勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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時々、作者も忘れるのですが、ムーア大尉のファーストネームって「ショウ」なんです。作中でも全然使わないので作者本人が忘れてるって大丈夫なんでしょうか(大丈夫なんじゃね?(知らんけど


第7章
第1話


 

 

 ヘレティックの破片は無事に回収された。

 

 輸送機に搭乗した2個中隊規模の量産型ニケの一部が携えた超高密度のセキュリティケースであるアトラスケースを用いて破片を運び、現在は分析作業が行われているらしい。 

 

 侵食を受けたメティス分隊の3名についてはコールドスリープへ入った。侵食が進むことはないが、そのままでは完治もしない。通常であれば記憶消去による回生が試みられるが──副司令官室で任務終了の報告をした際、アンダーソンが語るところによれば、シュエンが反対したのだとか。

 

 ()()()()()()()()()コールドスリープのまま3名を保管するつもりのようだ。

 

 そして──ムーアが最も懸念としていたラピについてだ。

 

 メティス分隊3名とラピも含めて触手に襲われ、損傷を負ったというのに侵食を受けなかったという事実が決定打となった。

 

 侵食とは脳内にあるNIMPHへラプチャーのコードを入れて変化させる仕組みである。侵食を受けたNIMPHは脳にも持続的な命令を強制的に下し続ける。ちょうどメティス分隊のようにだ。

 

 しかしラピにその兆候は全く見られない。つまりラピの脳内にNIMPHが存在しない、という半信半疑であったそれが確実なものとなった。

 

 

 ──それでも調査は必要だ──

 

 

 アンダーソンがそう口にした途端、ムーアの双眸が細められたのは言うまでもないが──

 

 

 ──あぁ。()()()()()()ことにしよう──

 

 

 ──すぐさま放たれたイングリッドからの一言に彼の眉間へ困惑を示す皺が寄った。

 

 女傑が語るにはNIMPHの有無を確認するだけならスキャンだけで充分だという。それを聞いた彼は一先ずの安堵の溜め息を内心で吐き出していた。

 

 ただし、ラピがいつ、どのような状況でNIMPHを破壊するアンチェインドに曝露したのかは不明のままだ。

 

 しかしイングリッドはその判明も時間の問題であるという。

 

 ムーアが所持している拳銃弾(アンチェインド)は未使用のままだ。つまり他にもアンチェインドが存在する証明となっている。

 

 そして──任務の最後に目撃した()()()()、それらが保管されていた地下施設について。

 

 あの箱の中身はニケで間違いないとアンダーソンは言い淀みつつも告げた。であれば、どれほどのニケがあの箱の中に押し込まれたまま保管されていたのか。

 

 あの地下施設の正体については──おおまかな推測は出来るが、ヘレティックの破片の分析が終われば確信が持てるという。

 

 新しい情報が入り次第、連絡するとアンダーソンは約束し、彼等へ退室を促した。

 

 他に報告する事項もない為、大人しく従ったのだが──

 

「──今更ですが…何故、()()などと?」

 

「──問題でもあるのか?」

 

 輸送機に吊り下げられて運搬された特殊別働隊(カウンターズ)所有の武装車輌(ハンヴィー)。司令部庁舎敷地内の駐車場へ停められたそれへ乗車するムーアや彼女達だが──その助手席にはイングリッドの姿がある。

 

 ボディアーマーを少し着崩し、顎紐を外したヘルメットを被るラフな恰好のまま運転席へ腰掛けた彼が胡乱にすら思える視線を助手席へ向けると、女傑はシートベルトをしつつ肩を竦めた。

 

 肩越しに後部座席を振り返ると、彼の部下達が狭そうな様子で腰掛け、視線を向けられた途端、肩を竦めて見せる。理由は分からないが同行する何かしらがあるのだろう、とジェスチャーで返された意見にムーアも肩を竦める。

 

 ──まぁ構わないが。

 

 などと聞こえる溜め息を吐き出すと彼はエンジンを掛けた。

 

 駐車場を出て、最も近場のエレベーターに乗り込んで行き先を前哨基地へ設定。上昇が始まったと感じる浮遊感を捉えながら彼はボディアーマーのポーチを漁ってソフトパックの煙草を取り出し、振り出した一本を銜えた。

 

