのだろう半壊した建物の中に認めた。

 

 引き金へ指を添えながらそこへ接近し、しっかりと顔を確認してからムーアは突撃銃の安全装置を掛けて相対する。

 

「……時間通りだな」

 

「そちらもね〜」

 

 長身のニケ、エマが顔を綻ばせながらムーアへ片手を差し出す。フィンガーレスグローブを嵌めた細い右手を彼は──

 

「…悪いが…今は出来ない。その内にでも改めて頼む」

 

「あら〜」

 

 右手は突撃銃の握把を握るのに忙しい。左手での握手は慣例的にも宜しくない。彼は断りを入れると、相対した彼女達から少し離れ、換気が抜群となった建物の大きな穴から外を窺っての警戒を始める。

 

 とはいえ──全員がなんと声を掛ければ良いのか分からず、お見合い状態のまま暫しの時間が過ぎた。互いに親しいという訳ではない。顔見知りと言えばその通りだが、生憎と笑顔を振り撒きながらハグの応酬をする仲でもなければ当然だろう。

 

「──あのさ…私達、ちょっと人数が多くないかしら…?」

 

 口火を切ったのはアニスだ。このなんとも言えない空気感の中で会話の糸口を探ろうと先陣を切る姿は流石だろう。

 

 アブソルート分隊の3名、そしてカウンターズ分隊の3名、これにムーアを含めれば7名が今回の共同作戦を実施する。普段の分隊単独での作戦行動を考えれば員数は多いのだろうが、ムーアの()()ではこの員数でやっと()()()()()とも言える。

 

 アニスに応えたのはアブソルート分隊のウンファだ。

 

 ボルトアクションの大口径狙撃銃を背負いつつの舌打ち一発から応えて見せる。

 

「──じゃあお前は留守番でもしてろ」

 

「──お、留守番しても良いの?指揮官様、こう言ってるけど?」

 

「…Negative…」

 

 否定のニュアンスと意味が込められたそれを彼は外を警戒しながらはっきりと返す。単純なYesかNoとは異なり、聞き間違うことはないだろう。

 

「残念。──こう言ってるけど?」

 

「…どうしてアブソルート分隊がこんな三流分隊の護衛をしなければならないんだ。全く理解出来ないな」

 

()()ですって!?──私達のレベルはそんなに高くありません!」

 

「そうです!そうです!」

 

 ウンファの挑発的な──いや、彼女の本音であろうから挑発以前の問題なのだが、それへ返す刀でネオンが応じるや否やアニスが大きく頷いて見せる。

 

「…黙れ馬鹿共…」

 

()鹿()ですって!?──私達はそんなに賢くありません!」

 

「そうです!そうです!」

 

「…ぷっ…」

 

「──面白いか?」

 

 その新鮮にすら思える応酬に吹き出してしまうベスティーをウンファが睨む。それに竦んだ形で小柄な少女が俯く姿が不思議と目視しなくても分かってしまったムーアはポーチから双眼鏡を取り出した。

 

 もう少し遠くを警戒しようと双眼鏡を覗き、索敵を行うのだが──その視界の隅で()()が動く姿を捉えた。建物の屋上である。砂塵に紛れていて上手くは捉えられなかったが、シルエットからして()()にも見えた。

 

 背後からはウンファが尚も共同作戦の実施へ不満を垂れ流す声が彼へ届いている。それは分からなくもないのだが──

 

「──おっ、この性格悪い子は社長の名前を出すと黙るのね」

 

「…ちょっと相手にしてやったからって同じレベルになったと勘違いするなよ。ゴミクズ」

 

「まぁ酷すぎるよ〜!アニス、ショック!──()()に言い付けてやるわよ〜?」

 

 ──1発の銃声が室内で響き渡った途端、彼が右手で支えている突撃銃の安全装置が外された。

 

「──もっと言ってみろ。次は頭だ」

 

 ──阿呆が。

 

 ムーアは振り向く寸前、肩越しに様子を伺うと内心で毒づく。今の銃声──果たして何km先まで響いたか分かったモノではない。

 

 徒に敵を引き寄せるつもりか、と彼はウンファの行動を咎めるが──どうせ招き寄せても殲滅出来るからこその対応なのだろうと考えて喉元まで迫り上がった言葉を飲み込んで外した安全装置を再び戻し、双眼鏡を覗き込んだ。

 

「ちょっと!今、撃ったわね!?」

 

「足元にな。見れば分かるだろう。目ん玉から交換した方が良さそうだな」

 

〈──あ、あの…皆さん?〉

 

 ハウジングの奥でオペレーター(シフティー)の声が響くが、彼も今は忙しいのだ。警戒と監視をしつつ背後の両分隊の様子を窺わなければならない。彼の個人的な精神的問題もあるが──ぶっちゃけて応答の余裕はなかった。

 

「──おっ、シュエンだ!」

 

