勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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最近流行りのAIがイラストを描くアプリってあるじゃないですか?

絵心が皆無の私なのでそれを使ってムーア大尉のイメージ画を描こうと思ったんですよ。

うん、駄目でした。なんだこれ?って感じになりまして。絵は難しいですね。

そして気付けば10万UAを突破しておりまして…ここまで皆さんに読んで頂けたとは嬉しいやら恥ずかしいやら……なんとも言えませんが、改めましてここまでお付き合い頂いている皆様に御礼を申し上げます。


第3話

 

 

 

「──エマはすごく大きい武器を使うんですね」

 

「──えぇ。この武器、火力が良いのよぉ?」

 

「──ッ!!」

 

 都市外縁から見渡す限りの荒野へ抜けた2個分隊が目的地へ向けて進む最中、ネオンがエマの言葉に反応を示す。

 

 見るからに火力が高い──航空機用、或いは艦艇等の低高度防空用機関砲として使用される6砲身が束ねられた形のバルカン砲の縮小版とも言えるそれを担ぐエマがおっとりとした口調のまま語った。──とはいえ用いる弾薬は中小口径などではないのだが。

 

 火力、という単語に反応したネオンが彼女へスペシャルセラピスト(武器)の諸元を尋ねるもエマはそちらにあまり興味がなかったらしい。

 

 気落ちするネオンを見たからかエマが気を利かせて教えを請うや否や、彼女自身が信仰する()()めいたそれへの勧誘と伝導を始める様子を背後で感じるムーアの両耳へ嵌めているハウジングから一瞬だけノイズが走った。

 

〈──みんな、妙に仲良しですね。実は凄く心配してたんです。アブソルートの方々は普通じゃないって話を良く聞いてましたから〉

 

「──そうか」

 

 他の面々が反応しない様子から察するにシフティーからの通信はムーアだけへ向けられているようだ。彼女もナビゲーションばかりでは暇なのだろうか、などと考えつつ彼は視界の端で()()が光ったのを認めると足を止め、片膝を突きつつ双眼鏡を取り出した。

 

 砂嵐に近かった砂塵も今は晴れている。視界は良好だ。

 

〈でも…指揮官はあまり混ざりませんね。恥ずかしいんですか?〉

 

「…キミがそう思うならそうなんだろう。それよりもどうもさっきから気になることがな…」

 

 何を言い始めるかと思いきや、シフティーは妙な勘違いをしているらしい。とはいえムーアも否定しなかったのが悪かった。

 

 双眼鏡を覗き、遠方で光った()()を捉えようと忙しかったのもあってシフティーへの返答がおざなりだったのが勘違いを加速させてしまう。

 

〈──気になるって…もしかして…エマですか!?〉

 

「……は?」

 

〈そうですよね〜?色んな意味で()()ですから〜〉

 

 ──何故そうも温かい眼差しを感じさせる声色なのか。

 

 溜め息を吐きそうになるが、覗き込む双眼鏡の視界に()()が光ったと気付いた矢先、彼の濃い茶色の瞳が細められた。

 

「…()()いるな」

 

〈──はい?〉

 

「…こっちの話だ」

 

「──気付いたか」

 

 立ち止まったムーアが気になったのだろう。歩み寄って来たウンファが隣へ片膝立ちとなり、背中から下ろした狙撃銃を構えて照準眼鏡(スコープ)を覗き込んだ。

 

 ウンファを挟んだ反対側にはラピの姿もあり、二人は片手を使ってのハンドサインで会話を始める。

 

 ──8時方向。距離2.5km。3人、武装は把握出来ない。狙撃は可能。

 

 ──今はダメ。もっと引き寄せよう。

 

 そのハンドサインでの遣り取りを盗み見た彼は正しくその意味を理解する。彼女(ニケ)達が使用するハンドサインをムーアは覚えてしまっていた。正確には教えて貰ったのだが。

 

 前哨基地の量産型ニケ達もハンドサインを時々用いる様子を見て、1ヶ月間の休暇中に教えを請うてその全てを頭へ叩き込んでいた。

 

 それにしても目が良い。狙撃手なだけはあるのだろうか。ムーアは()()がいる、とは分かったが正確な人数までは捉え切れないでいる。

 

 双眼鏡越しに良く目を凝らし──確かに複数の人影らしき物が揺らめいているのがやっと捉えられた程度だ。

 

 打ち合わせを終えたのだろう二人が再び先頭へ向かうのを見送りながらムーアも腰を上げ、双眼鏡をポーチへ収めるや否や、ハウジングの奥でノイズが走る。

 

