勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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人間が唯一偉大であるのは、自分を越えるものと闘うからである
── アルベール・カミュ ──




第9話※微グロ注意

 

 

 

 ──想像していたよりも呆気なかった。

 

 両膝を折りながら彼女の腰から伸びるアームへ連結された機関銃の銃身を握るムーアは漠然と考えた。

 

 その瞬間──見上げていた視線の先にあった彼女の右半分だけしか覗いていない表情が驚愕のそれへ染まる。

 

 ──何処を見ているんだ。俺は()()だぞ。

 

 しっかり狙って貰わなければ困る。

 

 などと考えた矢先のことだ。

 

 彼女の顔面へ触手の先端らしき鋭く尖ったそれの破片が目にも止まらぬ速さで衝突し、銀髪の細い筋を何本か残して細い肢体が文字通り吹き飛ばされてしまう。

 

 ムーアも釣られるように一瞬引き摺られたが、手の平から滑り抜けた銃身が離れたことで地面へ仰向けに倒れるだけに留まった。

 

「────」

 

 息が苦しい。

 

 不思議と痛みはないというのに息苦しくて仕方ない。

 

 脇腹にぽっかりと大きな穴が穿たれたというのに不思議なものだ。

 

 血潮が地面へ染み渡ると同時に視界が段々と不明瞭となりつつある。

 

 空を仰いだ彼の霞む視界の中では一方向へ向かって盛んに飛翔する曳光弾の光跡や擲弾が炸裂した拍子に舞い上がった土砂の粒子がくっきりと映り込んでいた。

 

 今際の際、とはこんなにも世界はゆっくりに見えるのだろうか。

 

 ──疲れた。

 

 途轍もない疲労感が全身へ重く伸し掛かる。

 

 指先一本すら動かすのが億劫だ。

 

 脱力した瞬間、コトリ、と頭が横へ向く。

 

 不明瞭となる視界の中に映り込んだ部下達が、それぞれの火器を構え、射撃を加えながら彼が倒れ込んだ位置まで迫っていた。

 

「──ラ…ピ…?」

 

 色彩を失いかけている世界の中でも一際目立つ赤。ライトブラウンの髪を持っている筈の彼女のそれが赤く染まり、次第に元の色へ戻って行く姿を彼は目撃した。

 

 彼女に()()があった。

 

 それだけは分かったが、それ以上を考える思考の巡りが困難となりつつある。

 

 ──だが、悪くない色だ。嫌いじゃない。

 

 心中で紡がれた言葉。舌へ乗せて放たれることはなかったそれを紡いだ彼が瞳を閉じようとする。

 

 

 

 

 

 ──ここで終わりか?

 

 

 

 

 ()()()()()()()()が脳裏に響き渡った。

 

 

 

 

 ──情けないな。この程度で満足とは。

 

 

 

 

 低く落ち着きのあるそれが鼻を鳴らすような声色で見下す言葉を投げ掛けてくる。

 

 

 

 

 ──少なくとも俺はこの程度で満足はしないな。まだ闘えるんだ。

 

 

 

 

 

 左の脇腹に大きな穴が穿たれ、内臓の一部が体外に脱出した人間へ向かってなんという言葉を吐き捨てるのか。

 

 

 

 

 ──まだ(はらわた)が飛び出ただけだろう。手も脚も残ってる。

 

 

 

 

 だから闘えるというのか。

 

 

 

 ──最期の息の根が止まるまで、俺は闘い続けなければならない。そう()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 自嘲のような声音と共に鼻を鳴らす音──それがやけに大きく聞こえてしまう。

 

 

 

 

 ──ここで死ぬのは構わんがもう一度、()()と話をする機会は永遠に失われるぞ。

 

 

 

 

 あの拳銃弾は効果を発揮しなかった。むしろ命中すらしなかった。最早、手詰まりだ。

 

 

 

 

 ──いいや。既に彼女は()()された。俺が保証する。

 

 

 

 

 何処の誰かも分からない──いや、誰よりも良く知っている声だが、これは幻聴の類だ。今際の際に聞こえる何かだろう。

 

 

 

 

 ──そう思うのは勝手だが…どうせ死ぬなら、もう一度だけ身体に力を入れてみろ。動けないというなら手伝ってやる。

 

 

 

 

 誰だ。誰なんだ。

 

 

 

 

 ──俺はお前が()()()()()だ。

 

