勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第7話

 

 

 どういうことなのだろうか。

 

 ムーアはあと1時間足らずで指定された座標へ到着予定までの移動行程を消化しながら怪訝に眉を寄せる。

 

 その原因はつい先程のオペレーター──シフティーとの通信で彼女が語った一言にある。

 

──該当地域のラプチャーは対空火器を保有していません!それで輸送機を送ったんですが…──

 

 アニスが何故、敵の勢力圏内へ無防備に近い輸送機を送り出したのかと問うた際の返答がそれであった。

 

 無論、戦場とは水物であって状況は刻一刻と変化する。故に敵の保有する装備や火器に変化があっても不思議はない。

 

 とはいえ()()()所属のオペレーターが断言したとあっては無視は出来ない。

 

 不審を抱いたのは彼だけでなくラピも同様だったらしく、すぐさまシフティーへ輸送機のブラックボックスデータの解析を依頼していた程だ。

 

 しかし解析が終わるまでには幾分か時間が掛かるらしい。結果が出るまで待機している訳にもいかず、再び移動を再開した訳なのだが──

 

〈──止まって下さい!進行方向に高エネルギー反応を感知しました!ロード級のラプチャーの可能性があります!〉

 

「…ロード級?」

 

「士官学校で習わなかったの!?」

 

〈中隊クラスの集団を指揮しているだけあって戦闘力が高めの個体です!〉

 

「あ"〜もう!なんでここにあんなのが出てくるのよぉ」

 

「指揮官。一時退却を提案します」

 

 本格的に今日は厄日らしい。彼女達からの説明を受けた青年は溜め息を吐き出した。とことんツイていない日である。日頃の行いのせいだろうか。

 

 警戒されるだけあって手を焼く相手なのは間違いない。ラピに至っては退却を具申する程だ。

 

「ですが…行方不明になった分隊は?」

 

「見捨てるしかないでしょうね。地上で行方不明になったニケの回収率を知らない訳じゃないでしょう?0.2%よ」

 

「…でも見捨てる訳には…」

 

 捜索を断念すべき、と暗に語るアニスへ悲痛な面持ちを浮かべたマリアンが彼へ縋るように視線を向ける。

 

 そんな目で見ないでくれ、と青年は彼女へ顔を向けるのだが──溜め息をひとつ吐くとヘッドセットのマイクを指先で摘んだ。

 

「──オペレーター。そんなにロード級は危険なのか?」

 

〈危険です!現状の戦力でシミュレーションをしましたが、24.35%の確率で全滅する可能性があります!〉

 

「…思ったよりも勝率は高めだな」

 

 軽口を漏らす彼だが、無視できる確率ではないのも確かだ。

 

 退却か、前進か。

 

 その決心は指揮官である彼だけが下せる。

 

 果たしてどうするべきか。

 

 あまり時間は掛けられない。

 

「──…Semper Fi…」

 

「え?」

 

〈はい?〉

 

「……ん?」

 

 ふと口をついて出た公用語ではないそれに青年も一瞬戸惑いを隠せずに困惑の表情を浮かべた。

 

 ──俺は今なんと…。

 

 彼も口にしたは良いが意味が分からず、それを間近で聞いていたラピ、そして通信担当のシフティーも困惑してしまう。

 

 だが何故だろう。ムーアは忘れてはならない何かを忘れてしまっている気がしてならなかった。

 

「──指揮官。諦め…られますか?」

 

 マリアンが再度、問い掛けて来る。その言葉と垂れ目気味の瞳から送られる縋る視線を受けた彼は腹を決めた。

 

「──任務を諦めるつもりはない。可能性が0.1%だろうが前進する。可能性が()()のなら」

 

 断言した青年にマリアンは安堵と共に羨望にも似た眼差しを向ける。同時に心へ温かさがまた広がって行く。

 

「でしたら御命令下さい。それで充分です。私達は指揮官の命令に従います」

 

「──了解した。分隊前進」

 

 命令を受け、ラピとマリアンが小さく頷き、互いが手にした火器をしっかりと握り締めて進み始める。

 

 彼も後に続き、周辺警戒を厳としつつ歩き出すと隣を進むアニスが気遣わしげな視線を向けてきた。

 

「…どうした?」

 

「──指揮官様、死んじゃうかもよ?」

 