〈──あんなにいがみ合っていたのに…戦闘では背中を任せられる仲間ってことですね〉

 

「……いがみ合っていた、というより一方的ではあったがな」

 

 マイクを左手の指先で摘みながら彼が応答すると、シフティーの苦笑が微かに響いた。それはそうとシフティーはどうやってこちらの様子を窺っているのかとムーアは不思議で仕方ない。

 

〈あ、知っていますか指揮官?〉

 

「…何をだ?」

 

〈アブソルートとラピのことです。ラピは昔──〉

 

「…シフティー」

 

 溜め息混じりに──北部での任務でも聞いた覚えがある声音は彼女に気付かせた。人の過去を勝手に話すのはあまり誉められた行為ではない、と。

 

〈そ、そうですね。人の話を勝手にするのは良くないですから〉

 

「…そうだな」

 

〈…ところで…あの…ラピと喧嘩でもしたんですか?〉

 

「……喧嘩はしていない。移動する」

 

 通信を一方的に打ち切ったムーアが再び歩き出した。

 

 何度か小規模のラプチャーとの戦闘こそあったが、アブソルート分隊というエリシオン最強の分隊も加わっているのもあって全員が無傷のまま地平線の彼方に太陽が沈む。

 

 頭上には星が瞬き始めると思わずアニスが愚痴を漏らした。

 

「…だいぶ歩いたけど…何時かな…」

 

「20時10分」

 

「…指揮官様、時計見てないじゃん。いい加減なこと……あ、ホントだ。え?」

 

「…星の位置で時間は分かる」

 

 半信半疑のままアニスが自身へ内蔵されている機能で現在地の時刻を確認すると──ムーアが星空を見上げながら告げたそれとピッタリ同じだ。

 

 ──士官学校で習うのかな?

 

 などとアニスは漠然と考えたのだが、その会話が耳へ入ったウンファは眉根を寄せる。

 

 ──私がいた頃もそんな課目は…。

 

 ウンファは士官学校卒業を経て指揮官となった過去がある。その彼女でさえ──そして経験を積んだ現在であってもそのような技能は習得していないのだ。

 

 ムーアは士官学校を卒業して半年と経っていない筈だ。だというのに──と彼女が考えた矢先、シフティーからの通信が入った。

 

〈──前方に深さ2kmの亀裂です。亀裂の底にラプチャーの反応はありません。亀裂を背にして野営することをお勧めします〉

 

「…ラジャー。お前達、デコイを撒いて来い」

 

 お前達、と視線で示された先にいたのはアニスとネオンだ。二人が顔を見合わせ、おもむろにアニスが口を開く。

 

「私達が?」

 

「…そう。お前達だ」

 

「今?」

 

「…今」

 

「なんで?」

 

「…野営をするからな」

 

「野営を?」

 

「…………」

 

 アニスが何度も問い掛け、その度にウンファが答える。最初こそ律儀に答えていたウンファだが、段々とアニスの口角が緩く上がって行くのを見てしまい──からかわれていると気付いたのだろう。眉根が寄り、双眸が吊り上がったのを認めたアニスが笑みを深くしながら傍らのベスティーへ見本として見せた()()()の伝授を始める。

 

「さっさと行け…!」

 

「はいはい、行きますよ。ネオン、ラピ、指揮官様も行こう?」

 

 アニスが肩を竦め、携えた擲弾発射器の状態を軽く確認しながら分隊の仲間と彼を呼ぶ。ムーアもそれへ頷き、突撃銃をスリングベルトで吊るしながら続こうとした矢先だ。

 

「──いや…ラピとこいつは残る。二人だけで行ってこい」

 

「……まぁ良いよ。行ってくるから積もる話でもしたら?」

 

「え?私も参加したいです!」

 

「後でしましょうね〜。じゃあ指揮官様。行ってくるね」

 

「……気を付けてな」

 

 同行するかしないかを決めるのはムーアの筈なのだが──勝手に指示を出されては少々不快である。

 

 夜になったことでサングラスを外した濃い茶色の瞳をウンファへ向けると彼女は顎をしゃくった。

 

「…野営地を確保次第、お前は休め。お前は人間だからな」

 

「……分かった」

 

 彼女なりの気遣い、なのだろうか。

 

 態度が変わらない為、判別が難しい。似た意匠の黒を基調にした4名の後へ続けば辿り着いたのは廃墟だ。

 