 

 

 

 

 

 

「──指揮官!!」

 

「──指揮官様!!」

 

「──師匠!!」

 

「──ッ!…ア…ガ…!!」

 

 部下達の声が鼓膜を震わせ、明瞭に聞こえた瞬間、筆舌に尽くしがたい激痛が彼の意識を取り戻す手助けとなった。

 

 気付けば傍らにはラピとアニス、ネオンが立っており、それぞれの火器の銃口を何処かへ向けている。

 

「──ッ…グッ…!」

 

「ダメ!指揮官様、動いちゃダメ!!」

 

 アニスが悲鳴混じりにムーアを止めようとするが、彼は鍛えた腹筋に力を入れて上体を起こす。その瞬間にも激痛が駆け巡り、全身を萎縮させるが構わなかった。

 

 ズルン、と鈍く湿った音と感触。次いでボトリと地面へ何かが落下した音を彼の耳は捉える。

 

「──…クソッ…」

 

 零れ落ちた腸管だ。白の中に鮮血の赤が混じり、ブヨブヨとしたそれが地面へ落ちている。幸いにも外見上は腸へ目立った損傷は見られない。

 

 左手で掬い上げたそれを無理矢理、ぽっかりと空いた脇腹の中へ押し込む。手袋(グローブ)を嵌めていて良かったと思う程度には触り心地は宜しくない。

 

 尚も左脇腹からは血溜まりが出来る程の勢いで出血が続いている。

 

 兎に角、押さえておかなければならない。

 

 上体を起こしながら彼は腸が零れ落ちないよう左手で穿たれた穴を押さえ付け、荒い呼吸を何度も繰り返した。

 

「──…指…揮…官…?」

 

 ──不意に鼓膜を震わせた声音。それを聞き付けたムーアの顔が持ち上がり、視線の焦点を彼女達が向ける銃口の先に佇む()()へ合わせた時だ。

 

「──ッ!?」

 

 彼女の顔が驚愕のそれへ染まり、唇を震わせたかと思えば慌てて駆け寄って来る様子が色彩を失い掛けた彼の世界に映り込んだ。

 

「──し、指揮官!お、お腹から…!血が…!だ、大丈夫ですか!?しっかりして下さい!!」

 

 明らかに先程までとは異なる反応。ムーアへ一直線に駆け寄った彼女が傍らに膝を突くや否や出血が続く左脇腹の観察を始める。

 

「──……マリ…アン…?」

 

 呂律が回らず、虫の息のままムーアは傍らで狼狽する彼女へ声を掛ける。すると彼女は勢い良く顔を上げた。真紅の瞳へ涙を一杯に溜めた彼女が何度も頷きを返す。

 

「──は、はい!私です!マリアンです!私の声が聞こえますか!?指揮官!?()()()()()!?」

 

 たった数ヶ月前の階級──あの時よりも随分と昇任してしまったが、自身を指す呼称を彼女が紡げば、途端に懐かしさが溢れた。

 

「…戻った…の?」

 

 アニスが呆然とした様子で呟く声が遠く聞こえる中、彼は歯を食い縛っていた口角を緩める。

 

「……おか…えり……」

 

「しゃ、喋らないで下さい!血が止まりません!!──ラピ、アニス!お、応急処置をするから早く手伝って下さい!!」

 

 本当に元へ戻ったのか──それを訝しむ彼女達だが、このままでは彼の生命に関わるのは明らかだ。

 

 弾かれたようにラピが、アニスが、そしてネオンも動き始める。

 

「──ネオン、ボディアーマーとヘッドセットを!」

 

「──はい!アニス、メディックシザーはありますか!?」

 

「──ポーチの中にあるよ!そっちは私がやる!()()()()、指揮官様を寝かせて!!」

 

 ネオンの手でボディアーマーとヘッドセットが外された彼の身体がゆっくりと仰向けに倒され、直ぐに戦闘服とその下へ纏った黒い半袖のシャツがアニスの握るメディックシザーで切り裂かれた。

 

 8つに割れた腹筋や厚く盛り上がった胸板が露わとなり、処置の準備が整う。

 

「指揮官、手を離して下さい……ッ…」

 

「…どうだ、ラピ…!」

 

「…大丈夫です。ここでは応急処置しか出来ませんが、アークへ帰れば直ぐに治ります」

 