 落ち着いて一服したいところだが、助手席にはイングリッドが座っている。火を点けることはせず、ただ銜えたまま座席の背凭れへ上体を預けていると、その本人のアメジストの眼差しが右側から彼へ向けられた。

 

「…吸わないのか?」

 

「…イングリッド社長が嫌煙家の可能性もありますので」

 

 あぁ、と女傑が納得の様子で頷く。とはいえだ。生粋の嫌煙家ならば喫煙者が運転するクルマへ同乗しようとは思わない。ついでに言えば、ヘビースモーカーに近付こうとも思わないだろう。

 

「気にしないから吸うと良い」

 

 喫煙の許可を出してくれたイングリッドへ短く礼を告げたムーアが運転席側の防弾ガラスが嵌め込まれた窓を手動で開けた。

 

 車体上部のルーフにぽっかりと空いた穴──ターレット(銃座)へ就けるように円状の穴はあるが、間近で副流煙を浴びるのはあまり気が進まないだろうと気遣って換気を良くしながら彼は煙草へオイルライターの火を点ける。

 

「──悪くない香りだな」

 

「…3級品の煙草ですよ」

 

 これが葉巻、或いはニコチン摂取よりも香りを楽しむ点に重きを置いた銘柄ならば紫煙も上等であろう。

 

 彼が愛煙するGODDESS(銘柄)はラム酒のフレーバーに僅かなコーヒーの香りも混ざっている。どちらも人工の合成香料であり、作り物、悪く言えば紛い物だが、そのフレーバーはイングリッドも好意的に感じたようだ。

 

「…なんと言えば良いか…うむ…落ち着く香りだ」

 

 切れ長の瞳を細め、胸の下で腕を組むイングリッドが呟くのと同時に彼が緩く紫煙を燻らせた。

 

 

 ──あれ?なんでいい雰囲気になって…?

 

 ──イングリッドさん、煙草好きでしたっけ?

 

 ──…………。

 

 

 後部座席で三者三様の反応を見せる彼女達も乗せた武装車輌がエレベーターで運ばれて行く。

 

 やがて辿り着いた前哨基地。扉が開くと暖機運転を済ませていた武装車輌をゆっくり前進させ、舗装道路へ入る。

 

 基地司令部庁舎へ向かう道すがら、巡回中の警衛勤務へ上番した量産型ニケ(部下)達の一隊と擦れ違った際に敬礼され、ムーアは答礼を軽く返した。

 

 司令部庁舎が間近にまで迫ると、ムーアは防弾ガラスが嵌められたフロントガラス越しの光景に眉間へ皺を寄せる。狭い駐車場にやたら車体の長い高級車が一台停まっているのだ。

 

 ミシリス・インダストリーのロゴが刻まれた高級車はこの前哨基地に似合っているとは言い難い。しかし──その車体には既視感があった。

 

 一先ず武装車輌を駐車し、下車すると輪止めをタイヤへ嵌めて安全管理に努めてから彼は達する。

 

「──任務、御苦労だった。爾後は別命あるまで待機。武器、身体の手入れをしながら休んでくれ。解散。別れ」

 

 分隊指揮官としての命令を達し、任務終了を宣言すると彼女達が敬礼する。それへムーアが答礼を返し、解散となるのだが──

 

「──いや、なんで付いて来るんだ?」

 

「だって炭酸水飲みたいんだもん」

 

「指揮官室はネット環境が整っていますから」

 

「…私は二人の抑え役(ストッパー)です…」

 

 司令部庁舎へ向かおうとする彼の背後に続く彼女達の様子を見たイングリッドは、思わず脳内に知識として持っているカルガモの親子のようだと感じてしまう。尤もムーアはカルガモのように可愛げのある顔立ちではないのだが。

 

 彼等の遣り取りを眺めつつ、やがて女傑は駐車場へ停まっている高級車へ視線を向ける。着いてきて正解だと考えながら後に続くと、正面玄関から出てきた量産型ニケ──エリシオンが製造するE.G.モデルの一人が彼へ駆け寄る姿を捉えた。

 

「──お帰りなさい指揮官」

 

「今、戻った。…イーグル。客か?」

 

「…えぇ…まぁ…」

 

 敬礼して報告する彼女へムーアも答礼を返すと、思わず庁舎の2階を見上げる。──()()()()()()()()()()ので指揮官室は無事らしい。

 

