勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

85 / 262
作者の方が息切れを起こしそうだったので最終的な決着は次回に…!


第8話※微グロ注意

 

 

 

 

 荒野を猛進する1台の大型バイク。轟かせるエキゾーストノート(排気音)は、さながら千を超える軍馬の嘶きか兵士の鬨の声にも似ているだろう。

 

 その大型バイクとサイドカーへ乗車する彼女達、そして彼の視線の先に空へ立ち昇る太い黒煙が幾筋か見えた。

 

 直感でムーアが悟る。あそこに()()がいる、と──

 

「──あ…」

 

 大型バイクを乗り回すにしては線の細い彼女──シュガーの腹部へ腕を回していた彼のノイズキャンセリング搭載のヘッドセットにも小さな呟きが聞こえた。

 

 この状況ではあまり聞きたいとは世辞にも言えない類のそれである。

 

 次第にブラックタイフーンの速度が落ちて行くのが何よりの証拠だ。

 

「…シュガー?」

 

「……燃料が切れたわ」

 

 進行方向から暴風の如く顔を叩いていた向かい風が穏やかになってしまったのもあり、彼女の呟きは特殊別働隊(カウンターズ)の全員へ届いた。

 

 サイドカーに乗るアニス、その彼女の脚の間へ身を割り込ませたネオン、彼の背嚢に抱き付く形で大型バイクへ跨がっていたラピからなんとも形容しがたい溜め息が漏れ聞こえたのは言うまでもない

 

 エンジンが燃料を最後の一滴まで燃やし尽くしたのだろう。やがてゆっくりと車体が荒野で立ち止まり、うんともすんとも言わなくなる。

 

「──ここからは歩いて」

 

「何やってるのよもぉぉぉ!!」

 

 あともう少し──それこそ数百mで目標地点だというのに。そう言わんばかりの仕草でアニスが亜麻色の髪を掻き毟るがシュガーは我関せずだ。

 

「…アニスはああ言ってるが…ここまで運んでくれて感謝する」

 

「…パートナーは優しいのね。安心して。()()着いてるから」

 

 腹部へ回された彼の両腕が解かれると、シュガーは名残惜しげな眼差しを大型バイクを降りる彼へ向けつつ自身も下車するや否や車体へ備え付けているホルダーから愛用の散弾銃を引き抜いた。

 

「…()()って…どれくらいですか?」

 

「本当に()()

 

「わぁ!目の前ですね!」

 

「…はぁ…うざい」

 

 同じテトラ出身であろうに、それは言い過ぎなのではなかろうかと下車したムーアは身体の前面へ吊るしていた突撃銃の細部点検を手早く済ませる。

 

〈──皆さん、聞こえますか?目標地点まで残り300mくらいです!〉

 

「ほら、ほぼ着いた、って言ったでしょ?」

 

 シフティーの報告に肩を竦めながら不平を漏らしたアニスへ向かって一言を返すシュガーは、4発の散弾(シェル)を手の平で掴むと散弾銃の給弾口へ2発ずつ送り込むクアッドロードと呼ばれるテクニックで素早く装填を終わらせてしまう。

 

 その時、大型バイクで駆け抜けて来た荒野に蠢く影が複数あるとムーアは視界の端で捉えた。確認を終えたばかりの突撃銃を構え、覗き込んだ光学照準眼鏡(ACOG)のレティクルに捉えた四足歩行のラプチャー。

 

 敵機へ向けて引き金を短く引いて短連射の3発を見舞う最中、シュガーは燃料切れで動かなくなった愛車を盾にしながら足元へ何処から取り出したのか大振りのバッグの置いてファスナーを開けた。

 

「──じゃあ、行って。他の奴等が追い付けないように食い止めててあげるから」

 

「大丈夫?」

 

「問題ないよ」

 

 流石にアニスも不安なのか、気遣う様子を見せるもシュガーは言葉の通り、問題ないと返す。その証拠を見せるように──彼女は足元へ置いた大振りのバッグの中身をファスナーを開いて露わとした。

 

「──燃料よりも弾薬を多く積んで来たから」

 

「燃料を積んで来なさいよぉぉぉ!!」

 

 中身はぎっしりと詰め込まれた散弾やスラッグ弾──兎に角、散弾銃で使用できるありとあらゆる弾薬だ。

 

