勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
それと注意喚起なのですが…ご感想を頂くのは嬉しいのですが、節度と礼節を持っての文章で頂けますと幸いでございます。
順調にヘレティックの破片がある座標へ前進している、とシフティーがハウジングの奥で告げている。
どうやら
それは幸いなのだが彼の視界の隅でウンファとラピ、エマが、やがてベスティーにアニス、ネオンも混じってのハンドサインによる会話の応酬が映り込む。
その内容を
ラピが、続けてウンファの視線が向けられると、ムーアの左手が忙しなく動き始めた。
──我、非殺傷弾ナシ
──実包ノミ
そして彼の左手の親指が立てられ、人差し指と中指が揃えられたまま、自身の
──“処分”カ?
頭を撃ち抜く仕草を見せて問い掛けると、まずはラピが、そしてウンファがそれぞれハンドサインで返答した。
──コチラデ対応シマス
──ゴム弾ヲ使用スル
了解を示すサムズアップを軽く返した彼は改めて突撃銃を握り直すと口を開いた。
「──ヘレティックの破片も近い。銃点検。弾込めを確認しろ」
口頭指示によってカウンターズだけでなく、アブソルートの面々も動き出した。
ラピが弾倉を抜き、続けて槓桿を引いて薬室から銃弾を取り除く。ウンファも同様の作業をする様子を彼は捉えながら、自らも
間違いなく
「──ここだよ」
やがて広い部屋に辿り着く。至る所に機械や設備の類が──それこそ天井にまで様々な用途不明のそれらが並ぶ空間は先程まで廃墟や残骸ばかりが視界の大半を占めていた荒れ模様とは雲泥の差があるほどに整備されている。
その空間へ到着して間もなくマクスウェルが、そしてラプラスとドレイクが立ち止まり、後続の一同へ振り向く。
メティス分隊の瞳──その中に現れている
「──
エマもムーアと同じく彼女達の瞳を見て確信を得たのだろう。ウンファやラピ、ひいてはムーアへ間違いないと告げる中、シフティーの指示がハウジングから響く。
〈──目標地点へ到着しました。作戦を実行して下さい〉
「──了解した。──撃て」
自然な動きでムーアの突撃銃の銃口がマクスウェルへ向けられる。同時に彼の短い命令を聞き取ったラピが、そしてウンファがそれぞれが握る突撃銃と狙撃銃を構え、引き金を引いた。
二挺の銃声が広い空間に反響し、メティス分隊全員の頭部への弾着を報せる鈍い衝突音も響き渡る。
「…クリア」
硝煙が細く昇る銃口を下げたラピの報告へムーアは表情を強張らせたまま頷き──自身も構えていた突撃銃の銃口を下ろすと、安全装置を掛けた。
メティス分隊の全員は床の上へ倒れているが、目立った損害はないように見える。
〈──い、いきなり…どうしたんですか…何故、メティス分隊を…!?〉
「…侵食だ…」
〈し、侵食ですか!?いつの間に…!〉
ヘレティックの破片を回収するよう指示を出したつもりが、先頭を進んでいたメティス分隊へ対しての銃撃である。まさかの展開にシフティーが困惑し、続けてムーアが漏らした一言を聞いて愕然とする。
「…分からないわ〜。合流した時には侵食状態だったから。曖昧だったけど…此処に来て確信したの」
「…なるほど。原因は分かるか?」
「…たぶん、だけど…ラピ達を襲った触手にやられた為でしょうね〜」
推測ではあるが、聞き取った合流前の話で最も可能性が高いのはそれだろうとエマは口にする。
地面が陥没し、崩落する切っ掛けとなった戦闘。その戦闘が始まる寸前にラピを始めとしたメティス分隊の面々にも触手が突き刺さった光景をムーアは思い出し──続けてラピに視線を向けた。
「…ラピは…」
「私は大丈夫です。深く刺されていないからでしょう。問題ありません。──ですから心配なさらないで下さい」
歩み寄ったラピが彼の左手を軽く握りながら紅い瞳で見上げる。そんな態度を取っていただろうか、とムーアは考えつつも頷きを返した。