 野晒しとなったコンクリート製の廃墟は──もしかするとかつては掩体壕(バンカー)だったのかもしれない。

 

 なんらかの攻撃を受けたのか天井が丸々吹き飛んでしまい、星々が瞬く満天の夜空を見上げることが可能である。

 

 周囲に敵影はない。それを認めた彼女達が腰を下ろすと、彼は対面側の壁へ座り込んだ。

 

 背嚢を下ろして折り畳んで収めていた雑毛布を広げると星や月の光を頼りに、手早く突撃銃や擲弾発射器の分解を始めた。

 

「早いわね〜」

 

「う、うん…。指揮官様…ライトは…?」

 

「…大丈夫だ。ありがとう」

 

 カチャカチャと金属音を奏でながら部品がひとつずつ分解され、雑毛布の上へ順番通りに並ぶ。ウエスで道中の遭遇したラプチャーとの交戦で射撃した影響で生じた汚れを、ブラシで砂塵の細かい粒子を落とすとオイルを軽く差してから元通りに結合して行く。

 

 しっかりと作動の点検も終わらせ、抜き取っていた銃弾を弾倉へ詰め直すと突撃銃の挿入口へ叩き込んだ。雑毛布も折り畳んで背嚢へ仕舞い込む。

 

 初弾は薬室に装填せず、背負った背嚢を壁へ押し付けるような恰好で凭れ掛かるとヘルメットを目深に被った。

 

「──少し…寝る」

 

 両脚を伸ばし、右手で突撃銃の握把を握ったままムーアが項垂れる。

 

 力尽きた死体のような恰好。そのような印象をウンファ達は抱いた。

 

「…あれで眠れるの〜?」

 

 ラピへエマが尋ねると彼女は頷いてみせる。

 

「…身体、痛くならないのかな…?」

 

「…横になると襲撃に即応できないから、だと思うわ」

 

 ベスティーは気遣いもあって──勿論、横になって眠った方が疲労は取れるのだ。しかし、わざわざあのような恰好で眠る理由の推測がラピによって語られると納得せざるを得なかった。

 

「…ねぇ、ラピ。ムーア大尉と何かあったのぉ?」

 

「え?」

 

「だって全然、話さないじゃない。ネオンやアニスとは話すのにラピとは目も合わさないから〜」

 

「………」

 

「良かったら話して?」

 

 エマには気付かれていたらしい。それを察したラピは隠しても意味がないと考えたのか、小さな溜め息を吐き出す。

 

「…知っているかは分からないけど、教官──…社長とアンダーソン副司令官に後ろ盾になって貰おうと指揮官が交換条件として御自分がお二人の私兵になると仰ったのよ」

 

「…その話はイングリッドからも聞いたわ〜。どんな反応だったのぉ?」

 

「…お二人共…悪くない反応だったと思う」

 

 ラピも彼があの場面で自身を売り込もうとした真意は理解していた。ニケに匹敵するだろう身体能力と戦闘能力を有する人間としての価値。そしてニケとは決定的に異なる──NIMPHがないからこそ、殺人へ躊躇しないだろうという彼自身が下した価値を正しく理解()()()()()()

 

 アンダーソンとイングリッドも互いに敵が多い身だ。護衛としても、そしてなにより仮の話だが、汚れ仕事を任せる場合にしてもこれほど適任の存在は中々見付けられない筈だ。

 

「…黙っていられなかったの」

 

 ラピや部下達を守る為ならなんでもする人間だ。だからこそあのような提案と売り込みをしたのだろうと彼女も察している。

 

 それがラピには──看過出来なかった。

 

「…優しい人なの。心配になるぐらい。誰かが傷付くなら自分が、と考えるような人なんだろうと思う。──あのまま話が進んだら…きっと…」

 

 ──優しいこの人は、息絶える瞬間まで私達の為に戦い続けることになる。両手を血に染めてでも。

 

「だから記憶消去が効かなかったと白状して、ムーア大尉の売り込みを無かったことにしたのねぇ?」

 

 どうせエマには気付かれているのだろう。察しが良い彼女のことだ。隠してもどうせバレると本能的に感じ取ったラピが頷きを小さく返した時──違和感を覚えた。

 

 対面の壁で眠っているムーアの恰好を見て。そして寝入る寸前の行動を思い出すと違和感が生じた。

 

 彼は()()で突撃銃を握りながら眠る筈なのだ。だというのに右手のみで握把を握り、左手は膝の上へ力を抜いて置いている。

 

 そして寝入る前に使用した火器の整備はしていたが──拳銃の分解や整備は行っていなかった。都市や荒野に吹き上がる砂塵の粒子ですら銃には悪影響を及ぼすとムーアなら知っているだろう。だというのに拳銃の整備は全くしていないまま寝入っている。

 

 なにより食事を摂らないまま眠ったと思い出せば、ラピには確信が出来てしまう。

 

 ──指揮官、起きていますね?