 かもしれないな。と彼は軽い調子で口にする。今更なにを、と言わんばかりだった。

 

ニケ(私達)は頭さえ温存すれば大丈夫だけど、人間の指揮官様は違う。簡単に死んじゃう。それでも良いの?大丈夫?」

 

 先程のやり取りを考えるに諦めて欲しいのか、それとも純粋に指揮官という脆弱な人間の心配をしているのか。アニスとの付き合いが浅い──それこそ数時間の彼には判断が付かなかった。しかし返すべき言葉は決まっている。

 

「──I'm gonna die someday. (いつか死ぬんだ)

 

 敵の砲撃によってか、爆風に巻き込まれてか、それとも或いは。バリエーションに富んだ死に方が約束されている仕事へ自ら進んだ。

 

 遅かれ早かれ、いつかは必ず、何処かで無様な死に様を晒すに違いない。

 

 であれば、それまでの命は他者の為に使うと彼は決めてしまっていた。

 

 どうせいつかは死ぬのである。人間である以上、逃れられないのだ。

 

 死ぬかもしれない?それがどうしたと言うのだ。

 

「──だから問題ないとも」

 

「…ならもう何も言わない。OK。分かったわ」

 

 意志は固いようだ。それを察したアニスが頷き、僅かに速度を上げて先を進む彼女達へ追い付いた。

 

 

 

 

 

「──機関銃手(マリアン)!右翼へ回れ!掃射しろ!!」

 

「──思ったより数多くない!!?」

 

 双方ともに敵影を発見した途端、彼我の間に火線が生じたのは言うまでもない。ラプチャー側は光線か、分隊側は実体弾の違いだけだ。

 

 ただちに指揮を執る彼は敵の位置や身を隠せる障害物を確認し、大声を張り上げて彼女達へ移動を命じた。

 

 マリアンが配置へ、そしてアニスやラピも指定の位置へ就けば彼女達が銃火を雨霰と降らせ始める。突撃銃を携えた彼も前進しながら銃口を敵へ向け、3発毎の短連射で射撃する。

 

「──っ!」

 

 間もなく自身の配置へ辿り着こうとした時、ラプチャー達の視線が集まった気がした青年は遮蔽物へ飛び込む。勢いがありすぎて前転しながらとなったが、背嚢のお陰で背中へ瓦礫等が突き刺さることは無かった。

 

 ──途端、頭上を幾筋もの光線が通り過ぎた。間一髪であったらしい。

 

「指揮官!ご無事ですか!?」

 

「問題ない!ラピ、手榴弾をくれ!」

 

 瞬間的に敵の火力が彼へ集中したことを視界で捉えたラピが彼へ無事かどうかを尋ねる。爆発へ巻き込まれ、それで分隊が全滅したとあっては話にならない。7m程の間隔を空けて配置された彼女達の中で最も彼に近い位置がラピである。

 

 奏でられる銃声の暴力に掻き消されぬよう声を張り上げて尋ねれば、明瞭な声が返ってきたことにまずは安堵をする。

 

 その安堵の息を漏らすと同時に彼から要求された手榴弾を腰のポーチから取り出し、ピンやトリガーの安全装置がしっかりと嵌まっている事を認めてからムーアが隠れている遮蔽物の影へ向かって投げ込んだ。

 

 緩く弧を描く手榴弾が遮蔽物の影から生えてきた軍服の袖がある手に掴まれる。

 

 ムーアは遮蔽物から僅かに顔を出し、迫りつつあるラプチャーの群れの現在位置を確かめてから片手で手榴弾のトリガーを強く握り込む。そしてピンを抜くと──陸上競技の砲丸投げに近い格好で投擲した。

 

「──Frag out!!」

 

 投擲された手榴弾は彼の手を離れた瞬間に圧迫されていたトリガーが外れ、撃針が信管を叩いて撃発までのカウントダウンが始まる。

 

 分隊員全員へ届くような大声で手榴弾を投擲したと告げた彼は直ぐ様、突撃銃を握り、射撃を再開する。やがて100m先まで迫った敵の群れの真ん中へ吸い込まれるが如く手榴弾が落下し──ややあって撃発と同時に内蔵された起爆薬が、僅かに遅れて爆薬が炸裂する。

 

 弾殻も飛び散って周囲のラプチャーへ損害を与えるが、決定的なそれではない。

 

 しかし足を止めるには充分だ。

 