 約束もしていないのに何処の誰が前哨基地くんだりまで押し掛けて来たのか、などとは問わない。

 

 駐車場に停まっている高級車で予想は出来てしまった。

 

 溜め息をひとつ漏らして彼はスリングベルトで吊った突撃銃に弾倉が挿入されていない点と薬室も確認し、空撃ちを済ませる。撃発の乾いた音が響き、ヘルメットとボディアーマーを脱いで小脇に抱えながら正面玄関をくぐり抜けた。

 

「──お帰り。座って」

 

「……招待した覚えはないのですがね。ついでに此処は私が任せられている基地なのですが」

 

 正面玄関を抜けて直ぐにあるロビー。そのソファへ我が物顔のまま腰掛ける小柄な人物はミシリスのCEOだ。その背後には以前のお喋り野郎(トーカティブ)を捕獲する任務で行動を共にしたミハラとユニが佇んでいる。

 

「──長く滞在するつもりか?私は立ったまま聞こう」

 

「…お前は何しに来たの?」

 

()()()()()()()()。誰かさんとは違ってな」

 

「…私が任せられている基地内で企業同士の諍いを持ち込まないで頂けますか?」

 

 イングリッドもムーアの記憶にある限りでは招待したとは言い難い。同行を半ば()()()()()()()というのが正解に近いだろう。

 

 それはそれとして──彼はシュエンが腰掛けるソファの背後へ目を向けた。

 

「二人共、久しぶりだな」

 

「久しぶりだね、ユニ」

 

「うん。指揮官もアニスも久しぶり」

 

「久しぶりね、ムーア中尉」

 

「…あれから昇任してな。今は大尉だ」

 

「あら、そうだったの。おめでとう、と言うべきかしら?」

 

 彼女達とは右脚と右目の喪失による入院が終わり、前哨基地へ帰る際、乗り込んだシュエン所有の高級車の車内で会って以来だ。

 

 再会の挨拶を済ませるとムーアは首から吊るしたスリングベルトを外す。シュエンが腰掛けるソファの眼前へ鎮座するローテーブル。その反対側に設けられたソファへ座ると突撃銃を立て掛け、次いでボディアーマーとヘルメットを床上へ置きながら脚を組んだ。

 

「ミハラもお久しぶりです」

 

「──え?私を知っているの?」

 

「ミハラ。ユニがこの子達についていっぱい話したよ?思い出せないの?」

 

「…あ、カウンターズ。アニスとネオン、そしてラピだったわよね?ふふ、()()()()()

 

「…はい。元気でしたか?」

 

 以前と同じ口調だったのもあり、ネオンは無意識にミハラへ挨拶をしたが──彼女も記憶消去を受けたと失念していたらしい。ユニが助け船を出し、やっと()()()()()ようだ。

 

 知り合い、というには他人行儀すぎる挨拶を交わすネオンやミハラを見るユニとシュエンが、程度は異なるが複雑な表情を浮かべるのを視界に捉えつつムーアは煙草を銜えた。

 

 オイルライターの火を点け、心持ち多めに紫煙を口腔へ溜めたかと思えば──口の形をOと発音するそれにし、空中へ輪っかを作ってみせる。それを見たユニの表情が僅かにだが綻んだ。

 

「…挨拶は終わった?」

 

「…それで御用は?」

 

 紫煙を燻らせながら彼はシュエンへ問い掛ける。三大企業のCEOを前にして──それも大尉如きが取る態度ではないが、彼女もこの点を気にするつもりはないらしい。というよりもその余裕がないようだ。

 

「──いくら必要かしら?」

 

「…と申されますと?」

 

クレジット(お金)。いくら必要なのか聞いてるのよ」

 

「…私を役員に、という話は以前にお断りした筈ですが…」

 

「そっちじゃない。いやまぁ、そっちも検討はして欲しいけど今日は別件よ」

 

 一応の礼儀として紫煙は自身の真横へ向けて彼は吐き出しながら問い掛ける。てっきり以前に断ったスカウトの話かと思いきや、全くの別件であるとシュエンは仄めかした。

 

「──アンチェインド。いくら払ったら渡してくれるの?言って。言い値で払うから」

 