 それを見てアニスが頭を掻き毟る。彼は2機目の撃破を確認すると硝煙が薄く昇る銃口を下げながらシュガーへ歩み寄った。

 

「…本当に大丈夫か?」

 

「問題ないわ」

 

「…信じるぞ。キミがKIAとなった報せは聞きたくないからな」

 

「──ッ……キスするタイミングかな?」

 

「…いや、それは違うと思う」

 

「そう。お預けってことね」

 

「別に次の機会がある訳では…いずれにせよ、頼んだ」

 

 減るものではないので真に望むなら彼もキス程度には応じるが──シュガーのそれは本気なのか冗談なのか判断が付かない。

 

 それは兎も角として彼女がヘレティック(モダニア)と接触する時間を稼いでくれるというならば不安は残るが任せるのが最善策である。シュガーから離れる間際、ムーアは彼女の細い肩を軽く左手で叩いた。

 

「…でもあなた達、本当に大丈夫?」

 

「なにが?」

 

「…私達の道を開けさせる為に大勢のニケが動員されているでしょう?いわば…賭けみたいなものじゃない?私達、マリアンに何の影響も与えられないのかもしれないのよ?」

 

 アニスの言葉がハウジングを通して鼓膜を震わせた途端、彼の歩みが一瞬だが止まった。

 

 それと同時にムーアの視線は自身の右脚へ巻いたレッグホルスターへ向けられる。正確には付属のポーチへ突き刺さっている予備弾倉にである。1発だけしか込められていない予備弾倉、その唯一の弾薬は件の拳銃弾だ。

 

「私ね、勝率の低い賭けは嫌いじゃないかな」

 

「あなたはそうかもしれないけど…他の奴等は…あ、命令だからそうでも──」

 

「──皆、この作戦に同意してるわ。異を唱えた人は誰もいなかった」

 

 シュガーが放った一言。それはムーアを肩越しにとはいえ、振り向かせるには充分であった。

 

 脳裏に写真撮影を強請り、それが了承された瞬間、頭部が光線で跡形もなく蒸発した量産型ニケの姿が思い浮かんだ。

 

「…そう…だったのか?」

 

 彼が思わず問い掛けると、シュガーが頷きを返す。

 

「皆、期待しているのよ。もしかしたら──本当に、もしかしたら。()()()()()()()()()()()()って」

 

 奇跡──これほど曖昧で、頼りにならない言葉はない。しかしこの作戦に動員された彼女達は奇跡(それ)が現実となることを望んだ。

 

「──()()()()()でしょう?()()()()()だし。あなた達が私達の希望になって。──私達が道を外れても、戻ってこられるという希望に」

 

 随分と重い願いを委ねられたモノだ。

 

 だが──彼も、そして彼女達も何%かの勝率という分が悪いにも程がある賭けへ全財産をベットするつもりで此処に立っているのだ。

 

「──約束する。彼女…マリアンは俺の大切な部下だ。必ず連れて帰る」

 

「…そう。じゃあ…早く行って。──歩いて」

 

「もう!一言多いんだから…!」

 

「──分隊、前進」

 

 残りはたったの300m。ムーアはおもむろにサングラスを外すと濃い茶色の瞳を露わにし、外したそれのテンプルをボディアーマーのポーチへ差し込んだ。

 

 それを見たネオンが首を傾げ、ラピに続いて駆け出した彼へ尋ねた。

 

「師匠。何故、サングラスを外したんですか?」

 

「──マリアンは俺がこれを付けている顔を見慣れていなかっただろうからな」

 

 たった半日足らずの付き合いだった彼女である。だからこそ──素顔で対面し、それで思い出してくれればという()()が込められているのだろう。

 

 一気に特殊別働隊を構成する4名は残りの道程を駆け抜けた。

 

 なだらかな坂の下、ちょうど盆地となった目標地点には以前の北部での任務で交戦したあの巨大な機体が撃墜されたのか、著しい破損の有り様を晒したまま地面へ力なく倒れ伏している。

 

 立ち昇る太い黒煙の発生源はこの機体からだったようだ。

 

 その機体の間近には──長い銀髪を靡かせ、顔をプロテクターで隠した()()の姿があった。

 

 嗚呼、とムーアの唇が微かに震え、なだらかな坂を駆け下りるラピの後へ続く。

 

「──来たか」

 