「えぇ。ラピは侵食されてないわ〜。眼球の反応、顔面の筋肉の動きを見れば分かるわ〜」
「良く分かったな」
「…そういうの詳しいからぁ」
なるほど。彼は頷きを軽く返しながら、それ以上の追求は避けた。あまり語りたくないのだろう、とエマの口調から察せられたのが一番の理由である。
そもそも記憶消去が効かなかった──つまりNIMPHが存在しない状態のラピに侵食は起きないのは道理なのだが。
視線を床へ倒れている彼女達へ向けると、それぞれが「ここだ」「ここだよ」「こっちだ」と何度も壊れた再生機器の如く連呼している。
──否応なしに
「──誘導された訳か。…このまま処分、か?」
サングラスとヘルメットの隙間から垣間見えるムーアの眉間へ三本の縦皺が深く刻まれる中、傍らに寄り添うラピが彼の左手を少し強く握った。
「…侵食されたニケはイレギュラーとなる可能性があるので処分するのが原則ですが…初期なら記憶消去によって回生したケースが多数あります。3時間以内なら…まだ間に合うかもしれません」
彼が左手を動かそうとしているのを察したラピが握っていたそれを離すと同時にムーアは左手首の内側へ文字盤が来るよう巻いた腕時計へ表示された時刻を確認する。
「…なんとかなるか…」
「だが──こいつらが私達を此処に誘導したということは、誘き寄せた理由があるだろう。オペレーター、周りを調べろ」
ウンファが周囲を警戒しながら実弾の装填を手早く済ませる。彼も突撃銃の安全装置を外し、右手の人差し指を軽く引き金へ乗せた。
〈──中央の物質、ヘレティックの破片と推定されます。ラプチャーの反応は…今のところありません〉
「…怪しいね。
「さてな。元々の持ち主は消失したようだから…文句を言う奴はいないと思うが…」
落とし物を勝手に持って行って怒るのは警察官ぐらいだろうか。中央の台座──らしき機械へ乗っている物体を認め、警戒するアニスを横目に彼は肩を竦めてみせる。
〈指揮官。コネクティングデバイスを繋げて下さい。コントロールの可否を確認しま──〉
指示に従ってムーアがボディアーマーのポーチへ手を伸ばした刹那、シフティーが息を飲む。
〈──1m付近で高エネルギー反応!タイラント級以上……いえ、違います!反応は部屋全体で感知されています!〉
「……なに?」
〈皆さんのいる
──まさか本当に腹の中だとは。
シフティーの悲鳴混じりの警告を聞いたムーアは思わず呆気に取られたが──視界一杯に不快な金属音を奏でながらあらゆる設備が勝手に稼働を始めたのを捉える。
ホラー映画の中にでも迷い込んだ気分だが、視界の端に地上で彼女達へ襲い掛かった
「──あの触手よ!やられると侵食されるから気を付けて!」
「──指図するな!エンカウンター!!」
ラピにやや乱暴な言葉を返すウンファが交戦を宣言する。それと同時にエマがここまで担いで来たバルカン砲を構えた。
バッテリーの電力が砲身を回転させ、やがて途切れることのない掃射の鈍い銃声が響き渡る。
「ネオン!近付いてくる触手を散弾でボロ雑巾にしてやれ!」
「分かりました!」
「アニス──…うわっ…キモい…」
分隊に指示を出そうとした時、ヘレティックの破片が乗っている台座の直上で動きがあった。
天井から吊り下がる巨大な眼球を思わせる球体に長大な触手が何本も生えた姿をした──おそらくはこの部屋を支配するラプチャー本体の正体に彼は生理的な嫌悪感を抱いてしまう。
ブラックスミスの時もそうだが、タイラント級以上の個体とは時々、生理的な嫌悪感を抱かせる造形で相手の戦意や士気を挫こうとする意図でもあるのだろうか。
機械の触手である筈がウネウネと──生物的な動きで蠢く姿はどうにも気味悪くて仕方ない。
「指揮官様!?私がキモいってどういう意味!?」
「いや、違う!アニスじゃない!
