勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
沈黙が重い。
荒野の夜の静寂が更に沈黙で支配されている。
その原因は3名のニケ──メティス分隊にあるのは間違いない。
「──もっと増えちゃったよ…」
アニスが独り言を漏らす。数分程の沈黙を破るのにその言葉が適切かは分からないが、ムーアは吸い終わったばかりだというのに新しい煙草を銜え、すかさず傍らのラピが差し出したターボライターで火を点けて貰うと紫煙を燻らせて状況の整理を始めた。
彼女に煙草へ火を点けて貰う様子をカウンターズを始め、ウンファを除いたアブソルートの面々が安堵の類を感じさせる表情を浮かべているのに彼は気付かぬまま口を開く。
「…ミシリスのメティス分隊で間違いないのか?」
「…あぁ。しかし間抜けな奴等だ」
煙草を銜えながら左手で火種を覆い隠す彼が尋ねるとウンファが頷きを返し、次いで呆れた眼差しを3名へ向ける。
バツが悪そうに笑いながら──少々、目の遣り場に困る恰好のオレンジの髪色をしたニケが片手を頭へ伸ばして掻き始めた。
「いや〜危なかったぁ。まさかバッテリーがあそこで切れるとはね」
続けて明るい金髪を持った見るからに元気溌剌とした少女姿のニケが八重歯を覗かせつつ口を開いた。
「非常用のバッテリーを分けてくれたこと、感謝する!」
どういたしまして、などと殊勝な言葉を返す場では生憎ない為、カウンターズとアブソルートの両分隊は大した反応を見せなかったが、代表してかウンファが皮肉混じりに応じてみせる。
「地上へ上がって来るのにバッテリー点検もしないのか?」
その皮肉に気付いているのかいないのか、長い金髪を頭部の左右へ一対に纏めた房を揺らしつつ胸を張ったニケ──ラプラスが答える。
「私達はコアの他にも電気を補助動力として使っているからな!どうしても普通のニケよりは気を付ける点が多い!」
「…なら尚の事、注意すべきでは?」
冷静極まる指摘がムーアから述べられた途端、ぐうの音も出ないのか威風堂々といった様子だったラプラスが視線を彷徨わせてしまう。
指摘を受け、ラプラスの傍らにいた目の遣り場に困る恰好のニケ──マクスウェルが苦笑混じりでムーアへ視線を向けた。
「御尤もなんだけど…まぁ作戦が終わって直ぐに地上へ上がってきたってのが一番大きいかな?」
「…
怪訝な様子でアニスが尋ねるとマクスウェルが困ったような苦笑を織り交ぜつつ頭を掻いた。
「言われたらやるしかないよ。シュエンはこっちの事情なんかお構いなしなんだから」
輸送機でさえ作戦へ投入するなら、まずは諸々のチェックを済ませるモノだが。などとムーアが考えつつ紫煙を燻らせていた矢先、肩ほどで揃えた銀髪の前髪の下にある特徴的な三白眼をマクスウェルへ向けたニケ──それまで沈黙を保っていたドレイクがやっと口を開く。
「──は!言われた通りに動くなんて豚と一緒だな!」
「…だったらあなたがシュエンに何か言ったら?」
「…シュエンは怖い…」
──というか本物の豚を見た経験はあるのだろうか。
彼の内心で芽吹いた疑問へ答える者は当然ながらいないがマクスウェルが盛大な溜め息を漏らす様子を眺めつつ、気苦労が察せられたムーアは思わず気遣わしげな視線を向けてしまった。
なんとも言えない空気が
「──そこまで!自己管理もヒーローに必要なもののひとつだ!私達がいくら疲れていても悪党は待ってくれない!」
「じゃあ、ヒーロー失格ね」
「…バッテリーの残量を不注意で見逃したばかりか、行き倒れになっていたからな」
アニスとムーアが揃ってラプラスへ集中砲火である。もう絶好調だ。
