勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
撃ち、倒し、走り、また撃ち──果たして何度繰り返したか。
「──クソッ!多すぎる!!道を開けてくれたんじゃなかったの!?」
いくら倒してもキリがない。量産型ニケ達と別れて20分ほどが経っただろう。
攻撃準備射撃で大量に降り注いだ155mm砲弾や227mmロケット弾が
しかし新手として現れた多数のラプチャーによって
「…いっそのこと突撃するか?また俺が先頭で」
「こんな時に冗談は止めてよ!」
「…いや、割と本気で…その前に火力支援を要求してからだが…」
「ご心配には及びません師匠!私が道を開きます!私のこの火力で!」
火力の申し子、或いは火力の信奉者が意気揚々と愛用の散弾銃を構え直すが、それだけでは少しばかり足りない程の敵の数だ。
とはいえいつまでも足止めを喰らっている訳にもいかない。さっさと線路上に跋扈する敵の掃討を済ませ、前進する必要がある。
口元へ伸びたマイクを摘み、まずは火力支援を要求しようとした時──彼女達が一斉に首を傾げる仕草を見せた。
「…どうした?」
「いえ、警笛のような音が…」
「警笛?」
近くで交戦中の部隊が救援要請の笛でも吹いて──そんな訳はない、と考えつつムーアは片耳のハウジングをずらして聞き耳を立てる。──確かに甲高い警笛、或いは汽笛のようなそれが聞こえた。まるで汽車のような、と思った矢先、ハウジングの奥でシフティーが警告を発する。
〈──来ます!〉
「チッ…!掃討しながら前進──」
視界の端に映った巨影。その姿を彼が捉えた途端──凄まじい勢いで巨影が線路上にいた多数のラプチャーを轢きながら停止する。
敵機の残骸であろう大小の部品が線路周辺に飛び散り、機体の半分を砕かれてもピクピクと動きながら赤い単眼を点滅させる死に損ないのそれらも多数見えた。
「「──え?」」
思わずムーアとアニスの目が点となる。歩兵戦闘車どころではない。長身の彼でさえ見上げる程の巨影。青と白のカラーリングで染められたそれは──
「──わぁ!汽車です!」
「うわぁ!汽車!!」
──浮上式の列車である。3両編成のそれは武装もしているようだ。粒子砲の砲台を搭載した2両を機関車が牽引している列車をムーアは呆然と見上げてしまった。
「…どうして急に汽車が出て来たんでしょう?」
「さぁね。指揮官様は知ってる?」
「…いや、俺に聞かれても…」
我に返ったネオンとアニスが尋ねるが、そのような情報はムーアも覚えがないのだ。作戦参加する部隊、分隊は頭へ叩き込んでいるが、このような代物を運用する部隊が参戦する話は覚えがない。
「インフィニティレール…!」
ラピが列車を見上げながら口にしたのは彼女も製造されたエリシオンが立ち上げたアークエクスプレス──鉄道関連企業で普段は職員として働く分隊の名前だ。
すると御名答と言わんばかりに周囲へ駅構内を思わせるアナウンスが響き渡った。
〈──あ〜あ〜!特殊別働隊の皆さーん。聞こえますか〜?〉
機械を介して周囲に響き渡るアナウンス──その声にムーアは聞き覚えがあり、突撃銃へ安全装置を掛けながら目を細めた。
〈──ご希望の目的地まで我々、インフィニティレールがご案内しま〜す〉
〈──早く乗って!早く!〉
〈──搭乗が済みましたらすぐに出発します。乗客の皆さんは急いでご搭乗下さい〉
どうやら複数人で運用する列車のようだ。──まぁこの規模であれば当然だが、聞き覚えのある声以外にも二名の知らぬ声がアナウンスと共に周囲へ響き渡る。
一斉に部下達がムーアへ視線を向け、無言のままで判断を仰ぐ。
「急いで乗車。…運賃が発生するかもしれんが…」
少なくとも敵ではない。彼が速やかな搭乗を促した途端、乗降用のランプが車体から降りて来た。そこへ向かって彼女達が駆け出す中、ムーアは半死半生となったラプチャーへしっかりとどめを刺しつつ乗降用のランプへ飛び乗る。
「──ご搭乗ありがとうございま〜す。お久しぶりですね」
「どうもディーゼルさん。お元気そうで」
「はい。ムーア大尉───いえ、少佐でしたね。お元気そうでなによりです。左腕の方は大丈夫ですか?」
「お陰様で。自前の腕より余程、優秀です」
「……あれ?知り合いなの?」
