勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
東の空が白み、やがて遥か遠方の地平線から太陽が顔を覗かせる。
時刻は0450。
30mm機関砲やTOW発射機を搭載した20輌の
同時に武装車輌数十輌も同様にエンジンスタート。
その中には
あと10分足らずで
おそらく落ち着いて吸えるのは作戦終了までお預けとなるだろう。その前に一服を済ませるつもりらしい。
「──ネオン、車列が動き始めたら
「はい、師匠。ラピ、そこの弾薬箱を取って下さい」
「これね?」
後部座席に座るネオンがラピから手渡された50口径のベルトリンクが詰まった予備の弾薬箱を受け取り、それを銃座の真下へ移動させる。
その様子をルームミラーで捉えつつ彼は左手首へ巻いた腕時計の文字盤に視線を落とす。
もう間もなくだ。
一本目の煙草を吸い終え、運転席側のドリンクホルダーへ差している灰皿へムーアは吸い殻を投げ込む。二本目を銜えたところでハウジングの奥にノイズが走った。
〈──おはようございます指揮官、皆さん。感度はどうですか?〉
「おはようシフティー。モーニングコールを頼んだ覚えはないが、もう少し早く掛けてくれたら嬉しかった」
〈ふふっ。次からはそうしますね。──作戦の概要を改めて説明します〉
シフティーが苦笑混じりに頷いた様子を窺いながらムーアは銜えた煙草へ火を点ける。
まずアブソルート分隊とカフェ・スウィーティー分隊が地下施設の壁面へ爆薬を設置、そして施設を爆破するまでの間、地上で既に跋扈している敵勢力を引き付ける目的で交戦の必要があるようだ。それだけではなく作戦の最終段階に於いてヘレティックへの道を切り拓く際、なるべくラプチャーの兵力を減らしておくことも目的のひとつとして挙げられる。
そして有り難くないことに──アーク側の動きを察知して敵も兵力と戦力を集結させたのだろう。作戦地域にラプチャーが押し寄せている、との情報がシフティーから語られる。
「…となると…乱戦必至か」
〈はい。ですが本作戦にはアークの精鋭が全員、参加しています。敗北する筈がないと思います!〉
「お〜!忠誠心が凄いわね〜!」
揶揄しているのか、或いはからかっているのか──おそらくは両方の声音が混じったそれを助手席へ腰掛けるアニスが語るのに合わせ、ムーアは紫煙を吐き出すと運転席側の窓を手動で開けた。
〈勿論です!私はアークの力を信じていますから!〉
「私も、私達の分隊の力を信じています」
〈はい、私も皆さんを信じます。──成功させましょう!必ず!〉
「えぇ、任せて」
アニスとネオンがシフティーと交信する最中、彼は煙草の先へ溜まった灰を灰皿に叩き落しつつ左手首の内側を見る。腕時計が示す時刻は0456だ。
「──指揮官」
運転席の背後──後部座席から身を乗り出したラピが彼が腰掛ける席の背凭れを掴みつつ、顔を覗かせたかと思えば間近から紅い瞳を向ける。
「…準備は出来ましたか?」
「──とうの昔に」
彼の瞳はサングラスの下へ隠れているが──その表情と声色から改めて問う必要もなかったとラピは察する。首肯しながら彼女はムーアの右腕を軽く握った。
「──どうかあまり気負わないで下さい」
「…今、気負わんと後悔しそうだ。だから気負わせてくれ」
「…分かりました」
「…あぁ、それと…言い忘れていたんだが…万が一、俺が身動き出来ない程の重傷を負ったら…」
彼は今のタイミングでしか言い忘れていた指示を事前に達せないと悟ったのか、予備弾薬等が詰まった背嚢を視線で指し示し──そこに納めた
「──一時的に痛覚が遮断されるらしい。済まないが頼んだ」
「…それは……はい、分かりました」
中身がどのような物なのか詳しい説明もなくそれを指揮官である彼の身体へ打つ行為には忌避感すら抱くラピだが、頼む、と言われては頷く他ない。渋々と頷いた彼女を認め、ムーアも頷きを返すと彼女は後部座席へ戻る。
〈──作戦参加の全部隊へ通達!作戦開始、1分前!10分間の攻撃準備射撃が始まります!最終弾着の爾後は作戦計画に従って行動を開始して下さい!〉
「ムーア少佐、了解した。──神の御加護を、とも言った方が良かったかな?」
肩越しに振り返ったムーアが助手席や後部座席へ問い掛ける。それに彼女達は一斉に苦笑を返した。
「師匠には似合いませんよ」
「指揮官様、神様が嫌いでしょ?神様も指揮官様に御加護なんか与えないわよ」
「…酷い言い方もあったモンだ」
