勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
「──ご苦労だった、マナ」
「──はい」
“Missilys Military Research Center”──通称M.M.R.は中央政府の研究開発部署である。
シュエンが前哨基地へ押し掛けて来た翌日、軍服姿のムーアはイングリッドからの連絡を受けて施設の前で待ち合わせた。
施設内部は研究所らしいとしか形容が出来ない。様々なモニターや機械の類があらゆる室内に置かれ、職員達であろう研究員達がなにやら熱心に手元のタブレットへタッチペンを用いて何かを綴っている後ろ姿が見えた。
その一室へイングリッドに導かれた彼は研究者然とした女性と対面する。名前はマナ。M.M.R.で働く研究員だと紹介された。
きっちりとネクタイを締め、タイトスカートを纏い、丈の長い白衣を着こなし、眼鏡を掛けた姿は才媛の雰囲気をこれでもかとムーアに感じさせる。思わず“女史”と付けて呼びたい程であった。
そこでマナから説明されたのは主に回収したヘレティックの破片についての分析結果だ。
彼女はヘレティックの破片──もとい“マテリアルH”と今後は呼称される物質について語ってくれた。
これは多数のナノマシンで構築されており、触手型のデバイスを用いてニケを吸収することで質量を増大させ、元のヘレティックを復活させようとしている、との見解が示された。
電気刺激を与えた直後、人間や機械には反応を示すことなくニケのみを攻撃、吸収した
吸収した直後の重量の増加から推定し、これまでに450機余りのニケが吸収された可能性があるという。
そして先日の任務で発見した地下施設だが──三個分隊が確認したあれらは極一部であるそうだ。
規模そのものは完全に把握出来ていないが、半径20kmに迫る大規模なものである、とか。
大規模な地下施設はアリの巣状の道となっていたそうだが、いずれの道も中心部──ヘレティックの破片であるマテリアルHが保管されていた位置へ繋がっていた点と物質が持つ特性を考えれば、最終的にはニケを吸収してヘレティックを復活させようとしていると見て間違いないとのことである。
地下施設で
イングリッドはそれを
──最近は迷子になったり救出を求めるニケがかなり減ったの──
ここ数年で明らかにその数が減った、と零していた彼女だが、その原因はおそらくこれだろう。
そういえば彼女達とオオカミ達は元気だろうか。その内にでも連絡してみよう、と考えつつ彼はイングリッドと共にマナと別れて施設内の廊下を歩き始めた。
「──ムーア大尉、大丈夫か?」
「…社長が思っているよりは…」
わざわざ隣を歩かなくても良かろうにイングリッドが彼を見上げつつ尋ねるもムーアは軽く首肯を返す。
地下施設の規模にしてはラプチャーの兵力は多いとは言えず、これならば制圧できると踏んだところ──ヘレティック モダニアが突如として現れた、とマナは報告した。
「…
「…おそらくはな。それにしても──」
縮小版と表現しても良いほどに地下施設の構造や規模はアークと酷似していた、という。
なんらかの意味でもあるのか、或いは単なる偶然の一致か。
「…いや、余計なことは考えない方が良いな。今から
頭を振ったイングリッドが口にするとムーアは無言のまま頷く。
司令部庁舎で作戦説明があると昨夜の内にアンダーソンからメッセージで連絡が来たばかりだ。出頭も命じられているのを考えれば──作戦とやらに彼が、そして特殊別働隊が投入されるのは間違いないだろう。
エリシオンのロゴマークが刻まれた車体の長い高級車へ乗り込むイングリッドに続いて、彼も誘われるまま乗車する。
運転手は行き先を承知のようで安全運転のまま高級車を走らせた。
辿り着いた先の司令部庁舎。その上階に位置する会議室へ足を踏み入れると先客達がムーアとイングリッドを出迎える。
「──Long time no seeですNe!イングリッド、Commander ムーア!」
「…マスタング社長。お久しぶりです。以前は大変お世話になりました」
「Oh…水臭いことは言いっこなしですYO!」