「──真面目にやれ!!」
「俺はいつだって大真面目だ!!」
ウンファが堪らず苦言を放つが、返す刀でムーアが反論しつつ構えた突撃銃の引き金を引いて銃声を奏でた。
「アニス!あれの
「OK!!」
突然の“可愛い”という形容にフリーズしかけたアニスだったが、流石と言うべきだろう。ムーアの指示が飛ぶと直ぐに切り替えて擲弾発射器を構えた。光学照準器を覗き込み──彼が指示した目標に狙いを付けて引き金を引く。
気の抜けた発射音と共に擲弾が飛翔するが──
「──防がれた!!」
──青紫色の光を放つ核へ至る寸前に擲弾が炸裂する。何かに衝突したと判断した弾頭が撃発したのだ。
良く目を凝らすと球体をしたラプチャー本体の周囲の光景が歪んで見える。何らかの
となれば直接、叩くことは不可能であろう。
ならば──
「──ベスティー!」
「な、なに、指揮官様!?」
「曳光弾の先を狙って撃て!」
弾倉へ5発毎に込めた1発の曳光弾。銃口を本体の上へ向け、引き金を引いたムーアは天井へ射撃を加える。そこには敵の姿はない。
「で、でも…!」
「良いから撃て!」
「勝手に命令するな!」
「1発だけで良い!」
「…チッ…!ベスティー、やれ!!」
何か彼が思い付いたのだろう。それを察しながらも勝手に指揮を執ることに少しばかりの苛立ちを覚えるウンファはレティクルへ捉えた触手の一本を銃弾で切断しつつ舌打ちを漏らす。それと同時にベスティーへ彼の指示へ従うよう命令した。
小柄な彼女が小さく頷き、携えた無反動砲を肩へ担ぐと後方へ振り返って誰もいないと認めてから安全装置を解除。
引き金を引いて装填していた多目的榴弾を発砲する。
その弾頭が目にも止まらぬ速さで一直線に進んだ先──巨大な球体で形作られたラプチャー本体の直上の天井へ激突し、炸裂したかと思えば、天井から剥離した破片がいくつも飛び散っては床へ降り注ぐ。
それだけでは終わらず、天井から吊り下がった形の敵機の直上が
やがて敵機の重量に耐えられなくなったのだろう。天井が崩落し、落下した球体が台座へ衝突する。その上からは追加で崩れ落ちた天井の大きな破片が立て続けに落下しては物理的なダメージを加えて行く。
「…これは…思ったより…」
「崩れるぞ!伏せろ!!」
想定よりも大きな轟音と共に崩壊を始めた天井を目撃するムーアが思わず苦笑する中、ウンファが鋭く指示を飛ばした。
土砂まで混ざりながら崩壊する天井から逃れるように両分隊が手近な遮蔽物へ飛び込んだ。
やがて崩壊が収まったは良いが土埃が舞い踊る中、ムーアは咳き込みつつ首元へ巻いていたシュマグで口元を覆うと腰を上げた。
周囲でも彼女達が立ち上がり、各々の携行する火器の銃口を敵機がいるだろう方向へ向ける。
先程の天井の崩壊が影響したのだろう。広い室内の天井には大きな穴が空き、空が見えてしまっていた。
穴から入り込む風で舞い踊る土埃が晴れると──視線の先にはピクリとも動かなくなり、歪な形となった巨大な球体の姿がある。
天井から降り注ぐ何十トン以上の岩石混じりの土砂や破片が何度も直撃したのだ。下手な銃弾とは比べ物にならない衝撃力であっただろう。
「…ウンファ。一応、核を撃ち抜いてくれ」
静寂が戻りつつある中、彼が頼むと同時にウンファが狙撃銃を構え──無造作にだが、的確に敵機の核を銃弾で破壊し、とどめを刺す。
〈──敵の機能停止を確認。半径5km以内にラプチャーの反応なし。一斉に退却しました。ヘレティックの破片の回収を進めて下さい〉
「ラジャー」
「いや、駄目だ。近付くな」
「…指揮官?」
「…シフティー。済まないがアンダーソン閣下に事の次第を連絡してくれ。可能であれば…回収の部隊を寄越して欲しいと支援要請を頼む」