列車へ搭乗して直ぐに出迎えたのは青い制服や制帽を纏い、長い黒髪の前髪が少し掛かった垂れ目がちの見るからに優しげな瞳を持ったニケ──ディーゼルである。
ムーアと顔見知りのような遣り取りをする様子を見て、アニスが尋ねると彼は事情を端折って説明した。
「駅で迷子になった時、案内して貰ってな」
「…迷子って…」
知り合いだった理由は分かったが、その切っ掛けが迷子とは思わなかったアニスだ。呆れた眼差しをムーアへ向けた直後、車体が浮き上がり、やがて進み始めた感覚を全身で捉える。
「ここまでお疲れ様でした。少しでも休憩なさって下さい」
「…食堂車があるなら是非ともそうしたいのですが…まずは
「はい、こちらで〜す」
手持ちの弾薬も交戦の連続で少なくなってきた。補給の必要性があり、一応尋ねてみたところ、どうやら車内に保管されているようだ。
ディーゼルが列車の先頭へ案内する。おそらくは機関車であろう先頭車輌の内部は様々なコンソールの類が埋め込まれ、運転席であろう場所へ腰掛ける人影が忙しなくそれらを操作している。
「はい、準備しといたわよ」
「ソリン、ありがとうございます。ムーア少佐、この子はソリン。運転席にいる子がブリッドです」
「──はじめましてムーア少佐。このような格好で申し訳ありません、ディーゼルからお話は伺っております」
「いや、構わない。こちらこそ宜しくお願いする」
車外で響き渡ったアナウンスと同じ声の持ち主達が現れ、ディーゼルから紹介されるとムーアは首肯を返した。
長い銀色の髪──ソリンが台車で運んで来た多様な規格が揃った弾薬箱。それへ手を伸ばした彼は突撃銃の規格に合う弾薬が連なった
ダンプポーチに投げ込んでいた空弾倉を引き抜くと器具を装着し、挿弾子を挿し入れて次々に弾薬を装填していく。
「…それにしても…この汽車はなに?何処から持ってきたの?」
アニスが擲弾を補充しながらディーゼルへ尋ねると彼女は微笑を浮かべつつ口を開いた。
「地上用の単独浮上列車AZXですよ。ずっと前に完成していましたけど試運転の機会が無かったんです」
「……ん?」
嫌な予感がしてならない。ムーアの弾薬を補充する手が止まり、彼は何処か満足気な様子を見せるディーゼルへ視線を向けた。
「このまま埃を被っているだけなのかと思いきや…何ということでしょう。総力戦をするという噂を聞き付けて〈地上へ行かせて〜〉と駄々を捏ねたんです」
「…つまり…これが試運転で、しかも初の実戦投入…?」
「はい♪」
「いい走りでしょ?もう何台か作っても良さそうだけど」
とても満足な様子でディーゼルが、そしてソリンが頷く姿を認めてしまったムーアは思わず非常用の脱出口は何処だろうと視線で探し始めた。彼であっても新兵器の類へ搭乗するのは勇気がいるらしい。
とはいえソリンの言う“いい走り”の点には同意する。車窓から外を見ると荒野へ広がる景色があっという間に流れていくのだ。時速はどれほど出ているのか、と同時に感じるのは縦横への動揺が少し大きいという改善点である。
「うーん…ちょっと揺れすぎるわねぇ…」
アニスもムーアと同様に考えていたらしいが──そんな
「え〜それは──」
「皆さん、しっかり掴まって下さいね!」
事情を説明しようとしたディーゼルよりも早く、運転席で
「指揮官、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。ありがとう」
突然の衝撃に姿勢を崩しかけたムーアだが、体幹を鍛えているのもあって転倒こそしなかったものの背負った背嚢を支えてくれた傍らに立つラピへ礼を告げる。
「ブリッド!ちゃんと運転して!」
「済みません。先程、ロード級ラプチャーを轢きました。うちのAZXが勝ちましたけど!」
声音は冷静さを保っているが、隠しようのない興奮と嬉々とした感情を微かに感じさせるブリッドが報告する。
──そりゃまぁ、この列車の質量と速度を考えればそこらのラプチャーに負けることは…。
個体によって異なるだろうが、ロード級ラプチャーと言っても精々が数トンの質量。翻ってAZXはその倍以上の質量、速度もこちらの方が上だ。
仮に質量が500kgの物体が100km/hで壁に衝突、0.5秒後に停止した場合の衝撃力は約2.8トン。
大概のラプチャーであれば搭載されている粒子砲や、副砲として据えられている機関砲を使うまでもなく轢殺するのは容易なのだろう。