〈──だから違いますって!私は先日まで合宿訓練中だったんですよ!?〉

 

「──ところでラピ。記憶消去が効かないって本当なの〜?」

 

「──本当よ」

 

 彼女達が──おそらくウンファを除いて各々が話し始める程度には打ち解けた様子を察するとムーアはヘッドセットのマイクを摘まむ。

 

「…シフティー。作戦の概要を説明してくれ」

 

〈──あ、はい。分かりました。皆さん、良く聞いて下さいね〉

 

 冷や水を浴びせ、気を引き締めさせるのは指揮官であるムーアの役目だ。

 

 シフティーも本来の役目へ戻ると彼女の口から作戦の概要が語られていく。

 

 今回の作戦の目的はヘレティックの破片を回収することにある。

 

 過去にアブソルート分隊、そしてメティス分隊が共同でヘレティック1体と交戦し、辛くも勝利を収めたが敵機が撃破された途端に起こした爆発で交戦地点一帯は焼け野原となったらしい。

 

 その爆発の影響でクレーターが穿たれ、地下に眠っていた天然ガスに引火してしまい、3ヶ月間に渡って周囲4kmが燃え続けていたのだとか。

 

 しかし燃えていた天然ガスが尽き始めたのか炎が弱まり、ヘレティックの破片があるだろうクレーターの中心、或いは最深部への進入が可能となった。

 

 その破片を回収、アークへ持ち帰ることが作戦の最終目的となる。

 

「アブソルート分隊はもちろん、メティス分隊も廃棄寸前まで行ったのよぉ。でも運が良かったの。ちょうど雷がそこに落ちてくれて助かったんだもの〜」

 

「…余計な事は言わなくて良い」

 

「嘘の情報で仲間を危険に晒す訳には行かないでしょう〜?」

 

「…誰が()()だ。私はあんなゴミクズ共を仲間と認めた憶えはない」

 

「でもあの子達もヘレティックと戦って勝ったのよぉ?」

 

「…運が良かっただけだろ」

 

 それは違いない。勝敗は兵家の常、という言葉もある。全戦全勝は有り得ないが、敗北がないとも言えない。どちらに天秤が傾くかは──それこそ神のみぞ知るだ。

 

「──知り合いだから手加減してくれたんだろう」

 

 しかし続けて紡がれたウンファの言葉に空気の循環も良いからなのかもしれないが、室内の温度が急激に低下する気分を味わうこととなる。

 

「──そのヘレティック、お前達と一緒に作戦に投入されたと聞いたが?だから手加減したんだろ。お前達が可哀想だから」

 

 この女とアニスは眉間へ皺が寄る感覚を捉えるが──視界の端に映り込んだ()()を見て彼女は更に体感温度が下がった気がした。

 

「──どんな気分だった?かつての仲間が()()()になった時の気分は?」

 

「…ウンファ。それ以上、喋らない方が良いと思うわ…」

 

「私の名を呼ぶな!この裏切者が──」

 

 ──チキリ、と撃鉄(ハンマー)が起こされる音がやけに大きくウンファの聴覚センサーを擽った。

 

 左側から聞こえた()()の正体を探ろうと横目を向ける。

 

 ──サングラスで目元を隠したムーアが立っている。口元を覆っていた筈のシュマグは外され、露わになった唇を真一文字に結びながら──その右手には45口径の自動拳銃があった。

 

 1mほどの間隔を空け、ウンファの頭部へ右手に握った拳銃の銃口を向けている。それの撃鉄が起こされていた。

 

 ──いつ抜いた?いつの間にここまで接近された?

 

 銃口を突き付けられるまで捉えられなかった事実を察しながらも、ウンファが横目でムーアを睨み付ける。

 

「──なんだ?それは玩具じゃないんだ。さっさと銃を下ろせ」

 

「……指揮官……銃を下ろしてください」

 

 ベスティーが息を飲む様子を横目にラピが穏やかな声音で彼を宥める。

 

 その拍子に彼女はサングラスに隠れた濃い茶色の瞳が自身へ向けられた気がした。

 

 やがて──興味を失ったのかムーアが拳銃を下ろし、引き金を引きつつ指先で押さえた撃鉄をゆっくり元へ戻すとレッグホルスターへ納める。

 

「──口に気をつけろ、乱射魔(アッパー・シューター)。気分で撃つのは()()()()だ。安全装置をしっかり掛けていろ」

 

「…なんだと…もう一度言ってみろ…!」

 

「──シフティー、移動する。ナビを頼んだ」

 

「おい…!」

 

 ウンファを完全に無視したムーアが再び右手で突撃銃を握る。

 

 その姿に彼女が呼び掛けるが、それすらも無視だった。

 

「……大丈夫かな……」

 

 思わずアニスが作戦が無事に終わるのか危惧したのは無理もないことだろう。

 

 




ウンファのことが嫌いな訳じゃないんです by作者
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