 

 ウンファやエマ、そしてベスティーは気付いていないだろう。しかしラピは随分と長く彼と行動を共にしている。だからこそ些細な違和感を覚えたのだ。

 

 ──不器用な人。

 

 狸寝入りに加えて盗み聞き。誉められた行為ではないが、彼も知りたいのだと察せられた。

 

 優しいが彼は頑固だ。自身が人身御供になろうと覚悟の上であのような取引を持ち掛けたというのに、それを台無しにされてしまったから──いや、違うだろう。

 

 記憶消去が効かなかった、というそれを白状したところでイングリッドがラピ(自分)を処分する可能性は低いことを確信しているからこそあの場で切り札にしたい──それをムーアへ教え、相談しなかった側に過失がある。

 

 過失、でもない。そもそも相談するという選択肢は()()()()()()()のだ。

 

 ──()()()が怒っているのはきっと…。

 

「──…指揮官が私に対して怒っていらっしゃるのは…相談をしてくれなかったから、なんでしょうね」

 

 周りに侍る、かつての()()()には自分達へ向けて話された言葉だと思っただろうが──ラピはムーアへ対し、指向して告げていた。

 

 ()()()()()彼は反応を見せない。しかし沈黙がなによりの肯定にすら彼女は思えた。

 

「──ねぇ、ラピ。もしムーア大尉と上手くやっていけないようなら……分隊(アブソルート)に戻って来る気はない?」

 

「──勝手なことを言うな」

 

 彼女を気遣ってエマが誘い文句を口にした途端、黙ったまま狙撃銃の点検をしていたウンファが怒りを滲ませた声音で明確な拒絶を告げる。

 

「アブソルート分隊はそこの()()()()が出て行った後、更に完璧になった。私が気紛れで出て行った奴を、はいそうですか、と再び受け入れるような善人に見えるか?」

 

「…う〜ん…善人には見えないわね、確かに〜」

 

 そう真っ向から頷かないでも良いのではないか。エマが肯定すると、なんとも言えない気分になってしまうウンファは点検を終えた狙撃銃を抱え込んだ。

 

「…絶対、駄目だからな」

 

「──ラピ。あ、あぁ言ってるけど…ウンファが一番懐かしんでるの。さ、作戦中にもずっとチラチラ見てたよ。あ、あなたがいたポジションを」

 

「…黙れ…」

 

 今日はやたら反抗的なベスティーをウンファは睨み付けるが、彼女も退くつもりは毛頭ないようだ。小刻みに震えながらも精一杯の思いの丈をぶち撒けようとして気を張る。

 

「わ、私も…ラピに帰って来て欲しい…!だ、だって二人が協力する姿は…本当に…恰好良かったから…!」

 

「──黙れと言っているだろう!」

 

 ウンファに一喝されたベスティーが竦む。それを視界の端で捉えながらラピは対面で()()()()()ムーアへ視線を向けた。

 

 これほど騒いでいるというのに起きて口頭注意すらしない。

 

 確定だった。

 

「…ひとつだけ聞く」

 

 グチャグチャになりそうな思考をなんとか纏めようとしていたのか、ベスティーを一喝した後、黒髪を掻き毟ったウンファが横目をラピへ向ける。

 

「…何故だ?──何故、私達を捨て…ッ…クソ。…何故、急に出て行った」

 

 ウンファが言葉を選びながら尋ねる。()()()()()という事実を自身で突き付ける行為は激痛を伴う。それへ耐えながら、言葉を選びつつラピへ尋ねるが彼女は俯いて沈黙を保ったままだ。

 

「…黙るのが趣味か?何か言え」

 

 理由があるのは間違いない。それを早く話すようウンファなりの言葉で催促するもラピは自身の片腕を片手で握り締めるだけだ。

 

 ──そういえば()()も誰にも話していない。

 

 自身の悪癖なのだろうか。誰にも相談せず、勝手に決めてしまった。いつからなのだろう。

 

 ──これでは()()()が怒るのも当然ですね。

 

 諦念と自身へ対する呆れ、そして観念も込められた溜め息をラピは緩く吐き出す。

 