 ()()──ヘレティック(モダニア)と交戦していたアブソルート分隊の面々も少しばかり損害を負っているようだ。戦闘は相当に激しかったらしい。

 

 駆け付ける彼等へ横目を向けたウンファも全身を土で汚し、衣服の数カ所には僅かながら触媒(血液)の赤が滲んでいる。

 

「──アブソルートは退却する。近くのラプチャーは相手してやる」

 

 ウンファがモダニアへ銃口を向けたままゆっくりと後退するのに合わせ、ムーアも突撃銃を構えつつ進み出す。

 

 互いが隣同士になった瞬間、彼女は彼へ向けて呟いた。

 

「…ここまでやったんだ。上手くやってみせろ」

 

 激励、なのだろうか。判断が難しいそれが投げられると、ムーアは小さく頷くだけに留めて尚も前進する。

 

「──ラピ、絶対に成功してね〜」

 

「──し、信じてるね」

 

 エマ、そしてベスティーも後退しつつ激励の言葉を投げ掛けた。双方共にストッキングが破れ、或いは汚れた服の一部が裂けている格好だ。激戦であったことを伺わせる様子のままアブソルート分隊はなだらかな坂を駆け登って行った。

 

 退却の援護が済むとムーアは改めて突撃銃の銃口を()()へ向ける。──決して向けたくはなかった。

 

「──あ、選手交代ですか?」

 

「あぁ…待ってくれて感謝する」

 

「いえいえ。あの方達の相手をするのに少し時間が掛かってしまって私も少しストレスが溜まっていました。──皆さんを相手にストレス解消して、スッキリしたかっただけですのでお気になさらないで下さい」

 

「…そうか」

 

 モダニアを半包囲するように特殊別働隊全員が間隔を空けながらそれぞれの銃口を向けるも、彼女は全く動じていないようだ。

 

「──キミは…なんだろうな。優しいとは知っていたがここまで思いやりのある性格だとは思わなかったよ。──()()()()

 

 引き金へ人差し指を乗せ、僅かに引き絞る。撃鉄が落ちる寸前まで引き絞ろうとするも──重くて仕方ない。()()()と同じ程に重く感じてしまった。

 

「……?誰ですかそれは?」

 

「キミの名前だ」

 

 光学照準眼鏡を覗き込むムーアの人工の右眼。それが捉える銀髪の彼女は訳が分からぬ様子で小首を傾げ、やがて口を開いた。

 

「──私はモダニア。クイーンの精鋭。そんな変な名前ではありません」

 

「…俺を覚えていないのか?」

 

「当然、覚えています。前に私を邪魔した巡礼者と一緒に動いていた人間でしょう?──そういえば左腕が生えていますね」

 

「義手になった。──俺はキミの指揮官だった者だ。覚えていないか?」

 

 深呼吸を数回。引き金へ乗せる人差し指にしっかりと力を入れる。それでも重く感じる引き金。撃鉄が落ちる寸前まで引き絞るまで幾ばくかの時間を要した。

 

「…何を言っているのか分かりませんね」

 

「…良く思い出してみてくれないか?」

 

 それこそ北部では突然、()()の片鱗が見えたのだ。らしくもない期待を込めて、ムーアは彼女へ願うのだが──考える素振りすら見せず、腰の機械的なアームと連結された機関銃の銃口が向けられるのを目撃し、落胆を込めた小さな溜め息を吐き出した。

 

「う〜ん…嫌です」

 

「…そうか」

 

「はい。時間を稼ごうとするのが丸見えですのでお話の相手をしたくありません。それはそうと──戦ってみましょうか?」

 

 機関銃の銃口が真円に見えるのは、しっかりと指向されている証拠だ。

 

 やはりそう簡単には行かないらしい。

 

〈──最終段階(ファイナルフェーズ)、パターンBへ移行します。指揮官、アンチェインドをヘレティックに〉

 

 ハウジングの奥でシフティーが達する言葉が遠く聞こえてしまう。

 

 何をすべきかは分かっている。だからこそ──

 

「──キミの指揮官として、責務を果たす」

 

「──ふふっ。いい顔ですね。じゃあ、戦いましょうか」

 

「──散開!散らばれ!!」

 

 ムーアの大声で発せられた命令に応じ、分隊全員が散らばったまま手近な遮蔽物となる岩石や撃破された機体から剥がれ落ちたであろう破片へ身を隠そうと動き出した刹那、アームで連結されている彼女の機関銃が火を噴いた。