 何故、知っているのか──とムーアは怪訝な様子で眉間へ皺を寄せるが、思い出せばシュエンがシフティーに扮してオペレーターの真似事をした軍需品工場でのスキャンを行った任務で彼が持つ拳銃弾へアンチェインドが混ぜられているとは彼女も知っているのだ。

 

「何処から聞いた?その情報は?」

 

「私もCEOだよ。お前とアンダーソンだけで隠し通せると思うの?」

 

 ムーアが腰掛けるソファの隣へ立ったイングリッドが見下ろしつつ問い詰めるもシュエンは何処吹く風である。大した度胸だ、と彼は思わず考えてしまった。

 

「──アンタ、持ってるんでしょ?私に売りなさい。買うから、売りなさい」

 

「…普段にも増して強引ですな。その原因は…メティスですか?コールドスリープで保管されているという。3名にアンチェインドを?」

 

「…察しが良くて助かるわ。そうよ。NIMPHを殺すそうじゃない。なら侵食状態も治療できるでしょう?──だから売りなさい」

 

「…売ることも譲渡することも出来ません。現状、1発しか手元にはないのです。その貴重な1発をおいそれと使う訳には──」

 

 溜まった灰を携帯灰皿に落としてから煙草を銜えたムーアが口にした途端だ。シュエンが腰を上げ、ローテーブルを回り込んで歩み寄ると、戦闘服の上着の胸倉を掴んだ。

 

「──あの子達を助けないとならないのよ!!私がこんなに頼んでるのに!!お金あげるって言ってるでしょ!?」

 

 ──頼む、という言葉の意味はいつ変化したのだろうか。

 

 胸倉を掴まれ、ムーアが握れば折れてしまいそうな程に細い腕で揺さぶられるまま彼は何気なしに考えてしまう。

 

「…扱いが全然違わない?差別が酷すぎるわよ」

 

 成り行きを眺める形だったアニスが苦言を漏らすと彼の胸倉を掴んだままシュエンが睨み付けた。

 

「ニケを()()呼ばわりして荒っぽく扱う癖に、なんでメティスだけ溺愛するのかしら。──()()()()()でしょう?あなたにとってはメティスも他のニケも同じじゃないの?ミハラが()()()()()()には何もしなかった癖に…なんで今更、大切なフリしてるのかしら」

 

 吐き捨て、蔑むようなアニスの口調。その調子のまま告げられたシュエンがムーアを突き飛ばすように胸倉を離して彼女へ睨みを向ける。

 

「あの子達は特別なの!それが分からないの!?」

 

「何が特別なの?」

 

「…そんなのお前とは関係ないでしょ」

 

 世辞にも温かいとは言えない目線を向けてくるアニスから顔を背けたシュエンは次いで話の続きと言わんばかりに改めて口を開いた。

 

「…ムーア。アンチェインドを売りなさい」

 

「…無茶を言うな…」

 

 イングリッドが堪らず口を挟む。黙って聞いていると随分な要求であるのは否めない。

 

「あまりにも残忍な言葉だから控えていたが、今回の作戦は全てメティスが台無しにした」

 

「イングリッド社長、それは……」

 

「現場指揮官であった君の言葉を疑う訳ではないが、傍目から見るとそう判断せざるを得ない」

 

 今度はムーアが口を挟む番だが、女傑は譲ろうとしない。

 

 まず第一に橋を破壊した点。これは不可抗力だが、作戦に大きな支障を来した事実は拭えない。

 

 第二に侵食されたメティスがアブソルート、そしてカウンターズを危険に晒したばかりか、支援の為に投入された輸送機の編隊も撃墜されかけた。これも不可抗力ではある上、結果的には直接的な損害こそ出なかったが一歩間違えばどのような結末を迎えていたか分かったものではない。

 

「──作戦費用が膨らんだだけでなく、私は()()()()()()まで露出させた。これに対する責任はどうやって取るつもりだ?」

 

「───」

 

 矢継ぎ早にイングリッドが指摘するシュエンへ帰する責任問題。それを突き付けられた彼女が押し黙ると、紫煙を吐き出しつつ携帯灰皿へ煙草を放り込んだ彼が溜め息と共に口を開く。

 

「…メティスに我々の尾行を命じたシュエン会長を擁護する訳ではありませんが…戦闘や作戦に不可抗力や想定外の突発的なトラブルは付き物です。費用の問題も今更でしょう。我々は戦争という()()()()()()()()()()()()()()をしているのです。責任、というなら現場で指揮を執っていた私にも一端が生じるでしょう」