「…それは…良かった…ラピ、悪いが…()()を…!」

 

 左脇腹を押さえている彼の左手を握り、ゆっくりと離して傷口を確認するラピの眉根が寄る。明らかに致命傷なのだろうが、気休めだろうとも有り難い言葉である。

 

 とはいえ出血多量で今にも気を失いかけない。或いは死ぬのが先か。

 

 いずれにせよ、このままでは危険だ。

 

 ムーアは震える手で地面へ落とした背嚢を指差す。

 

 その仕草でラピは作戦開始の寸前に彼からの頼まれ事を思い出すのだが──

 

「──ですが…」

 

 ──得体の知れない薬剤だ。ムーアからは一時的に痛覚を遮断する、と説明されたがそれを打つことをラピは躊躇してしまう。

 

「…頼…む…」

 

 血の気を失った顔色、そして呂律が回らないのだろう唇を震わせながらムーアが懇願する。

 

 それを見てラピは──立ち上がると地面へ転がっていた彼の背嚢を運んで来るや否や、彼が言っていただろう金属の光沢を放つ無地のケースを取り出した。蓋を開け、びっしりと並んだ細長い金属の筒の一本を摘み取る。

 

「どちらに打てば?」

 

「…その…説明はされなかった…ッ…!…何処でも良い…」

 

 激痛が走っているのだろう。顔が苦痛に歪む彼が催促する。

 

 意を決したラピが、金属の筒──無針注射器をムーアが負った大きな傷口の付近へ押し付け、頂点に設けられたボタンを押し込んだ。

 

 プシャッと送り出される音が微かに響く。内部のアンプルに充填された薬剤が彼の身体へ注射された証だ。

 

「…指揮官、終わりました」

 

「…あり…がとう…」

 

 これで少しは痛みが軽減されると良いのだが──まずは急いで止血である。

 

 アニスが緊急包帯の真空パックを破るのに合わせ、マリアンがムーアの両脇へ腕を通すと少しだけ抱き起こして揃えた膝に短い黒髪が生え揃う頭を乗せた。

 

「し、指揮官…しっかりして下さい…!」

 

「大丈…夫…大丈夫だ…」

 

「大丈夫なんかじゃありません…!」

 

「…美人は…泣き顔も美しいってのは…本当だな」

 

「こんな時に冗談は…!」

 

「…それより…煙草…吸わせてくれないか…?」

 

「──ダメです。我慢なさって下さい」

 

「喫煙者にそれは──ッ…!」

 

 腹部へ何重にも包帯が巻かれていく。しっかり巻き付けられた拍子に激痛が走ったのだろう。彼は歯を食い縛って耐えてみせた。

 

 出血はいまだ続いている。白い包帯の生地が赤く染まる中、アニスが自身へ内蔵されている機能を起動させ、彼の心拍を確認する。

 

「指揮官様、頑張って!直ぐにアークへ運ぶから──…え?」

 

 声を掛け続けながら彼女は彼の心拍数や血圧をチェックする。

 

 幸いにも重篤な状態ではない。これならばなんとか保つだろうと安堵した矢先だ。

 

「…上昇…してる…?」

 

 ムーアの心拍数が急激に跳ね上がったのだ。

 

 それだけではない。彼の全身──正確には露わになっている筋肉に覆われた上体だけでも異常が起きている。血管という血管が蚯蚓腫れの如く肌へ浮き上がり、明らかに普段とは異なる有り様となっている。

 

 次第に呼吸も荒くなり始め、体温の上昇も発生しているのか全身からの発汗による蒸気が立っていた。

 

 止血材は投入したが──このような副作用が出る話は聞き覚えがない。となれば原因はひとつだ。

 

「ラピ!何を打ったの!?」

 

「分からない!指揮官がこれを打てとだけ…!」

 

「師匠!しっかりして下さい!今、輸送機を手配します!」

 

 ミシミシと音を立てて筋肉も張り詰めていく。

 

 荒い呼吸を繰り返すムーアは突如、双眸をカッと見開く。生身の左眼が赤く──マリアンやラピの虹彩にも負けない色へ染まっている。充血してのそれだろう。その双眸を上空へ向けた途端、声を張り上げた。

 

──来やがったか…!来てくれたか…!