「──こういう理由です。敵陣を突破する鉄の馬、素敵すぎませんか?」
「素敵すぎます!」
「…少し不安もあるが…
「ダメです」
「…ラプチャーを轢き殺せるのは魅力だぞ?」
「ダメです」
──仲良しですね〜。
ムーアとラピの応酬を眺めるディーゼルが内心で率直な感想を漏らす。
「でも大丈夫なの?途中で止まったりなんかしたら、そのまま包囲されるんじゃない?」
「そんなことは起こりません。AZXはガッデシアムの割合が何と、30%もあるので──」
「──ディーゼル!」
「はい、なんでしょう?」
心配症のアニスからの質問へ意気揚々と諸元を語り始めようとしたディーゼルだったが、再び運転席へ腰掛ける同僚からの呼び掛けが響くと直ぐに応じる。
「──左後方、
ブリッドが
事前に入力された情報ではこの一帯に
ひとまず確認しようとディーゼルが車窓へ歩み寄り、進行方向とは逆方向へ視線を向けると──確かに土煙を上げながら猛追して来る巨影があった。
弾薬の補充を終え、弾倉をポーチへ詰め込んだムーアも車窓へ歩み寄って確認するのだが──
「──なんだ
「…汽車…?」
巨大なニ連装の粒子砲の他にも多様な武装を搭載した列車──と形容するには少しばかり異形なそれだ。足元には履帯がいくつも見えることから戦車と列車を足して2で割ったような印象すら抱いてしまう。
アニスもそのなんとも言えない姿を見て首を傾げていた矢先──件の列車が牽引する巨大な二連装の粒子砲、その砲塔が旋回した。
〈──ラプチャーの反応です!エネルギー反応はタイラント級と推定!〉
こんな時にタイラント級ラプチャーの登場。なんとも面倒臭い展開にムーアはハウジングの奥で響き渡ったシフティーからの報告へ深々と溜め息を吐き出す。
旋回した砲塔へ据えられた巨大な粒子砲の砲口へ光が収束を始める。やがてその砲口から噴き出した2条の閃光が走行する
直撃こそ避けられたが──というよりも向こうの車体が揺れ動くのを抑制するスタビライザーが不調なのか砲の照準が定まっていないらしい。
しかしあれだけ巨大な粒子砲である。至近に弾着してもAZXには損害を多少なりとも与えられるようだ。
「砲撃にやられました!左側の12番シリンダーが大破!」
運転席の前面にあるコンソール。そこへ赤字で映し出されたWARNINGの表記が破損箇所の状況を否応なしに彼女達へAZXが受けた損害を教えてくる。
勿論、まだ致命的な損害ではないのだが──
「──なんと!うちのAZXに手を出すなんて…許しません!」
「──おい!うちの子を撃たないで!」
「──良くもうちの子を…!」
程度の違いこそあれ三者ともに攻撃を加えて来た敵列車へ怨嗟の──強かったのは間違いなくブリッドであるが、文字通りの憎たらしげな声を上げつつ彼女が手元のコンソールを叩き始める。
「…指揮官、応射を──」
「大丈夫ですよ。ここは我々にお任せ下さい!──ブリッド、準備は良いですか?」
青い
「──くれぐれも目が潰れないようにして下さいね。ブリッド、始めて下さい」
「了解しました。──目標…照準…出力最大…!」
コンソールを叩き、操作するブリッドが手順を踏んで行く。何の手順なのかは──後部車両から感じる重々しい振動で概ね察しが付いてしまったムーアや彼女達は目を保護しようと顔を床へ向ける。彼はサングラスを掛けているが、それでも念の為である。
その間もタイラント級ラプチャー──敵列車からは大小の砲が指向され、AZXの周囲に大量の光線や砲弾を浴びせ掛けて来る。
何発かの機関砲弾を喰らった車体だが、ガッデシアムの占める割合が比較的高いというだけあって大半は弾いているようだが──
「──チッ…10番シリンダーも…!」
警報が響くが、それを直ぐに切って彼女が損害を確認する。今回の初となる実戦投入で得られた教訓から新たな改良がAZXには加えられるのだろう。無事に帰還すれば、の話になるが。
やがて列車の主武装となる粒子砲の発射態勢が整ったらしい。
ブリッドが閃光に注意するよう全員へ促しつつ左側面に貼り付きながら攻撃を加え続ける敵列車を睨んだ。
「──FIRE!」
コンソールが叩かれた途端、敵列車に向かって太い光線が放たれる。一直線に敵列車の巨大な粒子砲へ伸びたそれが直撃し、融解しつつ貫通した瞬間──断末魔の悲鳴を思わせる爆発と轟音が敵列車を包み込んだ。
