勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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IF√となりましたが皆様の反応が良くて安堵しております。


徒然なる1ヶ月編
手術、貴重な血、異動


 

 

「──血圧が低下!」

 

 手術室の徹底的に滅菌された機器が警報を発する。手術台へ乗せられた患者の容態が悪化の一途を辿っているのだ。

 

「──ペッパー!輸血の準備を!」

 

 執刀を任せられた細目の女医──手術着を纏ったメアリーが助手である鮮やかな桃色の長髪を手術帽の中へ収めたペッパーへ指示する。

 

 この2名はアークで医療を専門とするセラフィム部隊へ所属している。早朝から開始された総力戦の末に緊急搬送された患者の容態が伝わると緊急手術の必要を判断し、他の数名の量産型ニケ──医療を専門として従事する彼女達も含めての執刀が始まった。

 

 執刀医として、また今後は担当医となるのだろうが──医師の所見を語るとすれば「良く生きている」という一言に尽きる。

 

 左脇腹に大きな損傷、それも腸管が脱出する程のそれだ。加えて大量の出血を伴っていると事前連絡はあったが、予想以上の有り様だった。

 

 この状態で気を失う寸前まで戦っていた、とも聞けば感心するやら、呆れるやら。

 

 患者に穿たれた大きな損傷はニケ用の人工筋肉、人間用の人工真皮等を併用し、数時間を掛けて塞いでいるが──突如としてそれまで安定していた容態が悪化する。緊急搬送されるまでの間は輸液を投与して保っていたが、ここに来て戦闘外傷による大出血が悪影響を及ぼしたのだろうか。

 

 いずれにせよ早急に輸血を行わなければならない。

 

 メアリーが細目の奥から凝らした視線を患部へ向け、縫合の手を休めずに鋭く指示を出せば、助手のペッパーが力強く頷く。

 

 手術室に設置された多数の機器は全て滅菌がなされており、ペッパーが指示を受け取って直ちに操作を始めた端末(タブレット)も同様だ。患者が身に付けていた認識票へ刻印された認識番号を入力するのだが──

 

「──え?」

 

「ペッパー!何してるんですか!?早く輸血の準備を!!」

 

「せ、先輩!厶、ムーア少佐の血液型情報がありません!」

 

 可愛らしい後輩が報告するや否やメアリーが、そして釣られるように手術室で奮闘する量産型ニケ達も小さな溜め息を吐き出した。

 

「──()()ですか」

 

 溜め息の後に紡いだメアリーの一言には医療の世界へ身を置く者としての静かな憤りが込められている。

 

「指揮官達の情報に気を配れとあんなに頼んだのに()()…!」

 

 地上奪還の軍事作戦へ従事する指揮官達は生身の人間だ。指揮官絶対保護の法則が存在しても場合によっては程度の差こそあれ、負傷は間違いなく発生する。それも今回のような緊急手術を要する治療が発生した際、血液型の情報すら開示されていないのは問題以前のそれだ。

 

 しかし、憤ってばかりもいられない。

 

 患者の身体を逐一観察する機器が更に重篤な状態となりつつあることをけたたましく響かせる。

 

「──ペッパー!すぐに血液検査のキットを用意して下さい!急いで!」

 

「──は、はい!」

 

 血液型がデータベースに登録されていないというのなら別の方法を使うしかない。

 

 問題は検査で判明した血液型が病院で保管されている輸血用血液製剤のいずれとも合致しない可能性だが──そのような事態が起こる確率は凄まじく低いだろう。

 

 或いは戦場で利用される血液製剤の代用品──輸液の投与だが、これは延命の効果こそあるが根本的な解決にはならないだろう。

 

 ペッパーが血液検査の用意を進める中、メアリーは閉腹の為の縫合に集中していた矢先──手術室の扉が開かれた。

 

「──え?ふ、副司令官様?」

 

 ペッパーが顔を上げ、手術室に入って来た人影へ視線を向けると──しっかりと消毒と滅菌済の手術着を纏ったアンダーソンの姿がある。

 

「…私が手伝おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──なんとも出来すぎたストーリーのドラマを観せられた気分だ。

 

 機械的な電子音が規則的かつ微かに鳴り響く病室の病床で目を覚ました患者──ムーアは朧気な視界が次第に明瞭となっていく様子を認める。

 

 口元には酸素マスクが付けられ、酸素が送り込まれているが彼としては邪魔で仕方ない。とはいえ医者が必要と判断したのであれば──面倒だが従う他ないのだろう。

 