 

 ──マリアンも機関銃手だったな。

 

 数ヶ月前の光景を思い出しながらムーアも襲い掛かる数多の銃弾で細切れとなる前に岩石へ飛び込んだ。

 

 頭上を数十発の銃弾が風切音と共に飛び去るが、時を同じくして弾着しているのだろうそれが岩石を削り取らんばかりの勢いで途切れることなく撃ち込まれて行く。

 

「──頭を出した途端に吹き飛ばされそうだな」

 

 機関銃その物の役割とはこれだ。敵に頭を上げさせる余裕を失わせる程の苛烈な射撃。おまけに彼女が盛んに撃ち込んでいるのは大口径のそれだ。簡単に応射は許してくれそうになかった。

 

 しかし手がない訳ではない。

 

 彼はポーチから発煙手榴弾を抜き取り、トリガーを握り込む。

 

 それを握りつつムーアは離れた位置でこちらの様子を伺いながらモダニアへ射撃を加えているラピへ向かって声を張り上げる。

 

「──ラピ!!」

 

 彼の声に反応し、彼女が視線を向けると素早くハンドサインで要件を伝える。やがてそれを承知したようで頷きを返された。

 

 ハンドサインを用いてアニスやネオンにも彼からの要件が逓伝で知らされていく。その間も彼や彼女達が身を隠した遮蔽物へ向かって均等に射撃が加えられる中──不意に途切れることがなかった銃声が止んだ。

 

 撃ち過ぎて銃身の冷却が間に合わなかったのか、それとも弾切れか、或いは故障発生か。

 

 いずれにせよ好機である。ムーアは岩石へ身を隠しながら右手に握った発煙手榴弾のピンを左手で引き抜き、陸上競技の砲丸投げと同様の格好で投擲した。

 

 緩い孤を描いて飛んだそれがやがて落下し、カラカラと乾いた音を立てつつ地表を転がって間もなく──充填された発煙剤に点火。上部に4箇所、下部に1箇所ある放出口から赤色の煙幕が噴出する。

 

「──煙幕で私から逃れられると思っているのですか?」

 

 やれやれ、と肩を竦める彼女は直接の視覚ではなく赤外線を利用して彼等の位置を特定しようと機能を切り替えたが──

 

「──え?」

 

 ──間違いなく機能を切り替えた。だというのに彼等の位置を特定出来ない。その事態を察して困惑の声を漏らした。

 

 彼が投じた発煙手榴弾から展開された煙幕には赤外線も遮る効果がある。赤外線を利用するセンサー、暗視装置の類から位置や活動を隠蔽する役割も期待できる代物だ。

 

 ニケ達の機能は確かに便利だ。しかし決して万能という訳ではない。

 

 必ず何かしらの弱点を孕んでいる。

 

 ──困惑していたモダニアの顔を覆い隠すプロテクターへ1発の銃弾が弾着した。その強烈な衝撃に彼女は一瞬、頭を仰け反らせるも直ぐに姿勢を立て直す。

 

 しかし立て続けに四方向から銃弾や散弾、擲弾が撃ち込まれ始めた。

 

 ──私の位置が分かっている…!?

 

 突然の一方的な攻撃に晒され、彼女は冷静さを失い掛ける。しかし良く見れば集中して弾着しているのは大粒の散弾が主だと分かっただろう。

 

 散らばり易く、散布界に収め易い散弾以外の銃弾や擲弾は大した効果は認められない──つまり分隊も彼女の姿を捉え切れていないのだ。

 

「──いい加減に…!」

 

 ガンガンと装甲やプロテクターへ弾着しては耳障りな音を立てられ続けるとモダニアも苛立ちを隠せない。

 

 眼で捉えられないのならば──銃声が聞こえる地点へ向けて弾をバラ撒こうと思い至ったのも自然な思考だ。

 

 銃身の冷却が済んだ機関銃が再び煙幕の向こうに()()()()()彼等へ向けられる。

 

 モダニアの意識と連動したそれの銃口が火を噴き、赤い煙幕を切り裂いて銃弾が雨霰と横殴りに浴びせ掛けられた。

 

「──ッ!?」

 

 突然、ガツンと側頭部に凄まじい衝撃が走ったのをムーアは感じ、横っ飛びに倒れ込んでしまう。

 