 

 彼はイングリッドとシュエン、どちらか一方へ肩入れするつもりは毛頭ない。ただ事実を淡々とした口調のままで述べたに過ぎなかった。

 

「…ムーア大尉の顔を立てるとは確かに言った。しかし…これだけ責任問題を発生させておいて、アンチェインドを寄越せと?図々しいにも程がある」

 

 図々しい、とはシュエンも幾分かは感じているのだろう。しかし形振り構っていられる状況ではない。彼女はイングリッドを見上げて睨んだかと思えば──その視線を今度は彼の背後に佇んでいるラピへ向けた。

 

「──じゃあ、その製品(ニケ)でも貸してちょうだい。アンチェインドに曝露されたって?だから記憶消去も効かなかったし、侵食もされなかったそうじゃない」

 

 シュエンが口にした途端、彼は背後で息を飲むラピの気配を察しつつ──視界にあるユニの表情が驚愕に変わった瞬間を目撃する。

 

 それと同時に──拳銃へ右手を伸ばしそうになるのを耐えてみせた。

 

「貴様…!極秘情報を勝手に喋るな!」

 

 イングリッドがシュエンへ怒りを滲ませて制しようとするも後の祭りだ。彼女は女傑の怒りを受け流し、間近でソファに腰掛けるムーアへ改めて視線を向ける。

 

「調査は全部、私がやる。費用も何もかも私が持つから貸してちょうだい」

 

「……どうなさるおつもりで?」

 

「そこまで聞きたいの?…まずはこれまでの行動を調べて可能性の洗い出し。その次に身体や頭を開いて──」

 

 そこまでシュエンが口にした瞬間、彼女の小柄な身体が浮き上がった。今度は彼女が胸倉を掴まれ、軽々と爪先が床を離れたかと思えば壁へと押し付けられる。

 

「──今、なんと言った?俺の大切な部下に何をすると?」

 

 胸倉を掴むと同時に立ち上がった彼の目線まで持ち上げられたシュエンはムーアの大きな左手を自身の小さな両手で抑え付けつつ──そういえば以前にも同じ状況があったな、と我知らず考えてしまう。

 

 とうとう右手が拳銃を抜き、撃鉄(ハンマー)が起こされる。それを見たミハラが彼を制圧に掛かろうとし、イングリッドも激昂するムーアを止めようとするが──動こうとした瞬間、シュエンの絶叫が響いた。

 

「──言ったでしょ!あの子達を助けないといけないの!アンタにとってそこの製品(ニケ)共が特別なようにね!あの子達は私にとって特別なの!助ける為なら()()()()()()()わよ!!」

 

「───」

 

「私を殴ろうが、蹴ろうが、その拳銃で撃とうが絶対に諦めないわ…!あの子達を救う為ならね!」

 

 ──嗚呼…。

 

 彼は目と鼻の先で宙釣りとなりながらも鋭く眦を吊り上げながら声を張り上げる小柄なCEOへ内心で感嘆の息を吐く。

 

 同時に──鏡を見せ付けられている気分にも陥った。

 

 ──ムーアの腕の力が緩み、床へ降ろされるとシュエンは大きく咳き込んだ。

 

 その姿を見下ろしつつ彼は右手へ握った拳銃の撃鉄を親指で押さえながら、ゆっくり引き金を引いて元の位置へ戻すとレッグホルスターに納める。

 

「…私が調べましょう。アンチェインドが他にも存在するのは間違いありません。幸いにも私は特殊別働隊。地上での作戦や任務には融通が利きます」

 

「…それを信じろって?」

 

「…これは提案です。代替の。…必ず探し出します」

 

 喉を擦りながらシュエンが確認するように尋ねる。返ってきた答えは──言葉では信じられないと本来なら一蹴するだろう。特に他人であれば尚更だ。

 

 しかし──

 

「…必ず探し出しなさいよ。そしたら土下座でもなんでもしてあげるから。その代わり見付けられなかったら──」

 

「──自分で脳幹をぶち抜きますので御安心を。御約束します」

 

「…随分と軽い約束もあったものね」

 

「男が()()を口にして、その担保として命を賭けたのです。軽いと思われるのは少し心外ですな」

 