 天井しか見えていないが、どうやらここは十中八九、病院らしい。

 

 なにせ何度か入院しているお陰か、既視感を覚える天井が視線の先にあるのだ。

 

 それにしても──痛い。

 

「──気が付いたようだな」

 

 隣から声が掛けられる。

 

 億劫な身体だが、聞き覚えのある声であるのもあって無視は出来ない。

 

 頭を左横へ向けて確認すると──本来であればカーテンで仕切られている筈の隣の病床へ軍服の上着を脱いだアンダーソンが寝転がっていた。

 

「…アンダーソン閣下…?」

 

 見間違いでも、人違いでもないのだろう。その証拠に副司令官は彼の呼び掛けへ応じて天井を見上げた格好のまま頷きを返している。

 

「…自分はどれほど……いえ、それよりも何故、こちらに?」

 

「──安心したまえ。作戦が終わってから半日も経っていない。…まぁ、()()の為だ。倒れるギリギリまで提供させて貰った。」

 

 緩慢な様子でアンダーソンはシャツの袖を捲り上げ──血が微かに滲むガーゼの存在を露わにする。漏らした言葉から察せられた状況を理解したムーアだが、双眸を細めて疑問を口にする。

 

「…輸血を?」

 

「…あぁ。私と君が同じ血液型だったからな」

 

「…感謝を申し上げますが…とはいえ、解せません。私の血液型は──」

 

「B型のRh−」

 

「はい。輸血をわざわざ閣下がなさる必要は──」

 

「──それは嘘だ。金輪際、忘れなさい」

 

 シャツの袖を元へ戻しながらアンダーソンが簡潔に彼へ告げるも──ムーアはその言葉の意味が理解出来なかった。

 

 自身の血液型は彼の()()にしっかりと刻まれているのだ。だというのに()とは如何なる意味なのか。

 

 隣の病床から突き刺さるような──つい数時間前までは半死半生を通り越していた有り様だったというのに強い視線を向けて来る自身の部下の頑丈さに頼もしさを感じるのか、或いは呆れているのかアンダーソンは小さな溜め息を漏らした。

 

「──非常に珍しい血液型だ。人類の歴史上、数人しかいないと聞いていたからな」

 

「…それは…有り体に申し上げれば、随分と凄い偶然ですね。()()()()とも言える」

 

「──さぁな。偶然だと思うかね?」

 

 不意にアンダーソンも頭を動かし、薄暗がりの中で濃い茶色の瞳と青い瞳が互いに交錯する。

 

「…閣下と私は…あまり似ておりませんので…一般論で言うところの血縁関係はないかと思われます。…閣下に似ていれば、私ももう少し男前だったのでしょうが」

 

「…ふむ…冗談も言えるか。貧血ではないようで安心した。心配はなさそうだ」

 

 濃い茶色の瞳が向ける視線は真意を探るような意思を感じせる。その視線から逃れたかったのだろう。アンダーソンは再び顔を動かして天井へ視線を向ける。

 

「私と君が持つ血は()()()()()だ。だからその血を求める奴等に狙われないよう、いかなるデータベースにも登録されない」

 

「…貴重なもの?…何の話でしょうか?」

 

 ──口が滑った。

 

 幸いにも一瞬でも強張った表情はムーアに見られていない。その一点に安堵しつつアンダーソンはこれ以上、探られないよう話題を素早く切り替える。

 

「作戦が終わってからどうなったのか気になるだろう」

 

「──閣下、話を逸らさないで下さい」

 

「本作戦に投入されたニケは量産型を除いては目立った大きな損害は無い状態だ。皆、無事に復帰し…作戦は成功──」

 

「──アンダーソン閣下!」

 

 隣の病床から数時間前までは半死半生だったとは思えない程の声量が飛んで来る。

 

 彼の性格なら、投入されたニケ達──量産型を含めた彼女達の安否が気掛かりであろうと考えて話題を切り替えたが、どうやら想定していたよりも効果は薄かったようだ。

 

 とはいえ、なんとかして追求を免れなければならない。

 

「…ここは病院だ。あまり大きな声を出さない方が良い。それに──傷が開く」

 

 ただでさえ彼の声は良く響く。爆発音や銃声の坩堝と化す戦場でも味方に指示を飛ばせられる良い声だ。実に指揮官、将校向けの声質と声量の持ち主である。

 