「──撃ちまくれ!!アニス!擲弾を立体駐車場にぶち込め!!」

 

「はぁ!?」

 

「さっさとやれ!!」

 

「あぁ!もう!!」

 

 街路を進んで来る敵の足が一瞬でも止まればこちらのモノ。横に移動し、左右へと容易に避けられない状況で足を止めたのを認めた青年の号令一下、銃弾が、擲弾が雨霰と浴びせ掛けられた。

 

 アニスへ向かって追加の命令を下した彼の意図が分からず、彼女は怪訝そうであったが意を決し、敵がいない立体駐車場へ向けて何発も続けて擲弾を撃ち込む。

 

 弾着と同時に擲弾が炸裂し、大小のコンクリートの破片が地上へ向けて落下し──その質量に押し潰される形でラプチャーの上へ降り注いだ。

 

 破壊されるラプチャーが爆発を起こせば、その破片が周囲の敵にも撒き散らされ、次第に数は減って行く。

 

「残敵掃討に掛かる!分隊前進!!」

 

 立ち上がった青年が突撃銃を構えながら数を減らし、ロード級と呼ばれる他の個体よりも目立つ敵影が周囲に小柄なラプチャーを侍らせている地点へ向かって前進する。引き金を引き、銃口から発砲炎を上げ、地面に薬莢を蒔き散らしながら彼が歩み始めるとまずはラピが、そしてマリアンとアニスも続く。

 

 弾除けにとでも思ったのかロード級が侍らせていた小柄なラプチャー達は瞬く間に銃弾で粉砕されてしまう。最後に残ったロード級へ止めを差したのは──青年が放った銃弾だ。

 

 残骸と成り果てた敵の一団を認めた彼は分隊へ撃ち方止めを命じ、集合を掛ける。

 

 駆け寄って来る3人から損害の報告を聞こうとした時だ。左足へ生じる僅かな違和感に気付いた。

 

「……チッ」

 

 考えられるとすれば前転して遮蔽物に飛び込んだ時か。左足の太腿に尖った鉄筋か、或いはコンクリートの破片が肉を切り裂いたのだろう。

 

 今日は厄日確定だ。

 

 背嚢を地面へ下ろし、数十年も前に残骸となった乗用車のボディへ背中を預けて座り込んだムーアは両手を使って軍服のスラックスを軽く裂いて傷口を見る。

 

「指揮官!お怪我を!?」

 

「俺は大丈夫だ。…太い血管は傷付いてない。損害を報告してくれ」

 

 顔色を変えて駆け寄って来ようとするマリアンを片手を上げて制した彼は指先で傷口を開く。言葉通り、重要な血管を傷付けた訳ではない。これならば安心だ。深さは1cmほど、表面には10cmほどの傷は出来ているが。

 

 背嚢を漁り、応急処置用の医療品が入ったIFAKのポーチと水筒を取り出した。

 

「…化膿止めぐらい入っていても良いだろうに…」

 

 戦闘が繰り広げられる地上で負傷すれば外科治療も大切だが後に発生する化膿、或いは破傷風へ対しての処置も必要だろうに、と彼は舌打ちを漏らして呟く。

 

 ひとまず処置を済ませようと彼は水筒の蓋を開け、傷口を念入りに洗う。続けて──何故、注射器やアンプルがないのにこれがあるのかは分からないが医療用の使い捨てのステープラーが同封されている。代用のダクトテープもあるが、こちらの方がしっかりと縫合されるかと彼はステープラーを手に取った。

 

 裂けた傷口を指先で合わせながら、バチッバチッと続けて何回も針で留めて行く。

 

 麻酔もないので痛みは走るが我慢出来ない程ではない。傷口の縫合を済ませ、緊急包帯を巻き付けて処置を完了させた。

 

「──ジッと見てないで報告してくれないか?3人の美人に見詰められると変な性癖に目覚めそうだ」

 

 処置に掛かった僅かな時間で報告は出来るのだが、思わず──ラピでさえも彼が手ずから行う処置の光景へ息を飲んでいた事に気付き、慌てた様子で報告を始めたのは言うまでもなかった。

 

 




現行のIFAKにステープラーは同封されていませんので悪しからず。


治療を眺めていた3人の感想

ラピ&アニス「「うわぁ…」」

マリアン「指揮官…(ハラハラ」
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