「……タイラント級5機がアークの近くに現れた作戦…覚えてる?」

 

 ラピがおもむろに彼女達へ問い掛ける。当然だが知らない筈もない。アブソルート(彼女達)が投入された作戦なのだ。当事者達である。

 

 激しい戦闘であったと頷き合う。ラピとウンファの2名がいなければ()()()()()になっていただろうとも肯定した。

 

 それを察しながらラピは対面で腰掛けたまま身動ぎしない彼へ僅かに視線を向ける。

 

 どのように思われるか。これは懸念と不安を抱きながらの()()だ。

 

「──私はあの時…人間を殺したの」

 

 彼女が紡いだ言葉の意味を図りかねる彼女達が沈黙する中、ラピは続ける。あの時の情景を思い出し、片腕を強く握りながら。

 

「…流れ弾だった。でも死んだのは事実だから」

 

「…作戦中に非戦闘員(民間人)が巻き込まれる事故なんて…」

 

 いつでも有り得る上にそれで責任を問われることはない、とエマが続けようとするのをラピは頭を左右へ振って遮る。

 

「…分かってるわ。でもね──身体の半分が無くなって、血を流しているその人間を見て、私が何を考えたと思う?」

 

 虚ろになりつつある紅い瞳を彼女達へ向け──やがてラピは視線を身動ぎしない彼へ固定し、口を開く。

 

「…《あ、経緯報告書を書かされるな》って…」

 

 あの瞬間に()()()()()()()とラピは語る。自身の頭が、心臓が──人間を守る為に造られた筈が人間の死を面倒臭いと感じてしまった瞬間、彼女の言葉を借りれば“変だ”と考えた。自身の存在に疑問を感じてしまった。

 

「…だから辞めたの。人間でもなく、だからと言ってニケでもない。──自分が()()分からなくなって」

 

 ──()()()は私を《人間のように見える》と言ってくれた。例え《怪物のように見える》と言われても、人間でもなければニケでもない私という存在の保証をしてくれたことにきっと私は無性に安心しただろう。

 

 前哨基地で仮初めの夕暮れの中で交わされた言葉が、そして自身の膝の上へ頭を預けて無防備な姿を晒すムーアの姿が思い出されたラピの紅い瞳が細められる。

 

「──だから傭兵のように放浪する三流になったのか?」

 

 その最中、エマを挟んだ向こうからウンファの怒りを滲ませた声音が彼女の耳朶を震わせる。

 

「…私達の気持ちなんか考えもせずに、ただ自分の考えだけで?挨拶もせずに、何の未練もないと言わんばかりにふらっと。…書類を見て…お前が分隊を出て行ったと知った時の私の気持ちはどうだったと思う?」

 

 とうとうウンファが腰を上げ、座り込んだままのラピの眼前へ移動すると彼女は双眸を釣り上げながら見下ろした。()()()の光景が如実に思い出されてしまう。

 

 まさかこんな()()()()()()で出て行ったのか、と察すれば我慢も限界だ。

 

「お前にとって私達は何だった…?──答えろ!お前にとって、私達は何だった!」

 

「…大切な…仲間…」

 

 ラピが紡いだ返答──おそらくは彼女の本心からのそれを聞いた途端、ウンファも我慢の限界へ達した。衝動に駆られるままラピの胸倉を掴んで立ち上がらせて睨み付けるや否や、ここが敵地であると言うことすら忘れて吼えてしまう。

 

「──ふざけるな!!誰が…!()()()()()をあんな風に扱うんだ!!お前にとって仲間とはそんな軽い存在だったのか!!」

 

 怒り、よりも哀しみが強く込められた慟哭。それを間近で突き付けられたラピは返す言葉もなく、ただ胸倉を掴まれたままウンファに揺らされる他ない。

 

「今のお前を見てみろ…!また同じことをしている!!なんの相談もなく、ただ勝手に自分で決めて──」

 

「──もう、こんな夜中に叫んでどうするの?」

 

 慟哭の激昂へ唐突に冷や水が浴びせられる。

 

 ハッとしたウンファが振り返ると暗がりの向こうからアニスとネオンが歩み寄ってきているではないか。

 

()()ラプチャーでも招待するつもり?」

 

 ベスティーを介してムーアからの口頭注意を受けて数時間程度だというのに、また同じことをやらかす気か。

 

 ウンファの耳へ届いたアニスの言葉は彼女を急激に沈静化させるのに充分だった。

 

「…済まない…頭に血が昇った…」

 