「──っ!!…い、一般ニケと
──どうしよう。この
眼前で再びぐうの音も出なくなったのか一瞬の硬直の後、自身を奮い立たせようとする小柄な彼女の様子を喫煙しつつ眺めるムーアはこれまで会ったことがないタイプの存在に新鮮さを感じていた。
ラプラスが分隊の全員を見渡しながら帰ったら特訓の宣言をするも、マクスウェルは冷静に今回のトラブルの原因を改善しようとバッテリー容量を増やすのが先だと返す。
しかし分隊のリーダーは装備に依存するなと叱咤し、真の正義とは心から湧き出るものだと諭す。それへ乗っかったネオンが
──頭が痛くなってきた。しかも静かにせねばならない夜中である。
「「──全員黙れ」」
ベクトルこそ異なるが、ウンファとムーアが共通して声音に孕ませた
溜め息と共に彼は吸い終わった煙草を携帯灰皿へ投げ込む中、ウンファがおもむろにメティス分隊へ鋭い視線を投げる。
「何故、私達を尾行した?この
確定しているかのような口振りで問い掛ける彼女の姿にマクスウェルが溜め息を漏らした。発覚していると察したのだろう。
「バレちゃってたかぁ…」
「
おもむろにウンファが親指で彼を指し示すと、マクスウェルが一瞬驚愕の表情を浮かべ──ややあって興味深そうにムーアへ歩み寄り、しげしげと彼の顔を見上げ始める。
「…なんだ?」
「資料では確認してるけど、本当に
少し尖った八重歯を覗かせながらマクスウェルが微笑を浮かべる。彼女が確認した、という資料がどんな物か彼は気になって仕方ない。
「ムーア大尉、だっけ?この任務が終わったら、ちょっと付き合ってくれない?──そんな面倒臭そうな顔しないでってば。変なことはしないよ?ちょっと唾液とか、皮膚片とか…あ、出来たら遺伝子や染色体を調べたいから血液──」
それ以上は言わせない、とばかりにムーアとマクスウェルの間へアニスが割って入る。
初対面の癖に馴れ馴れしい。そう文句を告げるかの如くマクスウェルの前へ立ち塞がりながら彼女を無言で見詰めた。
お〜怖っ、などとマクスウェルは肩を竦めて見せたかと思えば大人しく身を退き、改めてウンファへ視線を送る。
「それで尾行した理由だっけ?シュエンに言われたのよ。あなた達を助けろって」
「お前の口から出た言葉の中で一番面白かったぞ。──それを信じろと?」
あのクソガキがそのような性格の持ち主ではないと骨身に染みているウンファが鼻を鳴らして一笑に伏すと、マクスウェルは困ったような仕草で頭を掻いた。
「あ〜…うん…そうだよね?白々しかったよねぇ?」
「…それで目的は?」
話を進めようとムーアがウンファに代わってマクスウェルへ尋ねれば、彼女はターコイズブルーの瞳を彼へ向け、あっさりとした口調で答えてみせる。
「──ヘレティックの破片を回収しに、だよ」
「……情報が漏れているようだな。エリシオンの社員か司令部の誰かが口でも滑らせたか?」
アブソルートとカウンターズの共同作戦の目的に関する情報が流出している。それが察せられた彼の瞳孔が開き──あまり人様には見せられない類の表情となる
「ちょっとちょっと!そんな人を殺しそうな顔は止めてってば!──勘違いさせちゃったけど…厳密に言うと突き止めたの」
慌てた様子でマクスウェルが説明する。彼女の言によれば、ミシリスにはアブソルート分隊専門の情報部があるらしく、動向を逐一追跡しているのだとか。
その情報部は優秀な模様だ。彼女達がヘレティックとの交戦現場へ向かっているとの分析結果を報告し、また噴出していた天然ガスによる燃焼も鎮まりつつあると考えれば──予想は容易だったのだろう。
「それとカウンターズやムーア大尉も同行する、って情報を嗅ぎ付けたから、シュエンが私達を送ったのよ」