敵列車がバランスを崩して横転し、激しい土煙を上げる。完全に沈黙したことは明らかであった。
「──やりました!」
「…凄い火力ですね…」
「流石は粒子砲……120mm滑腔砲を搭載し、複合装甲で守られた装甲車輌が欲しくなるな」
「絶対に認めません」
それは最早、
溜め息混じりにラピが彼を諫める様子を見るディーゼルは微笑ましい光景に笑みを深くするも──車体の動揺が激しくなっていると気付き、運転席のブリッドへ尋ねた。
「ブリッド。揺れすぎのような気がしますが…状況はどうですか?」
「メインのスタビライザーが壊れました!方向の制御が出来ません!──このままだとヘレティックから遠ざかってしまいます!」
これは困った。原因は敵列車からの砲撃だろうか。それとも粒子砲を発射した際の反動にスタビライザーが耐えられなかったのか。
とはいえ原因究明は後回しだ。
「……カウンターズの皆さん。降りて貰えますか?目的地までご案内したいところですが…難しくなってしまいました。申し訳ありません」
「…いや、気にしないで欲しい」
ディーゼルがムーアと彼女達へ向き直り、頭を下げる。それに彼が頭を上げるよう促すと、その傍らへ侍るラピが尋ねた。
「あなた達は?」
「走りながら修理してみます。このままだと大惨事になりかねません」
「うん。間違ってニケを轢いちゃったら大変だから」
「…分かった。くれぐれも無理はしないようお願いする。わざわざ乗せてくれたことに改めて感謝を申し上げる」
修理が不可能だと察したならばその時点で脱出するよう言外に含ませつつムーアがディーゼルとソリン、そして運転席で警報を発し続けている計器類やコンソールと格闘するブリッドへ告げると、インフィニティレールのリーダーである彼女は穏やかな様子で微笑む。取り出したイチゴキャンディーの包装を剥がして指先に摘み──腕を伸ばして彼の口元へ近付けると口を開けるよう促した。
部下達がいる手前で羞恥もあるが、彼は素直に口を開く。その口腔へ以前に与えれたイチゴキャンディーと同じ飴が投げ込まれた。
「──どういたしまして。最後までご案内できなくてごめんなさい。では御健闘をお祈りします」
突撃銃を握っていた彼の右手が伸ばされると、ディーゼルも釣られるように右手を伸ばす。互いの中間で短く握手が交わされ、やがてムーアの右手が離れて行く。
さて、脱出しなければならないが──とムーアはひとまず後部車輌へ向かおうとした矢先、ラピが彼へ声を掛ける。
「──指揮官、手を」
「──ん?あぁ」
搭乗口に集まっている彼女達の中から黒い袖が伸ばされた。それへ反射的にムーアも手を伸ばし、細い手を握る。てっきり案内してくれるのかと考えたのだが──次の瞬間、彼女が力強くムーアを引っ張り、おもむろに背嚢と戦闘服の隙間に片腕を通し、続いてヘルメットを被る後頭部へ手を回すと強く抱擁した。
「──え?」
──何故、ここでハグを?
別にラピからハグされるのは嫌ではないのだ。とはいえ、場を弁えないハグである。ムーアは意味が理解出来なかったらしく目を点にしてしまった。
「──緊急脱出します。絶対に私の身体を離さないで下さい」
「──脱出車輌とかは?」
「…ごめんなさい。搭載していないんです」
背後から申し訳なさそうなディーゼルの声が聞こえる中、アニスが搭乗口の扉の横へ埋められた開閉ボタンを押した。
厚い扉が開くと同時に巨獣が咆哮するかの如く轟々と吹き込んで来る風の音が車内へ響き渡る。
率直に言って──嫌な予感しかしなかった。
「行くわよ。アニス、ネオン!」
「──うん!」
「──ジャーンプ!」
ネオン、アニスが躊躇なく次々に車外へ身を投げる。
その光景を見送りながらムーアは念の為に首を少しだけ捻ってディーゼルへ視線を向けるが──
「ディーゼルさん。お世話に──」
「行きます!舌を噛まないようにして下さい!」
お世話になりました、と一応は言い残してから行きたかったが──優秀な部下はそれどころではないと言わんばかりに身長差のある彼を抱えながら車外へ飛び出た。
約210km/hの速度で走行するAZXからの脱出。
風が顔を殴るような感覚に襲われながら──それを何故か懐かしいと彼は感じてしまったという。
AZXに乗って出〜発(例の歌
さぁ次はムーア少佐にとっての