〈分かりました。お待ち下さい〉
シフティーにアンダーソンへの連絡を頼んだ彼はシュマグを外し、一息入れようと煙草を銜えた。オイルライターの火を点けて紫煙を燻らせると、戦闘後の昂ぶりが少しずつ治まっていく。
「…何故、連絡と要請を?」
「とどめは刺したが…侵食を引き起こしたラプチャーだからな。念の為だ。…無闇に近付かん方が良いだろう」
「…分かりました。では私はメティスを捕縛した後、危険要素になるような物があるか確認します」
「頼んだ」
「ラジャー」
怪訝な様子であったラピだが、彼の説明で納得したらしく頷きを返すと床に転がったままのメティス分隊の面々へ歩み寄る。それと同時にハウジングの奥からシフティーの声が響いた。
無事にアンダーソン、そして何故かイングリッドへ対しても連絡と支援要請を済ませたらしい。それともアンダーソンの近くにでも彼女がいたのだろうか。或いは作戦に投入されているのがアブソルートなのもあって可及的速やかな支援が必要だと判断したのか。
〈1時間以内に輸送機3機と2個中隊が到着する予定です〉
それにしても随分と豪勢な支援である。しかもこれだけの戦力が連絡一本で投入されるのだ。
ムーアだけでなく、アニスとネオンも発すべき言葉を探している有り様だったが、その中でも分隊で古株の彼女がやっとの思いで口を開いた。
「…最初からこうしてれば良かったわね。でも…後ろ盾があって良かったわ」
やはり自分の決心は誤りであったのだろう。彼はアニスの言葉を聞き届け、苦虫を噛み潰した表情のまま左手の指先二本で煙草を挟み込みながら紫煙を燻らせる。
アニスとムーアの表情があまり冴えない様子に比較的新入りのネオンが空気を変えようとしたのか──部屋の隅に鎮座しているいくつもの金属製の箱へ歩み寄った。高さだけでもムーアの腰ほどはあるだろう大きなそれである。
「ところで…さっきから気になっていたんですけど…この箱はなんでしょう?いっぱいありますけど」
「さぁね」
横にも長い金属製の大きな箱へ歩み寄ったネオンが観察するもアニスはあまり興味がないのか空返事だ。
「シフティー、開けてみても良いですか?」
〈あ、はい。とりあえず内部からのエネルギー反応はありませんから〉
「銃で
「勝手にして」
「じゃあ開け──師匠?」
彼女達に歩み寄ったムーアが脇へ吊っていたファイティングナイフを抜き払う。それに怪訝な様子でネオンが尋ねるも彼は視線で退けるよう促した。
「不用意に開けるな。爆発物が仕掛けられている可能性もある。シフティー、内部にエネルギー反応はないんだな?」
〈はい、確かです。──え?あれ?い、いえ、僅かな反応はあります!〉
「…爆発物か?」
〈いえ、おそらくは違うと思いますが…これは…〉
ネオンに実地でのレクチャーをするには充分か、とムーアは考えながらナイフを改めて握り、刃を箱本体と蓋の僅かな隙間へ通しながら一周する。
「細いワイヤーがあったり、何かが触れるような感触があったら直ぐに離れろ。開けた瞬間に爆発する仕掛けの可能性が高い。──クリア」
妙な感触は捉えられない。彼はネオンへ蓋を開けるよう促した。
あれこれと彼女が蓋を開けようと手順を踏んでひとつのボタンを押すと内部から気の抜ける音が響く。
「一気に開けるな。少しだけ開いたら…さっきと同じように…」
再びナイフの刃を隙間へ通し、内部を探る。これでも異常は感じ取れなかった為、ゆっくりと開けて構わないとムーアはネオンへ告げながらナイフを鞘へ戻した。
「じゃあ開けますね。よいっ…しょ──ッ!」
蓋を押し上げたネオンが
「…これは…」