 ──やはりこの男は気に入らない。

 

 方向性は異なるがシュエンとムーアは似ている点がある。言葉の通り、()()()()()()()()()()()。その一点に於いては彼女と彼は似ているだろう。或いは頑固なのか、聞く耳を持たないのか。

 

 同族嫌悪にも思える感情のまま胸元が伸びてしまった服の皺を正すとシュエンは正面玄関へ向かって歩き出すが、途中で足を止めると肩越しに彼へ振り向いた。

 

「──言っておくけど私は()()()()から。それは忘れないようにね。ミハラ、クルマ」

 

 何に対しての()()()()なのか。気掛かりを残しながらシュエンが庁舎を後にする。その後を追ってミハラも正面玄関に向かった。

 

「…全く…君と言う男は…拳銃まで抜くとは思わなかった。冷静な人間かと思ったが…」

 

「…生憎と直情的な人間です」

 

 立ち去ったシュエンへ一瞥も向けず、ムーアは戦闘服の胸ポケットから取り出したソフトパックを軽く振る。飛び出た一本の煙草を銜えてオイルライターの火を点けた。

 

 荒れ狂い掛けた精神状態の安定へ努める中、アニスがイングリッドへシュエンは何故、あそこまでメティスに執着するのか、どのような関係なのかを問い掛けた。

 

 当然ながら女傑は答えない。或いは彼女も知らない可能性もあった。

 

 

 

 

 ──私達はあいつにとって性能の良いおもちゃだよ。自分の面子(メンツ)を立ててくれる自慢できるおもちゃ。それ以上でも以下でもない。ずっと前からそうだったから──

 

 

 

 

 彼の脳裏にマクスウェルが語った言葉の残響が広がる。

 

 煙草の葉が燃える微かな音と共に紫煙を燻らせるムーアの視界の端──正面玄関へ向かおうとしているのだろうが、幽鬼のような足取りでラピの横を通り抜けようとした瞬間、彼女の右腕を掴んだユニの姿がある。

 

「──ラピは記憶が消されてないんだ。ミハラとラピは一緒に記憶消去されたのに──」

 

 どれほどの力を込めて掴んでいるのか。互いのガッデシアムの肌とフレームが軋むような鈍い音が響くもユニは構う様子もなく淡々と独り言を紡ぐ。

 

「──ラピは全部覚えているんだ。ミハラは全部忘れたのに──」

 

 フレームに亀裂でも入ったのだろうか。痛覚センサーで異常を捉えたラピが表情を歪めるも無表情のままのユニの双方からあまり聞きたいとは思わない音が微かに響いた。

 

「──ラピはいいな。アニスとネオンと、指揮官とずっと仲良く暮らせて。ミハラは、ユニとあまり仲良くないのに。──ラピはいいな。()()()()()。──ミハラは()()()()()

 

 一層、ラピの腕を握り締める力が強くなる。軋む音も顕著となる中──銜え煙草のまま歩み寄ったムーアが身を屈めつつ彼女の右腕を握るユニの手首を掴んだ。

 

「──ユニ。そこまでだ」

 

「───」

 

 緩々とユニの光を喪った双眸がムーアへ向けられる。やや濁っているようにも見えるその瞳を向けられながらも彼は細い手首を掴んだまま逆の手で細い指を一本ずつ引き離す。

 

 強く食い込んでいた指が離れたラピが腕を庇うように左手を添えるのを認めたムーアが彼女へ視線を気遣わしげに向ける。

 

 それを見たユニの唇が震えた。

 

「──ラピはいいな。指揮官に大事にされていて」

 

 その言葉を投げた彼女が幽鬼のような足取りのまま正面玄関へ歩いて行く。

 

 駐車場に停められた高級車の車内へその姿が消え、やがて排気音と共に立ち去るのを見送ったムーアは溜め息と紫煙を吐き出しつつ再びラピへ視線を向けた。

 

「…大丈夫か?」

 

「……いいえ……」

 

 彼の気遣わしげな視線から逃れるようにラピは顔を背けながら続けた。

 

「──痛い…です」

 

 

 




ツイッターのアカウント上でも考察を載せましたが、おそらくラピがアンチェインドに曝露した瞬間がゲーム本編中に描かれているとすればチャプター4。その場合、ユニも可能性の問題にはなりますが…おそらく……。
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