ラピは何も言わなかったが、おそらくネオンやアニスと同じ意見なのだろう。それを察して彼は肩を竦めると再び正面へ向き直り──腕時計に視線を落とした。
5秒前。
4秒前。
3…2…1…
〈──射撃開始!!〉
シフティーの合図と共に都市の郊外へ構築された陣地から
事前の作戦計画の通り、目標座標に向かって155mm砲弾や227mmロケット弾が盛んに発砲される。
自走榴弾砲の砲口から飛び出た50kg近い重量の砲弾が早朝の大気を切り裂きながら飛翔する音に続き、白煙を引きつつ朝焼けの空へ幾筋の線を描く227mmロケット弾が前進に備える車列の遥か頭上を通過していく。
車体と嵌め込まれた防弾ガラスの窓が後方の都市郊外から届いた数十門に及ぶ発砲の衝撃波で微かに揺れる中、彼は短くなった煙草を名残惜しげに灰皿へ投げ込むと紫煙を緩く吐き出した。
「──うわぁ…凄い光景…」
「──でも納得行きません!どうして10分間だけなんですか!」
「──砲弾の節約だろう。状況によっては臨機目標へ対して射撃する必要もある。それと火力支援にも応えんとな」
「──えぇ、そうだと思います」
砲兵が耕す、とは良く言ったものだ。車列が停止している地点の遥か先では弾着と同時に凄まじい土煙がもうもうと立ち込め、無人の街並み諸共にラプチャーを叩きのめしているのだろう。
最終弾着と合わせて突入する訳だが、この射撃でラプチャーの数が減ってくれていたらどれほど嬉しいか。交戦の回数が少なければ少ないほど
「──そういえば指揮官様、起きてから大変だったね」
「…なんだ藪から棒に?」
立て続けに弾着する砲弾の轟音が打ち寄せる波のように何度も車列へ到達しては車体を微かに揺らす。その中で助手席に腰掛けたアニスが徐ろにニヤニヤしながらムーアへ声を掛けた。
「
「…どんな気分…?…いや…これと言って何も…」
「え〜?本当に〜?」
「…むしろなんで俺なんかと写真に写りたいのか…」
訳が分からない、と彼は続けながら朝食では食べなかった
「…そういえばテトラのニケが多かった気が…まさか…
「あ〜…それは…うん…私に原因があるかも…」
思い出したかの如くムーアが呟くと、アニスは困った様子で──或いは誤魔化すかのように笑みを浮かべる。
本作戦に参加している──それこそ今頃は地下施設の壁面へ爆薬を設置しているだろうカフェ・スウィーティー分隊に所属する
「エリシオンのニケも多かった気がしますね」
「ミシリスの娘達もそれなりに…」
ネオンとラピも1時間前の出来事を思い出す。随分と彼の存在はニケ達にも知れ渡っているらしい。お陰で個人毎の頼みに応えるのが面倒臭くなったのか、時間が押しているのもあっただろうが、最終的には集合写真で済ませていた程だ。
「有名人は辛いね、指揮官様?」
「…原因はアニスだぞ」
溜め息を吐き出すムーアを見て、アニスも半笑いしつつだが謝罪を口にする。
この間も火砲による射撃は続くが──間もなく最終弾が発砲される頃だ。
つまり同時に始まるのは前進である。最終弾着の後、更地手前となっただろう地域へ向けて。
おそらくは撃ち漏らしたラプチャーの群れとの交戦も控えているだろう。
眼前の光景に加え、なによりこれから始まる想定される状況──不思議とムーアは“懐かしい”などと感じてしまった。
〈──最終弾、発射されました!前進用意!〉
「──前進用意、了解」
ハウジングの奥から響く報告へ彼は口元へ伸びたマイクを指先で摘んで復唱しつつ、パーキングブレーキを解除。
〈──最終弾着…今ッ!前進開始、繰り返します!前進を開始して下さい!〉
「──前進開始。──ネオン、銃座に就け!」
ディーゼルエンジンを轟かせる
先頭車輌と間隔を空けながら後続の歩兵戦闘車が前進を始めるのを認めたムーアの指示が飛ぶと、後部座席のネオンが了解を返してルーフへ設けられた50口径の重機関銃が据えられている銃座へ就いた。
武装車輌も前進を始めるのに合わせ、特殊別働隊のそれもアクセルが踏まれる。
泣いても笑っても──数時間後にはどのような結末であれ、アーク側、或いはラプチャー側のどちらかが何かを得て、何かを喪う。もしくは双方とも何も得られないのかもしれない。
しかし戦端は遂に、この時に開かれた。
やがて猛烈な攻撃準備射撃を喰らった更地寸前の街の入口へ到達した車列へラプチャーの攻撃が始まる。
荒野に光線が飛び交い、多数の30mm機関砲や50口径の重機関銃が唸りを上げ、爆発音が響き渡った。
【攻撃準備射撃】攻撃開始、及び爾後の攻撃を容易にする為、攻撃開始に先立って敵の防御組織を破壊するように実施する計画射撃。