 

 何を──とラピが釣られて上空へ視線を向けた途端、彼女は携えた突撃銃を握り直した。

 

「──対空戦闘!!」

 

「──トーカティブ!?」

 

 ラピが銃口を上空に向けながら突撃銃の引き金を引いて弾幕を張る。

 

 アニスとネオンも遅ればせながら擲弾発射器と散弾銃を握り、上空へ向けての射撃を始めた。

 

 スノーホワイトと交戦していた筈のトーカティブ(お喋り野郎)がその巨躯を半分に──上体のみを残した格好で上空から落下して来ているのだ。

 

「──マリアン!指揮官を!!」

 

 ラピがマリアンへ指示し、彼女は頷いて彼を引き摺って後方に移動させて行くのだが──

 

「──ダ、ダメです!指揮官、起き上がらないで下さい!!」

 

 身体を起こそうとするムーアを押し止めるが、彼は意に介さない。

 

 張り詰めた全身の筋肉を動員して完全に立ち上がった彼は充血して真っ赤に染まった左眼、濃い茶色を湛えたままの右眼、その双眸を落下して来るトーカティブへ向けた。

 

 ──来てくれた。やって来てくれた。

 

 形容し難い()()がムーアの心中で花開く。

 

 彼女達が上空へ向けて射撃する度に異形の怪物の身体が砕かれ、引き裂かれ、脱落した機械的な部品や生体のそれを撒き散らしながら諸共に落ちて来る様子を仰ぎ見るムーアは縋り付くマリアンを突き飛ばした。

 

「──指揮官!!」

 

 片腕で突き飛ばされた彼女は尻餅を突いた格好で彼を見上げる。本来であれば動くことなど叶わない──むしろ、動かしてはならない状態だ。

 

 それを物語るかのように包帯をこれでもかと巻いた胴体の左脇腹からは生地を通り抜けた鮮血が滴り落ちている。

 

──お前達には…何…ひとつ…!!

 

 怨嗟の声を唸らせながらの悪足掻きか。最期が近付いているというのに相変わらずの()()()()()である。

 

 とうとう人間程の大きさがある頭部を残して全てを銃弾で粉砕された異形のそれから顔を覆っていた装甲までが剥がれ落ちる。

 

 爛々と紅い複眼を光らせながらもトーカティブは落下地点を──マリアンへ定めた。

 

 ──()()()()として渡さない。

 

 情報も、彼女自身も、自身を捨て身にしてでも全てを消し去る。消し去らなければならない状態にしてやる。

 

 その一心のみで異形の巨躯を誇った筈の怪物は見るも無惨な姿となりながら視線を再び裏返った彼女へ向けた。

 

──俺の大切な部下が世話になったな…!

 

 唇を歪ませ、耳まで裂けるのではないかと思う程に口角を吊り上げ、歓喜の表情を浮かべるムーアがやにわに右手で左肩を掴んだ。

 

 メディックシザーで裂かれた戦闘服と半袖のシャツを右手で強く掴み、力任せに破り捨てる。

 

──上体の肌が完全に露わとなり、首から吊るされた2枚の認識票が揺れた。

 

 張り詰めた筋肉で隆起した肉体。顔面や首筋、上体へ隙間なく走る蚯蚓腫れの如く浮かび上がった血管。どれほどの体温となっているのか湯気を立たせるムーアが落下を続ける怨敵へ咆哮する。

 

 その左腕の上腕から左肩に掛けて──真っ黒なインクで彫られた狼のトライバルタトゥー。

 

 鋭い牙を剥いて咆哮する絵柄で彫られたそれは──マリアンの目にはムーアの格好と瓜二つに見えてしまう。

 

──()()がアアアアッ!!

 

──お喋り野郎オオオオッ!!

 

 壁のような対空射撃を掻い潜り、頭部だけとなった怪物と半死半生の男が互いに咆哮する。

 

 獰猛な肉食獣同士の咆哮にも似たそれが荒野に響き渡った。

 

 彼の機械仕掛けの右脚の膝が身体の横へ密着するように高く引き上げられる。軸足の左脚、身体が前後左右に動揺しないよう一直線となるよう意識されながらだ。

 

 地面へ尻餅を突くマリアンを目掛けて落下するトーカティブを注視し、彼は予測される一点へ打点を定めるや否や──上体を後方へ倒さずに引き上げて折り畳んだ右膝を正面に上げた。

 

 鎧のような筋肉は見た目に反して柔らかいのだろう。軸足の踵、腰の順に回転させながら──蹴り足となった右脚の爪先は彼の頭よりも上へ。

 

 ──その右脚の脛が落下して来たトーカティブの頭部を捉えた。

 

──返して貰うぞ!!