「なに?どうしたの──ッ…え…ちょっと…!?」
ムーアも同様に一瞬固まってしまう。その師弟が見せる──主に師匠の方が意外な反応を示したことから興味を抱いたのかアニスが歩み寄って来た。彼とネオンの間から箱の内部を覗き込み──同様の反応で言葉を失う。
三者が全く同じという反応──それもその中で最も冷静だろうムーアまでもが固まった姿が気掛かりとなったラピもメティス分隊の拘束を終わらせて近付く。アブソルートの面々も気になったのだろう。彼女の後へ続き──その4名も絶句の表情を浮かべた。
「…なんだ…これは…」
「ひっ…!」
やっとの思いでウンファが口にしたのを切っ掛けに固まっていた意識が戻ったのだろう。涙目となったベスティーがエマへ抱き付き、彼女は小柄な仲間を落ち着かせようと頭を撫でる。
箱の中身は──十数体に及ぶだろうニケの残骸だった。少しでも多く詰め込もうとしたのか、手脚を折られているニケすらも見受けられる。
ホラー映画もかくやといった状態だ。
頭部だけのそれや、胴体のみ、或いは切断された四肢がこれでもかと、ぎっしりと詰め込まれている。
堪らずネオンが蓋を閉じようとしたが──それをムーアの左手が止めた。
「し、師匠…!?」
「…待て。そのまま支えてろ」
ショッキングすぎる光景にパニック寸前のネオンへ努めて落ち着く声音で話し掛けながら、銜えていた煙草を床へ捨てたムーアは右手の手袋を脱ぐと、その腕を箱の内部へ伸ばした。
指先が向かった先は──頭部のみしか残っていないニケの残骸である。カッと目を見開いたまま永遠に停止しただろうそのニケの瞼へ指を添え、瞼を閉じさせてやる。
そのまま何体かのニケ達の目を閉じさせてやり、彼はやっとネオンへ蓋を閉じるよう促してから手袋を右手へ嵌め直し、床へ捨てたばかりの煙草を拾い上げて携帯灰皿に投げ込む。
「…今から此処にある物には手を触れるな」
「…え?ま、まさか…この箱…全て…!?こんなに沢山…!?」
数十はあるだろう同じ形状の積み重ねられた箱の数々。その中身が全てニケ達の残骸の可能性をムーアが仄めかすとネオンが後ずさりする。
「…現在地を確保。支援部隊の到着を待つ。それまで待機しろ」
新しい煙草を銜え、一同を見渡しながら指示を達した彼は突撃銃を掴みながら積み重ねられた大量の箱へ歩み寄る。
「──申し訳ない…迎えに来るのが遅くなってしまったな…」
ムーアの背丈を遥かに超える高さにまで重ねられたそれらの中へ仮に10体のニケが詰め込まれていると考えた場合──その総数は。
そこまで考えたところで横合いからターボライターが差し出される。
ラピが傍らに寄り添いながら片手で握ったライターを翳していると彼は気付いた。ターボライターを握る片手を左手で覆い、銜えた煙草の先端を近付けて火を点けて貰うと紫煙が緩く立ち昇る。
「…ありがとう」
礼を告げるが、ラピは一言も返さず──その代わりに彼の背中へ手を添えた。
──40分は経過しただろうか。外気が入り込んで来る大穴の天井、その向こうからターボシャフトエンジンの唸りを上げる輸送機の接近を感じさせる轟音が響き始める。
〈──上空に援軍が到着しました!5分後、LZへ進入します!〉
「了解した。迎えのタクシーが早くて助かる。帰りに
置き去りにしてしまったが、あの車輌も分隊と前哨基地の貴重な財産だ。安易に乗り捨てることは出来ない。
そのあたりは機長と相談になるだろうか──などと考えていた矢先だ。
「──ラプラス!!」
ヘッドセット越しにもエマの悲鳴にも似た声が聞こえ、何事かあったのかとムーアが振り向く。
すると覚束ない挙動ながら立ち上がり、彼女を拘束していた
