勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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「──心が…満たされる感じがしますから」


 聡明な彼女をもってしても言語化が難しい。或いは表現と形容し難い感情を彼女なりの言葉で口にした時のはにかむ笑顔。


「──指揮官、ここにも包帯を巻いて下さい」


 ラピとアニスが困惑のまま見詰める中、大した負傷でもなかろうに包帯での処置を強請る彼女は──後々になって思えば、きっと自分だけが発見した特権を享受している気分だったのではなかろうか。


「──ありがとうございます。もう全然痛くありません」

 あの時、最後に見せた彼女の笑顔は忘れられそうにない。




第8話

 

 

 

 

「──ここです」

 

 分隊を先導するマリアンが立ち止まったのは、かつてはメインストリートの交差点であっただろう場所だ。

 

 周囲の路肩へ立っていた街頭や信号機、看板の類は雨風に数十年も晒され続けた影響で在りし日の姿を辛うじて保っているだけである。

 

 ここが指定された座標だと彼女は語るが──

 

「…先発の分隊どころか誰もいないわ」

 

 アニスが周囲を見渡しながら呟く通り、辺りには頬を撫でながら通り過ぎる寂しく吹く風以外の存在感は捉えられない。

 

 ここが座標なのだろうか、とムーアも周囲を見渡すがそれで状況に変化が生じる訳でもなし。

 

「──います」

 

「いや、本当に誰もいないんだけど……」

 

「──探てみしょう」

 

 しかしマリアンは、ここが目的地だ、と譲らず一人だけで歩き始めた。その声音が何処となく無機質なモノに感じられたのは彼だけでなく、ラピやアニスも同様だったらしい。

 

 まるで感情が剥離したかのような──

 

〈──…ラピ。たった今、輸送機のブラックボックスのデータ解析が終わりました。テキストデータでラピへ直接送信します〉

 

「──ラジャー」

 

 青年が両耳へ充てがっているヘッドセットのハウジングにもオペレーターからの報告が届く。ラピを指名したシフティーからのデータを受信したのか紅い瞳が僅かな瞬間に点滅する。

 

 読み込んだデータをどのようにして目を通しているのかは青年には理解出来ない。しかしラピの眉間へ少しずつ皺が寄ったのを確認した瞬間だった。

 

 ラピが自らが握る突撃銃の安全装置を指先で解除し、床尾を肩へ宛てがったかと思えばその銃口を──先を歩くマリアンの背中へ指向し、引き金へ指を乗せる。

 

 それを視認するが早いか、彼も反射的に突撃銃の銃口を向けた。2mも離れていない場所に立つ彼女──ラピへ向けて。

 

「──ち、ちょっと!」

 

「──味方に銃口を向ける趣味があるとは知らなかった。なんのつもりだ?」

 

 ムーアとラピがほぼ同時に動き、互いに異なる方向へ銃口を向けた事にアニスは戸惑い、視線を忙しなく双方へ送る。

 

 彼はまだ安全装置を解除していない。しかし親指を添え、彼女が何か動きを見せれば直ぐに安全装置を外す構えを崩さなかった。

 

「──マリアン。止まって」

 

 ラピの静かな命令に反応し、マリアンがまるで機械仕掛けの玩具の如くピタリと立ち止まった。

 

 威嚇射撃をしなければ無理か。彼は指先をいよいよ安全装置へ掛ける。この突撃銃の重量や反動にも慣れてきた頃だ。この距離なら外す方が難しい。

 

 狙うのはラピが握る突撃銃。スッと彼が銃口を逸し、彼女が頬付けする突撃銃へ狙いを付け、安全装置を解除──

 

「貴女が輸送機を撃墜したの?」

 

 ──何を言っているんだ。ラピがマリアンへ尋ねる言葉の意味が分からず、彼の指先が硬直する。

 

「──いえ」

 

 否定するマリアンの声音は聞き間違いではなく、やはり妙な響きを孕んでいた。

 

 何かがおかしい。

 

 ラピへ指向していた彼の銃口が徐々に下ろされて行く。

 

「二度も輸送機の貨物室で爆発が起きた。今回の作戦で使用予定だった爆薬が。外部からの起爆信号なしには絶対に爆発しない。起爆信号の識別コードは──マリアン、貴女自身よ」