 なによりムーアは数時間前までこの世とあの世の境目にいたのだ。彼岸へ渡らなかったのがむしろ奇跡とも言える。

 

「…そして…マリアンについて…君に話がある。正確にはイングリッドが、だ。先程、私に連絡があった。あと10分程で到着するらしい」

 

「──マリアンについて…?」

 

 どうやらこの話題は彼の琴線を擽るのに最適解であったようだ。自身の疑問を放り投げて食い付いたのが良い証拠である。

 

「…あぁ。君が()()()()()まで救い出したマリアンについてだ。…不安はあるだろうが…少し待っていなさい」

 

「……分かりました。──閣下」

 

「……なんだね?」

 

「…煙草を持っておりませんか?」

 

「生憎と君が好む銘柄の持ち合わせはないよ」

 

「…そうですか。残念です」

 

 病室の電子時計の針は夜の20時を指している。最後に煙草を吸ったのは──もう半日近くは前のことだ。これでは死んでしまいそうな予感があった。

 

 暫く病室には沈黙が漂う。

 

 間もなくイングリッドが説明の為──エリシオンのCEOがわざわざ足を運んでくれるというのも凄まじい事だが──彼女が現れる前にアンダーソンは尋ねなければならない話があった。

 

「…ムーア少佐」

 

「なんでしょうか?」

 

「…()()を打ったのか?」

 

 副司令官が尋ねるも彼は一瞬、何を指しているのか理解が追い付かなかったが──概ねを察して頷きを返す。とはいえ互いに病室の天井を向いているので頷いても意味はなかったのかもしれない。

 

「はい」

 

「……そうか」

 

 ──ただし、アンダーソンの諦念と沈痛が入り混じった声がやけに病室へ響いた。

 

 その直後、病室の扉が開く。

 

「──お邪魔する」

 

「──お邪魔します、ムーア少佐。()()()

 

「──久しぶりだな、マナ。こんな格好で済まない」

 

 二人分の人影が病室へ入ってくる。片方は言わずと知れたエリシオンのCEOであるイングリッド。そしてもう一人は先日にMissilys Military Research Center──通称M.M.R.でムーアが会ったばかりのマナである。

 

 アンダーソンとマナは知り合いらしい。──果たして一般的な()()()()なのかの疑問は、この際はさておきだが。

 

 イングリッドが彼の病床へ歩み寄ると、その傍らへ設けられた椅子へ腰掛けた。

 

「──ムーア少佐。作戦、御苦労だった。身体の具合は?」

 

「…御足労をお掛けします。…まぁ…悪くはないでしょう」

 

 彼が肩を竦めてみせた拍子に顔を少しばかり顰める。どうやら痛みは──左の脇腹が肌や筋肉といった皮下組織諸共に抉られてしまったのだから痛みが続くのは当然だろう。

 

「…ふむ。あまり無理はしないことだ。見舞いがてら作戦を成功に導いた功績や手柄を労いたいのだが……それよりも急を要する事がある」

 

 女傑が淡々とした口調で説明を始める。

 

 まずマリアンの身柄は現在、M.M.R.に収容されており、経過観察と同時進行で検査が進められているとのことだ。

 

「…スキャンした結果、マリアンの脳にはNIMPHがない状態だ。理由は分からないがアンチェインドが作用したのだろう」

 

「記憶についても比較的、良好のまま保持している状態です。自身の名前、所属部隊、侵食が発生した時点での任務内容も覚えていました。当然、ムーア少佐の顔と名前も。ただ……」

 

「…ただ…?」

 

 イングリッドの説明に補足を加える形でマナが手元の端末(タブレット)を操作する。彼女が口にした、()()、というそれが気になったのだろう。ムーアが尋ねると──マナは画面を彼へ向けた。

 

 そこに映し出されたのは録画したのだろうマリアンへ対する質疑応答の映像だ。

 

〈──指揮官を…私が…?〉

 

〈──覚えていませんか?〉

 

〈──そんな…嘘…!…嫌…そんな筈が…!!〉

 

 病室にマリアンの悲痛な叫びが響き渡る。一部とはいえ、映像を見せ付けられた彼は眉間へ深い縦皺を刻みつつマナに鋭い視線を突き付ける。

 

「……何をした?」

 

「…簡単な質問です。ヘレティックになっていた際の記憶はあるか、が主な質問でした。記憶が曖昧な模様です。──北部での任務でムーア少佐が交戦した際の記憶が曖昧となっていました。──ムーア少佐が彼女の攻撃が原因で左腕を消失したことも」