「──わ、私は…正義の…ヒー…ロー…!こんな…もの…に…負けない…!」
赤く染まった瞳を輝かせながらユラリと立ち上がったラプラスはいまだに侵食状態にあるのは明白だ。
慌ててラピがゴム弾を装填しようとするが、それよりも早くラプラスの咆哮に合わせて彼女の全身から溢れ出た光と、その衝撃波に全員が吹き飛ばされる。
それによってムーアも床を転がり──受け身を取りつつ立ち上がると突撃銃を構えた。
ゴム弾では最早、意味がないのかもしれない。
アンチェインドを使うべきか、と一瞬考えるが、貴重な1発だ。
装填されているのは実弾だが、人間とは異なり彼女達は四肢を粉砕されても死にはしない。気分は良くないが──拘束するにはそれしかないだろう。
安全装置を外した彼が突撃銃の銃口をラプラスの右脚へ向けて引き金を引く。確実に粉砕しようと3発の短連射だ。
しかしそれはラプラスへ命中せず、まるで
〈プラズマフィールドです!ラプラスから離れて下さい!触れたら蒸発します!〉
「安心しろ!とっくに離れてる!」
そういうことはもっと早く言って欲しい、と彼は考えるが賢明にも口には出さなかった。
「──私は正義のヒー…ロー…!みんなの…希望となる存在!…我が道を…遮る者は…この正義の光で…燃やすのみ!」
ラプラスが武装を展開し、光線を放つ発射機を構える。発射口が輝き始め、それが天井に大きく空けられた穴の向こうへ向けられる。発射口が向けられる先には黒い点が三つ──接近中の輸送機の編隊だ。
〈射線上に輸送機が!直撃コースです!〉
「このクズが!どこ狙ってるんだ!」
「シフティー!退避するよう伝えろ!」
編隊を撃墜されては堪らない。ウンファが狙撃銃を構え、プラズマフィールドに溶かされるとは分かっていても銃弾を撃ち込んで注意を引こうとするのだが──ラプラスはおもむろに悲鳴を上げつつ握っていた発射機を投げ捨てるや否や懐を漁り始める。
「──わ、私は…!…ヒー…ロー…!…みんなを…危険な目に遭わせるわけには…いかない…!」
青と金の彩色がされた拳銃──それがラプラスの懐から引き抜かれ、彼女はそれを震える右手で握りつつ自身の顎の下へ銃口を突き付けた。
「──すま…ない…許…せ!…ウン…ファ…大…尉…あとを…頼む…!」
引き金に指が乗せられ、引き絞られる。
ウンファが息を飲んだその時──
「──〈停止〉」
何処からか発せられた短い声が響き渡る。
その瞬間、どういう訳かこの場にいる彼女達の動きが止まった。身動ぎひとつどころか瞬きすらしないまま──さながら機能を停止したかのように動きを止めた。
ラプラスでさえも自決しようとする動きを止め、同時に展開していたプラズマフィールドが消失する。
吹き込む外からの風、そして接近中の編隊が咆哮するかのようなターボシャフトのエンジン音のみに支配された空間にカツンカツンと響いて来る二人分の足音と気配。
それに気付いたムーアは──何故、自分だけが動けるのかの疑問は放置して銃口を向けた。
向けた視線と銃口の先に現れる二人組の人影。黒ずくめの長身とやや小柄な背丈の二人組だ。
「──動くな!」
〈指揮官、待って下さい!エクスターナー分隊です!合流しました!味方です!〉
「──警戒する必要はない。気高き
銃口を下ろすようハウジングの奥でシフティーが促すもムーアはそう易々と従う訳にはいかない──のだが、金髪を靡かせるやや小柄な人影が発した言葉を聞いて呆気に取られてしまった。
「──動作の停止を確認。ギロチン、彼女が放出したキャノンエネルギー反応が残っています。爆発するおそれがあります。遮断を」
「仕方がない…出来れば使いたくなかったが…。我の目に眠っている
