勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
うちの小隊長は不思議な奴だ。だが悪い奴じゃない。最近まで下士官だったが戦地昇任で少尉になっただけあって俺達のことを良く分かってる。新品少尉とは違って兵卒や下士官の懐き方が良いのがその証拠だ。
とはいえ付いて行く俺達の方が先にヘトヘトに疲れちまう。同じ■■■■■■だってのにこの違いはなんなのか。
ラプチャー共との戦闘でも常に先頭を切って戦っている。命が要らないのか、と思わず質問した小隊軍曹へ小隊長は答えていた。
「何処で死を迎えようと我々の戦いの雄叫びが誰かの耳に届き、我々の武器を取る為に別の手が差し出され、他の人々が立ち上がるなら、俺は喜んで死を受け入れる」
それを聞いた小隊軍曹が呆れたように続けた。
「小隊長、それは革命家の言葉ではありませんか」
その通りだって頷いた小隊長が、そして小隊軍曹も笑ってたよ。
俺はアンタほど覚悟も決まってない半端者だけど……最期までお付き合いしますよ、小隊長。
─中央政府所蔵の遺失物 【I MEF所属 海兵隊伍長の血に染まった日記より抜粋】─
舞い踊る砂塵が少しだけ落ち着いた。
「……シフティー。残敵は?」
〈周囲にラプチャーの反応はありません。殲滅された模様です〉
「了解した。そちらでも引き続き、警戒を頼む」
ヘッドセットのマイクとハウジングを用いて短い交信を終えたムーアのサングラスに隠された濃い茶色の瞳が向けられるのは前方から小走りで戻って来る小柄な人影だ。
その小柄な背中には不釣り合いな程の得物──無反動砲が背負われている。
40機を超えるラプチャーが接近中との警告がシフティーから告げられるや否や、ベスティーが無反動砲を担ぎ、たった一人で迎撃に向かったのだ。
思わずアニスとムーアもその後へ続こうとしたが、エマに引き止められて見物をするはめとなった。
その結末は──ベスティーが接近して来るラプチャーの全機を撃破するというそれに終わったのは流石の彼やアニスも驚くほかない。
「──た、ただいま…」
「…おかえり」
「…え、えっと…アブソルートで
「凄い火力でしたねぇ…」
戻ってきたベスティーを迎える彼や彼女達──特にアニスは噂で聞いていた話とは異なる光景を目の当たりにした影響か、思わずエマへ尋ねる。
「…アニス。指を差すな。失礼だろう」
「あ、ご、ごめん」
「ふふっ、いいのよぉ。ベスティーは私達の中で
ベスティーを指差しながら尋ねる姿を彼が咎めると、慌てて指を引っ込めたアニスへエマが慈母のような微笑みのまま──彼女にとっては衝撃的な一言を返した。
「…見かけとのギャップが激しすぎ…」
「…そうか?ベスティー」
「──ひっ…!」
「…ほらね?」
アニスの一言にムーアは首を傾げつつベスティーへ声を掛けるが──彼女はエマよりも長身かつ大柄な彼に低い声音のまま声を掛けられたことで萎縮したのか、長身の仲間の背中へ隠れてしまう。
ほら見たことか。そう言わんばかりにアニスが肩を竦める。この小動物的な見かけや行動もあって勘違いされているのは間違いない。
それにしても彼女は何故、初対面の頃から──正確には右脚と右目を失ったばかりの病院で会って以来、こうも恐がられているのかムーアには理解出来ない様子だ。首を傾げているのがその証拠である。
ベスティーに何かした覚えは全くないのだ。
──その原因が彼の強面に加え、先程のウンファへ躊躇なく撃鉄を起こした拳銃の銃口を突き付けた姿にベスティーが萎縮しているとはムーアは気付かなかった。他の指揮官以上に口煩いニケを処分する行為へ抵抗がない人物、とでも思われているらしい。
「…ご、ごめんなさい…」
「…いや、別に謝ることは何も…」
「ご、ごめんなさ…!」
「…………」
謝って欲しい訳ではないのに、エマの背後へ隠れながらチラチラと覗き見しつつ頭を下げられては彼もどうすれば良いのか分からなくなってしまう。
ヘルメットと掛けているサングラスの隙間から垣間見える眉間へ皺が寄ると、更にベスティーの勘違いが加速しそうな気がしてならない。
「指揮官様…私達は慣れたけど見た目が恐いんだから…ほら、ベスティー。この指揮官様は恐くないわよ?」
「ちょっと不機嫌そうに見えるのはいつものことですから」
ムーアの両隣を挟んだアニスとネオンが好き勝手に彼を評する。普段からそんなに不機嫌にしているつもりはない、と考えた彼の眉間へたちまち三本の縦皺が刻まれた。
ひょいとアニスの手が彼のサングラスを奪い取る。それがマズかった。
「──ひっ!?」
ちょうど眉間へ皺が深く刻まれ、ウンファ以上に鋭い眼差しを正面から見てしまったベスティーが小さな悲鳴を上げてエマの背後へ完全に隠れてしまう。それを見た彼は溜め息混じりにアニスからサングラスを奪うと元通りの位置へ掛け直した。
生憎と彼は年端も行かぬ少女のような姿の相手に恐がられて悦に入るような変態的な性格は持ち合わせていない。
あまり恐がるようなら、あまり近付かない方が良いだろうとも考えたが──しかし同じ仕事を与えられた身だ。協力し合う必要がある以上は付き合わなければならない。
彼はその場でニーパッドを巻いた片膝を突くと、ベスティーとなるべく目線の高さが同じ程度となるよう姿勢を低くしながら口元を覆っていたシュマグを下ろした。
「──ベスティー」