 

 静止した映像にはマリアンが狼狽し、自身の頭を両手で抱える姿が残されている。その姿にムーアは溜め息を吐き出し、やがてマナへ向けていた突き刺すような視線を鎮めた。

 

「…アンチェインドが効果を発揮する前、彼女は自分と戦った際の記憶は持っていた…」

 

「何らかの原因はあるかと思いますが…解析には時間が掛かるでしょう」

 

「だがNIMPHがない。つまり少なくとも侵食状態ではないということだ」

 

 何が原因なのかは分からない、と専門家であろうマナが漏らす程にはマリアンの置かれた状況は説明が難しいようだ。

 

 しかし──ムーアにとってはヘレティックであった頃の記憶を彼女が持っていようとなかろうと、大した意味はない。

 

「…人類にとっては敵側の情報を得られる好機なのでしょうが、あまり私には興味がない内容です」

 

「…聞かなかったことにしておこう」

 

 軍人としてあるまじき発言だとは彼も理解しているが、幸いにも直属の上官である副司令官はそれを空耳の類として処理するようだ。

 

「…それで…話を元に戻しますが…急を要する事とは?」

 

 ムーアは改めてイングリッドへ問う。すると女傑は傍らに立ったマナから別の端末(タブレット)を受け取ると、付属したタッチペンを含めて彼へ手渡した。

 

「…部隊異動の様式…?」

 

 画面へ表示されている様式はニケへ対して所属部隊を異動させる際に発行される証明書類のそれだ。

 

 マリアンは公式には“処分”されている。しかし──果たしてどうやったのか、一度は登録情報を抹消された筈の彼女のデータが再度登録され、エリシオン所属から分隊 04-F(カウンターズ)へ異動させる手筈が整っていることを様式へ綴られた文字列が教えている。

 

「そうだ。そこに自筆で署名しろ」

 

「…随分と急なお話だ」

 

「…そうせざるを得ない。マリアンはニケからヘレティックに、そしてヘレティックからニケへ戻った稀少な存在だ。…実験台に載せようと血眼になっている奴等も大勢いるだろう」

 

「…特に…M.M.R.が?」

 

「──()()()()()()、そうします」

 

 皮肉を幾分か込めてムーアが口にすると、マナは真面目な様子のまま眼鏡を元の位置へ戻しつつ言い返す。

 

「…ムーア少佐の部下となれば必然と管理者は君だ。おいそれと手は出せなくなるだろう」

 

「…良くそれで了承させたな」

 

 総力戦の顛末と戦果はアークに存在する上流階級──正確には中央政府の上層部も知るところだ。

 

 その中でも地上奪還に血道を上げる者達は当然だが、マリアンの身柄を渡すことを強要するのは目に見えて予想が出来た。

 

 故に──作戦開始の寸前、イングリッドはそれを回避し、防ぐ為の手段をもぎ取った形である。この様式は中央政府が発行する人事異動のそれと同様、効力を発揮する筈だ。

 

「──いくつかの事業を手放せば良いだけさ。…彼女も私の教え子の一人だ」

 

 損失の補填は──とムーアは考えようとしたが、それをすると今後、眼前の女傑に頭が上がらなくなる気がして思考を放棄する結論へ至った。

 

 彼は渡された端末の画面上へタッチペンを用い、異動先の指揮官兼管理者の署名欄へ自身の姓名を綴る。

 

 

Shaw Moore

 

 

 見間違うことがないよう、はっきり、しっかりと綴られた署名。それをムーアは確かめた後、イングリッドに端末とタッチペンを返却した。

 

「──確認した。明日中にもマリアンを前哨基地へ送る」

 

「…お手数をお掛けします」

 

「いや、構わない」

 

「…それと…申し上げ難いことがひとつあるのですが…」

 

 先日も刺青を彫る店を知りたいと尋ねられた際、珍しく言い澱む姿を見せたムーアだ。どうやら珍しいことは続くらしい。

 

 他愛もない願いだろう、と考えたイングリッドは作戦の成功に導いた立役者への労いも兼ねて聞き届けようと頷くのだが──

 

「…退院させて頂けませんか?今すぐ」

 

 ──とうとう頭がおかしくなったのではないかと率直に考えてしまった。






……とはいえ……いくら展開を予想しても大筋はメインストーリーとそれほどの変化がない不思議なのは…どういうことなのでありましょうか……
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