 同時に頭が軽くなった、と考えながら脳震盪を起こしそうな自身へ喝を入れる平手打ちを頬へ加え、再び岩石の裏へ戻った。

 

 跳弾──かと思ったが、どうやらモダニアの放った銃弾で削れた岩の破片が当たったらしい。顎紐が千切れ、頭部を守っていたヘルメットは何処かへ行ってしまった。

 

 ──首がもげるかと思った。

 

 千切れる瞬間、喉へ食い込んだ顎紐。首ごと持って行かれかねない程であった為、無事かどうかを喉を擦って確かめてしまう。

 

 煙幕は間もなく晴れる。

 

 彼は突撃銃の銃身下部へ備え付けた擲弾発射器の安全装置を外すと、遮蔽物の横から上体を僅かに晒して銃口を煙幕の先へ向ける。

 

 徐々に煙幕が薄れて行く。

 

 その薄れる煙幕の向こう──特徴的なシルエットが見えた瞬間、ムーアが指を掛けた擲弾発射器の引き金が引かれた。

 

 シュポンと気の抜ける音と共に発射された擲弾が緩い孤を描いて飛び──特徴的なシルエットの間近に弾着。炸裂したのを認めた途端、突撃銃の引き金を何度も短く引いては短連射を何回も叩き込んだ。

 

 それを合図としたかの如く分隊の全員が握る火器の銃声も盛んとなり、薄れて行く煙幕の先からは装甲へ弾着する重々しい音が響き渡った。

 

 ──赤い煙幕が遂に晴れる。

 

 その先には──

 

「──強いですね、皆さん。少し遊んでからと思ったのに…ふふ…。正直、これほどだとは思いませんでした」

 

「──撃ち方待て!!」

 

 ──纏った装甲がいくつか剥がれ落ち、顔を覆っていたプロテクターも半壊して顔の右半分を晒すモダニアの姿がある。

 

 彼の鋭い命令が響き渡ると同時に銃声が鳴り止んだ。

 

「…こんなに被害を受けるとは…」

 

「…その割にはピンピンとしているな。自信を失くしそうだ」

 

 決定的な損害を与えられた、とは言い難い様子に短く刈り上げた黒髪が露わとなったムーアが自嘲を込めた言葉を返し、腰を上げると姿を見せて構えた突撃銃の銃口を向けた。

 

「そうですか?予想以上でした。──でもそろそろ始末を……」

 

 来るか、と彼や彼女達が身構える。

 

 しかしモダニアは機関銃の銃口を向けようとした格好のまま動きを止め──次第に半分だけ見えている顔を顰めさせた。

 

「──ッ!…ああっ…頭…が…!?」

 

 激痛が走ったのか、彼女が両手で自身の頭を庇うように押さえながら藻掻き苦しむ。

 

 その時、モダニアから発せられたのか──耳障りで不快な不協和音を思わせるそれが周囲へ響き渡った。

 

「アアアアアアアッ!!!」

 

 喉が裂けんばかりに叫ぶモダニアが頭を左右に激しく振り乱す。

 

 どれほどの痛みが走っているのだろうか。

 

 やがて落ち着いて来たのか──荒い呼吸を何度も繰り返し、肩を上下させるモダニアが頭を押さえていた両手をゆっくりと下ろす。

 

 やや垂れ目がちの優しげな、しかし真紅の瞳──そこから向けられる視線がムーアを捉えた途端、彼女の唇が震えた。

 

「──…指揮…官…?」

 

「──ッ!!」

 

 構えた突撃銃の引き金、そこへ乗せた右手人差し指が微かに動揺で震えた。

 

「──指揮官…指揮官…!」

 

 まだ拳銃弾──アンチェインドを彼女へ撃ち込んではいない。

 

 まさか()()()()()とでも言うのか。

 

 モダニア、或いはマリアン──()()がヨロヨロと歩み寄って来る姿に思わず彼は駆け出したくもなったが、それを堪えた。

 

 ──まだ()()()なのかが分からない。

 

「…私を…助けに来たんですか…!?」

 

「──その手には乗らないわよ。指揮官、下がってください」

 

 彼我不明──銃口を向けながらムーアが判断に窮している中、彼女を彼へ近付かせまいとラピが駆け寄った。

 