口元をマスクで覆い隠し、手触りの良さそうな黒い長髪に大きな赤い薔薇の髪飾りを付けた長身の女性──おそらくニケが傍らの小柄な少女へ語り掛ける。それに──こちらもニケなのだろうが、少女は低い笑い声を漏らしつつ右目を覆う眼帯に手を掛けた。
その眼帯が外され、右目が紫色の焔の如く揺らめいたかと思えば──ラプラスが投げ捨てた発射機の発射口へ残ったままの光が拡散する。
「──くくくっ…また…やってしまったな。恐ろしい…この力が齎すだろう破滅が…」
「──撤退しましょう」
「──それでもこの力を使うしかないのか…破滅が約束された力を使う我は…まるで火取虫だ…」
「──撤・退・し・ま・し・ょ・う」
身長が異なる凸凹の二人組のやり取りをムーアは半ば以上、呆然としながら見送るしかなかった。とはいえ銃口を完全に下ろしていないのは流石とも言えたが。
「──い、いいだろう。今日は特別にその頼みを聞いてやろう」
黒髪のニケが重ねて撤退を促し、やや不承不承の様子で金髪のニケが頷いて踵を返す。どうやら退くらしいが──金髪を靡かせる少女が肩越しにムーアへ視線を向ける。
「──気高き狼よ。我々は光に晒されてはならない存在。我々の存在を口にするその瞬間──死の神がお前の魂をズタズタに…」
「──ギ・ロ・チ・ン」
どう反応すれば良いのか彼も困ってしまうが──
「…支援に感謝する。それと…生憎と神は信じていない。俺自身に対して祈ることも今後ないだろう。──銃弾が効くなら是非とも殺してやりたい程だからな」
「──ッ!!くくっ…神をも恐れぬとは…流石は…!!」
彼なりに──少し口が滑って
「──〈再起動〉」
──再び響いた声。それと同時に彼女達も止まっていた時間が動き出したようだ。何があったのかと周囲を見渡す。
「──!?…さっきのは…一体…!」
「──ラピ!ゴム弾を撃て!」
状況が把握出来ず、混乱しているラピへ彼が声を張り上げる。反応した彼女が素早く弾倉を引き抜き、槓桿を引いて薬室を空にするとゴム弾が詰まったそれを装填した。
ラプラスの頭部を目掛けて非殺傷のそれが立て続けに弾着し、彼女の身体がもんどり打って床へ倒れ込んだ。
「──制圧完了!」
「了解した!良くやってくれた!シフティー、クリアだ!」
ラピへ労いの言葉を掛けつつ彼はシフティーに現在地を確保し、脅威が無くなった旨を報告する。
彼女も確認したらしく、間もなく到着する部隊の指示に従って
それへ了解を返答し、溜め息を吐き出したムーアは緊張を少し残しながらもポーチから取り出した煙草を銜えてオイルライターの火を点ける。
「──…指揮官。この状況は…まさか…」
「……俺は何も見てないし、聞いてない」
歩み寄って来たラピが長身のムーアを見上げながら尋ねるも、彼は紫煙を燻らせつつゆっくりと左右へ首を振った。
彼女達──エクスターナー分隊は秘密裏に行動している可能性が高いようにも思える。神は怖くないが──それよりも現世の方が諸々と面倒だ。口を閉ざした方が賢明なのかもしれない。
「…そうですか…分かりました。戻りましょう」
ラピも察したのだろう。それ以上の追及はなく、アークへ帰還することを促して来た。
「…そうしよう。……あぁ、そうだ。ラピ、ひとつ聞いても?」
「なんでしょうか?」
「…いや、大したことではないんだが……」
言い淀みつつムーアが彼女へ問い掛ける。その姿にラピは珍しいものを見た気分のまま、やがて彼の口から漏れる質問に首を傾げてしまう。
「──俺、そんなに狼に見えるか?」
──その問い掛けに彼女は、無言で肯定を示すしかなかった。
これでやっと総力戦に…!
待っててくれマリアン…