──相変わらずこのテンションにはついていけない。
目がチカチカする意匠と装いのテトラ・ラインのCEOであり、エンターテイナーの鑑のような人物が大袈裟なリアクションと共にムーアを咎めた。
曰く──かなり要約すれば、アニスが世話となっている指揮官に融通を利かせるのは当然であるらしい。
そしてもう一人──こちらは出迎えた、とは言えないが椅子へホログラムを投影する装置が中央へ設けられた円卓の椅子に腰掛ける小柄な体躯のCEOが彼へ軽く視線を投げた。
軽く首肯を返せば、シュエンは鼻を鳴らしてそっぽを向く。
脱いだ軍帽を彼は左脇に挟みながら室内を見渡すが──どうも自身は場違いに思えてならない。
たかが大尉如き。そのような末端の軍人風情が同席するのは憚られる人物ばかりだ。
三大企業のCEO達が椅子へ腰掛ける中、彼は円卓から少し離れた位置で起立したまま待機する。
やがて会議室の扉が開き、招集と出頭を発令した軍服姿の人物が入室する。
その姿を認めたムーアが正対しつつ踵を鳴らして気を付けの姿勢を取ると、副司令官のアンダーソンが鷹揚に頷いた。
「──姿勢を楽に。皆、来たか」
ムーアが肩幅ほどに脚を開いて両手を後ろ腰へ組む中、CEO達がアンダーソンの言葉に応じる。
会議室の照明が絞られ、円卓上の装置から投影されたホログラム。それはアークの構造にも似ているが──どうやら先日、発見されたラプチャーが造り出した地下施設である。
「総力戦に向けて準備を。作戦の目的はふたつ。地下施設の破壊。および──ヘレティック モダニアの確保、或いは
破壊──作戦目的として含まれたそれに彼の頬が一瞬だけピクリと反応を示す。
「成功すれば人類は地上奪還へ大きく近付くはず」
「作戦は?」
前置きはそれぐらいにしろ、と言わんばかりにイングリッドが先を促す。
第一
地下施設の壁面に爆薬を設置。それらを斉発爆破によって壁面を破壊。施設を埋没させる。
ただし懸念事項として地下施設内の通路の狭さ、そして多数のラプチャーや
各企業から機動力と戦闘能力に秀でた分隊が選抜される事となる。数の暴力でどうにもならない問題なら、いっそのこと少数精鋭を送り込んでしまえ、という逆転の発想だろうか。
いずれにせよテトラからはカフェ・スウィーティー分隊、そしてエリシオンはアブソルート分隊が選抜されたが──
「…こっちはいないわ」
「…分かった」
ミシリスのCEOであるシュエンは短い熟考の末に結論を導き出したのだろう。アンダーソンもそれ以上は何も言わなかった。
第二段階
地下施設の破壊と埋没が成功すれば、高い確率でモダニアは地上へ姿を現す。同時に当然ながら
「──トーカティブも間違いなく参戦するだろう……ムーア大尉。暗い中でその笑顔は止めてくれないか?少々、不気味だ」
「Oh…BeastのようですNe!」
「……失礼しました。続きを」
普段の鉄面皮を何処へやったのか、口角を吊り上げる彼──あるはずもない鋭く尖った牙すら幻視したアンダーソンが苦笑混じりにムーアを諫める。マスタングは愉快そうに笑っていたが、彼は緩んだ口元を手で覆い隠しつつ先を促した。
その這い出たラプチャーの群れ、或いは大軍を掃討しながらモダニアへの道を切り拓く──これが作戦の第二段階だ。
そして──モダニアへの道が切り拓かれた瞬間から本作戦に於ける
最終段階はモダニアの
「…破壊じゃなくて?」
シュエンが問う。説明の前置きで確保も明言していたが、同時に
「…どうするつもりだ?」
「──カウンターズ、特殊別働隊をヘレティックと接触させる予定だ」
アンダーソンが口にした途端──その分隊を指揮するムーアへCEO達の視線が向けられると同時に室内の照明が元の明るさへ戻る。
「…接触させてどうするのです。私にもう一度、
双眸を細めながら彼がアンダーソンへ問う中、席を立ったイングリッドがムーアへ歩み寄った。
「──多くは望まん。だが…
「…なんとかしろ…」
随分と大雑把すぎる
「──本当にマリアンを救いたいなら、説得でも情に訴えてでも
どちらも不得手だ。それを重々承知しているムーアの眉間へ更に縦皺が刻まれる中、イングリッドが少しだけ声音を柔らかくしながら続ける。