「なるほど…」
「私達って注目されてるのね〜」
「コソコソと嗅ぎ回ってか…汚いことを…」
おっとりとした口調でエマが反応するも、ウンファは吐き捨てるかのような語気である。それへ反論を唱えたのは意外にもラプラスだ。
「──情報を活用するのは戦術の基本だ!汚いとかそういう言葉は不適切だ!」
「…ふむ…確かに…」
「…お前はどっちの味方なんだ…!」
「強いて言えば部下達の味方だが、何か問題でも?」
ラプラスが唱えた反論へ頷きを返した彼にウンファの鋭い視線が向けられるも、彼は肩を竦めながら求められていないだろう答えを放つだけである。
その時だ。ふと大きな欠伸を漏らす声が聞こえた。
「…長話はいいからさぁ…もう寝ようよ…」
マクスウェルである。片手で覆って欠伸が漏れる口元を隠しながらの催促なのだが──
「──明日からは頑張って捜さないとだから…」
「おい。勝手に合流するな──」
その場へ横になり、自身の片腕を枕にしたかと思えばたちまち彼女が寝入ってしまった。
「枕を出せ!私は枕がないと寝られない!」
「…あの…私達も枕はないんですけど…」
「…ならば仕方ない。──寝る」
今度はドレイクだ。彼女の文句と要望へ律儀に応えたネオンからの返しに言葉通りの態度で渋々と地面へ仰向けになったかと思えば──たちまち寝入ってしまう。
「私が寝ずの番をしよう!弱い者を守るのがヒーローの使命だからな!皆、安心して熟睡するよう──」
最後にラプラスが音を立てながら地面へ倒れ込み、仰向けになったまま寝息を漏らし始める。完全に寝入っていた。
「…ニケって…寝なくても支障はなかったんじゃなかったか…?」
「…個体毎の差はありますので…それにメティスは補助動力に電気を用いていますから……」
「…いわゆる
おそらくは、という前提でラピが頷く姿を横目にムーアは溜め息を吐き出した。
「…バカじゃないの?」
「…そう言ってやるな。──ウンファ。両分隊から1名ずつ2時間交代で歩哨を出したい。最後の2時間はカウンターズの方で担当する。賛同して貰えるか?」
「了解した」
頷いたウンファを認めた彼が分隊へ集合を掛ける。まず最初の2時間はムーア、次にラピ、アニス、ネオンの順番で歩哨に立つことを打ち合わせた。
「…指揮官はお休みになって下さい」
「何を言ってるんだ。さっきまで
気遣う様子のラピへ彼は肩を竦めながら突撃銃の弾倉を抜き取って残弾を確認。続けて槓桿を引いて初弾を装填するとボルトフォアードアシストを掌底で叩き、薬室の強制閉鎖を済ませた。
ここから2時間は禁煙だ。
仕方ないとはいえ、少しばかり億劫のまま彼は安全装置を掛けた突撃銃をスリングベルトから吊るしつつ歩き出す。
「──って、お前か…」
「──随分と御挨拶だな」
両分隊から抽出された歩哨の一組目はウンファとムーアの組み合わせだ。不快そうに彼女が顔を顰めると彼は溜め息を吐き出した。
「…たった2時間だ。我慢しろ。俺は向こうを監視する」
とはいえ歩哨へ立つ以上はこれも任務だ。彼は自身が担当する監視方向を指し示し、所定の位置へ移動しようと歩き出すが、不意にウンファが背中へ声を掛ける。
「──おい」
「…なんだ?」
煙草の紫煙を味わえない代わりに
「…その…昼間は済まなかった。つい…頭に血が昇った」
床へ向けて射撃した件だろうか、それとも
どちらとも取れる謝罪だった為、判断に困るが──
「…いや、俺も悪かった。銃口を向けたからな。俺も頭に血が昇ったらしい」
「…そうか…」
「…お互い、気を付けるとしよう」
小さく頷いた彼女を認め、ムーアは改めて自身の持ち場へ向かって歩き始めた。