 掴んでいたラピの胸倉から手を離し、ウンファは自身の額へ片手を押し当てながら深呼吸を繰り返す。

 

「…こいつ…謝罪も出来るんだ」

 

「デコイは撒き終わった〜?」

 

「はい。全部セットしたんですけど…帰り道に変なものを拾いました」

 

 言うや否やアニスとネオンはここまで()()()()()()()3体の変なもの──もとい、ニケを地面へ転がした。

 

 星明かりの下で露わになった正体に──ウンファ達は怪訝な様子で、或いは尾行していた正体が判明しての不快な様子で眉間を寄せてしまう。

 

「…メティス…?」

 

「ちょっと〜?……あら、バッテリー切れみたいねぇ」

 

 微動だにしないニケ達──メティス分隊の彼女達を取り囲む中にムーアの姿がない。

 

 どうやら相変わらず狸寝入りをしていると思い出したラピが輪を離れて彼の下へ向かう。

 

 一見すると──やはり寝ているのか起きているのかは分からない。しかし間近で注意深く観察すると、いつもとは異なると察せられた。

 

 肩へ手を伸ばし、軽く揺らす。

 

「──指揮官」

 

 声を掛けるのも──不思議と久しぶりな気がしてしまう。呼び掛けへ反応した彼はヘルメットを目深に被ったまま腰を上げた。

 

 ラピへ視線を向けず、彼女達が地面へ転がるメティス分隊の介抱──もとい緊急用バッテリーの交換を行う様子を眺めつつポーチから取り出したソフトパックの煙草を銜える。

 

 しかし彼は一向にオイルライターで火を点ける素振りを見せない。

 

「…指揮官?」

 

「──火、点けてくれないのか?」

 

 待ってるんだが、と言外に伝えられた彼女は紅い瞳を何度か瞬かせてしまう。

 

「…え?」

 

「…点けてくれないのか?」

 

 二度目の催促に、やっとラピも気付く。ポケットへ収めていたターボライターを取り出し、それを握ったまま彼へ差し出すとムーアは左手で彼女の片手を覆い隠す。

 

 僅かに身を屈めた彼が覆い隠した彼女の片手とターボライターに煙草の先端を寄せたのを認め、ラピがボタンを押し込んだ。

 

 夜間は遠目からでも小さな火は目立つ。

 

 それを知っているからだろう。

 

 普段より念入りに覆い隠したターボライターで彼は煙草を炙り、小さな火を点けるとそれを銜えながら左手で先端を隠しつつ紫煙を燻らせる。

 

「…()()()()()

 

「…いえ」

 

 その感謝の言葉は火を貸してくれたことへ対してか、それとも──どちらへの礼なのかラピには判断が付かなかった。

 

 並び立った二人の間には暫く沈黙が落ちる。その沈黙の中で煙草の紫煙の香りだけが強く漂った。

 

「…まだ怒ってるからな」

 

 おもむろに彼が小さな声で呟くと、ラピは左横へ視線を向けた。目深に被られたヘルメットだが、背丈はムーアの方が高い。覆い隠しているとはいえ、煙草の火で照らされた彼の横顔を窺うのは容易かった。

 

「…はい」

 

 ふとウンファの言葉が思い出される。

 

 ──私はまた同じことをしようとしていたのだろうか。

 

 それに気付くと彼女は紅い瞳を伏せ、小さな溜め息を漏らす。

 

「──…だが…」

 

 言葉を選びながら何かを続けようとするムーアが紫煙を深く吸い込み、やがて吐き出す静かな息の音が彼女の耳朶を震わせる。

 

「…キミの…気遣いは…分かった。……今度からは…事前に相談して欲しい。…話ぐらいは聞いてやれる」

 

「…はい」

 

 そう短く返すのが精一杯の様子の彼女を横目を向けながら彼は手早く吸い終えた煙草を携帯灰皿へ投げ込んだ。

 

 それを仕舞い込むと、メティス分隊のバッテリー交換もちょうど終わったらしい。

 

 再起動を始める彼女達の様子を捉えた彼が一歩進み出す。

 

 その瞬間──ラピの背中が軽く叩かれた。

 

 彼の()()で。

 

「──行くぞ」

 

「──…はい…」

 

 なんのこともない。ただ続くよう促されるだけの合図だ。

 

 しかし突撃銃を握る為に可能な限りは離さなかった()()で一瞬でも背中を叩かれた。

 

 それがどうしようもなく──彼女には嬉しかった。

 

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