 

 蹴り抜かれた右脚は怪物の頭部の生体部品を容赦なく陥没させたばかりか、ドス黒い廃液を思わせる触媒を噴き出させる。

 

 熟れた果実を潰すかのような鈍く湿った音。それが怪物が最期に聞いた音だった。

 

 ひしゃげた頭部が地面へ激突する。土煙を立てた先には赤い複眼が光を失い、尖った歯列が生え揃う口腔を力なく開け広げたまま怪物は事切れていた。

 

 上空から雨のように脱落した大小の様々な部品が降り注ぐ中、原型を辛うじて留めている亡骸である頭部へムーアは歩み寄ると──おもむろにそれを踏み付け始める。

 

 二勝一敗──これで勝ち越しだ。

 

 そう言わんばかりに彼は跳ね返る黒い触媒で全身を濡らしつつ、力任せのまま踏み付ける。二度と起き上がらないよう徹底的にトドメを刺すつもりらしい。

 

 生身、機械仕掛けの双眸は爛々と──さながら狂喜に染まって輝き、目一杯に吊り上げた口角が耳まで裂けそうな勢いだ。

 

 彼がブーツを履いた脚で何度も頭部を踏み付ける度に鈍い音が鳴り響く。その度に返り血を浴びるが如く顔面、上体が黒く染まる。

 

──ハハハハハッ!!!

 

 ──()った。()った。してやった。

 

 衝動の赴くまま彼は歓喜を喉の奥から響き渡らせる。さながら獲物を仕留めた猛獣が勝利を高々と誇らしげに吼えるかのように。

 

 しかし激しく動き続けた影響は彼の身体へ反動として返ってくる。

 

 幾重にも巻き付けられた包帯の奥に止められていた出血がとうとう限界を超えて流れ落ち始めた。

 

 戦闘服のパンツからブーツまで鮮血に染まっても彼はトドメを刺す行動を止める気配がない。

 

「──だめ…ダメです!もうやめて下さい…!」

 

 尻餅を突いていたマリアンが立ち上がり、足を縺れさせながら彼の背中へ駆け寄る。

 

 その勢いのまま背中へ抱き付くと、彼女の細い両腕が彼の身体へ回された。

 

 縋り付く格好となったマリアンが彼の背中へ額を押し付けつつ、しゃくりを上げて声を発した。

 

「…もう…やめて…お願いします…指揮官…!」

 

 彼女が涙声のまま懇願した途端──ムーアの動きが止まり、緩々と肩越しにマリアンの存在を認める。

 

「…マリアン…?」

 

「…もう…やめて下さい…!このままでは…指揮官が…!」

 

 狂喜へ染まった双眸が段々と落ち着きを取り戻すのに合わせ、浮き上がったあらゆる血管も肌の奥へ戻り始める。

 

 すると彼の全身から力が抜け、そのまま気を失ったのか白目を剥いてマリアンへ凭れ掛かった。

 

「──し、指揮官!?指揮官!!」

 

「──な、なに!?どうしたの!?」

 

 あまりの光景──本来ならばニケとしてあるまじき事だが、狂気じみた彼の一連の行動を見るしかなかった彼女達もやっと弾かれたように駆け寄る。

 

「…大丈夫。気を失っただけよ」

 

 出血量や負傷の程度から考えても気絶していない方がおかしいとラピは安堵の溜め息を吐きつつ語る。

 

 しかしマリアンは狼狽したまま彼へ声を掛け続ける。白目を剥いたままピクリとも動かない様子は死体そのものだ。

 

「シフティー。急いで輸送機を手配して。指揮官が重傷を…」

 

〈了解です!──5分後に輸送機が到着します!LZの確保をお願いします!──状況終了!付近のラプチャーの反応が全て退却しています!作戦は…作戦…〉

 

 オペレーターならばしっかりとしなければならない。オペレーターの仕事はまだ終わっていないのだ。掠れる喉を、縺れる舌を動かし、シフティーが最後の一言を歓喜と涙声を程良く混ぜたそれで通達する。

 

〈──作戦、成功です!!〉

 

 




ここからはIFストーリーとなります(この作品そのものがそうですが
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