 向かい合ったムーアと彼女。そして彼女の左方向に大きな間隔を空けてラピが位置し──互いが銃口を向けて来る姿に困惑の態度を見せ始める。

 

「ラピ…?ど、どうしたんですか?わ、()です。覚えていませんか!?い、一回しか会っていないからですか?あの…前、行方不明になった分隊を捜す作戦で…!」

 

「──覚えてるわ」

 

「な、なのに…何故、私に銃口を…?し、指揮官まで…!」

 

 銃口を逸らす訳にはいかない。いくら彼女が願おうともだ。

 

 一歩、彼が突撃銃の銃口を向けたまま踏み出す。その姿に彼女は動揺を隠さなかった。

 

「な、何故、こんなことをするのかは分かりませんが…誤解があるなら話し合いで解決させて下さい!ね?指揮官!」

 

「……………」

 

「…し、指揮官も…私のことを…覚えてないんですか…!?──こ、これ!これ見えますよね!?」

 

 彼女が縋るような眼差しをムーアへ向けつつ僅かに垣間見える頭部へ巻かれた包帯を指し示す。

 

「指揮官が巻いてくれた包帯です!ケガをしたと心配して巻いてくれたじゃありませんか!──本当に覚えて…いませんか…?」

 

 ──キミのことも、その包帯を巻いたことも、全て覚えている。

 

 声を大にして叫びたくなる衝動へ駆られるも、彼はそれを喉の奥へ引っ込め、代わりに──もう一歩、前へ踏み出しながら銃口を逸らさず、彼女の頭部へ向け続ける。

 

「あ、あの!わ、私…一度もこの包帯を外したことがありません!生まれて…初めて受けた好意だったし、初めて受けた…温もりでしたから…包帯が解けそうになっても巻き直しませんでした…指揮官に巻き直して欲しくて…!」

 

「……………」

 

「──し、指揮官…私の包帯…巻き直して…くれますか…?」

 

 彼女が歩み寄って来る。

 

 一歩、また一歩と近付き──彼と彼女の距離が近付く中、新たに銃口を向ける音が響いた。

 

 アニスとネオンだ。

 

 二人も遮蔽物から身を晒しながら彼女へそれぞれの銃口を向けたのだ。

 

「──ヘレティック。それ以上、指揮官に近付くな」

 

 ラピが銃口を逸らさず警告を発した途端、彼女が声を荒らげた。

 

「い、いったいどうしたんですか!?私が何をしたというのですか!?ねぇ!?」

 

「──自分の名前を言いなさい」

 

「私は指揮官だけのニケ!名前なんて意味がありません!」

 

 牽制するかの如く彼女はラピへ激昂したかと思えば──次の瞬間にはムーアへ弾けるような笑顔を向ける。

 

「指揮官が付けてくれますか?私の名前を──」

 

「名前を言え──ッ!?」

 

 ラピが尚も彼女へ名乗るよう催促した矢先だ。

 

 彼女の腰から伸びた触手──見覚えのある先端が鋭く尖ったそれがラピへ一直線へ伸びたかと思えば、胸の下へ深々と突き刺さったのだ。

 

「「「──ラピ!!」」」

 

 ムーアが、アニスが、そしてネオンが名を叫ぶ。しかし銃口を彼女から逸らす訳にはいかない。

 

 明らかな敵対行為だ。しかし──明確な敵と見做して攻撃を加えて良いものかと引き金へ乗せた指先を誰もが引き切れずにいた。

 

「──ラピ…さっきから邪魔です。私と指揮官の再会を邪魔するなんて…そんなに指揮官が好きなのですか!?」

 

 嫉妬か苛立ちか。いずれかのそれを隠そうともせず、彼女が触手の先にいるラピを睨み付けるが──やがて名案を思い付いたかのような口振りで語り始める。

 

「──なら一緒に愛されましょう!?私とひとつになって……え?」

 

 不意に彼女の表情が強張る。

 

 伸ばした触手の先にいるラピは突撃銃を手放した両手で胸の下へ突き刺さったそれを強く握り締め、鋭利に吊り上げた紅い瞳を向けている。

 

 触手は──全く動かなくなったばかりか、()()すら出来ていない。

 

「な、何故、吸収されないのですか…!?」

 

「──指揮官!今です!」

 

「──放しなさい!!」

 

 彼女が触手からラピの両手をなんとか振り解こうとするも、全く身動きが取れない。

 