 

 機内での爆発──それを彼女が口にした途端、墜落の影響かマリアンに助けられた直後からの記憶しか明瞭に覚えていないムーアの脳内へ記憶の奔流が湧き出た。

 

 積載物等の管理をする担当官が貨物室を後にして彼が腰掛けている操縦席に程近い搭乗員用のスペースを訪れ、初任務の前にコーヒーでもどうかと勧めてきた瞬間だった。

 

 担当官が出て来たばかりの扉が吹き飛び、続けて爆炎が彼の身体を舐め取ったのだ。

 

 操縦席では異常事態にあらゆる計器が警報を発し、まだ油圧や電源が生きている為にパイロット達が軟着陸させようと操縦桿を握って必死の操縦を行うのを嘲笑うかの如く、二回目の爆発が再び貨物室で起こった。

 

 それをはっきりと思い出した彼は──あの時、確かに隣の席へ腰掛けていた筈のマリアンの背中へ視線を向ける。

 

「……マリアンが…?」

 

「──い

 

 そんな筈がないだろう。そう言って欲しいというのに彼女はまた妙な調子で同じ言葉を繰り返すだけだ。

 

 完全に彼がラピへ向けていた銃口は下ろされた。逆にそれは次第に──マリアンの足元へと指向される。

 

「目的はなに?答えなければ、ここで貴女を処分する」

 

「──ここです」

 

 “処分”と些か遠回しな射殺の表現をラピが口にした時、マリアンはやっと明瞭な返答を発しながら彼等へ振り向く。

 

「──ここです

 

「──ここです ここです

 

 その垂れ目気味の優しげな瞳がいつの間にか禍々しい程に黒ずんだ赤へ変わっていた。

 

 

 

こここここここででここでですででですすすすす

 

 

 

 明らかに異常を発生させたマリアンへ彼もやっと銃口を向ける。その横ではラピが舌打ちをし、続けてアニスも擲弾発射器を構えた。

 

〈──侵食反応を確認!ラプチャーに中枢神経を奪われました!いつから…!?──っ!コーリングシグナルを探知!!〉

 

「──撃ちます!命令を!」

 

 ラピが引き金へ乗せる指先へ力を込め、撃鉄が落ちる寸前まで引き絞る。残り数kgの力を入れれば引き金は引き切られる。

 

 射撃の許可を求める彼女だが、それを下す筈の彼は銃口をマリアンへ向けながらも逡巡してしまった。僅かに一瞬の逡巡である。

 

 その時、地面が揺れ始めた。こんな時に地震かとムーアは銃口をマリアンから逸らさぬよう体幹を維持しながら狙いを付け続ける。しかしどうやら地震ではないらしい。ハウジングの奥からシフティーの警告が響き渡る。

 

〈──この振動パターンは…ブラックスミスが来ます!!〉

 

 エラーを起こした電算機が同じ羅列を画面に入力し続けるかのようにマリアンがその容貌に合わない重低音の言葉を吐き続け、地面も揺れる中でシフティーの警告を聞き取ったラピとアニスの顔色がサッと変わった。

 

 それと同時にムーアが何かの気配を捉える。重々しく、ドス黒い殺意のような塊が接近してくる。無意識に安全装置を外した瞬間のことだ。

 

 眼前にいたマリアンの身体へ倒壊しかけている建物の中から飛び出してきたイカやタコのような触手としか表現が難しい何かが絡み付いたのだ。

 

「──ちっ!」

 

 その光景を捉えた彼は握った突撃銃の引き金を一気に引いた。ガク引きになろうが構わない。肩へ容赦なく衝撃と反動が加わるが構わずに連射して大口径の銃弾をマリアンの細い身体へ絡み付く触手へ叩き込んだ。

 

 

 弾着した箇所から体液と言えば良いのか、廃液のような黒い油と表現すれば良いのか難しいそれが飛び散るも触手がズルズルと動き始め、マリアンを建物の中へ引き摺り込んだ。

 

「吸収された!」

 

「先発の分隊はアレにやられたのでしょう!」

 

 追加情報としてシフティーが彼の耳元へ告げる情報はマリアンを建物の中へ引き摺り込んだ敵のそれだ。

 