「…機会を与えられているのだ。君のお陰でここまで来たのだからな」
機会──与えられたそれに見合うだけの成果が伴うかは不確実だ。しかし、雪原で交戦した際の左腕を喪失した瞬間の痛みと共に蘇った記憶。
──あの瞬間、
戻っていた、と直感できた。
「──ただし説得が失敗したと判断した瞬間、アンチェインドをヘレティックに撃つ。これを最優先にしてくれたまえ」
「…アンチェインドを?……マテリアルHの構成物質がナノマシンであるとはM.M.R.で説明されましたが…」
アンダーソンが命令を達すると、彼は懸念事項を口にする。
アンチェインドはNIMPHを殺すものだ。しかしそれがヘレティックを構築する
承知していると言わんばかりにアンダーソンは頷いた。
「…どうなるかは私も分からない。死ぬかもしれないし、何も起こらないかもしれない。…
そんなモノに頼って作戦など立案してはならないのだろうが──アンダーソンは大きな溜め息を吐き出すと、数歩先で休めの姿勢を取るムーアへ改めて視線を向ける。
「個人的な願いを言うなら──私は、ハッピーエンドを好む」
「…………」
それに彼は何も言い返すことはなかった。ハッピーエンドで終わるほど、この世界は甘くないと知ってのことだろう。
だが、彼本人としても、これに限って言えば、本音を言えば、その曖昧模糊な結末を望んでいたのは確かだ。
「
「可能であれば特殊別働隊も当該地域へ前進し、明日の戦闘に備えようと考えております」
「分かった。ではそのように手配を──あぁ、忘れていた。君に渡す物があった」
思い出したようにアンダーソンが軍服のポケットを漁る。
小箱を引き摺り出した彼が蓋を開けると──そこに収められているのは一対の
「──明日付けでの昇任となるが、前渡ししておこう。おめでとう、少佐」
「…このタイミングでの昇任は…死んで来い、と言われているに等しいと感じますが…」
ついでに言えば“出世の壁”とも呼ばれる大尉と少佐を分かつ専門教育すら受けていない身だ。気味が悪いにも程がある。
言葉にこそしないが、それを語る眉間へ刻まれた皺を認めたアンダーソンは苦笑しつつ彼へと真新しい階級章が収められた小箱を手渡す。
溜め息を緩く吐き出しつつもムーアはそれを受け取った。
「人事委員会と人事部は、君がその階級章を身に付けるに相応しい、と判断しただけだ。こういうのは好意的に受け取った方が良い」
「…心中は複雑だろうがな。おめでとう、
「MajorですKa!おめでとうございまSU!」
「……おめでとう」
四者ともそれぞれが彼へ祝いの言葉を送るが──ムーアは全く嬉しくないようだ。
まぁ気持ちは分からなくもないとアンダーソンは肩を竦め──もう片方のポケットから取り出した金属製の平べったい小箱をムーアへ手渡す。
「…これは?」
「…
怪訝な表情で彼は受け取った金属製の小箱の蓋を開ける。──片手程の大きさの小箱。その中身は細長い金属の筒が20本ほど。びっしりと埋め尽くされていた。
「…大きな負傷によって行動不能、或いは戦闘不能となる場合…それか強力な敵と遭遇して戦闘になった際…君の身体へ打ち込むと良い。一時的に痛覚を麻痺させ、運動能力が劇的に向上する」
「…一種のドーピング、でしょうか?」
埋め尽くされた細い金属の筒、その内の一本を摘み上げて観察する。先端には空洞、末端にはボタンらしき突起がある。おそらくは無針注射器だろうか。
「…例えにしては少し不謹慎だが…まぁそのような物だ。ただし…劇薬だ。多用は避けなさい。
「…いえ、ありがとうございます。階級章よりも余程、嬉しく感じます」
その注射器が詰まった小箱も彼は軍服のポケットへ気負う様子もなく捩じ込んだ。
渡した本人であるアンダーソンは──願わくば、使用されないことを願った。
あまり辛気臭くするのはこれから戦地へ向かう相手に失礼だ。咳払いを軽く済ませた副司令官が彼へ問い掛ける。
「…昇任の祝いとまでは行かないが…何か願いがあれば聞こう。勿論、私が叶えられる範囲でになるが…」
「…ではひとつだけ」
珍しいな、と問い掛けた本人である筈のアンダーソンは意外に感じたが、更に意外すぎる
「──
ムーア「ショウ、レベルア〜ップ」(アニス風に