 ラピがムーアへ叫ぶと、それに反応した彼が突撃銃を首と右脇下へ通したスリングベルトで吊るしながら右手をレッグホルスターに伸ばす。

 

 45口径の自動拳銃を掴んで引き抜き、既に差し込まれていた弾倉をその場へ落とすとスライドを引いて薬室から初弾を排出する。左手に拳銃を持ち直し──1発しか込められていない予備弾倉を抜き取って挿入口へ叩き込むと再びスライドを引いて薬室にアンチェインドを送った。

 

 彼女は7歩先にいる。

 

 拳銃を利き手である右手で握り直したムーアが足早に6歩の距離を埋め──彼女の眉間へ向けて、至近距離から拳銃の銃口を突き付けた。

 

「──…撃つのですか?…私を…?」

 

 右側しか垣間見えない真紅の瞳の眼差しが突き付けられた銃口へ、次いで濃い茶色の瞳へ向けられる。

 

 やや呆然とした様子であったが、やがて彼女が形容し難い笑みを浮かべた。

 

「──ふふっ…私は指揮官を知っています。指揮官は私を撃てません」

 

「…何故、そう思うんだ…?」

 

「──()()()も撃てなかったじゃありませんか」

 

 彼女の一言に彼は()()()を思い出す。

 

 彼女──マリアンもあの時は瞳が真紅に禍々しく染まっていた。

 

 そして彼は至近距離から──マリアンの眉間へこの拳銃の銃口を突き付けていた。

 

 まるであの時のやり直しをさせられているかのような格好である。

 

「──温かい人だから…優しい人だから……さぁ、銃なんて下ろして…早く私の包帯を巻き直して下さい」

 

 チキリ、と人差し指を乗せた引き金が引き絞られる音が微かに響いた。

 

「…()()()()。…俺はキミの指揮官として…()()を果たす。そう言った」

 

「──撃つのですか?私を?」

 

 問い掛けに彼は小さく頷き、更に引き金を引き絞る。撃鉄(ハンマー)が落ちる寸前までだ。

 

「──その弾丸に撃たれたら私がどうなるか…分かっているのですか?──死ぬかもしれません、私。──私を…殺すのですか?」

 

 万が一、この銃弾が効かなかった場合──それを考えた時、狙うべきは彼女の脳だ。

 

 これはきっと──最期の幕引きの手伝いを果たせなかった罰なのだろう。

 

 だから、こんな格好で、彼女の眉間へ、再び銃口を突き付けているのだ。

 

 神とやらは──余程、彼のことが嫌いらしい。

 

「…ひとつ、訂正させてくれ。俺は()()()…キミを間違いなく俺自身の意志で撃った。なのに…キミを助けられなかった…済まなかった」

 

 だからこそ、これは──

 

「今度こそキミを──()()する」

 

 引き金へ乗せられた人差し指に、最後の力が込められた。

 

「指揮官!待っ──」

 

 ──乾いた銃声が1発、それが荒野へ響き渡った。空薬莢が宙を舞い、やがて地面へ落下して何度か跳ねる。

 

 彼女は頭部を背中へ大きく仰け反らせたまま身動ぎひとつしない。

 

 間違いなく発砲されたことを示すように、彼が握る拳銃のスライドはホールドオープンの状態で薬室は露わとなっていた。

 

 銃口から薄く立ち昇る硝煙の香りがやけに鼻を突く中──彼女の頭がゆっくりと前へ戻って来る。

 

 その口元に──鈍く光る弾頭があるではないか。

 

「───」

 

 流石のムーアも言葉を失った。銃口初速は約260m/sだというのに弾頭を銜えて受け止めるなど──誰が想像出来ようか。

 

 垂れ目気味の真紅の瞳が吊り上がり、ムーアを見据えながら銜えた弾頭を吐き捨てた彼女が怒りを露わに叫んだ。

 

「──撃ちましたね…!私を撃ちましたね…!私にこんなことをするなんて…指揮官──!!」

 

 ──しくった。

 

 激昂した彼女の腰から新たな触手が現れた。

 

 鋭く尖った先端が向かう先は一歩前に立っているムーアである。

 

 弾倉を交換している暇はない。

 

 拳銃を投げ捨てた彼は突撃銃の握把を咄嗟に右手で握り込み、それを盾にして触手を払い除けようとした。

 