〈コードネーム ブラックスミス!タイラントモデルのひとつで地上に上がったニケ達を捕獲し、ラプチャーの部品にする特殊個体です!〉

 

「──まだ間に合うかもしれない」

 

 ラピが小さく呟くと傍らにいたアニスが驚愕の眼差しを向ける。その瞳が如実に正気の有無を問い掛けていた。

 

「指揮官。ブラックスミスは捕獲したニケをしばらく保管します。時間的にはまだ生存している可能性があります」

 

「なに言ってるのラピ!?逃げなきゃ!それに指揮官様だって!」

 

「どうされますか指揮官」

 

「正気なのラピ!?死んじゃうよ!!」

 

「──アニス」

 

 退却を進言するアニスへラピの紅い瞳が向けられる。

 

 そして端正な形をした唇が開き、玲瓏な声が言葉を紡いだ。

 

I'm gonna die someday. (いつか死ぬのよ)

 

 静かに、しかしはっきりと紡がれた玲瓏な声にアニスは目を見開く。視線は交互に彼女と空になった弾倉を抜いて突撃銃へ新しい弾倉を叩き込む青年へ向けられていた。

 

「──交戦するぞ。分隊、撃鉄を起こせ」

 

 挿入口の横に出っ張っているリリースボタンを軽く手の平で叩いて初弾を薬室へ送り込んだ彼は彼女達へ告げる。背嚢をその場に置いて身軽となった。詰め込んだ装填済の弾倉を何本も引き摺り出しては軍服のポケットへ納め、ベルトに挟み込む。

 

 本当に戦う気なのか。この指揮官(人間)は死ぬのが怖くないのか。

 

 これまで指揮を執られた数々の指揮官達の顔や死に様がアニスの脳裏へ浮かんでは消える。その誰もが死への恐怖を隠そうともしていなかったというのに眼前の、昨日に士官学校を卒業したばかりの指揮官は──

 

「──アニス。やれるだけやってみよう。やってみたいの」

 

「………見付けた?」

 

 随分と時間を掛けてやっと友達になれた片割れが口にする言葉を聞いてアニスは問い掛ける。それに彼女は小さく頭を左右へ振った。

 

「…まだ…分からない」

 

 なんだそれは。

 

 グチャグチャとなりそうな思考をなんとか処理しようとアニスは努力するが──やがてそれも面倒となり、亜麻色の髪を片手で麻の如く乱れた心中を表現するように掻きむしった。

 

「あ"〜もう!しゃーない!!分かった!やってみよう!」

 

「──シフティー。交戦する。サポートをお願い」

 

〈──えっ!?退却じゃ…!?は、はい。えっとまずはシミュレーションの結果は…〉

 

「──必要ない。マリアンの信号が何処から発せられているか教えてくれ」

 

 マリアンが引き摺り込まれた建物を睨みながら青年はパイロットの遺品である煙草を銜え、遺品のオイルライターで火を点ける。死ぬのは構わないが、せめて最後の一服ぐらいはさせて欲しいという気持ちの現れであろうか。

 

〈──分かりました。只今よりタイラントモデル003 ブラックスミスとの交戦へ突入します。どうかご無事で。エンカウンター!〉

 

「了解。──分隊、前へ」

 

 建物へ向かって銃口を向けながら前進を始めるとラピやアニスも続く。アスファルトが割れた歩道を進み、建物の外壁へ辿り着いた彼が隙間から内部を伺う。

 

「…ここからでは見えないな。俺がポイントマンに──」

 

「駄目です。許可出来ません。私が先導します。私の後にアニス、そして指揮官が続いて下さい」

 

「…了解した。ではそれで。動く物を見付けたら任意に射撃して構わない。──それとラピ」

 

 いよいよ突入の段階で彼は頭ひとつ分ほど低い位置にあるラピの顔へ目線を向ける。何かあるのだろうか、と彼女が身構えていると軽く頭が下げられた。

 

「さっきは済まなかった。君に銃口を向けてしまった。許して欲しい」

 

 思わず力が抜けそうになってしまったと謝罪を受けた彼女は後に語った。

 

 

 




ヒロインがバレそう(今更なにを
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