なるべく恐がらせないよう、努めて穏やかな声音のまま声を掛ける。するとやがて怖ず怖ずと彼女がスカイブルーの瞳を伏せつつ顔を見せた。
「…挨拶が遅れた──あぁ、いや…病院で済ませていたか。…ん?あの時も改めまして、だったか?……まぁいい。……また改めてだ。ショウ・ムーアだ。
「…し、知ってます…」
「あぁ、そうだよな。…以前、助けてくれたことを改めて…これも病院で言ったか。いや、命を救われたんだ。礼は何度言っても足りない。改めて、ありがとう。感謝を申し上げる」
右手で突撃銃の握把を握りつつ、彼はベスティーへ向かって軽くヘルメットを被った頭を下げる。その姿に彼女は慌てて頭を左右に振り始めた。
「…お、お礼は嬉しい…けど…!指揮官様がニケに頭なんか下げちゃ…!」
「駄目なのか?」
「う、うん…」
「…それは…困ったな…」
サングラスで隠れているが何故かムーアが困った様子のまま双眸を細めているように感じてしまう。彼が左手の指先で頬を搔いているのも拍車を掛けていた。
「…し、指揮官様は…もっと堂々としていないと…」
「…してないか?」
「…うーん…してる、とは思うけど…」
「前哨基地ではそうでもないかもですね」
──キミ達がどう俺を見ているのか良く分かった。
両隣に侍るアニスとネオンからの評価を聞いた彼は小さく肩を落とす。溜め息を吐き出すと、その姿が少々滑稽だったのだろう。ベスティーが微かに噴き出した。
「…まぁ、こんな人間だ。キミが望む指揮官の姿ではないだろうが…この任務中は宜しく頼む。──握手したいところだが、今はそれが出来ないからな。代わりに……」
彼が左手で握り拳を作って、ベスティーの眼前に突き出す。それとムーアの顔を交互に見比べ、彼女はエマの背後から出てくると──恐る恐る小さな握り拳を作って、彼の握り拳と突き合わせた。
「…よ、宜しくお願い…します」
「こちらこそ宜しく。──アニスから口喧嘩の方法を教えて欲しかったんだよな?時間を取らせて悪かった」
「──ま、待って…!」
腰を上げた彼のボディアーマーを掴み、引き止めたベスティーにムーアが怪訝な様子で視線を向けると、続けて彼女はアニスへも顔を向けた。
「…え、えっと…指揮官様とアニスに教えて欲しい…!」
「…口喧嘩を?」
「う、うん…」
「…そんなに強くないぞ?」
再び片膝を突く恰好のまま彼が首を傾げると、堪らずアニスが噴き出してしまう。
「シュエンを泣かせて
「……あれは口喧嘩じゃないだろう」
眉間へ皺を寄せる彼が溜め息を吐くが──不思議とベスティーはもう恐くなかった。
「…あの時の師匠は暴言と軽い暴力もセットでしたね」
「まぁまぁ。ウンファを言い負かしたいんだよね?なら指揮官様に教えて貰った方が確実だよ」
「…どうなっても知らないぞ…」
ならば、と彼はアニスと共にベスティーへ向かって短時間だが
そしてその機会は早速やって来て
教授を終えたムーアが腰を上げ、少し離れたところで銜えた煙草へ火を点けた時のことだ。
「──グズグズするな。戦闘が終わったら直ぐに動け。そんなに時間を持て余してるのか?」
上着のポケットへ片手を突っ込みながら歩み寄ってきたウンファが皮肉込みで移動を促す。アニスが嬉々とベスティーの背を押し、彼女をウンファの眼前へ進み出させた。
「──…なにをしてるんだ。早く動け」
睨まれる形となったベスティーが小刻みに震えつつも、意を決してウンファを見上げながら息を吸い込んだ。
「──だ、黙れ…!ひ、貧乳…!」
「────」
突然の暴言に──しかも普段は少し睨めば大人しく言う事を聞くベスティーが反抗した姿にウンファは思考を停止させてしまう。
これはアニスが教えた
「──だ、弾薬の無意味な消費…!む、無意味な射撃…!わ、わんさかラプチャーを無意味に引き寄せて偉そうに…説教するな…!
──本当に言うとは思わなかった。
教えておいて無責任極まりないが、ムーアは紫煙を燻らせながら思わずウンファへ向かって
「───」
「…あ、あれ?」
「待って〜」
何も言わずウンファが先へ進み始める。それに続いたエマが彼女へ追い付くと──
「…私らしくなかったと…反省は……しているんだ…」
「…あら〜」
内心で自省していた所へ抉られるような一喝である。ジワジワと効いているらしいウンファが顔を俯かせながら呟くとエマが思わず笑みを浮かべた。
「なら後で謝っておかないとねぇ?」
「…………」
素直に謝るようなリーダーではないと思うが、エマが彼女へ告げるとやはりウンファは何も反応を見せなかった。
「…それはそうと…ラピ、どうしたのかしらねぇ?なんだかムーア大尉と…上手く行ってないのかしらぁ?」
「…アイツの名前を呼ぶな」
「え〜?いいじゃない。けど心配ねぇ…」
エマが肩越しに振り返ると、後へ続いているベスティーに加えてカウンターズ分隊が進んでいる。
アニスとネオン、そしてベスティーは互いに嬉々と話をしているようだが──ムーアとラピは全くそれへ混ざる気配がない。
「…イングリッドから聞いた話が原因かしらぁ?」
「…知るか…」
再び風が強く吹き始める。たちまち砂塵が濃く視界を多い始める中、ウンファは前進の速度を増して先を急いだ。
ウンファは反省していると信じたい。してるよね?ね?本当は真面目で良い子だもんね?
前書きの「何処で死を迎えようと〜」
これの元ネタはエルネスト・ゲバラ(チェ・ゲバラ)の言葉です。