 触手が触れた途端──銃身の被筒が砕け散り、続けて銃身そのものが破断された瞬間を目撃したムーアは思わず目を剥く。

 

「──ッ…カ…ハ…ッ…」

 

 ──鈍い衝撃が左脇腹を襲い、途端に気が抜けるような吐息が漏れ出る。

 

 なんだ──とムーアが視線を向けた先にあったのは彼女から伸びた触手がボディアーマーのセラミックプレートを抉りながら貫通した光景だ。

 

 左脇腹の前面から背面まで綺麗に貫通している。肉体そのものも貫かれた証拠であった。

 

 間を置かずに抉られた箇所から体外への夥しい出血が始まる。

 

 いまだに繋がっている触手を伝った彼の血液が彼女へ届く中、ムーアを貫いたそれが鈍い音を立てて引き抜かれた。

 

 途端──彼の体内へ収まっていた腸管の一部が外気が触れる中へ露出してしまった。

 

 白の中に鮮血の赤が混じるブヨブヨとした腸管。

 

 それがズルンと肌の下の皮下組織、筋肉まで抉られて空白となった箇所から垂れ下がったのだ。

 

 咄嗟に左手で垂れ下がる腸を掬い上げ、腹の中へ収めたは良い。しかし夥しい出血は抑え付けた程度では止まる筈も無かった。

 

 次第に脚から力が抜け、視界が、世界が霞み始める。

 

「──指揮官!!」

 

「──お前ェェェェ!!」

 

「──駄目ェェェェ!!」

 

 彼女達の悲鳴混じりの絶叫が、銃声が遠く聞こえる。

 

 霞む視界の先では彼女が──彼の部下達へ向かって機関銃の銃口を向けようとする姿がある。

 

 緩慢な動きで本来の用途を果たせなくなった突撃銃を地面へ捨てる。重くて仕方ない背嚢も落としてしまえば、幾分か身軽となった。

 

 血溜まりが出来上がった足元から、彼女へ向かって歩き出す。

 

「──…マリ…アン…」

 

 銃口の向かう先には部下達がいる。

 

 ──キミに、もう彼女達を撃たせたくないんだ。

 

 思考すら霞む中、脳裏に浮かんだそれのみを遂行しようと彼は緩慢な足取りで進み──その姿を捉えたラピが射撃中止を命じた矢先だ。

 

 彼女の腰から伸びたアームへ連結された機関銃が、彼の右手で強く掴まれた。

 

 腸管が露出しないよう押さえ付けていた左手を左脇腹から離し──血に濡れたグローブで彼女の肩を掴んだ。

 

「──マリアン…!」

 

「…まだ死なないのですか…ですが──」

 

 肩を掴む左手を払い除けた彼女が、そのままムーアの胸を強く押す。

 

 機関銃の銃身を握ったまま彼が膝から崩れ落ちる。

 

 その銃身が動き──至近距離から彼の眉間へ向けて狙いが定められた瞬間、ムーアは()()()()()()を吐き出した。

 

「──さようなら、指揮官」

 

 構図がまるで逆だ。

 

 ムーアは彼女が向ける銃口を掴み、自身の眉間はここだ、と教えるように誘導し──緩々と濃い茶色の瞳で見上げた。

 

 自分を殺す者の顔を良く見ておきたかったのか、それとも最期に見る光景としては満点だろう()()の姿を焼き付けたかったのか。

 

 いずれにせよ、それはさながら──断罪を受け入れようとする咎人の姿にすらラピには見えた。

 

 だからこそなのかもしれない。

 

 或いは、ここは彼の死に場所ではないと脳裏に過ぎったのか。

 

 それとも──もっと個人的な理由か。

 

 

──コード解放。サブジェネレーターを一時的に稼働

 

 

 いずれにしても──彼女が玲瓏な声でそれを紡ぐ理由には充分過ぎた。

 

 

──シークレットボディ、アクティブ

 

 

 ドクン、と彼女の内で眠る()()が目を覚ました。

 

 

 

【認識終了。コードネーム レッドフード。アクティブ】

 

 

Fairy Tale Model:05

 

 

RED HOOD

 

 

A wolf has to die at the bottom of the well(狼は井戸の底で死なねばならない)

 

 

 瞬間──彼女が髪が燃え上がるかの如く赤く染まった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。